コラム:ゲームの難しさにともに対峙する Immaterium デジタルゲームを語ることは難しい。 遊ぶことも、理解することも、制作することももちろん困難で、その根本には大衆芸術としての商業性とデジタルメディアとしての総合性、そして、遊びとしての行為可能性がある。 ゲーム開発はたんなる「才能と努力」ではなくビジネスやマネジメントや消費行動の観点からも考えられるべきだし、デジタルゲームではメカニクスによるプレイ体験とおなじくらい物語や視聴覚的演出による鑑賞体験も重要だ。ゲームを遊ぶことには、一定のルールのなかでプレイヤーにどのような行為を許容し、制限し、いかなる課題攻略に取り組ませるかというデザインとプレイ行為の複数性にまつわる哲学的な問題がある。今振り返れば、僕のこれまで書いてきた文章はこのデジタルゲームの語りづらさの輪郭線を浮かびあがらせることだった。 デジタルゲームを語る切り口はおよそひ