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heimin.hatenablog.jp
ときどき長田(=神戸のよい所)に行った際に土産に買ってくるキムチをヒカリさんがおいしいおいしいと騒ぎだしたので「きみキムチ好きなんや」となってほな一度、キムチをメインのおかずにしてひたすら白米を食べるみたいなやつをやってやりたいと考えたのだが、いかんせんタイミングが難しい。朝はさすがにこれから学校に行くのでキムチ自体、出すのがなんだか厳しいし、昼は給食でいないし、夜だと栄養バランス的なことを考えてしまって(キムチではない)メインのおかずを用意してしまうから、必然的にキムチはサブ(小皿)扱いとなる。 そうじゃないんだよな。 たとえば焼肉屋でキムチをたのんだら、どうあがいたって肉がメインじゃないですか。 そうじゃない。 やりたいのはキムチと白米しかない状況下で、キムチ(のみ)によって白米を苦しくなるまで食べるというやつなのだ。 せっかくキムチがおいしいとヒカリさんが言うのならキムチを完全主役と
入口でコーヒーを配っていることで有名な、外国の食品やら調味料なんかを売っている店、に行った。目当ての商品を選んでレジに並んでいたのだが、自分の前で会計していた人が購入商品が数点のわりにやたら長くて、何かのカードを出そうとする、やっぱりそれがない、じゃあスマホの何かで払おうとする、操作がよくわからない、みたいな感じで、最初っから現金で買い物していれば数十秒で終わるものが、店も店、客も客、というもたつきでまったく進まなかった。イオンによくいる「だいぶ遅い人」の10倍くらいの破壊力を持った遅さだった。 ……ただ、それは別によかった。こちらは急いでなかったし、平和な心だったからである。平和な心の時は「レジが進まないことに何かマイナス感情を持ったって得られるものは何もない」みたいに仙人ぽく思えるから「のんびりしとるのう」くらいのおだやかな気持ちで待っていた。 ようやく私の番が来る。 私が手にしていた
いよいよ井上尚弥選手対中谷潤人選手の試合が近いじゃないですか。 私もPPVのチケット買ったんですよ、6050円。 去年12月のリヤドシーズンが4950円ですから1万1千円ですか。 いや……まあ、高いっちゃ高いですけどもう50歳ですからね、、、25歳の時だったら買わないと思うけど50歳なんで買いますて。ボクシングがけっこう見たいけど親が全然興味を示してくれない小中高生とかかわいそうな気もしますけどリヤドシーズンの時って翌日くらいにYouTubeのリングマガジンのチャンネルでタダで流してたんで(なんやねんあれ)なんとかなったらいいですけどね。 しかし私は1万1千円ですけどはてなは11億、しかもぱくられましたから。 めっちゃボクシングが見たいのに親が全然金を払ってくれない気の毒な中高生ボクシングファンを10万人救える額です。 それでいろんな人が戦前の予想をしてますけどまあ9割9分、この試合は井上
いつものそば屋で私はいつものコロッケわかめそばを、ヒカリさんはいつものかけうどんを食べていた。昼時を外して暖簾を目指したのが功を奏したのか店内には客がおらず私たちが店を独占する形になっていた。「4月から法律が変わったから自転車にいっしょに乗れなくなったでしょ」「そうですね。あれ案外守ってる人が多いからおどろきました」これは、4月から道交法が変わって小学生を後部座席に乗せて通行することが禁止になったことを指す会話であった。ヒカリさんは5年生になっているので後部座席に乗ることはほぼなくなっているのだが、小学生なんてのはまだまだ親の後部座席に乗って移動するのは当たり前っちゃ当たり前である。それは座席の耐荷重とか法律の問題以前の現場の感覚として当たり前なのだ。だから今回の道交法っていうのはなかなか無茶苦茶な話やな、という風にも思っていたので、私はこんな法律は現実の道路では無視されるだろう、と踏んで
おのれの身のほどを知ってさえおれば、牛と同じ大きさになろうとした蛙のように膨れ上がることもないのじゃ。(『ドン・キホーテ』後編2 牛島信明訳) 以前からぼんやりと頭に描いていた六甲全山縦走計画を実行しようと思った。 どのくらいぼんやりかというと、2023年の12月に自分の誕生日にモンベルに行き登山靴を買ったのだがその際店員から「どのような山にどのような目的でいつの季節に?」的な、登山靴を売る人間なら当たり前に聞くであろう質問をされて、その時点ではただなんとなく登山靴が欲しいというだけで具体的な山行のイメージがなかったため言葉に詰まり「いつか六甲縦走とかしたいんですよねー」などときわめて適当に答えた、というレベルのぼんやりしたイメージである。 「六甲全山縦走」と言っても他府県に暮らす人間からすれば意味不明な言葉だと思う。 しかし神戸に住んでいるととにかく六甲山系の山々が身近な存在になって、私
大阪万博は、とにかく、行った後に(ネガティブな意味ではなく)何かを語りたくなる万博である。私は3度行って、私もまた(万博ガチ勢的に言えば「3度しか行っていない」にも関わらず)何かを語りたくて仕方ない状態であり、これは万博病であろう。 いや万博病といいますか、この大阪万博はtipsの宝庫なのだ。 チケットについて、行き方について、持ち物について、気温対策について、パビリオンの巡り方、スタンプラリーについて、会場での飲食、日除け法、あらゆる項目について行った人それぞれに「私はこうした。それについてはこうするのがいい」みたいなのがあって、個々が長々とそれを語ってしまう。私もまたこのような日記を書くわけだが、あくまでもこれは私個人の環境や条件や性格やらに適合した個人的な経験譚でしかなく、これは広く一般に向けた万博論ではない。たとえば、早朝のうちに並んで9時開場からの突撃、みたいなのは自分向きではな
狭小長屋で暮らしているため家族間で逃げ場もなければかくしごとも出来ない。この狭さを好意的に解釈すれば、狭さは人間関係を計測する試金石であるとも言え、仲が悪い者同士ならとっくに殺人事件が起こっている狭小具合でまがりなりにも5年10年と平穏に暮らしている我が家はよほど良好な関係であると言えますな、仲良しファミリーというやつです、ガッハッハ、しかしそれは犬猫が死んだのを虹の橋を渡ったと言い換えるのと同じようなものかもしれません、我が家は車に轢かれて死んだ動物の死体を手に持って道路からよけてあげた時にアスファルトに滲んでいたせつない血よりも狭い家でございますからして、まあそんなこんなで、なんにしても家は急に広くなりませんし家族の数も減りません、ですから狭い家に複数人で暮らすためのテクニックというやつを磨く必要があるわけなんですな、そう私が発言した時、会場の後方から手が上がった。 「テクニックとは?
都会の駅前なんかの、道幅が広くて歩行者用の信号もなく、こいつを歩かないと対岸には辿り着けない、エスカレーターやエレベーターまで付いた大規模な物ならいざしらず、地方都市の、道幅はせいぜい四車線くらいの、歩行者用の信号もすぐ近くにある、にも関わらずなぜかそこにある小ぢんまりした歩道橋。使っている人間を見たことがなくて、一見すると無駄としか思えない、そのような建造物が存在しているのは大人のためではなく、地域の小学生の通学路を安全に確保するためなのだ、ということはヒカリさんが小学生になるまでわからないことだった。これまで自分の行動時間帯と小学生の行動時間帯がまったくかぶっていなかったため、歩道橋を利用している人間など見たことがなく、あれはただの無駄な長物だと思っていたが、ヒカリさんの入学と同時に小学生の生活に合わせて生きて見てみれば、朝と放課後の通学時間帯には児童たちがわらわらと、長物が彼らによっ
数年ぶりにはてなダイアリーで日記を書いた。 しかしあれよな。これはあきらかにコロナ以降、空前の日記ブームみたいになって、今やその主戦場ってたぶんnoteやん、紙にしてZINEとか。 いや「はてな」ってほんと、世の中の動きに先駆けて何かをやって、そして「はてな」がやってる頃にはまだ世の中がそういうモードじゃないからコアユーザーしかついてこなくて、それで10年くらいたって世の中が追いついて、その頃には「はてな」はそのままそれを続けてりゃ第一人者っぽいのになぜかもう別のところにいる、みたいな変なところがないですかね。私は古くからのはてなユーザーなので強い思いがありすぎて贔屓目(?ていうのかわからんけど)になってるのかもしらんけど、たとえばはてなハイクとか、ツイッターが滅んだ頃にあれがあれば、はてなハイクは早すぎた、あれほんと、でもツイッターが滅んだ頃にはもうはてなは「はてなハイク」やめてたし。そ
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お菓子を買って子供を連れて近所の公園に行くと、ちょうど学校帰りの子供たちが集まる時間で、グラウンドではドッジボールが始まっていた。子供は機嫌よくそちら(グラウンド)の方に自転車をこいで行こうとするので「そっちに行ったら危ないで〜」と伝えたら、「そんな事言わなくてもわかってる」とぶち切れる。それを聞いて私もムカッとなってしまって「次にそんなして怒ったらあっこちゃんも怒るからな」とドスをきかせて言ってしまい、それでもムシャクシャはおさまらず「いちいちそんなことを怒りながら言うな」と怒りながら言う。そして子供はショックを受けたような状態で固まって、涙を流しだす。私の腕に抱えられている犬はおろおろしている。少し時間がたって、なんとなく仲直りは出来るんだけど、押さえつけるような言い方で子供の感情を押さえつけた時の、こういうやり方をした後の後味の悪さ。こちらに余裕がある時は何を言われても大丈夫だけど、
朝、子供を抱いてベランダから外の景色を見ながら「いまスズメが鳴いてるやろ?じゃあ、スズメは何匹いるでしょう?よおく聴いてみ」と言ってみて、そんなことを言うと自分も耳をすます事になるから、耳をすます感じでスズメがどこに何匹おるんかな、と意識してみた。するとふだんは「スズメの声」くらいのぼんやりとしたひとつの音しかないものが、立体的、個別的なものとなって、あちらに一匹こちらに一匹みたいな感じの具体的な存在(とまで書くと大げさだ)としてとらえられる。 二十歳くらいの時に友人からバンドの音楽を聴く時にはベースの音だけ聴く、ギターの音だけ聴く、ドラムの音だけ聴く、鍵盤の音だけ聴く、というようにそれぞれの音を意識して抽出してそれだけを聴いて(この曲ではギターがこんな風に鳴ってるな、みたいな)、次にひとつのまとまり=「曲」として全体を聴いてみると、それを意識せずに全体を聴いていた時よりも音が立体的になっ
1.コンロが3つ必要(ケトルあればなお良し。なくても問題なし) 2.コンロAは、具を炒める用(野菜は茹でるよりも、フライパンで炒めた物をのせる方がおいしい。その際少々塩コショウ。ウェイパー的なもの。←味の素ではなく) 3.コンロBは、麺を茹でる用 4.コンロCは、スープ用。分量を計って(少なめで作る)沸かし、溶き卵にする。 5.器にはスープ粉を入れておく 6.B、Cの湯をわかす。Aの野菜炒めは最弱火で保温 7.Cに溶き卵、酒極少 8.C(溶き卵湯)を器に入れスープを作り、Bの麺をザルにあけ湯を切って入れる 9.弱火保温しておいたAを乗せる。 a.1つの鍋ですべて作ると、溶き卵と乾麺が絡まってダマ的になる。めんどくさいがC(溶き卵湯)とBは別鍋にしたい。溶き卵は好みなので、入れても入れなくてもどちらでもいいが。 私は袋ラーメンに溶き卵は必要だと考えている。 しかし、麺を茹でている鍋に卵を入れ
少なくとも私の周りで、焼き鳥等の串モノが出てきた時における「串外し」について良く言う人間はいない。おそらく皆さんの周囲でもそうではないだろうか。 串外しはこれまで「飲み会でわざわざ焼き鳥の串を外すやつ、きっしょー(俺は串のままで食べたいんだよ)」みたいな言い方でしか語られて来なかった。串外しを積極的に支持する声って聞いた事ありますか?ないでしょ? 少なくともそれは通のやる事ではなく、酒場の流儀をわからない初心者のやる事、ガキのやる事みたいな。 しかし酒場人生43年、私はけっこうやるのだ。串外しを。 まず、塩ならともかく、タレで味付けされている物の場合、外して一個一個を独立させた方がタレが完全に絡んでよりツマミとしての完成度が増す。そう、串から外した方がタレがからむのよ。知ってましたか?あなたがたは見て見ぬふりをしてきましたが、串のままだと身と身の間の串の穴のあいてる所周辺、タレが絡んでない
先月くらいから「生ビールって美味しいんじゃないか」と思い始めていて、自分でも驚いている。いや、もともと生ビールは全然嫌いじゃないし、好きか嫌いかで言えば断然好きなんだ。でも、生ビールって忙しいでしょ。瓶とか缶だったら吸い口(瓶の口)が小さいからいいけど、ジョッキだと吸い口みたいなのがなくて、ジョッキだから、ジョッキだけに、飲むところが丸くて広大なビールの湖みたいになっていて、そいつが「はよ飲めや」みたいに言ってきませんか。ちびちび飲めないっていうか。 同じジョッキでもチューハイだとちびちび飲めるんだけど生ビールはなあ。いそがしい。味以前の問題としてその忙しさが苦手で、飲食店でもほとんど(人に合わせる時以外は)生ビールなんて頼まなかったんです。ビール飲むなら瓶。瓶だと、瓶だけにドシッとした安定感があって、その安定感ゆえの悠久の時の流れ感というか、急がされないからね。瓶は「ゆっくり飲んでね」て
今日は朝から会場に着いたんだけど、なんとなく散歩でもするかという気分になって会場の周辺をうろうろと歩いた。一ヶ月展示をしていたが周辺を散歩するのは初めてだ。細い路地、坂道、階段、階段、階段。昼ころに扉を開けて、初めての人、二度目の人、三度目の人などが、知っている人や知らない人などが来られている。子供が合流してからはあまり挨拶も出来ず、走りまわるのをついていったり、ガラスや売り物にさわろうとするのを怒ったり(私は人前であってもアカンことはアカンと平気でキツく怒るのである)。夕方に来られた人は奈良から来てくれたらしい。他にも滋賀から来られた人もいた。塩屋に初めて降りたんですよ、という人が今日だけでなく、期間中けっこういた。へえ、他府県の人とかだったらわかるんだけれど、関西の人にとっても塩屋ってそういう感じなのか、と何度も思ったりした。私は「ごろごろ、神戸2」の連載を始めるか始めないかくらいのタ
ほんとお世話になりました。神戸市の皆さん、ありがとうございました。こんな展覧会までやっていただいて、良い思い出しかないです。5月から明石市民になっても神戸のことは忘れません。さようなら。 部屋の片づけをしてホルモンショップへ。店内忙しそうだったのでほとんど飲み食い出来ず、お腹がすいていたので横にいたヤマスズさんを誘って近所の中華屋へ。カメラのこと、写真のことなどをしゃべった。 酒を飲んでも飲んでなくても声が小さくて何をしゃべっているのかよくわからないヤマスズさん。私も酒を飲んでも飲んでなくても声が小さくて何をしゃべっているのかよくわからない感じの人間なので、親近感がある。 何年か前に、飲み屋等で声量の大きな人間(ガハハア!!!とか言って手を叩いて重低音で叫び笑いする人)に対する文句をツイッターで書いたら、何がどうつながってそれを読んだのか、見ず知らずの、飲み屋等で声量の大きな人間(ガハハア
今日も色々な人が来てくれていた。一人で来た人、子供を連れて来た人、夫婦で来た人、遠くから新幹線に乗って来た人、いろいろな人と挨拶し、私は連日会ういろんな人たちのことを遠からずすべて忘れるのだろう。今回平民金子展をやってみて(正確には「やっていただいて」だ)、なぜ多くの人が個展をやろうとするのかとか、あといろんな人が私に個展をやるようにすすめてくれたのかとか、いろいろとわかった。 おれ、いけるんちゃうかな?と最後に思ったのは2008年くらいか。今の私は、根本的な部分であきらめている。それは自分の才能に対してではない。世の中の鈍感さに対してである。今の私は、おれ、いけるんちゃうかな?を通り越して、おれは天才すぎて誰もついてこれなかったのだ、という境地なのである。本物すぎるあまり、地球におさまらない。イチローだって野球は出来たんだ。私は、野球を超えてしまった。 というわけで楽しかった展覧会もあと
朝起きてツイッターを見ていると、タカハシさんが茨城から一人で神戸まで来てくれているようだった。震災の後のたしか2012年に、私が南相馬の野馬追という祭を見たがっていた時に車を出してくれたタカハシさんである。あの時は結局タカハシ、友人の小久保、私、妻の四人が小さな車に乗って2泊3日だったか、3泊4日だったか、いろいろ大変な時期でもあったけれど皆で福島を車で旅した。そんなあれで今日は午前中あいていたので連絡をとって、朝から喫茶店やホルモンショップ、あとは各種市場と平野まで行って肉なしラーメンと、いろいろと連れ回した。いまでも7年前に野馬追を訪ねたあの時の珍道中を思い出す。見るもの、聞くこと、楽しいというよりはそうじゃなかった事も多いけれど、良い旅行だった。行けてよかった、なんて事を思う。そんな氏と神戸で会えるなんてうれしいことだ。そのまま展覧会場へ。芝田さんがおられた。東京から(?)神戸に移住
今日が終わってしまった。明日からあと7日しかない。いや、よく考えたら日曜日が会場休み(!)なのであと6日しかない。ひたすら悲しい。もう終わってしまったみたいなもんやんけ。という事で、撤収の時の事を考えている。丈夫な紙袋を買った。時間がない気がしたけど少しでも顔を出しておこうと昼すぎから会場へ。「二度目です」という方とお話をする。昨日に続いておすすめの店などを教えた。もう一度来てくださいね、最後にもっとガツンと展示キメますので、とお伝えする。そういや昨日はブログ「foodish」さんが会場に来られていたのだった。いつかお会いする事があった時にお伝えしようと思っていた、板宿にあった洋食店ポップボーイの事。私はfoodishさんの愛情あふれる記事を読んでこのお店を知る事が出来て、閉店までに何度か通わせてもらった。その事に対して「ありがとうございます」とお伝えしたかったのだった。 foodish.
あっという間に終わるんだろうな、と思っていたらもう4月22日だ。悲しい。今日は二階の展示を入れ替えた。今まであったおもちゃや読み物等をひっこめて写真のみ。会場にフェリシモの人たちが来ていて「こんな買いにくい雑誌(くらそび)誰も読んでませんからねえ!」とか言ってたら、二階に上がって来た男性から声をかけられて、「平民さんの連載がきっかけでくらそびを定期購読したんですよ」とのこと。くらそびを、それ(雑誌)だけ目当てで定期購読する事のハードルの(送料の)高さは知っているので、一同声を出して驚いた。ただただありがたい……。会場にいると色んな人が来る。わざわざ塩屋にまで来るような人はやっぱ、みんなおもしろい。話しかけられたり挨拶されたりするのがイヤな人は絶対にいるだろうから僕からは話しかけないし、目も合わせないようにしているので、もし会場にいたら気にせず話しかけてくださいね。ZINEを買ってくれている
二十代の自分はこれ以上ないほどに鬱屈しており、そういう時は肉体労働に限ると毎日有楽町線に乗って夜勤の現場に通った。ほぼ同じ時期にそこで出会った2人に、写真に関して大きな影響を受けた。最初の一人は東京綜合写真専門学校で学んでいたT君。彼は私に、写真というのはそれを学ぶ専門学校なんてものがあるほどに奥の深い世界なのだという、今から振り返れば笑ってしまうほどに基本的な事を教えてくれた。プリクラであるとか記念写真であるとか、そういった写真の世界しか知らない自分は彼の口から出て来た須田一政や渡辺兼人、柏亜矢子の名前を覚えた。かぼそい糸をたぐって、近所に出来たばかりのジュンク堂池袋本店に通い奈良原一高や東松照明、深瀬昌久、その他多くの偉大な写真家の名前を覚えた。 もう一人は「明るい部屋」という日記で書いたOさん。 明るい部屋 - 平民新聞 彼からは、理屈はいいから部屋を出て、あんたでも今日から出来るん
散歩中にふと思ったのだ。二十代が一番つらかったなと。 自分が二人いるのである。想像上のかくありたい自分と現実の畳の上で寝ているだけの自分。 それがいちいち火花を散らしやがって、いつも想像上のかくありたい自分が現実の自分をぶん殴りやがって、俺はずっとぼろぼろだ。毎日胸が痛み腹の底が痛みかきむしってもかきむしってもこびりついた焦りや苛立ちが取れやしない。 それが三十代になると悩みが少なくなる。想像上のかくありたい自分ってものの力が少しずつ、衰えてくるんだろう。どこか遠くから二十代の俺がそれをあきらめと呼んだ。 四十代になったらもう、あれだけ俺を苦しめたあいつはどこへ行ったんだって感じだ。 でも散歩中にふと思ったのは、そんな分析じゃない。 最悪に最悪な二十代を過ごしている表現欲だけを持て余した馬鹿に何か言いたくなったのである。 大丈夫、生きてさえいれば、あんたはたくましくなれる。 そんな事を呼び
神戸市:ごろごろ、神戸3「第5回 視線」 神戸市:ごろごろ、神戸2「第23回 「母親」を半分引き受ける」 どちらも自分の書いた文章だけれど、こういう時、育児を担う人間の主語をどう書くか迷う。 2つのリンクのうち、上の文章はつい最近書いたもので、わざとこのように「母親」としてある。【A】は原文。 【A】 ショッピングモールや駅や公園などの公共空間で、人目をはばかる事なく大きな声で子供を怒っているお母さんを見かける事がある。そんな時、子供がかわいそうだと非難する気持ちよりも先に、感情が決壊してしまった母親への同情が先に立ってしまい、彼女に対して、今がふんばりどころやからなんとかおだやかに、深呼吸してがんばろうや、などと心の中で声をかけずにはいられない。 理屈だけで言うならば、意のままにならない自分よりも小さな存在に対し声を荒げても仕方がない。しかしそんな事は当人が誰よりもわかっているはずで、ひ
三鷹の最強刺し身店『寿栄広』のマスターが亡くなられた事をツイッターで知る。近隣に住んでいる酒飲み、刺し身好きは大抵お世話になったのではないか。昼のランチも思い出深いがなによりも夜。それほど混んでいないので(カウンターはいつもあいていた)「千円ぶん」とたのむとどの部位をどれだけ切るか、選ばせてくれる。近所に住んでいたので昼も夜もずいぶんお世話になりました。神戸に引っ越しする前の日、「最後はやっぱり寿栄広やろ」とこの日は珍しく一人ではなく、妻と出かけたのが最後か。こちらに来ても、愛着ある東京にはちょくちょく遊びに行くのだろう、なんて気軽に考えていたけれど、忙しさ、余裕のなさで結局一度も行けていない。東京に行く事があったら中華そば『みたか』喫茶『リスボン』とともに挨拶に行きたかったお店。ちなみに最後の写真はこちら(http://www.city.kobe.lg.jp/information/pu
神戸最強肉屋、稲荷市場の丸富食品が営業を再開というめでたいニュースがあったので、日記を書いておきたい。僕は丸富焼豚を使いますが、どこの肉屋のやつでもいいです。 焼豚は買う時に部位(脂部分の多さ)を選べるが、脂部分はそれなりにあった方が良い。 作り方は簡単。焼豚5枚くらいに白ネギを細かく刻んだやつを大量に入れ、味の素(これが大事。ここをおそれるな!)をコレでもか!とかける。それに醤油を。醤油はヒゲタのそば膳が安いのに美味くておすすめだが何でもいい。くちゃくちゃ!と混ぜて熱々の白ご飯にかけ2、3分待つ。まぜ待つかというと、その間に焼豚がご飯で温められて脂がプルプルになるから。説明はいらない。写真を見てもらえればわかるだろう。 ちなみにわかる人にはわかるかもしれないが、これは東京三鷹にある中華そば「みたか」におけるビールのつまみ「焼豚(皿)」を参考にしている。「みたか」食いてえなあ。食べる時はコ
朝は白菜丼、昼はステーキ丼、夜は牛たたき丼。「実録ジプシー・ローズ」「一条さゆり 濡れた欲情」見る。どちらもストリッパーの名を冠したポルノ作品だが後者の方が圧倒的に良かった。前者は「ジプシー・ローズを造った男 正邦乙彦伝」だよな。タイトルがそれだったら感想は違っていた。アル中から立ち直ろうとするジプシー・ローズに対して「久しぶりだからいいじゃないか」と言ってビールを飲ませるくだりはひどい。見ていてもただジプシー・ローズが小さくて哀しい(正邦乙彦氏に従属する)存在にしか思えず、その事が悲しいのだ。もう少し格好良く描いてほしいのだ(描けたはずだ)。「一条さゆり 濡れた欲情」を見ていると、物語のもう一人の主人公はるみが男と歩くシーンが何度か出てくる。出所してきた男の手を引いて路地裏を歩く場面。「なあ、どんな男やったんや?」自分が刑務所にいる間にはるみがつきあっていた浮気相手の事を尋ねる男を「二度
自分の予想では今日の夕方くらいに風邪が治っている予定だったが、朝起きても体調がパッとしない。変わらずだるいな…と思っていたがだんだん良くなった。おそらく明日には治っているだろう。朝はやきめし、夜は丸富の焼き豚を入れた醤油ラーメン。丸富の焼き豚には菊水の札幌醤油ラーメンが合う(https://mart.rakuten.co.jp/item/4901468260714)。赤ちゃんのいる家でおいしくラーメンを食べるコツは「いっしょに食べるのをやめる」これだけだ。僕は先に布美枝に作ってゆっくり食べさせ、その後自分がゆっくり食べる。泣き声を聞きながら食べるラーメンや、体をよじ登られながら(それを防ぎつつ)食べるラーメンというのはなかなか大変で…。寝てる間に食べようと思って作り、さあいただきます、と箸を器に入れた途端に泣き出される、という経験も数千回。「1人1人、別々に食べる」これしかないと行き当たっ
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