日本のポップミュージックは、海外のものと比較して音を詰め込みすぎる傾向がある。 それは両方のヒット曲を聴き比べると、明確に差があることが分かると思う。 ではなぜそうした差が生まれたのか? 日本の伝統音楽は「間」を重要視していた。 むしろ音が鳴っていない時間こそが意味を持つ世界だった。 能では沈黙がいちばん緊張しているし、尺八は音と音のあいだに呼吸が流れ、雅楽に至ってはテンポという発想自体が曖昧で、音が空間に置かれていく。 前近代の日本音楽では、「何も起きていない時間」は欠落じゃなく、ちゃんと意味のある時間だった。 現代ではどうか。 日本のポップ音楽は、伝統音楽から地続きで育ったわけじゃなく、西洋音楽の完成形を途中から一気に輸入した。 しかも、そのとき一緒に入ってきたのは、宮廷や教会、労働歌といった社会的文脈じゃなく、拍子や和声、構造といった「技法」だけだった。 西洋近代音楽は、拍が明確で、