2025-02-19

行動原理が今、たった今更新されました。今日ははっぴ〜な日

熱を感じた。

勢いで書く。

はっきりと理解した。

僕がこの人生で最も求めているものは「ドラマティックであるか」だ。

自分の行動がドラマティックな結果になるか、そのためにはどう行動すればよいか

そこだけに注力して今後の選択を決めたい。

きっかけは、ふとしたきっかけで手にした長編物の刑事小説だ。

本を読むのが好きなので、デカ書店を隅から隅まで物色し、

たぶん2時間くらい彷徨いて、さすがに何も買わないで退店するのは気が引けるので、

大昔に読んだギャグ漫画セリフに出てきたタイトル小説を買った。

刑事小説は主に警察側の視点から書かれているが、

それだけでは話が膨らむわけもなく、

関係者や、犯罪者サイドの思惑や背景、入り組んだ人と人との心情を描いており、

僕には心地よいテンポで話がすすむ。

ちょうど犯人の不合理な行動に対して、主人公とその仲間が考察するシーンを読んでいて、

ああドラマティックであるなと感じた。おもしろーと感じたのだ。


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人生について考えを巡らしたことはあるだろうか。

あるいは、

これまでの自分生き方に後悔したことや、これから自分はこのように生きていたいと、

真剣に考え抜いたことはあるだろうか。

僕はある。

それが一番の趣味なんじゃないかってくらいある。

考え抜いて出した結論は「楽しいか、楽しくないか」であった。

結論に至ったときは興奮したのを覚えている。

何十冊と本を読み込み、

何百枚もメモを書き出し、

何千時間を費やしてだした結論だ。

この結論に至るのに、

これまでの自分の行動や、行動によって得られた結果や、その時の気持ちの振り返りに

本当に途方もない時間をかけた。

いや、かかった。

楽しいか、楽しくないか

この結論今日まで、ついさっきまで、僕自身の中で3年以上支持された行動原理であった。

しかし、実はここ半年ほど「そうでもないかもな」という気持ちが、行動が表にでてきていた。

具体的な話をしよう。

昨日、スロットで5万負けた。

先週は5万勝ってた。

年明けからの成績はマイナス20万ほどである

スロットをやりたくなったとき気持ちに歯止めがきかない。止めるつもりもない。

この気持ちは突然に湧くので、「勝てない」状況でも行ってしまう。

負けてお金を失うのをわかっていても行ってしまうのだ。

例えば、当たればでかいけど、当たらなければすごいスピードお金を溶かす台、

手持ちが1万程度しかないのに、数万突っ込まないと勝ちの土俵に上がれもしない台

閉店間際で、連チャンすればずーっと続いてしまう台などで遊ぶ。

専業からすれば趣味打ちと言われるこの打ち方をやめられない。

楽しいか、楽しくないか」でいえば、

負けるのがわかっている状態スロットをすることは「楽しくない」ことだ。避ければいい。

しか気持ちスロットしたい、行動はスロ屋へ向かう。

そこに行動原理との矛盾がある。避ければいいはずなのに。

負けたいわけじゃないんだ。

負けるギリギリまで追い詰められたのち、最後は勝ちたいのだ。

大逆転勝利だ。何時間も何万も注ぎ込んで、

そこから一気に捲り勝ちする快感が、経験スロ屋へ足を向かわせる。 

福本マンガで、誰のセリフかはイマイチ思い出せないが、

利根川か、蔵前あたりだと思うのだけど、似たようなニュアンスセリフが頭から抜けない。

から抜けない理由もわかった。

マンガでそのセリフを読んだその時は「追い詰められるとそんなふうに感じる人もいるのだな」位に思ってた。

まるで人ごとのように感じてたけど、それが間違ってた。

ぶっ刺さりまくってたんだ。そのセリフは、僕自身に。

から、誰のセリフか、どの福本マンガキャラセリフかは覚えてないのに、

ニュアンスが頭から離れていないのだ。


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現在中小企業代表をしている。

この立場に至るまでは中々ドラマティックであった。もちろん楽しんでいた。

渦中にいたときはまるで気が付かなかった事柄が、

あとになって重要意味をもって、

現在自分に大きく影響していることがたくさんある。

最近会社が落ち着いてきて、家と仕事場往復しながら、

サボったり、小説を読んだり、ゲームしたりしている。

家族のために求めた「安定」は獲得したけど、

どこか虚ろというか、なんか違うなという感じを拭えていなかった。

しかし「楽しいか、楽しくないか」が行動原理であったので、

例えばお金がなくて必要ものが買えないとか、

サラリーマン時間がなくてやりたいことができないとか、

そういった「楽しくない」選択をしないで済むところまではきていた。

楽しくない選択を選ばないでよい = 楽しい選択をしている でないとは気がついていた。

気づいていながらも放置していた。楽だし。

望んで手に入れた環境ではあるのに、

全力を突っ込めばまだまだ成長の余地はあるのに、

仕事に対する情熱が少しずつ冷めている感はあった。

僕がいなくても会社は回る。

拗ねてない。

そうなるように最初から少しずつ積み上げたんだ。

とにかく時間が欲しかった。

同じくらいまとまった金が欲しかった。

両方を手に入れるために、一番最適なことをコツコツと積み上げた。

「楽しくなる」と信じて。

今それはある程度のところまで来ている。

そうやって獲得した時間お金を何に費やしているかというと、

そう、youtuberだ。Vtuberと言ってもいい。

たぶん、「楽しいか、楽しくないか」じゃ説明がつかん活動だ。

やってるとき楽しい。ちやほやしてもらえないと楽しくない。

動画構成を考えているときはクソほど楽しい

実際に動画を作っているとき死ぬほど楽しくない。

矛盾だらけだ。説明がつかない。

ドラマティックであるか」といえば、

この活動大成したときドラティック具合は半端ではないことを知っている。

失敗して活動を辞めてしまっても、挑戦したドラマ自分の中に残る。


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僕は「共時性」を大切にしている。シンクロニシティ

この出来事に何か意味があるのではないか

いまこの事象に巡り会えたことは、この先に活かせるのではないか

共時性を感じたとき鳥肌が立つくらい快感なんだよ。

刑事小説普段読まない。興味があったわけでない。

大昔のマンガセリフを覚えていて、

セリフと同じタイトル小説が偶然書店にあって、

うつもりはなかったけど、店に気が引けるから買って、

結果どハマりして読んでる最中

今後数年の行動原理となる「ドラマティックであるか」に気がつけた。

海外お話であった記憶がある。

世界中のどんな食材もそろっており、

あらゆる料理提供されるレストランに男が行った。

男はテーブルにつき、

メニューを供されるのを待ったが、

時間経ってもメニューは男のもとへは来なかった。

そうこうしているうちに、レストランの奥からシェフがやって来て言うのだ。

時間になりました。お帰りください」

男は困惑して尋ねる。

メニューが供されなかった」

シェフは答える。

「この店にメニューはありません。お客様が望むのであれば、なんでも提供できたのですがね」

これが「人生のものである」とお話が締められる。

男は行動しなかった。何でもできたのに「メニューが供されるのを待った」

時間切れってのは死のことだろう。

待っていたらドラマティックになんかならねぇ。

僕はまだまだ身体も頭も動くんだ。

これからも超絶やばい経験を積みまくって、

ジジイになったとき、なんでも経験してたジジイ評価されるようになってやる。

おしまい

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