(2)この矢野論文は、国会あるいは国民と財務省との戦いにおいて放たれた弾である
以上の矢野氏のレトリックについての論評はさておき、そもそもなぜ矢野氏はこのタイミングで記事公表を行ったのでしょうか。
一つには、“矢野”という財務省随一の緊縮論者・財政緊縮論者である一役人が、彼の自意識の発露としてどうしても公表したかったという背景があるやに思われます。
ただし、麻生前財務大臣や鈴木現財務大臣がその出版を了承したのは、省としての決定が、内閣において修正されてしまうという(彼等にとっての)「政治的リスク」を、矢野氏、そして財務省が認識していたからだと考えざるを得ません。
矢野氏が「バラマキ合戦」と言って「批判」しているのは、次の様な、重要政治家からの発言の数々です。
■岸田総理大臣・所信表明演説
危機に対する必要な財政支出は躊躇なく行い、万全を期します。経済あっての財政であり、順番を間違えてはなりません。経済をしっかり立て直します。そして、財政健全化に向けて取り組みます。
■高市早苗・自民党政調会長(総裁候補)の著書での主張
物価安定目標のインフレ率2%を達成するまで国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を巡る規律の凍結』を主張、ならびに「災害対応をはじめとする財政出動の拡大」を強調
■(最大野党)立憲民主党・公約(枝野代表より)
- 30兆円超の補正予算
- 時限的に基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)凍結
- 時限的に消費税率を5%に引き下げ
こうした政治的主張が、総裁選、総選挙に向けて、与野党要人から繰り返されている状況を、「バラマキ合戦のような政策論」と揶揄しているのであり、こうした政治家発言を「国民の人気取りのためだけの不条理なもの」と、一匹の「忠犬」として勝手に「断罪」している訳です。
矢野氏、あるいは、財務省がこういう発言をするのは、日本の国会、あるいは、民主主義の場で生じている、「財政政策の規模についての見直しを巡る議論」が、上記の(a)~(c)という財務省が決めた事を継続する上で都合が悪いため、どうにかしてそういう財政政策論を潰してしまいたいという意図があるからに他なりません。
もちろん、(a)~(c)をやらねば、矢野氏が比喩として言っている様に「日本が沈没する」というくらいの凄まじい国益毀損があるのなら、この矢野氏は誠に「立派な国民国家の忠犬」であり、国会において「財政政策の規模についての見直しを巡る議論」を展開する岸田氏、高市氏、枝野氏らは皆一様に、暴走族、あるいは、反社会性力のごとき、人間のクズの様な愚か極まりない乱暴者だという事になります。
しかしもしも、この「忠犬・矢野」の「日本が沈没する」という話が「誤り」であるのなら、彼は国家国民のための忠犬では無く、単なる財務省という巨大組織に組み込まれている単なる一組織人に過ぎぬ存在だと言われても致し方無きものとなります。しかも、財務省は、かねてから「首相よりも権力がある」とすら言われていた組織です。
● 田原総一朗氏と藤井聡氏、コロナ不安の経済めぐり激論 衆院議員会館で緊急シンポジウム、議員から質問相次ぐ
その点を踏まえるなら、この矢野氏の振る舞いは、国家国民を救い出すために、巨大な権力組織である「財務省」に戦いを挑んだ政治家達を、自らの強大な組織力を使って踏み潰そうとする下劣な輩だという解釈が浮かび上がる事になります。
矢野氏は、立派な「国家の忠犬」なのでしょうか、それとも、おぞましき権力の走狗に過ぎぬ輩なのでしょうか……?あるいは、逆に言うなら、岸田氏や高市氏は、国民国家のための政策論を主張する立派な政治家なのか、それとも、ただ単に有権者の人気取りのために国家を沈没の危機に追いやる、暴走族の様な破滅的な下劣な政治屋なのか、いずれなのでしょうか?
矢野氏は、その文章全体から岸田氏や高市氏が暴走族の様な破滅的な下劣な政治屋だと断罪していると考えざるを得ませんが、当方にはそうだとは到底思えません。以下に詳しく論ずる様に、岸田氏や高市氏の財政拡張論は国民国家にとって必要なものだとしか考えられないからです。
いずれにしても、この問いに答えるには、本当に(a)~(c)という主張、つまり、PB目標や消費税率を堅持し、給付金を抑制していくことが、日本の沈没を救うのに必要なのか、それとも、それとは逆に、消費税やPB凍結や給付金の拡充が、日本国家の弥栄、さらには、財政基盤の強化のために必要なのかどうか、という「経済政策上の議論一点」にかかっています。
ついては、その点についてしっかり以下、解説いたしましょう。
(メルマガ『藤井聡・クライテリオン編集長日記 ~日常風景から語る政治・経済・社会・文化論~』』2021年10月9号より一部抜粋・敬称略。続きはご登録の上、お楽しみください)
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