グーグルの社内調査以降、組織内の「心理的安全性」がとても重要であると言われるようになっています。このメディアでも過去数回にわたって取り上げてきました。言葉としては初めて聞いたという人でも、誰もが気兼ねなく意見を言える風通しの良さが重要ということには、概ね同意するのではないでしょうか。
けれども、リモートワークや副業の解禁などで働き方が多様化し、デジタルでのコミュニケーションが増えると、この心理的安全性をどうにかしてデジタル空間上で実現する必要が出てきます。互いに顔が見えづらい中ではどんな難しさがあり、どうやってそれをクリアしていけばいいのかというのが、この記事を通じて考えたいテーマです。
そこで今回は、ZOZOテクノロジーズの代表取締役CINO(Chief Innovation Officer)金山裕樹さんにお話を伺いました。ZOZOテクノロジーズは、ご存知「ZOZOSUIT」など革新的な取り組みを連発するZOZOグループを技術面から支えるテクノロジー企業。心理的安全を感じながら働けることは、こうした革新的なアイデアを生むのに不可欠な前提であると金山さんは言います。
しかし一方で、機密性の高い情報を扱うがゆえに、ほんの1年前まで同社もまた、社内の風通しに問題を抱えており、そのことが社員の心理的安全を脅かしていたのだそう。どのようにして社内の環境を改善していったのか、チーム内にデジタル心理的安全性を築くための取り組みを聞きました。
PROFILE
金山裕樹:株式会社ZOZOテクノロジーズ 代表取締役CINO(Chief Innovation Officer )
AppleとGoogle、両社のベストアプリを受賞した唯一のファッションアプリ「IQON」(ア イコン)を運営するVASILYを創業後、2017年10月に「ZOZOTOWN」 を運営するZOZO( 旧スタートトゥデイ)に売却。売却後は同グループの技術開発を担うZOZOテクノロジーズ(旧スタートトゥデイテクノロジーズ)のイノベーション担当代表取締役として、ZOZO研究所の発足などR&Dと新規事業の創造を行っている。著書に『いちばんやさしいグロースハックの教本』(インプレス)など。
ほんの1年半前まで社内は危機的状況にあった
——本題に入る前に、御社には代表取締役がお二人いるそうですが、金山さんの役割は?
代表取締役なので会社の代表として経営を担っているわけですが、「Chief Innovation Officer(チーフ・イノベーション・オフィサー)」と名前がついている通り、新しいことを試し、組織に革新をもたらすことが役割です。
新規事業を作ることもそうですが、一方で、社内で革新を起こすというのも、やるべきことのひとつ。だから、今回のお題である、デジタル心理的安全性を担保する取り組みも、自分が中心となって進めています。
今のポジションに就いたのは昨年の4月ですが、就任してみると社内のデジタル心理的安全性が低いことに気づかされました。
——どんな状況だったんですか?
いわゆる、風通しが良くありませんでした。弊社では普段のコミュニケーションにチャットツールの「Slack」を使っているのですが、限られた人しか参加できないプライベートチャンネルが多発し、やりとりの何十パーセントかがダイレクトメッセージ(DM)で行われ、またチャンネルの命名規則もなかったので、誰がどこで何を話しているのかが、まったく分からない状況でした。
そうなっていたのには、「ZOZOSUIT」のような新規事業をはじめとする機密性の高い情報を常時やりとりしているから、という事情はあります。しかし、情報の扱いに関して、いかに漏洩しないか、いかに事故を起こさないかといったディフェンス面の意識が強すぎて、いかに社員の生産性を高めるかというような、ポジティブな施策が打たれていなかったんです。
——その結果、どんな問題が起きていた?
まず、「これ、どうしたらいいの?」という困りごとがあっても、気軽に誰かに「助けてほしい」と言えない状況でした。そもそも誰に助けを請えばいいのかも分からない。逆に、困っている人を見つけて自主的に手を差し伸べることもできません。
そうすると余計に困った状況に陥るので、仕事はどんどんやりにくくなる。このまま悪循環が進んでいけば、最終的には社員が離職してしまう未来まで見えていた。なので、早急に対処する必要があるだろうと思いました。
それに、誰もが気軽に意見を言えないというのは、社内でイノベーションを担当する自分にとって、非常に望ましくない状況でもあったんです。
——どういうことですか?
イノベーションにはコラボレーションが不可欠。異なる人たちが情報や意見を持ち寄るからこそ、イノベーションは起こり得るわけです。そう考えると、誰がどこで何をやっているのかが見えるというのはコラボレーションする上で重要であり、イノベーションの大前提であると言えます。
革新的なことというのは、本来的に失敗の確率が高いものです。つまり、一見しただけでは、普通の人にはその価値が理解できなかったり、失敗するとしか思えなかったりするアイデアの中に、イノベーションの種は眠っています。
それを見つけるには「どんな馬鹿げた意見であっても尊重するよ」と言えるような土壌が社内になければなりません。例えば、インターンの大学生に対して自分が「意見するのはまだ早い」という態度をとった時点で、その人は意見するのをやめてしまうでしょう。それは、組織にとって大きな損失です。
イノベーションを起こしたければ、それとは逆に「ここにいてどんどん意見を出してほしい」「チームの一員として意見が言える」という状況を作ることから始めなければならない。それが心理的安全性です。自分の役割は、ぶっ飛んだ挑戦を促進させること。そのためには、こうした心理的安全性は、絶対に必要なものだったんです。
プライベートチャンネルは原則禁止。開設にはりん議が必要
——では、その心理的安全性を醸成するためにやったことを教えてください。
これはデジタルに限らないのですが、まず「オープンになろう」という会社としての方針を定め、全社に向けたキーノートで打ち出しました。
その上で、具体的には「Slack」のプライベートチャンネルを原則禁止にしました。もちろん、機密性の高い情報を扱うための例外もありますが、その場合はりん議が必要になりました。
DMも基本的に禁止。チャンネルの命名規則も作り、分かりやすく検索できるように環境を整えました。さらに、1カ月に1回は不要なチャンネルから退出し、アーカイブする「棚卸しデー」のようなものも設けています。
そうして、まずは誰がどこで何を話しているのかを明らかにすることから始めました。
次にやったのは、経営会議の議事録の公開です。社員に対して「オープンになれ」と言うのであれば、我々経営陣からオープンな姿勢を見せるのが筋だろう、と。もちろん、中には広く開示できない内容もありますが、基本的には、会議が行われるたびに議事録が「Slack」に流れるようにしました。
「人にやってほしいことがあったら、まずは自分から」が持論です。だから例えば、情報共有のためのチャンネルにも、「こんなニュースがあって、こんな風に思うんだけど、どう思う?」みたいな感じで、議論の火付け役として、自分が率先して投稿するようなことも行っています。
ほかには、「Unipos」(同僚と成果給を送り合えるシステム)を導入して、お互いの仕事を認め合う文化を醸成したり、エンプロイー・サーベイで従業員満足度を定量化し、3カ月に1回振り返って、行動を見直したりといったことも行っています。これらも広い意味で、デジタル心理的安全性を高めるための取り組みと言えるでしょう。
この1年は、そうやって情報のオープン化・見える化・仕組み化を徹底して進めてきました。なぜかというと、デジタルコミュニケーションの難しさは、情報量の少なさにその本質があると思うからです。
デジタルだと、コンテクストや空気みたいなものが伝わらないじゃないですか。例えば、この場の会話をすべてデジタルにトレースしようとすると、何テラバイトにもなってしまう。たった何バイトかのテキストには、照明の明るさ、匂い、距離、温度......そうした環境情報のすべてが欠落している。だから伝わらないんです。その結果として、心理的安全性も脅かされる。
そうならないための、デジタルコミュニケーションのコツはいろいろとあります。ビデオ会議の場合は、ちゃんとカメラをオンにして表情が見えるようにするとか、大きく頷く、ゆっくり話すなど。チャットなどのフロー情報の場合は、語尾に「~」や「!」をつけて、極力言い切りにならないようにするとか。細かいことのようですが、そうやってインダイレクトなコミュニケーションをいかに作るかは、とても大事なことだと思います。
でも、それ以上にレバレッジが効くのは、結局はやはり、リアルな場で「知っていること」ではないか、と。テキスト上でのぼくの言い方がきついと感じても、リアルに会ってぼくの性格を知っていれば、「ああ、あいつはそういう奴だから」と思って、そこまで心理的な安全は脅かされないはず。それがないままだから「責められている」と感じてしまう。
だから、ZOZOテクノロジーズではオフサイトの取り組みも行っていて、例えば「ZOZOテクノロジーズscrum」という、全社員参加のイベントを行うことで、縦でも横でもない、斜めや離れ小島のコミュニケーションを促進するようにしています。そうやってリアルな心理的安全性を高めることが、結果としてデジタルにも寄与するのではないかと考えているんです。
言い続ける・やり続ける・自ら参加者に、の3点セット
——情報をオープンにすることには、抵抗を感じる人も中にはいるのでは?
もちろんいるでしょうね。単純に考えても、情報をオープンにするにはそれ相応のコストがかかりますから。内輪で話すのであれば「あれ、よろしく」で済んだところ、第三者が分かるように書くコストが発生するわけで。
さらに、情報をクローズにすることで仕事を成立させていた人からすれば、オープンにすることで自分の仕事がなくなってしまうことへの恐怖があるだろうと思います。会社へのロイヤリティが高く、かつ、会社の外へ出ても通用するようなポータブルなスキルを持っていない人は、オープンにしづらいでしょう。
だから、本気で風通し良く情報が流通する状態を作りたいと思ったら、会社としては、情報のオープン化を進めるのと併せて、そういう人がポータブルなスキルを身につけられるような、研修や業務の機会を一緒に提供しないといけないのだと思います。
——しかし、心理的安全を感じない状態で、ただオープンな環境だけが作られると、むしろ情報流通を妨げる結果になりかねないわけですよね。
そうですね。ただ、それでもなお、まずは情報をオープンにすべきだと自分が思うのは、「隠れたところでコソコソやられている」と感じることが、心理的な安全を脅かす一因と言えるからで。もちろん、それだけで十分ということではないですが、「まずオープンにする」というのは、それほど間違っていないかな、と。
これまでやってきたことというのは、ゼロをプラスにしたというよりは、マイナスをゼロにするようなことなんです。「早寝早起きをしたら健康になれる」というくらいの、当たり前のことから着手したということ。ベタだし、そんなに面白い話でもないかもしれないですが、その分デジタル心理的安全性がないだろうという会社が、まず着手すべき定石であるとも言えると思います。
自分たちはそもそも、「1回言うだけでやれる」とか、「1個の施策で劇的に変わる」という前提には立っていません。100回言ってできるかどうかだと思っているので、「だったら100回言おうぜ」というスタンスです。
組織において、これさえやっておけばうまくいく「神の一手」はないと思っています。少なくとも、経営者として限られた能力しか持たない自分には、地道にコツコツやる以外にないと思っていて。
まずやると決める。やると決めたら、言い続ける・やり続ける・自ら参加者になる。この3点セットで、変わるまで粘り強くやる以外に、組織を変える方法なんてないんじゃないかな。やらない人にやらせることができたらもちろんそれが一番いいんですけど、自分の能力ではそれは難しい。であればとるべき戦略はひとつ。すでにやっている人をひたすら引き上げる、です。
言われなくてもやっている人にやらせまくって、ほめまくって、そういう人が報われるようにする。そうやって仲間をつくる。「楽しいね!」と言って、自分自身も一緒に踊る。その一方で、新しい人がその気になったらいつでも入れるよう、ドアは常に開けておく、というような。
踊らない人に上手に踊り方を教えて仲間にする、そんなリーダーになれたらどんなにいいか。でも、自分にできるのは、自分が思いっきり踊ることだけだと思っているので。
(取材・文、鈴木陸夫/企画・編集、岡徳之/撮影、伊藤圭)
"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年10月31日公開の記事)