チームの挫折をどう越える。世界最高額で資金調達の宇宙ベンチャー社長に聞く

2040年、1000人が住み、年間1万人が訪れる、月面で一番最初の街「ムーンバレー」を実現する——。そんな壮大なビジョンの実現を目指す、日本発の宇宙ベンチャーがいます。

「ispace」です。ビジョン実現に向け、同社は宇宙ベンチャーのシリーズA(最初の出資ラウンド)としては世界過去最高額となる「103.5億円」の巨額資金を調達。その金額は、日本国内では宇宙にかぎらずあらゆる分野のシリーズA全体としての過去最高額でした。

しかし…… 日本中の宇宙ファン、航空宇宙業界からの期待を一身に背負い、しかも誰もが順風満帆に思えたその矢先、ispace社は苦境に立たされます。

2040年の構想を見据え、その「ミッション0」と位置づけて参加していた世界初の月面無人探査レース「Google Lunar XPRIZE」を、月面探査ローバーを搭載する月着陸船の開発パートナーとの打ち上げロケットの調整難航という不可避な理由で断念せざるを得なくなったのです。

月面無人探査1

ispaceのチーム「HAKUTO」はレースのファイナリストにも選ばれ、月面探査の実現は目前にまで迫っていたのだが・・・。

「日本独自の技術による月面探査の夢は散った」、レース断念の報道を目にした人はそう感じたかもしれません。けれども、ispaceの挑戦はその後新たな形で続いています。足下では、レース断念の原因となった月面着陸船を、今度は自力で開発しようとしているのです。

不屈の精神で前進し続ける宇宙ベンチャーispace。今回はその代表取締役である袴田武史さんに、レース中断の背景とその後、逆境から再起を図るチームに必要なリーダーシップについて伺います。

株式会社ispace代表取締役CEO袴田武史氏1

ロケット打ち上げが困難に・・・そのときチームは

——2040年の構想を見据え、Google Lunar XPRIZEを目指していたispace社のチーム「HAKUTO」ですが、相乗りする予定のロケットの2018年3月末までの打ち上げが困難となり、おのずとレースを諦めざるを得ない状況になりました。まずはそのときの率直な感想を教えてください。

株式会社ispace代表取締役CEO袴田武史氏2

あらゆるケースを想定していましたが、想定していたシナリオの中で「最悪のケース」であったことは確か。われわれにとって、あのレースは2040年の構想を実現するための「ミッション0」と位置づけていましたから。

それに、Google Lunar XPRIZEを目指していたHAKUTOは、ispace社の社員とプロボノメンバーから構成されていて、ispaceの社員約60名中15名ほどがプロジェクトに参加していた。つまり、さまざまな思いや立場のメンバーがいたんです。目の前の事態にしっかり対応していかなければ、チームとしてさらにネガティブな状況になり得ますし、この先につなげていかなければならないと考えていました。

HAKUTOとしてはレースが困難になりつつあるけれども、XPRIZE財団へ働きかけてなんとかレースの期限延長への方向性を探る。一方で、ispaceとしては資金調達に向けて、何か起こったときに投資家へ説明責任を果たせるよう、あらゆるケースを想定して事前に考えてきたことを粛々と進めていく。

12月に資金調達をすることができて、たとえレースが終わってもしっかりと計画を進めていけることが分かっていたので、ispaceとしてはポジティブに話すことができた。そして、当時はまだHAKUTOとしてもポジティブな未来を見据えていた。

とはいえ、報道ではどうしてもマイナスに報じられました。それこそ打ち上げが困難になったことが判明したときには「HAKUTO断念」という見出しが出ましたからね。ですからその翌日には記者会見をして、Google Lunar XPRIZEが期限通り終了すると発表されたときにもその日のうちに会見を行いました。

チーム内外に対して、あのときの状況を必要以上にネガティブに捉えられてしまわないようなメッセージング、情報発信を心がけていましたね。

——ロケット打ち上げが困難になったと判明したとき、チームには動揺が走ったのでは?

月面無人探査2

確かに、みんな口々に「これからどうなるんですか?」「本当に打ち上げは困難なんですか?」「どうすればいいんですか?」と……言葉としては一様に不安なものでしたし、1月下旬に期限通りのレース終了が決まってからは、正直なところ、人によっては意味を見いだせない部分もあったかもしれません。

ただ、メンバーに伝えたのは、HAKUTOとしてはもちろん月面探査が大きな目標ではあるけれども、それに固執することなく僕らは2040年の構想に向けてチャレンジを続ける、ということ。それをベースに意思決定をしていけば、HAKUTOのメンバーやそれを支える人たちにとっても、いちばん素直な判断になるのではないかと思ったからです。

チーム再起へと先導、挫折のなかで行った「合宿」

——3月末に「Google Lunar XPRIZE」は優勝チームなしで一旦中断することになりました。レースはどういった意義があったとお考えでしょうか。

優勝チームが出なかったので、そういう意味では失敗かもしれませんけど、宇宙産業の成長スピードを速めるため、賞金を掲げて参加者を集めて、競争環境を作ったという背景を考えれば、十分にその目的は達成したと言えるのではないでしょうか。

実際、月面探索を実現できそうなチームがいくつも生まれ、世界の宇宙開発において、月は間違いなく火星より重要な位置づけとなっている。より多くの人にリーチして、産業を構築していくというのがXPRIZE財団の大きな目的だったはずでしょうし、そういった世の中の動きを作っていくきっかけになったという意味では、ひとつの成功だと考えています。

そして、Google Lunar XPRIZEを目的としていたHAKUTOというチームは、レースの終了をもってある種の終わりを迎えたかもしれないけど、完全に終わったかと言えばそういうわけではない。

HAKUTOの実績があったからこそispaceとして資金調達ができたわけですし、今後の事業において重要な布石となった。Google Lunar XPRIZEが岐路を迎えた時点で、投資家も資金調達を断ろうと思えばできたかもしれないけど、将来性を理解して、資金を投じてくれた。それはとても励みになりましたし、ポジティブなことだと思います。

—— HAKUTOからispaceへミッションを引き継ぐにあたり、どのように新体制を築いていったのでしょうか。

宇宙飛行士などのステッカーが貼られた袴田武史氏のラップトップ

HAKUTOにはispaceの社員が一部参加していましたが、並行して水面下でispaceとしても月着陸船プロジェクトを進めていました。

一方で、HAKUTOに参加していたプロボノチームは今回のプロジェクトに関しては、一旦解散となります。自分としてはやはり彼らに対しても責任を負っているので、しっかり説明をして、お互いに何を考え、今後どうしていきたいのか話す機会を設けるため、HAKUTOの活動が公式に終了する前の3月時点で「合宿」を行いました。

合宿では、まずは自分から、今回の経緯をしっかりと話しました。プロボノによっては毎回ミーティングに参加しているわけではない人もいましたから、まずは情報の平準化を図ろうと、HAKUTOのプロジェクトを終了して、ispaceとして今後どうしていくつもりなのか、どんなビジョンを描いているのかを共有しました。

日本初、民間主導でランダーを月周回軌道へと投入し、月のデータを地球へ届けるデモミッションに取り組む計画

2020年には「Mission1」として、日本初、民間主導でランダーを月周回軌道へと投入し、月のデータを地球へ届けるデモミッションに取り組む計画

—— ispaceの社員であれば、HAKUTOのプロジェクトが終わっても会社のミッションとして月面探査を目指していくことができる。けれどもプロボノメンバーなどの中には、そこで可能性が断たれてしまう人もいますよね。メンバーからはどんな意見が聞かれましたか。

あまりにも急展開だったのですべてを伝えきれていたわけではありませんし、また僕らからだけでなくお互いにどうしていきたいのか、語り合いました。

もちろん、残念だ、という反応が大半でしたが、今後も機会があるならチャレンジしてみたいという声が多かったことは確かです。プロボノからispaceの正社員になった人もいます。XPRIZE財団が新たなスポンサーを見つけて、レースが再開されるようなら、また集まろう、という方向性は示すことができたと思います。

——ある種、大目的が失われてしまったという挫折のなか、対話することはとても難しかったと思います。対話する際にはどんな姿勢で臨みましたか。

挫折の中、チームを率いるのに大切なのは「正直に話す」ということ。「話を聞いてあげる」ということも非常に重要です。

そもそも、人によってHAKUTOに参加した動機も理由も目的も違いますし、彼らの思いを聞くことで僕らのミッションが変わるわけではない。だからと言って、「話しても仕方ない」とかたくなに閉ざしてしまうのではなく、大きなスタンスでただ、ちゃんと聞く。

個人的には感情の起伏がないほうで、あまり物事をネガティブにもポジティブにも受け取らないんです。……まぁ、周りからするとあまり面白くないと思われるんでしょうけど(苦笑)。だからこそ、やり抜くことができたのかもしれない。

もちろん、とても残念ですし、たくさんの方々に応援していただいたので、責任は感じますけど、これで塞ぎこんでしまうようなことはありません。幸い、ispaceのマネジメントをはじめ、周りに支えてくれる人もいますし、みんなで議論して、ベストな解を導き出して、実行すればいいだろう、と。

「何があっても辞めない」信頼に人はついてきた

——困難に直面したとき、必要以上に揺らがない。やるべきことをやる——。まさに袴田さんの姿勢にはレジリエンスを感じます。ご自身の体験を踏まえ、レジリエンスを身につけるために必要なのはどんなことでしょうか。

株式会社ispace代表取締役CEO袴田武史氏3

自分としては、事前にしっかり計画し、さまざまなリスクを想定し、起こりうる課題に対してどう対処するのか、自分自身で考えておくことが必要だと思います。ただ闇雲にやっても、立ち直るきっかけはつかめませんから。

——「有事の際に揺らがない」というのも重要だと思うのですが、なぜ袴田さんは動じずにいられるのですか。

……あまり感情を持ってても得しないと思っているんですよね(笑)。自分の銀行口座が底を尽きかけたり、資金調達に苦労したり、これまでさまざまなことが起きましたけど、一つひとつの出来事にいちいち「つらい」と思っていたら、これほどまで続かなかったんじゃないでしょうか。

おそらく、どんなときでもどこかに道はあるんです。感情や一瞬一瞬にとらわれるのではなく、それを冷静に見定めて行動に移せば、いい方向へ進めると思うんですよね。

——自分の判断に対して自信をお持ちなんですね。

自信というより……僕は自分がやろうとしていることを、本当にやりたいと思っているからだと思います。子どものころにスターウォーズと出会って、その世界をずっと追求し続けてきた。「スターウォーズに憧れる」って、みんな通る道だと思うんですけど、その気持ちを忘れずにいられたのは大きかったと思います。

——多くの人がどこかのタイミングで夢を諦めてしまうように思います。なぜ、それを持ち続けることができたのでしょうか。

あまりその夢を口に出していなかったので、否定されることも少なかったんですよね。自分の中で、宇宙業界へ進むために必要なことを理解して、着実にステップを踏んでいったんです。大学院で次世代航空宇宙システムの概念設計に携わって、民間主導の宇宙開発には経営視点が必要だと考えて、コンサルティングファームへ進んだ。突拍子もないこととは思われなかったのかもしれません。

—— ispaceやHAKUTOのプロジェクトを諦めようとしたことはありませんでしたか。

立ち上げ当初はみんなボランティアでしたし、辞めようと思えばいつでも辞められたとは思います。実際、何度か辞めるかどうか議論したこともあった。けれども、2014年に外から資金を預かった時点で、自分の中では辞めるという選択肢はなくなりました。当初からのメンバーもみんなフルタイムでプロジェクトに参画して、リスクを取ってくれた。それは本当に感謝しています。

——ご自身だけでなく、メンバーも諦めずについてこられたのは、なぜだと思いますか。

株式会社ispace代表取締役CEO袴田武史氏4 

そもそも、2010年にこのチャレンジを始めた人たちはみんな “クレイジー” だとは思うんですけど、自分で言うのもなんですが、「こいつは簡単には辞めないだろう」と思われていたからじゃないか、と。

チームをまとめて方向性を示すのにビジョンは必要ですが、きちんと明文化したのは比較的最近のことです。ビジョンよりも、何があっても辞めないし、絶対にやり続けると信じてもらえたからこそ、ある程度コミットしても大丈夫だと考えてもらえたんだと思います。

何があっても辞めないし、逆に、自分の中には「明らかな成功」というものもないんです。あるのは失敗か、次に何かつながったか、ということだけ「成功した」ってことが怖いんですよね。資金調達も見る人によっては「成功」と言うのかもしれませんが、あくまで目指すビジョンに近づいていくために必要なことであって、目の前にあるのは逆境ばかりです。

先週、ちょうどアメリカ出張で宇宙開発系の企業のCEOと話したのですが、「スタートアップは『成功した』と思ったときに気をつけたほうがいい」と言われて、深くうなずきましたね。いろんな成功の形があるとは思いますけど、ispaceはそれこそ100年くらいかかりそうな長期的なビジョンを持っている。ファウンダーになった以上、目指すところは売上云々ではなく、いかにビジョンへ近づいていくか、なんです。

——その100年くらいかかりそうな長期的なビジョンとは?

遅かれ早かれ、人類が宇宙に住む時代は来ると考えていますが、宇宙に経済圏……人が豊かになる仕組みを作らなければならない。そのためにまず必要な資源は水です。その調査を行う月面探査船を開発し、2020年に月周回軌道へ投入し、2021年に月面への軟着陸を行う。そして2040年には水資源をもとにインフラが構築され、「ムーンバレー」に僕らのオフィスを建てる。そうやって宇宙空間に人の生活圏を築いていきたいと考えています。

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(文・大矢幸世、岡徳之、撮影・伊藤圭)


袴田武史:株式会社ispace 代表取締役CEO。1979年生まれ。米ジョージア工科大学で修士号(航空宇宙工学)を取得後、外資系経営コンサルティングファームを経て、2010年よりHAKUTOに参加。2013年に運営母体を株式会社ispaceに変更。

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年9月20日公開の記事)