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ICT化遅れ浮き彫りの教育業界、ソニーが考える「300年先の未来をつくる教育」とは

iXキャリアコンパス

Apr 25, 2020, 8:00 AM

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礒津政明さん

教育業界はIT化が最も遅れている業界のひとつと言われます。そこに最先端のテクノロジーで切り込み、積極的かつ世界的に教育事業を展開するのがソニー・グローバルエデュケーションです。

ソニーが誇るデジタルテクノロジーの力を使い、小学生から楽しくプログラミングを学べる学習キット「KOOV」、プログラミング的思考を育成するデジタル教材「PROC」などのオリジナル教材を次々に開発。ブロックチェーン技術を用いた新しい成績評価の仕組みも考案するなど、取り組みは多岐に及んでいます。

同社が掲げるビジョンは「300年先の未来をつくる教育」。彼らの考える未来、そのために必要な教育とはどんなもので、テクノロジーはそこにどう寄与できるのでしょうか。代表取締役の礒津政明さんの話から、企業の人材育成やキャリア形成にも通じる「これからの学び」のあり方を展望します。

人生を豊かにするのは「創造的なマインド」

——なぜ教育で起業を?

教育分野はIT化が非常に遅れた分野です。ほかの業界と比べると技術的にかなり古い。古いというより、なにもやってこなかったというほうが正しいかもしれません。

教壇に立った先生が大勢の生徒に向かって教えるという伝統的なクラスルームのスタイルは、1800年代後半のアメリカで確立したと言われています。その後、世の中にはさまざまな新しいテクノロジーが生まれ、また生活習慣や文化も大きく変わったにも関わらず、このスタイルは100年以上の間まったく変わらずにきていました。

ところが、2010年ごろになってiPadやChromebookなどのデジタル端末が普及し出したことにより、世界の教育はいま急速に変化し始めています。日本はデジタル端末の普及ひとつとっても世界から大きく遅れていましたが、それでもようやくICTで子どもたちの創造性を育む「GIGAスクール構想」が発表され、一人一台という話が出てきています。

これは、子どもたちからすれば新しい学び方を吸収しないといけないタイミングと言えますが、我々のような事業者にとっては大きなビジネスチャンスです。

ソニーはテクノロジー企業であり、私自身もR&D出身の技術者。「技術で教育にイノベーションを起こしたい」「教育を大きく変えることに貢献したい」との思いから、2015年にこの会社を設立しました。

——創業時から「300年先の未来をつくる教育」というビジョンを掲げていますね。

「300年先の未来をつくる教育」とは、ロングスパンで、サステイナブルな未来をつくるための教育、端的に言えば、新しい社会をつくれるようなイノベーターを育てる教育にしていこうということです。重要なのは「300年」という具体的な数字ではなく、物事をロングスパンで考えることだと思っています。

千年紀、万年紀でいまの地球を見てみると、おそらく西暦1万年ごろにはみな宇宙へ移住してしまっていて、地球上に人類はいないだろうと思うんです。けれども、いまから1000年後の西暦3000年代にすでになんらかの理由で地球上に住めなくなっているというのではさすがに困りますよね。

そうならないため、人類の生活をサステイナブルにするために、いま成すべきことはなんでしょうか。気候変動や資本主義の限界など、解かなければいけない問題は山ほどありますが、教育にだってなにかできることがあるはず。それが、未来をつくれる人≒イノベーターを育てることだと我々は考えています。

——イノベーターはどうすれば育ちますか?

礒津政明さん

未来をつくれるようになるためには、そもそも「未来は変えられる、自分でつくれるものである」というマインドが必要です。

新しい課題に直面した時、多くの人がその解決を諦めてしまうのは、「自分には未来なんてつくれるはずがない」と思い込んでいるからです。例えば、日本人が選挙にも行かずに愚痴を言ってばかりいるのは、「選挙に行けば政治は変えられる。未来は自分たちの手で変えられる。それが民主主義である」という事実を理解していないからでしょう。

教育のもつ力がすごいのは、こうした人のマインドを変えられるところにあると思っています。

「プログラミング教育がなぜ大事なのか?」という話になると、「それによって論理的思考力が鍛えられるから」と考える人は多いです。ですが、私はそれ以上に、プログラミングという手段を使ってゼロからモノをつくり出す経験をすることで、「新しいものは自分の手でつくり出せる」というマインドをはぐくめることが大きいと思っています。

2020年4月から始まる新しい学習指導要領には、「生きる力をはぐくむ教育」として、思考力・判断力・表現力を重視する方針が打ち出されています。我々はそれらに加えてというか、根底にあるものとして、創造性=クリエイティビティこそが大切だと考え、フォーカスしています。

例えば「KOOV」も、プログラミングというよりはクリエイティビティの教育のためのツールとして開発したもの。我々はこうしたプロダクトを通じて、「未来は自分の手でつくれるんだ」というマインドをはぐくむことに挑戦しているのです。

礒津政明さん

——創造性こそが大切だと考えるに至ったのには、礒津さんご自身の経験も関係していますか?

そうですね。私が生まれたのは千葉県銚子市という田舎町でしたが、幼いころに親からコンピューターを買い与えられ、7歳でプログラミングを始めました。そこから、自分でものをつくることの楽しさに目覚めていきました。

夏休みには、普通の宿題は初日に終わらせてしまって、残りの39日はすべて自由工作に費やすような子でした。友だちの分の作品まで作ってあげるくらい、ある意味、あふれるようなクリエイティビティを発揮していました。

課題を解決するようないいアイデアを出すのもひとつのクリエイティビティと言えますが、そういう形で創造性を発揮すると、自分が楽しいだけでなく、周りの人がついてくるということが起こります。つまり、創造性はリーダーシップにもつながるんです。

この会社にしても誰かにつくれと言われてつくったわけではありません。自分がつくりたいと思ったからソニーの経営層に相談して、なんとしても社内起業できる方法を探しました。そうしたら結果として、いまの仲間たちがついてきてくれたということです。

このように、自分が優れていたかどうかは別にして、クリエイティブなマインドのおかげでいろいろなものを切り開き、人生を豊かなものにしてきた自覚はありますね。

「どこで学んだか」より「なにを学んだか」

——ブロックチェーン技術を使って評価方法のアップデートにも取り組んでいると伺いました。

ちょっと回りくどい説明になってしまいますが、学校での学び方のスタイルが大きく変わった背景には、デジタル端末の普及と並んでネットワークがつながったことが非常に大きいと思っています。

例えば中国ではいま新型コロナウイルスの影響で全土の学校を閉鎖していますが、転んでもタダでは起きないのが中国です。学校の時間割のすべてをオンラインの民間事業者に委託したところ、これが今日(2020年2月21日)時点では想像していた以上にうまくいっている。

「アフター・コロナには誰も学校に行かなくなるかもしれない」と言う人もいるくらいで、ビジネスとしても非常に活況になっています。

先生が生徒に教えるという伝統的な教育スタイルが100年以上も変わらないままだったのは、先生が常に「一番知識を持った人」だったからです。けれどもオンラインでつながったいまなら、子どもたちはインターネットから直接、知識を取ってくることができます。

また、最近では知識だけでなく教え方の面でも、先生よりも分かりやすく教えてくれる教育系の動画がたくさんあり、そうしたやり方でどんどん先に進めてしまう子どもも実際に現れています。

ネットワークですべてがつながると、このように学校外から学ぶ機会が自然と増えます。AIの活用が進めばこうした例は一層増えるでしょう。そうなると、学校の存在意義は相対的に小さくなります。

——先ほどの新型コロナ以降の中国の例はそれをいち早く証明しているわけですね。

アメリカでは「ホームスクーリング」と言って学校に行かない子どもはすでにかなり増えていて、スタンフォードやハーバードなどの一流大学にもホームスクーリングから上がってくる子どもが数パーセントいます。不登校ということではなく、その子に合った教え方ができて効率的だと考えられているのです。

その上で、社会性を身につけたければ夏休みにだけキャンプに参加する。少なくとも10年、20年単位で見れば、学校は集まりたい時にだけ集まる「選択肢のひとつ」になると我々も考えています。

日本を含むアジア圏にはまだ学歴重視の考え方が残っていますが、学歴重視というのは言い方を変えれば「どこで学んだか」が重要だということです。今後オンライン教育が本格化し、場所の制約が一切なくなると、この考え方が変わるでしょう。

「どこで学んだか」ではなく「なにを学んだか」、「場所」ではなく「その人自身」にフォーカスが当たる時代が来ると見ています。

礒津政明さん

その際、テスト一発の評価法でその人が「なにを学んだか」を正当に評価するのは難しいですよね。なので、自然と「学びのポートフォリオ」で評価しようという発想へと移行していくでしょう。

高校でどんな学習活動、どんな社会活動をしたのかがどんどんレポートの形でまとめられ、ポートフォリオに溜まっていく。大学入試の際にはそのポートフォリオを提出することで、大学側がその人を評価する、というように。

実際、アメリカの一流大学ではすでにペーパーテストで評価する割合は非常に低く、地域貢献や部活動などを含めて多面的にその人を評価するところが増えてきています。

今後はおそらく、子供たちがさまざまなセンシングデバイスを身につけて学校活動を行うようになりますから、毎日の授業の記録はもちろん、教室外での活動や友だちとの関わり合いなど、これまで以上にあらゆる活動がデータ化されていきます。そうしたもののすべてが、その人が「なにを学んだか」を示すものとしてポートフォリオに蓄積されていく。

ここに至ってようやく我々の作っているブロックチェーン技術が登場します。

ブロックチェーンのメリットは過去から未来永劫までのデータを非常に安全な形で積み重ねていけるところにあります。そして、従来のインターネットと比べて公開範囲なども必要に応じて細かく設定することができる。

——つまり、ポートフォリオとして活用するのに非常に適している。

さらに、このようにして蓄積されたデータの活用が今後の教育の改善に向けて非常に大事になると我々は考えています。

例えば、学校で取得されたデータを塾のような第三者に渡すと、塾がそのデータを解析し、より成績の上がるプランを作ってくれる、といったことも実現できる。

我々も学習データに加え、生活習慣など子どもたちに関するさまざまなデータを集め、それをAIエンジンで解析し、その結果を子どもたちの特性に合わせてフィードバックする、という実証事業を埼玉県との協業で今まさに進めているところです。

なにぶん教育現場はアナログなので、現状は取得できるデータに限りがあるのですが、今後端末の普及などが進めば、これまで遅々として進まなかった教育をデータドリブンの考え方で一気に改善できると考えて、いち早く注力しているんです。

ブロックチェーンを活用したソリューションのデモ画面
ブロックチェーンを活用したソリューションのデモ画面。

すべての人が目的意識と学ぶ意欲をもてる社会へ

——ところで、先ほどご説明いただいたような、生活のあらゆる活動が評価対象になる世界は、息苦しいようにも感じてしまうのですが?

そうおっしゃる方は少なくないです。ですが、私はなにも中国の信用スコアのようにひとつの評価軸でその人の価値がすべて決まってしまうという話をしているわけではありません。

「息苦しい」と感じる人の多くは自分の価値が点数として示される、テスト一発評価の時代の価値観を前提に考えているところがあるのではないでしょうか。

我々がイメージしているのはむしろその正反対の世界観です。どんな人にも絶対に得意分野はあるはずであり、それをうまく引き上げるような分析があるだろうと思っています。だから、どちらかといえばこれは「占い」に近いイメージなんです。

「あなたはこれが得意かも」「これは苦手そうだから別の道も模索したほうがいいかも」……そうしたサジェスチョンが占いのように示されるのだとしたら、受け止め方も変わってきませんか?

——たしかにそうかもしれません。

日本の教育はこれまで、全国津々浦々すべての人が同じ教育を平等に受けられることを重んじてきました。それはすべての国民をちょっとずつ引き上げるという意味では世界に類を見ない成功を収めてきましたが、イノベーションを起こすような突出した人材を輩出するという点では世界に後れを取る一因にもなってきたと思います。

もちろん人びとが平等に教育を受ける権利は大切です。ただ、必ずしもすべての人が同じ気持ちで教育を受けているわけではない以上、やる気のある人たち、自分からなにかをやりたいという人たちには特別にいい教育を受けさせることもあっていいのではないか、と。それは例えば経済的に恵まれているかどうかにも関係なく、です。

人間の能力は根本的にはみなそこまで大きくは変わらない。能力が変わらない以上、大切なのはやる気と目的意識ではないでしょうか。かつてマーク・ザッカーバーグもハーバード大学の卒業式スピーチで語っていたように、大きな目標を持ち、チャレンジできる人であることが大事だと我々も考えています。

残念ながら全員が全員そういう人なわけではない。だとすれば、少なくともやる気のある人たちに対してはいい教育を施すのが国の使命だと私は思います。

礒津政明さん

——さまざまなデータがネットワークに蓄積することで、そういうやる気のある人も見つけやすくなるということ?

それももちろんありますが、ブロックチェーンはやる気を引き出す、目標をうまく与えるという意味でも大きいと思っています。

例えば、本当は野球の才能を持っているのに地域的にサッカーしかやれる環境になく、結果として才能を発揮できていないといった子どもたちが現状はたくさんいるはずです。いいか悪いかはひとまず置いておいて、今後例えば学校中にカメラが張り巡らされ、子どもたちの様子を完全に記録できたとすれば、そのデータをAIで解析し、その子の得意不得意を見つけて、取り組むべき部活動をレコメンドするといったシステムもできるかもしれません。

そうやって自分では苦手だと思っていたものが実は得意だと気づくことができたら、それがやる気につながることもあるのではないでしょうか。我々としては、教育によって一人でも多くの子供が目的意識をもてるような社会をつくっていきたい思いがあります。ブロックチェーンやさまざまなテクノロジーを使うことで、そういった流れを加速させていきたいと考えているんです。

海外のインターナショナルスクールの教育は、まさにその人のいいところをちゃんと見つけようとします。部活動ひとつとっても50個くらいあって、毎学期好きなものをいくつも選ぶことができる。「自分探し」がしやすい環境になっているんです。その上で、好きなものが見つかったらそれをずっと続けるのでももちろんいい。

日本をはじめとするアジア圏の教育がこの点であまり良くないのは、野球部に入ったら卒業するまでずっと野球部で頑張らなければいけないところです。本当はほかのことにも興味があったとしても、週5日びっしりと練習があるからほかのことは試せない。「野球一筋に打ち込んで甲子園を目指す」というカルチャーももちろんあっていいですが、自分の得意なことを見つけられないマイナス面があります。

——本来活躍できるはずの人が環境のせいで活躍できないというのは、組織や社会にとっても損失ですね。

同じことは会社のキャリア教育においても言えるでしょう。日本の大企業では、営業職として入った人は自分が希望するしないに関係なくほとんどの人がずっと営業をやり続けることになりますよね。縦割りの文化の中で2、3の職種でも経験できればいいほう。でも、それでは本当の意味でのその人の適性は分からないままじゃないですか。

逆にスタートアップに行くと、小さいがゆえになんでもやらないといけないから、その中で「これだったら活躍できる」「これが好きだ」という自分の適性を見つけて、そこを深掘りしてキャリアにつなげていくということができる。

「だから大企業よりスタートアップがいい」という話ではありません。やる気を引き出し、その人が本来持った力を引き出すためにはどうすればいいのか。そう考えたら、日本社会はやり方・考え方を大きく改める必要もあるのではないかということです。

礒津政明さん

PROFILE

礒津政明:株式会社ソニー・グローバルエデュケーション 代表取締役社長

2000年ソニー株式会社入社。ソフトウェア、ネットワーク、Web関連の研究開発に従事。2012年より株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所、2015年株式会社ソニー・グローバルエデュケーションを設立、現職に就く。

[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭

iXキャリアコンパスより転載(2020年4月10日公開の記事)

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