こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。
働き方改革が政府により打ち出されたことでいろいろなキャリアデザインの方法が、日本でも少しずつ認められるようになりました。その例として副業と兼業の推進が挙げられます。2017年には経産省が「パラレルキャリア・ジャパンを目指して」という提言を公表しました。世界中でその動きは広がっています。
マッキンゼーグローバルインスティチュートが2016年に発表した調査結果によると約30%のアメリカとEUに住む労働人口が、何かしらの副業をしているということで、そのうちの7割の1億1300万人の人は、(就職できないから仕方なくではなく)自分の意思で好んで副業を持つことを選んでいることが分かりました。
日本で副業というと、いわゆる「週末起業」の意味合いで語られることがまだ多い印象です。本業はどこかの会社の正社員としてもったまま、空いた時間で好きなことでお小遣いを稼ぐ、という意味合いです。
私が住むアメリカでは、今では「本業と副業という考え方」自体が古い考え方になり、その代わりにミレニアル世代を中心に受け入れられてきているのが「ポートフォリオキャリア」という新しい働き方です。
ポートフォリオキャリアとは複数のキャリアを持ち合わせる働き方のことで、例えば大学教授をしながらコンサルタントとして起業をしたり、複数の取締役のポジションについたりする人などが挙げられます。
2枚名刺を持つ仕事の仕方とも考えられます。イメージでいうとイーロンマスク氏がテスラとスペースXのCEOなのも、ジャック・ドーシー氏がTwitterとSquareのCEOを勤めているのも、スタンフォード大学で機械学習を教えていたAndrew Ng教授がMOOCプラットフォーム*であるコーセラを立ち上げたり、Baiduでチーフデータサイエンティストをやっていたのも、それに当てはまるのではないでしょうか。
MOOCとは:Massive Open Online Coursesの略。世界中の名門大学の授業が無料で受講できるプラットフォームのこと。
身近な話では、シリコンバレーの私の友人には、大企業で職務経験を積んでから独立、現在は複数の有望スタートアップ企業へのアドバイザリーやコンサル、また投資家として充実したポートフォリオキャリアを歩んでいる人もいます。自分の時間軸で動けるため、昨年は1年アジアの母国に帰国、今年になってまたシリコンバレーに戻ってきた、と話していました。
私自身、AI技術と戦略を日本企業に導入する会社を経営する中で感じるのが、今後AI技術が当たり前に仕事のワークフローに浸透したときに、このポートフォリオキャリアを持っている人間というのは重宝されるだろうな、ということです。全ての人が当てはまるわけではなく、今まで以上に専門家として一つのキャリアを極める人の存在価値が高まるのは事実ですが、同時にポートフォリオキャリアを持つ人のスキルも必要とされることになると感じます。
「ポートフォリオキャリア」人材が持つ優れたスキル
なぜ、ポートフォリオキャリアという働き方がミレニアル世代を中心に受け入れられているのでしょうか。そして、何故AIが浸透した社会で必要な人材になるのでしょうか。
TEDトークで複数のキャリアをあゆむことについて語ったビデオが500万回視聴されたキャリアコーチでありライターであるエミリー・ラプニック氏によると、以下の3つのスキルをポートフォリオキャリアから学べるということです。
1. 異なるアイデアの合成能力
ポートフォリオキャリアを持つ人は必然的に異なる業界や職種を見ています。異なる知見が重なった交差点の部分でイノベーションが起こることが多いためいろいろな職業を持っている人は新しいアイデアを出しやすいと言います。
2. クイックラーナーであること(習得が早い)
複数のキャリアを持つ人はいろいろなことをトライすることに慣れている人=すなわちビギナーとしてのプロでもあり、各ドメインのスキルを習得するのが早いと言います。
3. 適応力
『フラット化する世界』を書いたトーマス・フリードマン氏も、今後グローバリゼーションが進んでワイヤーされた時代になったときに必要なスキルは、環境適応力だと言っていました。ポートフォリオキャリアを持つ人は、知的好奇心が強く、いろいろなことにアンテナを張っています。また、ただ知識を吸収するだけではなく、それをキャリアとして形にする力があることから適応力の高さが身につくとエミリー氏は述べています。
上記のようなスキルが、AI技術が浸透した社会で必要とされる理由は、それがAIでは代替できないスキルだからです。現在のAI技術が得意とする「分類作業」「検知作業」など、そしてその技術を搭載した協業ロボットによる各種操作などは、今後間違いなく人がやらなくてもよいタスクになります。
でも、異なるアイデアを合成してビジネスデザインをしたり、異なるAI技術を組み合わせて経営課題を解決するためのソリューションを描き実装するタスクなどは、上記のスキルがないと実行するのは難しいでしょう。
2014年と少し古いデータですが、キャリアビルダー社の調査によると、アメリカに住むミレニアル世代の45%が2年以内に転職することが分かりました。2018年の日経新聞の記事によると、日本のミレニアル世代にも同じことが言え、約40%の日本のミレニアル世代が2〜3年で転職を希望しているということです。
若者の離職率を下げる施策も企業の取り組みとしては大切だと思いますが、同時に、ポートフォリオキャリアの形成を応援する基盤作りにも取り組んでほしいと思います。
ポートフォリオキャリア前提の社会へ
最後に、今後社会が構造的にポートフォリオキャリアを持つ人材に対して受け入れ基盤を作っていく必要があることを言っておかなければなりません。
まず民間企業がRe-Skill(リカレント教育)を社員に徹底して行い、ずっと一つの業界、一つの職種のことしか知らない人材を大量に抱えないようにすること、どんどんポートフォリオキャリアを促すことです。
また、社会インフラとして支援促進も必要です。ポートフォリオキャリアを持つ人も、一つの会社で正社員として働く人も、同じだけの信用力が得られ、年金制度や医療保険、住宅ローンなどを組むときも客観的な基準で判断されるようにならないと、ポートフォリオキャリアを持つ人は増えないと思います。
例えば、アメリカではライターたちが団体になって、厚生年金や民間企業と同レベルの医療保険が手に入るようになっている動きもあり、今後より一層「新しい働き方」を超えた「新しい生き方」が生まれると思います。
石角友愛/Tomoe Ishizumi:2010年にハーバード経営大学院でMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAIプロジェクトをリードし、AIを活用した職業マッチングサイトのJobArriveを起業。2016年に同社を売却し、流通系AIベンチャーを経て2017年にPalo Alto Insightを起業。