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     大槻文彦が編纂した日本初の近代的国語辞典といわれる『言海』には、巻末に、下記のような原語別の語数統計表がついている。

    genkai-hyo.jpg
    (クリックで拡大)


    原語別小計をまとめると次の表のようになる。

    和語 21,817
    漢語 13,546
    和漢熟語 2,724
    (外来語)
    唐音語 96
    梵語 120
    韓語 23
    琉球語 9
    蝦夷語 20
    葡萄牙(ポルトガル)語 12
    スペイン語 17
    南蠻(南蛮)語 17
    洋語 55
    羅甸(ラテン)語 10
    蘭(オランダ)語 85
    英語 73
    佛(フランス)語 12
    和外熟語 235
    漢外熟語 217
    和漢外熟語 13
    外外熟語 2
    合計 39,103



     このうち唐音語(「瓶」など)、梵語(「娑婆」など)、琉球語など、現在では外来語とされないものを除くと、外来語 324語のうち、原語別構成は以下のグラフのようになる。



    『言海』にみる外来語の原語別構成(数字は語数)
    gairaigo.jpg
    (出所)「言海採収語類別」大槻文彦『言海』(明治37年)
    ※「南蛮語」「洋語」は、ポルトガル、スペイン、オランダなどから伝わったと思われるが原語がはっきりしないもの。
    たとえばテンプラ(天麩羅)について『言海』は、
    「語の姿と調理の趣とを考ふるに、洋語ならむと思はる、此班牙語Templo(寺)の料理の意ならむというは索強か、或云、支那にて、現に轉不稜(テンプラ)という、是れなりと、或云、油を天麩羅と記セルたりと、其他、山東京傳の天竺浮浪人云々ノ説など、尚多けれど、何れもいかが」(カタカナはひらがなにした)と。



     現代日本語で外来語の8割を占める英語由来のものは73語(22.4%)しかない。

     ドイツ語由来のものがまったくないことも注意を引く。

     『言海』は、1882年(明治15年)に初稿成立、完成したのは1886年(明治19年)だから、明治前期の言語状況を反映していると考えられる。

     第1次大戦までの間、日本から留学した者の9割はドイツに向かったが、この動きはまだ始まったばかりであり、日本語にインパクトを与えるに至っていなかった。
    (参考)
    あなたが知らずに話しているドイツ語 /知的革命の残響を聞く 読書猿Classic: between / beyond readers あなたが知らずに話しているドイツ語 /知的革命の残響を聞く 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加



     最も多かったものはオランダ語由来のもので85語(26.1%)。

     もちろん江戸時代、幕末に鎖国政策が緩むまで、オランダが日本への渡来を許された唯一の西洋の国だったことが効いている。

     やがてドイツ語が、そして英語が、大量に日本語に流れ込み、オランダ語由来の言葉が外来語に占める割合は低下することになる。
     しかし、それらは消え去ったのではなく、「リンパ」「お転婆」「ポン酢」「ドンタク」のように、もはやオランダ語であることを気付かせないほど自然に、日本語の中に定着するに至った。

     例えば、次のリストの言葉がそうである。





    エーテル ether
     1 光、熱、電波を伝える媒体として宇宙に充満していると仮想的に考えられたもの。のちに、実験的、理論的にその存在が否定された。
     2 二個の炭化水素基が酸素原子一個と結合した有機化合物の総称。一般式 R―O―R′ 多くは芳香を有する。一般には、エチル‐エーテルをいう。(英語ではイーサァ)。


    エレキ electriciteit
     江戸時代にはエレキテル、エレキなどと略して用いた。平賀源内の実験などで有名。その後電気ということばが普及してエレキは古語になったが、現代に至り、エレキギターということばで復活した。
     

    おてんば(御転婆) ontembaar
     オンテンバール「馴らすことのできない、負けん気の」の意)から。女性が、つつしみやはじらいに乏しく、活発に動きまわること。また、そのさま。また、そういう女性。おきゃん。


    オルゴール orgel
     胴内にある刺(とげ)をつけた円筒がぜんまい仕掛けで回転し、音階をつくっている櫛(くし)状の金属板をはじいて小曲をかなでる玩具。日本には江戸時代末期に渡来。自鳴琴。


    カトリック katholiek
     キリスト教旧教派。英語ではカソリックCatholicという。thoをトという発音からオランダ語と考えられる。


    カミツレ kamille
     「カミルレ」に「加密列」「加密爾列」などと字を当てたのを読み誤ったもの)キク科の一、二年草。


    カメレオン kameleon
     爬虫類トカゲ目カメレオン科の動物の総称。 英語はカミーリョンchameleon。


    ガラス glas
     江戸時代には「びいどろ」「ぎやまん」といっていたが、幕末期にガラスということばが登場、以来このことばが使用される。英語のglassはグラスという形で用いられ、ウイスキーのコップなどについていう。ただし、ステンドグラス、グラスファイバーなどではガラスをさして用いられる。
     
     
    カラメル karamel
     ぶどう糖、蔗糖、果糖など、糖を約二〇〇度に熱したときにできる黒茶色のかたまり、または、飴状のもの。食品、ビールなどの着色に用いる。


    カラン kraan
     蛇口(じゃぐち)のこと。現代では特に公衆浴場などの大型のものをさす場合が多い。


    カルキ Kalk
     石灰。 (「クロール‐カルキ」の略)さらし粉。


    カンフル kampher
     医薬品として用いる、精製した樟脳。強心剤。


    キニーネ kinine
     キナの皮から精製した結晶性アルカロイドの一種。白色の粉末で苦味がある。解熱、強壮、健胃剤として用いられる。また、マラリアの特効薬。規尼涅。キニン。


    コーヒー koffie
     江戸時代の蘭学者はその名を知っていたが、一般に普及したのは明治になってから。「珈琲」と漢字で書くのは中国から取り入れたもの。


    コック kok
     西洋料理、中華料理などの料理をすることを職業とする人。料理人。料理番。


    ゴム gom
     植物ゴム質。植物から分泌される多糖質。「護謨」は当て字。


    コルク kurk
     植物の細胞壁にコルク組織が沈着した細胞層。植物体の保護組織の一種。樹皮の外側に著しく発達し、軽くて弾力性に富み、熱、電気、音、水などに優れた耐性を示す。びんの栓、救命具、防音材、保温材などに利用。キルク。


    コレラ cholera
     日本では幕末に最初の流行があり、多くの死者が出たので、コロリということばも流行した。
     
     
    コンパス kompas
     円を描くための製図用具。適当な角度に開閉できる二本の脚からなり、一方の脚を固定させて円の中心とし、もう一方を回転させて円を描く。ぶんまわし。


    サーベル sabel
     片刃で先がとがり、刀身にややそりのある細身の西洋風の剣。洋剣。


    サフラン saffraan
     アヤメ科の多年草。


    ジャガタラ Jacatra
     インドネシア、ジャワ島のジャカルタの古称。また、ジャワ島の日本近世以来の呼称。バタビア。じゃがいもはジャガタラ芋の略。


    シロップ siroop
     砂糖をとかして、香料などを添加した液


    スコップ schop
     土を掘るのに用いるもの。語源的に関係の深い英語のスクープscoopは、マスコミ関係で特ダネを掘り出すときに用いる。
     
     
    ズック doek
     太い亜麻糸、または、木綿糸を用いた厚地の平織物。帆、靴、担架、天幕、雨覆(おお)いなどに用いられる。ズックでつくったゴム底の靴をズック靴という。


    スポイト spuit
     一端の口を細くしたガラスなどの管の他端にゴム袋をつけた器具。インキ、薬液などを吸い上げて他に移し入れたり、点滴したりするのに用いる。


    ソーダ soda
     炭酸ナトリウムのこと。また、苛性(かせい)ソーダ・重曹(じゅうそう)などを含めていうこともある。


    タピオカ tapioca
     植物「キャッサバ」の別名。またキャッサバの根塊からとったデンプンのこと。
     デザートや飲料、かき氷、コンソメスープの浮身などに用いられる球形の食材は、従来より、サゴヤシのでん粉で作られ、「西穀米」(中国語 シーグーミー、xīgǔmǐ)、「西米」(シーミー、xīmǐ)と呼ばれていたが、現在は安価なタピオカを原料にしたものに切り換えられているものが多く、タピオカパール、スターチボール、あるいは単にタピオカと呼ばれることが多くなっている。
     

    タラップ trap
     船や航空機の乗り降りに用いられる鉄製の階段状のはしご。


    タンニン tannin
     一般に植物の樹皮、枝葉、果実、心材、根などから水で抽出して得られるなめし性のある物質の総称。

    チンキ tinktuur
    (オランダ語「チンキテュール」略。アルコール溶液の総称。ヨードチンキ、カンフルチンキなど。「チンキ剤」


    ドイツ Duits
     ドイツ語ではドイツのことをドイチュラントという。ドイツということばの形は、オランダ語のドイツDuits(ドイツの、ドイツ人)のほうが近く、オランダ語でドイツのことをドイツラントDuitslandといったことから日本語に取り入れられたと考えられる。


    ドル dollar
    アメリカ、カナダ、香港などの貨幣単位。ふつう国際決済通貨として最も多く利用されているアメリカのドルをさす。英語ではダラーであり、オランダ語の読みから日本語に取り入れられたと考えられる。


    ドンタク zondag
     日曜日は英語ではサンデーSunday、ドイツ語ではゾンタークSonntagというが、オランダ語の標準的な発音ではカタカナで書けばソンダハである。これが日本ではドンタクとなり、いまでも「博多(はかた)どんたく」として残っている。
     日曜日は休日なので、そのニュアンスも生まれ、土曜日を半分のドンタクということで「半ドン」ということばが使われた。
     
     
    パップ pap
     医薬品と油性成分を混ぜたものをあたためて紙や布につけ、皮膚、筋肉、関接などの炎症部にはること。
     

    ハム ham
     豚肉を塩漬にした後、燻製(くんせい)にした加工食品。本来は腿肉(ももにく)を用いるが、現在は他の部分も用いる。


    ビール bier
     名前は江戸時代から知られているが、明治以後普及した。英語ビヤbeerはビヤホールということばに使われる。
     

    ピストル pistool
     片手に持って撃てる小型の銃。拳銃。短銃。
     イタリアのピストイアPistoiaで創製されたところから、この名がついた。


    ピンセット pincet
     小さい物をつまむための金属製の道具。先が細くなった二枚の板をV字形に合わせたもので、医療や細かい細工物などに用いる。

    ピント brandpunt
     オランダ語でブランデンbrandenは「燃やすこと」、ピュントpuntは「点」で、全体として「焦点」。この前の部分を略したのがピント。
     
     
    ブリキ blik
     〉錫めっきした鋼板。溶融した錫の中へ浸すか、硫酸錫などを用いた電気鍍金法でつくられる。美しく、耐食性があり缶詰その他に広く用いられている。また、それでつくられたもの。


    ヘット vet
     人間や獣類の脂肪。とくに牛の脂肪からとる食用のあぶらのこと。


    ペンキ pek,pik
     塗料。英語では paint(ペイント)。
     
     
    ホース hoos
     オランダ語のhoos(樋口の意)から
     ゴムやビニールなどでつくった、液体や気体を送るためのやわらかい管。


    ボール‐ばん boor bank
     ボール盤。オランダ語boor bankから。工作物に穴をあける機械。錐揉盤。穿孔機。


    ホック haak
     衣類などの合わせ目を留める小さな鉤(かぎ)状の金具。鉤と、それを受ける部分とからなる。また、スナップをいう。


    ホッテントット Hottentot
     アフリカ南部のカラハリ砂漠周辺に住む遊牧・狩猟種族


    ホップ hop
     クワ科のつる性多年草。アジア・ヨーロッパの温帯に広く分布し、ビール製造のため栽培。


    ポンず pons
     ポン酢。オランダ語「ポンス」の変化した「ポンズ」に「酢」をあてたもの。橙(だいだい)の絞り汁。ポンス。


    ポンド pond
     ヤード‐ポンド法による重さの単位。英語ではpound(パウンド)だが、これもオランダ語から日本語に入った。


    ポンプ pomp
     英語パンプpumpに比べてオランダ語のほうが外来語形に近い。オランダから取り入れた工業器具の一つ。


    マドロス matroos
     オランダ船の船員をいったのが始めであろう。英語ではセーラーsailorがこれにあたる。


    メス mes
     西洋風の小刀。おもに、医師が切開や解剖に用いるものをさす。


    モルヒネ morfine
     アヘン含有アルカロイドの一種。強い麻酔、鎮痛、鎮咳、呼吸抑制作用をもつ。


    モルモット marmot
     テンジクネズミの通称。一六世紀、オランダ人がテンジクネズミをヨーロッパ産マーモットと誤認したのに起因するという。医学の実験用に使われることが多い。
     ここから転じて(実験用のモルモットの意から)何かの試験台とされる人。


    ランセット lancet
     外科用の小さい刃物。ひらたい諸刃もろはの先の尖っているもの。ランセット。


    ランドセル ransel
     江戸時代の兵書にランセルとあり、背に負う箱型の物入れとして紹介している。オランダ語では軍用のものなども含んでいるが、日本ではそれは「背嚢(はいのう)」とよんだので、ランドセルは学童用だけのものとなった。【江戸時代】

    リンパ lympha
     組織液がリンパ管にはいったもの。血液と同様に体内を循環し、栄養物の運搬、免疫抗体の輸送などを行う。リンパ液。


    レッテル letter
    1 文字。
    2 商品名、効能、用法、発売元などを記して商品にはりつけた紙片。商標。ラベル。
    3 (転じて)人物の特徴や格づけ、事物の内容を一面的にきめつける短い文句。


    レトルト retort
     ガラスまたは金属製の実験室用蒸留、乾留装置の一つ。球状部とその上部から横に伸びる長い側管がある。コルク栓やゴム栓を使用しないので比較的高温で用いられる。
     ここから高圧殺菌装置で殺菌するために、特殊なプラスチック‐フィルム製の袋に入れられた完全調理済みの食品をレトルト食品という。
     
     
     
     
     
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