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     日本語は音素の数が少なく、そのせいで同音異義語が多いから駄洒落が作りやすい、という人がいる。

     世界を代表する当初314言語(現在451言語)を精選し、一貫した手法で子音と母音を音素分析した整備したカリフォルニア大学ロサンジェルス校のデータベースUPSID(The UCLA Phonological Segment Inventory Database)によれば、搭載されている世界の言語のうち、最も多い音素を持つ言語の音素数の141、最も少ないのが11、音素数20~37に収まるものが全体の7割を占め、日本語の音素数は20、少なめだが少なすぎるとまではいかない。
     
     しかし外国語に対して音(音素)の数が少ないということは、外国語では区別されている音が、日本語だと区別なく聞こえることである。洋楽を聞いて空耳が多く見つかる一因かもしれない。
     日本語の音素の少なさに寄った駄洒落メソッドを使うこと、学ぼうとしている言語で区別すべき音をカバーし切れないので、外国語学習的には、あまりよろしくない。

     手は4つほどある。
    (1)正しい発音をあきらめて、「かな」と日本語駄洒落を使う
    (2)駄洒落をあきらめて、正しい発音を繰り返し等で習得する
    (3)駄洒落以外の方法で、イメージ化をはかり、記憶術を用いる
    (4)学んでいる外国語における語呂合わせ、駄洒落を用いる



    (1)正しい発音をあきらめて、「かな」と日本語駄洒落を使う

     これは、まじめな外国語学習者には火をつけられそうな手だが、近年、初学者用の外国語辞典にカタカナで発音を記したものが増えてきた(カタナカだけ、ではないが)。
     発音をうるさく言われてきた、発音センシティブな世代は憤りを感じそうであるが、正しくない発音であっても、読めないよりはずっとまし、という教育的配慮から、辞書での「カナ」表記は広まったらしい。
     この線に立てば、「かな」駄洒落による記憶法(世間に出回っている語呂合わせの多くがこれだが)は、補助的(とは便利な言い方だ)になら、使うことも認められなくはない。

     しかし好事魔多し。
     確かに語呂合わせや駄洒落は覚えやすくするものであるが、市販の語呂合わせ本を見ると、一冊の中に出来の良い語呂合わせもあれば、無理をしている語呂合わせもかなりある。いい語呂合わせが見つからなくても、学ぶべき語彙や項目はもちろんある訳で、それが無理な語呂合わせを生み出させる。
     だが、無理をした語呂合わせは、その無理をしたところで再生がうまくいかない可能性が高い。
     やたらに「ああ」とか「やあ」とか、かけ声みたいのが増え出したら要注意だ。 



    (2)駄洒落をあきらめて、正しい発音を繰り返し等で習得する

     とくに語学学習が初期の段階では、この方法によるしかない。
     アルファベットの習得や、初期段階での単語習得では、記憶のきっかけに使える素材があまりに少ない。この段階では、とりあえず繰り返し暗唱した方が早い。
     逆にすでに第2外国語をそこそこ学んだ人なら、次の(3)(4)で見るように記憶術に使える材料を見つけることは、それほど難しくない。
     記憶術にも、一種のマタイ効果が働く。つまり、すでにいろいろと身につけたものがある人は、記憶術をより容易く、より広い対象について、用いることができる。多く覚えた人の方が、容易に覚える速度を高めていくことができるのである。



    (3)駄洒落以外の方法で、イメージ化をはかり、記憶術を用いる

     西洋の記憶術の文脈では、抽象概念を、音の類似性による語変換を使わずに、つまり駄洒落や語呂合わせによって具体物を示す言葉に分解することなく、ダイレクトに図像化する手段が長く使われた。
     ギリシア神話以来、繰り返し著述家たちに使われてきたイメージ、概念の擬人化ならぬ擬神化である。
     知恵の女神や時の神が、知や時間といった概念を表すのに用いられた。

    Wisdom.jpg ForceOfJustice.jpg
    Cesare Ripa, ICONOLOGIAより)

     これら神のイメージは、かれらが携える事物(アトリビュート)によって、明確に区別がつく。真理や正義をめぐる諸命題も、神々の図像を通じてイメージに転換できた。
     動物寓話は、中世ヨーロッパにおいても文字を学び始めたものが読む「子供の読み物」だったが、どの修道院にも備えられていたことが、おのおのの蔵書目録から分かっている。また寓意(アレゴリー)も、概念のイメージ化を行う装置であった。しかもそのイメージは、私的なものではなく、ある言語共同体では共有されているものであった。記憶術はそこでは、私的なテクニックでなく、パブリックな知の営みの一部であったのだ。

     これらの図像システムは、あらかじめ体系だった知識として習得する必要があった。それを担ったのが、読み書き教育におけるレトリカ(弁論術)だった。その課程は、多くの古典作家の作品を読み、そこでのおきまりの表現(これこそがトポスと呼ばれた)を記憶することを通じて、ラテン語共同体への参加とその伝統の継承をサポートした。



    (4)学んでいる外国語における語呂合わせ、駄洒落を用いる

     記憶術について書かれた最も古い文献、紀元前400年頃の「談論」(Dialexeis)という大理石に刻まれた断片で、記憶術の父とされるシモニデスは、第1に注意を払うこと、第二に復誦すべきことの重要性を説いてから、いよいよ第3の骨法を示す。

    耳にすることを君の知っているものの上に配置すべし。たとえば、Χρυσιπποσ(クリュシッポス;人名)を覚えんとするならば、それをΧρυσοσ(クリシオス;金)とιπποσ(イッポス;馬)の上におく。

     シモニデスよ、おまえもか?

     しかし、この語呂合わせ(?)は、よくできた方だと言える。
     なによりも古代ギリシア語の内部での語呂合わせなので、音素的ギャップが生じる恐れがない。

     シモニデスのために弁解すれば、人の名前は最も覚えにくいもののひとつなのだ。
     名前にはだいたい意味がない。謂われはあっても、本人に当てはまらないことが多い(本人の性質が分かる遥か以前に付けられることが多い)。
     さらに悪いことに、「人の顔」の方は、人間が最も良く記憶できる(しかも忘れない)ものなのである。
     知っているのに思い出せない苦しみを、人は再三味わう。
     そんな訳で、記憶術の本には必ず「人の名前の覚え方」についての記述がある。


     意味のない事項を分割して、意味のある(イメージもしやすい)語への置き換えは、最古の記憶術の文献にも見られるものだった。
     神話・物語やその図像をあらかじめ学び知ることで、イメージ化を必要とする記憶術の弱点を補うことができる。

     知識が多ければ多いほど、イメージ化のための材料は増える。

     駄洒落・語呂合わせにしたところで、語彙の少ない者には、つくることができない(語彙が爆発的に増えはじめた子どもたちがまず、駄洒落つくりに夢中になることを思い出そう)。

     なお、英語の「駄洒落」による英単語学習に関しては、以下のシリーズがポピュラー。

    Vocabulary Cartoons: Building an Educated Vocabulary With Visual MnemonicsVocabulary Cartoons: Building an Educated Vocabulary With Visual Mnemonics
    (1998/03)
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    Vocabulary Cartoons: SAT Word PowerVocabulary Cartoons: SAT Word Power
    (2007/10/15)
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