国鉄機関車EF61(1号機)

最近ネタが続きましたが、突然大昔ネタに戻ります(^0^;)
 
私と同世代もしくは私以上の世代の方は必ずご存じかと思います。
 
国鉄電気機関車EF61
 
別名「悲運の急客機」とも呼ばれました。
 
 
旧型電気全盛の昭和30年代、制御方式を根本的に改めて登場したのがEF60ですが、EF60は基本的に貨物用で、牽引力はあっても高速性能は劣り、蒸気暖房装置(SG)を積んでいないなど旅客列車牽引には不向きでした。
そのためブルトレも含む高速列車・旅客列車牽引用に開発されたのがEF61です。ベースはEF60、それにSGを搭載し、旅客列車には不要の機器をなくし重量は抑えたのがEF61です。SGを搭載したことで車長が長くなったこと、初めて横長の明かり窓を設置したこと、フィルター形状が独特なことなどでかっこよく、鉄には結構人気のある機関車でした。
しかし、製造当初こそブルトレを牽引したり、瀬野八の補機運用でブルトレの走行解放を行うなど花形でしたが、それは数年・・・。後年は荷物列車と一部の貨物列車の牽引のみの地味な運用に終始しました。しかも、電車化の推進で需要が少なく製造初年の18両のみで終わってしまいました。
 
なまじSGを搭載していた関係で鉄板が腐食し、廃車も徐々に進行し、EF58の大量廃車が行われた昭和59年2月のダイヤ改正のドサクサで、さよなら運転を行うこともなく、こそっと運用から外れ、翌年までに全車廃車になってしまいました。
 
私も高校生までは、意識して撮影したことはなく、たまたまついで撮影した写真のみです。豊橋在住時は意識して撮影することもありましたが、その頃には既に多くのEF61が廃車になっていました(>o<)
 
 
撮影枚数がそれほどないので、地道にスキャンして、1号機から順番にシリーズ化してアップしていきます。もちろん撮影していない機番も多いですのでご了承下さい。
 
【1号機】

豊橋停車中の1号機。冬季なのでSGの蒸気がもれています。1982年頃の撮影??
 
 
 

上の画像と全く同じアングルですが、この画像は1983年頃かな?
連結器左上にポンプみたいな機器が装備されていますが、これが瀬野八運用をしていた証の連結器自動解放装置です。晩年の高速貨物と違い、当時の補機運用は連結器のみをつないで、空気管等はつないでおらず、連結器のみを連結しプッシュし、八本松駅構内で走行しながら連結器をこの解放テコを使って解放していたわけです。
 
 
 
 

上記画像と同じ日の撮影かな?ちょうど上りの品川スロ81系お座敷列車が到着。並びを撮りました。
 
 
 
 

この当時成功率が極めて低かった流し撮りで撮影。このあたりが「ついで撮影」なのがよく判ります
 
 
 
 

豊橋を出発したEF61-1。ファーストナンバーですが、シールドビーム2灯化(通称:ブタ鼻)改造されていたので、それほど人気のないカマでした。
 
 
 

以前の広島遠征の画像であえてアップしなかった荷37列車のEF61重連運用の画像です。荷37レの広島~下関がEF61の重連だったはずです。次位は11号機です。
 
 
なぜか1号機と11号機の画像はたくさんありました。相性でしょうか??
残りは、今後ゆっくりと紹介していきます。
 
 
鉄道コムへ。左の文字を軽くポチしてからお帰り頂ければ幸いに存じます
 

コメント

ひで

No title
これまた懐かしい。

個人的には全然存在を知らなかったのですが、貴殿に台数が少なくめだたない機関車と教えてもらい、それ以降見かけると撮影していた記憶があります。ロクイチと聞いて思い出しました。本件も感謝です。

おざよう

No title
>>ひでさん
ってことは私は中学生時代にEF61が18両しかいないことを知ってたって事ですかねぇ~~???
確かに昔からお気に入りの機関車でしたが・・・。

ひで

No title
そうですよ!国鉄職員の父親に話したら、「何でそんなことを知っているんだ?」と驚かれた覚えがあります。

中京

No title
おざようさん、こんばんは。
今になって後悔しているのですが、EF60、EF61意識しないで見ていた気がします。

おざよう

No title
>>ひでさん
私の学生時代のバイブル?であった交友社刊の「国鉄車両配置表」が一番古いものが1979年版があります。
たぶん中学生の頃、これを見て覚えたのかな?

おざよう

No title
>>中京さん
私はEF60・EF61は区別してたと思いますが、逆にEF60後期型とEF65一般型を区別出来てなかったと思います(~_~;)

上瀬野の黒橋

EF601次(≒EF61200)、EF61
こんばんわ。
ご存知の通り、EF601次型(1~14号)とEF61は同時期に開発された機関車です。
また、EF601次型の一部は瀬野八用の補機へ改造されました。
これは、機関車の仕様統一を図る目的があったと思います。
      駆動方式   モーター  車軸間  台車
EF601次 クイル⇒リンク MT49  2500mm DT115/DT116(2号 DT106A/DT116A)
EF61    同上     MT49  2500mm DT115/DT116A
EF602次~ ツリカケ   MT52  2800mm DT115A/DT116B

おざよう

Re: EF601次(≒EF61200)、EF61
>>上瀬野の黒磯さん
EF61とEF60一次車の仕様が一緒なのは知っていました。
結局EF61はEF61-100への改造は実現しませんでしたが、SGの影響で末期には車体に穴が空くカマも出たほど車体が弱っていたようです。もし改造したら車体は維持できたのでしょうか・・・。

上瀬野の黒橋

おざようさん、こんばんは。
EF61は屋根が傷んで落ちたなど、状態はかなり悪かったようですね。
EF61100は見てみたかったです。
記憶が曖昧ですが、EF59全車24両に対し、EF61100・200は全22両だったと思います。
なので、200番台の14両と100番台の8両と考えれば、状態の良いものだけを改造するつもりだったのだと思います。なお、保守性を考えると、台車仕様が異なるEF602号機が202となったのかも怪しいですので、13+9になったかもしれませんね。
非公開コメント

プロフィール

おざよう

ものごころついた頃から、今で言う「鉄子」だった母親に洗脳され鉄道三昧。
高校生からは友人の影響で航空自衛隊を中心とした飛行機撮影にも手を出す。

昭和58年~62年春までは愛知大学在学のため豊橋に住んでいました。愛大鉄道研究会に所属していましたが、鉄研とは関係なく全国各地を撮影して回りましたから、国鉄末期のこの頃の在庫は特に多いです。

さすがに結婚して子供が出来ると遠出がなかなか出来なくなり「ネタ」は地元ネタのみになりました。

最近では子供も社会人となり、自由時間が増えてきました。
体力と懐具合と相談のうえ、あちこち出かけています。
この年で岐阜から千歳まで日帰りしたことも・・・(^0^;)

もうすぐ還暦・・・。仕事はハード、そのわりに体力は落ちていきます。
その兼ね合いに悩みながら趣味に生きています(~_~;)

月別アーカイブ