「お前ってそういうとこあるよな」
最寄り駅の改札を抜けたところで及川はさっき言われたその台詞を思い出していた。
「そういうとこあるよな」
「そういうとこ」があるという事実を相手に伝えるだけで、婉曲に批判を表す言葉。
そのくせ「そういうこと」と括るだけで具体的に何がどうなのか説明することを放棄しているのだ、ともすれば頭の中で言語化することすら。
その言葉を放った人はどんな顔をしながら言っていたっけ。
思い出すとムカついてくるが、記憶の靄の中に思い浮かべるそれはきっとほぼ自分が作り上げた映像なのだろう。
自分が作り上げた画にムカついても仕方ないと及川は歩き出した。
仕事中オフィスの給湯室へ行くとまたやっている。
よく飽きもせず他人の陰口を言えるものだと及川は思う。
人間というのは愚痴を言いたい生き物。
コミュニケーションというものは陰口で回っており、悪口はこの世の潤滑油。
それは理解できるし、営業二課の則本がなんとなく反感を買うのもわかるが、小心者に生まれた及川には陰口に参加できるだけの勇気も、自分が他人を腐すことができるほどの人間だという自負もない。
「及川さんもそう思いませんか?」
急に陰口への加担を求められ及川はたじろいだ。
「ま、まあ、あいつそういうとこあるよな…」
1DKのアパートに戻ってから、給湯室でのやり取りを思い出す。
卑怯で腹を割らないやり方だっただろうか。
「そういうとこ」なんて曖昧にして逃げて…
「まったくお前ってそういうとこあるよな」
もう一人の自分の声が聞こえる。
その声には批判めいたニュアンスよりも呆れた響きが感じ取れた。
「そうかもね」
そう言ってもう一人の自分と苦笑する。
みんな「そういうとこ」を抱えて生きている。