利上げ時のインフレと失業率には因果関係はあるのか?

という点についてオリビエ・ブランシャールとリカルド・ライスが議論している。具体的には、利上げでインフレを下げる際に失業率が上昇するのは副作用に過ぎず、失業率上昇という経路を通じてインフレが低下するわけではない、とリカルド・ライスがデビッド・ベックワースとの対談で述べ、その言葉をベックワースがツイッターで紹介したところ、ブランシャールが反応して以下のようにツイートしている。

Dear Ricardo,
I am puzzled. For me, the increase in unemployment is causal, not a side effect, for inflation. Do you mean to say that, if we could avoid the side effect, we could decrease inflation without higher unemployment?
(拙訳)
親愛なるリカルド、
私はちょっと困惑している。私の見方では、インフレにとって失業率の上昇は因果的なものであって副作用ではない。副作用を避けられれば失業率の上昇無しにインフレを下げられる、という趣旨なのか?

続く以下のツイートでは疑問の内容を補足している。

I should clarify. Inflation can obviously move a lot without movements in unemployment. We have seen that, and this is the focus of my paper with Bernanke. My reaction to Reis was in the context of higher inflation not due to price shocks .
(拙訳)
話をもっと明確にしておくべきだろう。もちろんインフレは失業率が動かないのに大きく動くことがある。我々はそれを見てきたし、そのことが私とバーナンキの論文の焦点だった。私のライスへの反応は、価格ショックによらないインフレ上昇についてのものだ。

これに対しライスは次のように回答している。

Hi @ojblanchard1, yes I do mean that. And indeed that has happened before, not just in the last 12 months.
It is not common, as neither is the complete absence of any side effects from antibiotics (continuing my analogy).
(拙訳)
こんにちは、ブランシャール、はい、私の趣旨はそうだ。そしてそうしたことは、過去12か月に限らず、以前にも起きている。
それは普通のことではない。(アナロジーを続けるならば*1)抗生物質の副作用がまったくないのが普通でないのと同様だ。

この回答に対し、では失業率以外の主要なメカニズムは何か、という質問が付いたが、それにライスは別スレを立てて回答している*2。

Why raising interest rates lowers inflation, and usually (but may not) raises unemployment 🧵

When the CB raises nominal interest rates, agents want to save more in nominal vehicles as opposed to real ones. The relative value of nominal vs real must rise. Inflation must fall.
This happens as: (i) banks want to deposit more at the CB rather than lend to projects, (ii) investors and firms prefer to park resources in nominal accounts rather than invest them in real projects, (iii) households prefer nominal savings instead of buying durables or others
All of these--less lending, less investment, less spending--often will raise unemployment, but that is a side effect, not the causal channel.
Usually u will rise when i rises (and I expect it will soon), but this is not necessary for pi to fall.
As an example, take the canonical 3-equation NK model, since it is at the heart of most monetary DSGEs. Contractionary monetary policy lowers inflation *regardless of price* rigidity.
If prices are sticky or the policy surprises agents, you get lower output as a side effect.
If prices are flexible or the policy is fully anticipated, you do not, unemployment does not rise.
The strength of the side effect from interest rates to real activity depends on information and price rigidities in that model. But the channel to inflation is there either way.
But is this just in that one model?
@lcastillomart survey goes through the 5 main mechanisms that economists use to understand how monetary policy affects inflation. The causal link from unemployment to inflation is just one of them: the last one we cover, in section 7.
The channel I described above is my favored, and is covered in section 3. But monetarist channels going back to MV=PY do not rely on unemployment rising (section 4), nor do some of the more recent fiscal channels (section 5). Even if both (all?) have it as a common side effect
Paper here: https://personal.lse.ac.uk/reisr/papers/99-perplexed.pdf
Following on discussion and questions from @ojblanchard1 and on this good thread:


(拙訳)

なぜ利上げはインフレを低下させ、(そうならないこともあるが)通常は失業率を引き上げるのか?

中銀が名目金利を引き上げると、各主体は、実質ではなく名目の媒体にもっと貯蓄しようとする。実質に対する名目の相対的な価値は上がることになる。インフレは低下することになる*3。
これが生じるのは、次のことが起きるからである:(i) 銀行は事業への融資を行うよりも中銀にもっと預金したいと思う、(ii) 投資家と企業は資源を実質事業に投資するよりも名目勘定に留め置くことを選好する、(iii) 家計は耐久財などを買うよりも名目貯蓄を選好する。
以上のことすべて――融資の減少、投資の減少、支出の減少――は、失業率を上昇させることが多いが、それは副作用であり、因果経路ではない。
通常、iが上昇するとuは上昇するが(そして直にそうなると私は予想している)、それはπが低下する必要条件ではない。
例えば、標準的な3方程式ニューケインジアンモデルを例に取ろう――大半の金融DSGEの中心にはこれがあるので。収縮的な金融政策は「物価の硬直性にかかわらず」インフレを低下させる。
もし価格が粘着的か、もしくは政策が主体にとってサプライズだったら、副作用として生産の低下が生じる。

もし価格が伸縮的か、もしくは政策が完全に予期されていたら、生産低下の副作用は生じず、失業率も上昇しない。
金利から実体経済活動への副作用の強さは、同モデルにおける情報と価格の硬直性に依存する。しかしいずれの場合でもインフレへの経路は存在する。

しかしそれはその一つのモデルに限った話なのだろうか?
ローラ・カスティロ-マルチネス(Laura Castillo-Martinez)のサーベイでは、金融政策がインフレにどのように影響するかを理解するために経済学者が使う5つの主要なメカニズムを取り上げている。失業率からインフレへの因果関係はそのうちの一つに過ぎない。我々の論文の最後、第7節で取り上げたものだ。


上記で私が描写した経路は私のお気に入りで、第3節で取り上げている。しかしMV=PYに遡るマネタリストの経路も失業率の上昇に依存しないし(第4節)、より最近の幾つかの財政経路も同様だ(第5節)。例え両者(全部?)に共通の副作用としてそれがあるにしても、だ。
論文はこちら:https://personal.lse.ac.uk/reisr/papers/99-perplexed.pdf
以上の話は、ブランシャールの議論と疑問、および次の優れたスレッドを受けたものである:

(アレックス・ウイリアムズのツイート)
ライスの話を読んだ。目標インフレを達成するため失業率を設定する因果関係話のツールとしてのフィリップス曲線、という概念を捨て去るべき、ということを認めるのはやぶさかではないが、そうすると金利政策から直近に計測されたインフレの低下への経路は何なのだ?

これに対するブランシャールの反応は以下の通り。

1. Looking at Ricardo's answer to my puzzled reaction. I realize that an important difference between the way he and I think. (And, more generally, this difference is behind many discussions in macro. For example, in assessing John Cochrane’s fiscal theory of the price level).
2. He thinks of the price level very much as an asset price
I think of the price level as the result of millions of uncoordinated nominal price decisions by individual price setters, who do not care about the price level, but care about their relative price.
3. In my way of thinking, the only way to get inflation down (leaving out happy commodity price shocks, etc) is to induce price/wage setters to want to decrease their relative price/wage, leading to a general adjustment of nominal prices, and a slowing of inflation.
4. Short of a direct effect on inflation expectations, or mind control, or price/wage controls, this requires slowing down the economy, and thus increasing unemployment. To me, the increase in unemployment is causal, and needed to reduce inflation.
(拙訳)

  1. 私の困惑した反応に対するリカルドの回答を見て、彼と私の考え方の重要な違いが分かった(そしてより一般的な話として、この違いは多くのマクロ経済学の議論の背後にある。例えばジョン・コクランの物価水準の財政理論の評価においてだ)。
  2. 彼は物価水準をかなりの程度、資産価格として考えている。
    私は物価水準を、何百万という調整されていない個々の価格設定者による名目価格の決定の結果として考えている。彼らは物価水準については気にしないが、自分たちの相対価格については気にしている。
  3. 私の考え方では、インフレを引き下げる唯一の方法は(喜ばしい商品価格ショック等を除く)、価格や賃金の設定者が自分たちの相対的な価格や賃金を下げたいと思わせるようにすることだ。これが名目価格の全般的な調整につながり、インフレを鈍化させる。
  4. インフレ予想への直接的な効果、ないしマインドコントロールが無ければ、これは経済の減速を必要とし、従って失業率を上昇させる。私にとって失業率の上昇は因果的なものであり、インフレを下げるのに必要なものだ。

ここでのブランシャールの立場はここで紹介したものと一貫していると言える。
ちなみにクルーグマンは上の第4項に反応して以下のようにツイートしている。

“Mind control”! Unusually acerbic from OB, but on point. Look at sharp decline in small business inflation. Do you think they’re making price decisions based on Powell press conferences?
(拙訳)
「マインドコントロール」! オリビエ・ブランシャールのいつにない辛辣な言葉だが、ポイントを突いている。中小企業インフレの急速な低下を見てほしい。彼らがパウエルの記者会見に基づいて価格決定を行っていると思うかい?

ライスは、「A useful reply from @ojblanchard1(ブランシャールからの有用なリプライ)」というコメントを添えてRTするとともに、以下のジョン・ステインソンのツイートã‚‚RTしている。

I am with @R2Rsquared on this. Ideally, disinflation is achieved purely through the inflation expectations and supply shock terms of the Phillips curve. Unfortunately, this doesn’t always work out perfectly. In this sense softening of the economy is a side effect.
(拙訳)
この件についてはライスに同意。理想的には、ディスインフレはフィリップス曲線のインフレ予想と供給ショックの項だけを通じて達成される。残念ながら、これは常に完璧には機能しない。その意味で、経済の減速は副作用だ。

なお、ライスへの反応を返す前にブランシャールは、フィリップス曲線の不安定性をアニメ化したツイートに反応して以下のような連ツイを行っている。

Cute and fun simulation. But misleading if one concludes from it that there is no relation between unemployment and inflation. Four points:
If you think of the Phillips curve relation in general as the proposition that overheating must put pressure on inflation, it is hard to think that there is not such a relation, perhaps complex, perhaps time changing, in the data.
Given unemployment, there are often large good markets price shocks which affect inflation, and mess up the relation. We are seeing one such episode. These shocks need to be controlled for.
Inflation depends not just on unemployment but also very much on expected inflation, which should be controlled for.
The relation between expected inflation and past inflation has changed in major ways in the last 60 years. This must be controlled for.
So, conclusion: Stop pronouncing the Phillips curve relation dead, and don’t expect a simple inflation unemployment diagram to show much.
(拙訳)
気の利いた面白いシミュレーションだ。しかし、ここから失業率とインフレの間には関係が無い、と結論するならば、ミスリーディングだ。
4点述べておく:


一般的なフィリップス曲線の関係を、経済の過熱は必ずインフレに圧力を掛ける、という命題として考えるならば、複雑で時変的かもしれないが、そうした関係がデータに存在しない、と考えるのは難しい。
失業率を所与とした時、大きな財市場の価格ショックが起きることが良くある。それはインフレに影響し、前述の関係を滅茶苦茶にする。そうした事象の一つを我々は今目にしている。そうしたショックはコントロールされねばならない。
インフレは失業率だけでなく、予想インフレにも大いに依存する。これもコントロールする必要がある。
予想インフレと実績インフレの関係は、過去60年に大きく変わった。これもコントロールが必要だ。
ということで、結論。フィリップス曲線の関係は死んだ、と宣言するのはやめるべし。また、単純なインフレと失業率の図が多くを語ると期待するべからず。

*1:ベックワースの引用した言葉でライスは、インフレを感染症、利上げを抗生物質の服用に喩えている。

*2:そのほか、「本当に今回も経済の減速なしにインフレが低下したのか、コアインフレはまだ4.7%であり、減速がラグを以って到来することを考えると、祝うのは早いのではないか」という質問が付いたのに対しライスは、「自分の考えでは失業率はこれから上がる、ただしこの件について自分はこれまで結構長いこと間違え続けているが…」と回答している。

*3:これに「実質に対する名目の相対的な価値とは何か?」という質問が付いたのに対しライスは、「1単位の実質財(のバスケット)の名目単位の相対価値が物価水準(P)であるため、実質に対する名目の相対的な価値は1/Pである。もしそれが上昇すれば、インフレは低下する」と回答している。質問者がこの回答に納得せず「その場合の名目の相対価値はPではないか」と追加質問したのに対し、別のツイッタラーが「財の1単位にP貨幣単位(価格)が対応するので、1貨幣単位に1/Pの財が対応する、従ってその価値が上がれば1貨幣単位に対応する財の量は増え、インフレが低下する、というのが彼の言わんとすることではないか」とフォローしている。