何が企業貯蓄の要因になるのか

というNBER論文が上がっている(ungated版、スライド資料)。原題は「What Drives Corporate Savings」で、著者はNan Chen(香港中文大)、Xavier Giroud(コロンビア大)、Ling Qin(上海科技大)、Neng Wang(長江商学院)。
以下はその要旨。

We study the determinants of corporate cash holdings by extending the standard q theory of investment with financing frictions and productivity shocks. While existing models predict a low propensity to hold cash, we show that realistic cash holdings arise only when three ingredients are combined: 1.) costly external financing, 2.) persistent productivity shocks, and 3.) contemporaneous productivity shocks. With costly external financing, persistent productivity shocks generate predictable cash flows and investment opportunities, but yield little need for savings since the internally generated cash flows are aligned with the investment needs. Contemporaneous shocks make internally generated cash flows random, inducing firms to hold cash at levels consistent with those observed empirically.
(拙訳)
我々は、標準的な投資のq理論を資金調達摩擦と生産性ショックで拡張して、企業の現金保有の決定要因を調べた。既存のモデルは低い現金保有性向を予測するが、3つの要因が組み合わさった場合のみ現実的な現金保有が生じることを我々は示した。1) 高コストの外部からの資金調達、2) 継続的な生産性ショック、3) 同時的な生産性ショック、である。外部からの資金調達がコスト高の場合、継続的な生産性ショックは予測可能なキャッシュフローと投資機会をもたらすが、内的にもたらされたキャッシュフローが投資の必要と整合するため、貯蓄の必要はほぼ無くなる。同時的なショックは内的にもたらされるキャッシュフローをランダムなものとし、実証的に観測される水準と整合する水準で企業が現金を保有することを促す。

日本企業の高貯蓄が問題視されてから久しいが、この論文に沿ってその行動を解釈するならば、低金利にもかかわらずリスクプレミアムが高止まりして外部からの資金調達がコスト高となり、継続的に生産性が上昇する生産性ショックはあったものの、おそらくは人口減少や需要不足に起因する日本全体の負の生産性ショックも生じたため、現金保有に走った、ということになろうか。

金融市場における学習と非線形性の出現

というNBER論文が上がっている(ungated版)。原題は「Learning and the Emergence of Nonlinearity in Financial Markets」で、著者はIan Dew-Becker(シカゴ連銀)、Stefano Giglio(イェール大)、Pooya Molavi(ノースウエスタン大)。
以下はその要旨。

Financial markets (and more generally the real economy) display a wide range of important nonlinearities. This paper focuses on stock returns, which are skewed left – generating crashes – and whose volatility moves over time, is itself skewed, is strongly related to the level of prices, and displays long memory. This paper shows that such behavior is almost inevitable when prices are formed by investors acquiring information about the true, but latent, value of stocks. It studies a general model of filtering in which agents receive signals about the fundamental value of the stock market and dynamically update their beliefs (potentially with biases). When those beliefs are non-normal and investors believe crashes can happen, prices generically display the range of nonlinearities observed in the data. While the model does not explain where crashes come from, it shows that investors believing that prices can crash is sufficient to generate the rich higher-order dynamics observed empirically. In a simple calibration with iid shocks to fundamentals, the model fits well quantitatively, and regression-based tests support the model’s mechanism.
(拙訳)
金融市場(そして実体経済一般)は、幅広く重要な非線形性を示す。本稿は、株式のリターンに焦点を当てる。株式のリターンは左に歪んでおり、それが暴落をもたらす。また、そのボラティリティは時間とともに変動し、それ自体が歪んでおり、株価水準と強い相関があり、長期記憶を示す。本稿は、投資家が株式の真ではあるが潜在的な価値に関する情報を得ることで株価が形成される場合、そうした振る舞いはほぼ不可避であることを示す。本稿は、主体が株式市場のファンダメンタルバリューに関するシグナルを受け取り、自分の考えを(おそらくはバイアスを以って)動的に更新するというフィルタリングの一般モデルを調べる。そうした考えが正規分布ではなく投資家が暴落が起き得ると考えているならば、株価はデータで観測される各種の非線形性を一般に示す。モデルは暴落の原因を説明しないが、株価が暴落し得ると信じている投資家が、実証的に観測される豊富な高次の動学を生成するのに十分であることを示す。ファンダメンタルズに独立同分布に従うショックを与える単純なカリブレーションで、モデルは定量的に良く当てはまり、また回帰ベースの検証はモデルのメカニズムを支持する。

結論部では、情報獲得の問題は経済学で一般的な話で、正規性の仮定がデータの良い近似になるとは限らない、と指摘し、例としてインフレを上げている。従って、ここでの分析は、歪みが大きくボラティリティが水準と相関しているインフレ予想の推移の理解に役立つかもしれない、とのことである。

なぜ債務GDP比率を気にする?

というNBER論文が上がっている(H/T タイラー・コーエン、昨年5月時点のWPへのリンクがある著者の一人の大学のページ)。原題は「Why Care About Debt-to-GDP?」で、著者はJonathan B. Berk(スタンフォード大)、Jules H. van Binsbergen(ペンシルベニア大)。
以下は過去40年に債務GDP比率が英国は倍、米国は3倍、日本は4倍になったことを示す論文の図。

以下は米国について債務GDP比率以外に2つの債務指標(債務株式比率、利払い費GDP比率)を描いた図。後者の2指標は現在最高水準にあるわけではなく、債務株式比率はむしろ低下傾向にある。

19か国について集計しても同様の結果が得られる(19か国はアルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、日本、メキシコ、オランダ、ロシア、スペイン、スウェーデン、英国、米国)。

この結果について論文では以下のように考察している。

  • 債務GDP比率はストックとフローの比率である。ストックとフローの比率を使うのは経済学者にとって異例のことではないが、そうした比率が有用であるためには強い定常性の仮定が必要となる。債務GDP比率の場合は、債務とGDPが共和分関係にあることが重要な仮定になる。最近の成長と金利の長期トレンドに鑑みると、データでその仮定が成立している可能性は低い。
  • 長期トレンドが存在する非定常的な世界では、フローとフロー、ストックとストックの比率の方が有用だろう。例えば成長の変化は株式の評価と政府の債務利払いの両方に反映されるだろう。また、企業価値(将来のキャッシュフローの現在価値)は課税可能な将来のキャッシュフロー(資産)の重要な指標である。
  • コーポレートファイナスとマクロ経済学の両方で、完全に合理的な主体のいる完全市場では債務水準は実質的な結果に影響しない、という結果が出ている。その結果は、コーポレートファイナンスではモジリアニ=ミラーの命題、マクロ経済学ではリカードの中立性として知られている*1。どちらの命題も実証結果を完全に説明しないことを経済学者は確認している。ただ、そこから両者の研究は分岐している。
    • コーポレートファイナンスでは、どの仮定が成立していないかの識別を追究し、その洞察を企業の資本構造の決定を精緻化して債務の最適水準を導出するのに用いた。
    • マクロ経済学では、リカードの中立性は導出のための強い仮定の結果と見做された。実際にその仮定が成立するとはほとんど誰も考えなかったため、どの仮定によって理論が実証面で成立しなかったかが追究されることは無かった。そのため、政府債務は経済成長と債務不履行の可能性の両方にとって重要、という一般的な概念は展開されたものの、アルゼンチンのような見たところ低い債務GDP比率(40%)で債務危機が発生し、同比率が250%に達する日本がそうした危機に直面していないように見える理由についてあまり理解が進んでいない。
  • リカードの中立性の不成立をもたらした主要な仮定からの乖離を識別しない限り、どの債務指標がこの問題について有用かを決定することはできない。政府の債務不履行が経済の悪化と関係しているのは誰しもが認めるところだが、完全市場ではその因果関係は一方向ではない。
    • 例えばコーポレートファイナンスでは、完全市場における企業の債務不履行と企業の経済的な苦境の因果関係を推定するためには、何らかの摩擦が必要となる。そのため、既存の研究はそうした摩擦の識別とその大きさの評価に注力してきた。

ベネズエラの件の雑感

素人なりに思い付いたことを取りあえず書いてみる。

  • トランプは企業買収の枠組みで物事を捉えているのではないか。即ち、ビジネス上目障りな会社の株式を買い占めて緊急動議でCEOを追い出し、最大株主としてその会社を支配する、という感覚で動いているのではないか。取りあえずは副大統領に国家運営を任せる、というのは、買収直後にいったん従来のNo.2を暫定CEOに据える、という感覚か。
    • 企業買収の枠組みで考えているので、国際法の枠組みがどうこう言っても話が通用しない。本人がプロレスのつもりでやっていることを、ボクシングのルールを守っていないと批判しても、アリと猪木の異種格闘技戦と同じくらい噛み合わない話となる。
    • 企業買収ならば、皆が企業関連の法規を守ることが前提なので、株式を握ってしまえばかなりのことが思い通りに進む。また、米国のような法治国家においては、大統領になってしまえば、やはりかなりのことが思う通りに進む。そうした個人的な成功体験が今回の行動の背景にあるかもしれないが、余所の国、しかも失敗国家の運営についてはそう易々と事は運ばないだろう。
    • 株主総会や役員会での決議と違い、軍事作戦では人命が失われる。第1期政権の初期には、トランプは人命の損失を忌避する傾向があるとされてきたが、米議会襲撃事件の際は、自らの思い込みによる扇動で人命が失われても平然としていた。権力の座にあるうちにその点について段々と感覚が麻痺してきた可能性もある。
  • ベネズエラ国民の多くは独裁者が去って喜んでいるが、指摘されている通り、これは今回の作戦の目的ではない。喩えるなら、DV親父が居なくなって子供が喜んでいるが、別に親父はDVが咎められて公的機関に捕縛されたわけではなく、ビジネス上のトラブルでライバル組織に拉致されただけ。
  • その伝で行くと、中国の行動は、国内でDVを振るっている親父が、近隣の家庭に対し、そもそもそこの土地は俺のものだとして勢力範囲を広げようとしている感じか。ロシアのウクライナ侵攻は、分家して大きくなった組織が、別の道を歩もうとしている本家を支配しようと殴り込みを掛けている構図。
  • 五大国のうち三大国がこのように勝手気ままな行動を取っている状況では、指摘されている通り、国際法は無力に近い。いわば、各国がロイ・ビーン*1気取りで手前勝手な法律解釈により行動している状況。他の国は、彼らロイ・ビーンたちに少しでも良識と正義感が残されていることを期待するしかない。だが、頼みの綱だった米国も、元々独善的だったにせよ、ワン・オブ・ゼムに堕しつつある。各国はこれを固唾を呑んで見守るしかない。
  • 今回の件、ないしこれまでの国際政治の推移から得られる教訓は、非民主的で国民を弾圧する国は、力を付けると、いずれ他国にも牙をむく、ということではないか。中露はもちろん、米国も強権体質の人をトップを据えたことで民主主義が少しおかしくなるとあっという間に他国に対し威圧的・暴力的な行動を取るようになった。抑止理論は、そうした国を抑え込むための戦略理論で、いわばex postに専制政治を抑え込むための理論だった。今後は、ex anteに専制政治を抑え込む理論、言うなれば経済危機についてのFRBビューではなくBISビュー的な理論をもっと真剣に考える必要があるのではないか。その場合、国際法の根幹の一つである内政不干渉についても見直す必要があるかもしれない。

*1:cf. Roy Bean - Wikipedia。

購買力平価と実質実効為替相場の間に潜む罠

表題の件に関する思考実験として、二国一財モデルを考えてみる。ここでは便宜上、二国を日本と米国とする。なお、あくまでも素人考えなので、その点は割り引いて受け止められたい。
当初時点(時点1)で、財が、日本国内では100円、米国国内では1ドルで取引されているものとしよう。購買力平価から、為替相場は1ドル=100円となる。この時点では、為替相場が購買力平価に等しいものとする。
時点2で、米国の物価が倍増し、日本の物価はそのままだったとする。即ち、財が、日本国内では100円、米国国内では2ドルで取引されるようになる。
この場合、購買力平価は1ドル=50円となる。仮に、為替相場が購買力平価に沿って実際に1ドル=50円になったとしよう。その場合、円の名目実効相場は、当初時点を100とすると、200となる。一方、円の実質実効相場は、同じく当初時点を100とすると、100のまま変わらない。
ここで両国のGDPを考えてみよう。単純化のため、時点1と時点2で両国とも実質GDPは変わらなかったとする。その場合、名目GDPは、日本は不変だが、米国は倍増する。購買力平価や名目実効相場で換算して両国のGDPを比較した場合は、時点1と時点2でその比率は変わらない。一方、実質実効相場で換算すると、米国が倍になったことになる。
この差はなぜ生じるのだろうか? 簡単に言えば、購買力平価の考え方において物価上昇(インフレ)は購買力を毀損するものとしてネガティブに働くのに対し、実質実効為替レートの考え方においては物価が上昇するとその通貨の価値が上昇したのと同等の扱いになる、といういわば正反対の捉え方をしているためである。
現実には、物価上昇についてどちらの解釈が当てはまるかはケースバイケースになる。あるいは、両者の組み合わせになるかもしれない。それによって、為替相場が購買力平価に沿って動くか、それとも乖離するかが決まる。加えて、現実世界では、金利や経常収支といった要因が為替を大きく左右する。上例で、仮にドルが1ドル=50円まで下がらずに1ドル=75円の下落に留まった場合、両国の実質GDPには変化が無いにもかかわらず、米国の相対的な名目GDPは1.5倍になる。
また、昨今の経験に照らすと、物価上昇がコストプッシュによるものだからと言って通貨価値を毀損する方向に働くとは必ずしも限らない。コロナ禍やウクライナ戦争を経て海外の物価は日本より大きく上昇し(特にエネルギー価格)、その分、生活は苦しくなったことが報告されたが、賃金もそれなりに引き上げられ、実質成長率もそれなりの水準を維持した。一方、日本はインフレ率は海外ほど急騰しなかったものの、その分上昇が長引き、足元ではむしろ海外を上回っている(このことには、政策でインフレを抑えたことも寄与していると考えられる)。また、金利差と貿易赤字により、為替相場ではむしろ円安が進行した。そのため、(海外に比べれば低かったかもしれないが)そこそこの実質成長率を維持したにもかかわらず、名目GDPは海外に比べて一層小さくなった。
ここから得られる一つの意外な教訓は、物価上昇は、たとえそれがコストプッシュによるものであったとしても、実質成長率を維持できる範囲のものであれば、海外との比較において名目GDPを押し上げるブースト効果を持ち得る、ということである。ただしその代償として、インフレ対策による金利上昇や、所得上昇が物価上昇に遅れをとることによってもたらされる国民の厚生の低下が生じる。そうした点からも、厚生の低下を限定的なものとする程度のインフレは望ましいと言えるのかもしれない。

人的資本と発展

というNBER論文をアギオンらが上げている。原題は「Human Capital and Development」で、著者はPhilippe Aghion(コレージュ・ド・フランス)、Ingvild AlmÃ¥s(ノルウェー経済高等学院)、Costas Meghir(イェール大)。
以下はその要旨。

Human capital is central to efforts to promote growth, convergence, and the elimination of poverty. Drawing on the seminal macroeconomic frameworks by Nelson-Phelps, Lucas and subsequent developments, alongside macro and microeconomic evidence, we examine the role of human capital in driving innovation and growth. We highlight how different types of human capital, characterized by education level, matter in different stages of development. Despite documented increases in years of schooling, the world’s poorest regions still see stagnating outcomes in learning and education quality, potentially creating poverty traps where investments in neither physical nor human capital materialize. We discuss obstacles to human capital accumulation through a simple analytical framework and present evidence from randomized interventions spanning early childhood programs to school-age initiatives, assessing policies that can effectively remove barriers to skill acquisition and establish foundations for sustained growth.
(拙訳)
人的資本は、成長の促進、収斂、および貧困の除去のための努力の中心にある。ネルソン=フェルプス、ルーカスの影響力の大きいマクロ経済の枠組みとその後の展開、ならびにマクロとミクロの経済学の実証結果に基づいて我々は、イノベーションと成長における人的資本の役割を調べた。教育水準によって特徴付けられる異なる種類の人的資本が発展の異なる段階でどのように重要になるかを我々は明らかにした。学校教育期間の増加が報告されているにもかかわらず、世界の再貧困地域では学習と教育の質における成果が未だに上がっておらず、おそらくは物的資本、人的資本いずれへの投資も具現化しない貧困の罠を生み出している。我々は、単純な分析の枠組みを通じて人的資本蓄積への障害を論じ、幼児期のプログラムから学齢期のイニシアティブに亘るランダム化された措置による実証結果を提示し、効果的に技能獲得への障壁を除去し持続的な成長のための基礎を確立する政策を評価する。

ungated版は見当たらなかったが、アギオンは昨年共にノーベル賞を受賞したピーター・ホーウィット(Peter Howitt)らと2010年に「The Relationship Between Health and Growth: When Lucas Meets Nelson-Phelps」という論文を書いている(Nelson-PhelpsはNelson, R. and E. Phelps (1966). Investment in Humans, Technological Diffusion, and Economic Growth. American Economic Review, vol. 61, 69-75.、LucasはLucas, R. (1988). On the Mechanics of Economic Development. Journal of Monetary Economics, vol. 22, 3-42.)。

家計と企業の不均一性を備えたニューケインジアン経済学

というNBER論文が上がっている(ungated版)。原題は「New Keynesian Economics with Household and Firm Heterogeneity」で、著者はThomas Winberry(ペンシルベニア大)、Adrien Auclert(スタンフォード大)、Matthew Rognlie(ノースウエスタン大)、Ludwig Straub(ハーバード大)。
以下はその要旨。

The Heterogeneous-Agent New Keynesian literature has revisited the transmission of monetary and fiscal policy to consumption using models where heterogeneous households face idiosyncratic income risk and borrowing constraints. We show that the key lessons from this literature also apply to investment using a model where heterogeneous firms face idiosyncratic productivity risk and financial frictions: constrained firms’ investment depends on their free cash flow, generating indirect effects of monetary policy and implying that transfer payments stimulate investment demand. Quantitatively, the strength of these new mechanisms is governed by firms’ marginal propensities to invest (MPIs), similar to the role of marginal propensities to consume (MPCs) for households. But unlike MPCs, we currently lack quasi-experimental evidence about MPIs that we can use to directly discipline the new mechanisms.
(拙訳)
不均一主体ニューケインジアンモデルの研究は、不均一な家計が各自固有の所得リスクと借り入れ制約に直面するモデルを用いて、金融財政政策から消費への伝播を再検討した。不均一な企業が各自固有の生産性リスクと金融摩擦に直面するモデルを用いて我々は、その研究からの主要な教訓は投資にも当てはまることを示す。制約のある企業の投資はフリーキャッシュフローに左右されるため、金融政策からの間接的な影響が生じ、移転支出が投資需要を刺激することが導かれる。定量的には、この新たなメカニズムの強度は企業の限界投資性向(MPI)で決まる。これは、家計にとっての限界消費性向(MPC)の役割に似ている。しかしMPCとは異なり、現在我々は、MPIについて新メカニズムを直接律するのに使える疑似実験的な実証結果を欠いている。

結論部では、ニューケインジアンの第一波を代表的個人モデル、第二波をHANKと位置付けた上で、第三波はHANKに不均一な企業を組み入れたものになるのではないか、として、今回の論文が今後の研究の予告編となることを望む、と述べている。