大学院はてな :: 粉飾決算を行っていた営業所長のうつ病自殺と安全配慮義務

 研究会で前田道路事件(松山地裁判決・平成20年7月1日・労働判例968号37頁)を題材に議論。
 ある建設会社の営業所長が経理操作によって1800万円の過剰出来高を計上したことが明るみになり,支店長から「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが,辞めても楽にはならないぞ」と叱責された数日後に自殺。使用者には安全配慮義務違反があったものと主張する遺族から損害賠償請求が提起された事案です。
 この種の事案だと,まず労働者が自殺しているという現実(結果)があります。ところが「叱責」の態様についてみてみると,人格を否定するような罵倒ではない。こんなことを言われたら多くの人が死にたくなるよね,というものでもない。さらに,問題となった粉飾決算にしても,決して褒められるものではありませんけれども,帳簿上の操作であって実際に損害を出しているわけでもない(かといって,事後的に回復可能な程度の金額でもない)。さらに,自殺した労働者は,うつ病に罹患した人に典型的にみられる症状(エピソード)を会社の人達には気づかれないまま自殺に至っており,予見可能性ないし結果回避可能性が著しく乏しい事案。
 裁判所は,上司による叱責と労働者の死亡との間に相当因果関係を認め,執拗な叱責は違法であり精神障害発症の予見可能性があったと構成したうえで,原告労働者の側の過失を6割として減額することにより処理しました。しかしながら,判決の理論構成が決め手を欠くものであるということもあり,参加者の中でも論点の捉え方をめぐって相当に議論の分かれる事案でした。うつ病による自殺についての事案であっても長時間労働といった事情が存在していない本件は,損害発生に対する本人の寄与を議論するうえでは興味深い事案でありましょう。