大逃げ 単語

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オオニゲ

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ちょっと大きく場内がざわついております、タイキエルドラドも後方だ、
さあくもこれから400のハロン棒というところ、
サイレンススズカ逃げ逃げ逃げる! 大逃げであります
さあサイレンススズカ武豊、大きく逃げて直線に入ってくる大歓だ!

――1998年金鯱賞exit_nicovideo 東海テレビ植木アナ

大逃げとは、競馬ロマンである。

マラソン駅伝などの長距離陸上競技や、自転車ロードレースでも同種の作戦が採られることがあるが、本項では競馬のそれについて解説する。また、自転車ロードレースについても軽く解説する。

概要

競馬において、スタートから先頭に立ち、そのまま先頭でレースを引っぱる作戦のことを「逃げ」と呼ぶ。この作戦を得意とするは「逃げ」と呼ばれる。

そんな「逃げ」の中でも、後続をひときわ大きく突き放して逃げることを「大逃げ」と呼ぶ。どこで何身離せば大逃げ、という明確な基準はないが、中で集団を10身以上離していれば文句なく大逃げと呼べるだろう。大逃げを仕掛けたがいるときは、中継のカメラが引きまくって隊列の画面でが点にしか見えなくなったりする。

作戦としては基本的に「前半で稼いだ大差のリードで後半をぎきる」というシンプルなものだが、前半で他のに大差をつけるということはそのぶんハイペースで飛ばし、前半だけで著しく消耗するということであり、大逃げを仕掛けたは大抵は最後の直線、ければ3コーナーあたりで捕まって沈んで行くことになる。

3コーナーを回っていってあと800mしかありませんが、この差はどうなんでしょうか、セーフティリードか、ツインターボ逃げ、軽快に飛ばしてます、まだ10身ぐらいのリードがあります!
しかし差が徐々に詰まってまいりました3・4コーナー中間、2番手にはナリタブライアンネーハイシーザー、外からグイグイ上がっていきましたヒシアマゾンが行った! ヒシアマゾン一気に行ってナリタブライアンに並んでくる!
4コーナーに入ってツインターボの先頭はここで終わり!

――1994年有馬記念exit_nicovideo ラジオたんぱ佐藤アナ

 ↑大逃げが捕まって沈むレースの例。

しかしそれ故に、大逃げの作戦にこだわる、大レースで大逃げを仕掛けてそのまま逃げ切ってしまう、勝てないまでも上位にり込むは、観るものに強い印を与え、レースを大いに盛り上げる。
また、ハイペースで大逃げするが引っぱるレースレコードタイムにもなりやすく、記録にも記憶にも残るレースになることも。

中は好位で脚をため、直線でスパートをかけて差し切るというのが競馬の定石だが、みんながみんなそれをやりだすと、いわゆる「スローペース症候群」、スタートから団子状態のまま直線の発力でレースが決まる「直線ヨーイドン」と揶揄されるレースになりがちである。
ところがそこに一頭でも油断ならないハイペース逃げが加わると、そのペースについていくか行かないか、どこで逃げを捕まえに行くか、位置取りとペース配分に新たな駆け引きが加わり、レースの緊迫感が増す。そして大逃げを仕掛けたが後続を大きく突き放したまま直線に入ったときの「もしかしてこのまま……」というハラハラドキドキは、何物にも替えがたい魅力がある。単に立つというだけでなく、大逃げのレースが盛り上がるゆえんである。

ただし、単にハイペース逃げれば大逃げになるわけではない。実際のところ、大逃げの展開になるかどうかを左右するのは、大抵の場合は逃げ自身よりも、むしろその後ろのである。
これはたとえば、パンサラッサ2022年宝塚記念天皇賞(秋)を見べるとわかりやすい。パンサラッサ宝塚記念では1000m通過576、天皇賞(秋)では1000m通過574とどちらも同じぐらいのペースで飛ばしたのだが、宝塚記念では2番人気タイトルホルダーがそれについていったため全体がパンサラッサハイペースに付き合うことになり、それほど大逃げの形にはならなかった。一方、天皇賞(秋)ではついてくるがおらず、2番手以降がスローペースで控えたため、15身以上離した大逃げの展開になった。

なので、見たは大逃げでも実際はペースが速くないということもある。代表的な例は2009年エリザベス女王杯で、クィーンスプマンテテイエムプリキュアが2頭でペース逃げたが、3番手のリトルアマポーラクリストフ・スミヨン)がスローに抑えたため20身以上離した大逃げとなった(詳しくは後述)。人気が後方待機の差し中心で、逃げノーマークの人気薄のときにこういうことがたまに起こる。そしてこういうレース馬券を外した競輪もやってる競馬ファンは「追走義務違反」と怒るが、残念ながら日本競馬に追走義務違反はない。海外では伏兵の大逃げ大差圧勝が決まったレースで勝ち馬以外の全騎手が騎乗停止exitなんて事例もあるが……。

なお、大逃げの展開となるのは基本的に1800m以上のレースである。マイル以下の短距離レースでは、もともと全体のペースが速く中も短いため、1頭ないし2頭が後続を大きく突き放すような展開にはなりにくい。
またダート地方競馬場に小回りで直線が短いコースが多いこともあって強逃げ・先行が多いため、やはり独走大逃げの形にはなりにくい。地方JpnIでは先行する中央の一線級と地方との間が中から大きく開くことはよくあるが、それは大逃げではなく単に実力差があるだけである。

代表的な大逃げのレース

大逃げを仕掛けたが勝った、あるいは3着以内にった有名な重賞レースをいくつか紹介する。なるべく1頭1レース。「競馬の伝説のレース集」の記事も参照。

他にも載せるべきレースがあれば掲示板で挙げてください。

1980年天皇賞(秋):プリテイキャスト(柴田政人)

さあプリテイキャストが大逃げを打ちました、柴田政人が大逃げを打っています!
まだ50mのリードで3コーナーの坂を下りました、3コーナーの坂を下りました、
2番手のカツラノハイセイコ、そしてホウヨウボーイ
この2頭ははたして前のプリテイキャストに追いつくかどうか、
驚きのが場内から湧き上がっております!

――フジテレビ 盛山毅アナ

グレード制導入前、まだ春天と同じ3200mでの開催だった天皇賞(秋)での伝説の大逃げ。

1番人気は前年のダービーカツラノハイセイコで、安定した成績を収めていたホウヨウボーイシルクスキーらがそれに次ぐ人気を集める中、8番人気プリテイキャストが後続を100m以上離す大逃げを仕掛け、そのまま7身差で逃げ切り勝ち。ゴール前で実況の盛山毅アナ「2番手以下は届かない!絶対に届かない!」と断言する圧勝だった。

2023年現在も、彼女3200mの天皇賞を勝った最後のである。

1984年ジャパンカップ:カツラギエース(西浦勝一)

さあカツラギエースがどこまでがんばる、カツラギエースがどこまでがんばる、
大逃げだ、大逃げであります
ベッドタイムめに上がってきた、ベッドタイム上がってきた、
そしてシンボリルドルフ5番手、ミスターシービーは最後方!
さあ600を過ぎた、4コーナーカーブを回る!
さあカツラギ逃げが鈍った、カツラギ鈍った、後続が追い込んでくる!
世界の強が追い込んできます!

――フジテレビ 盛山毅アナ

1981年の創設以来、日本勢は海外に力の差を見せつけられてばかりいた際招待レース。しかしこの年は前年の三冠馬ミスターシービーと、この年の無敗の三冠馬シンボリルドルフが参戦。三冠馬対決と、そのどちらかによる日本ジャパンカップ初制覇をもが見る中、10番人気兵が大観衆を然とさせた。

そのの名はこの年の宝塚記念カツラギエース中後続を10身以上離す大逃げを仕掛け、4コーナーでもう後ろまで詰め寄られてそのまま沈むかと思いきや、そこから驚異の二枚府中の長い直線をりきり、2頭の三冠馬海外勢を完封日本初のジャパンカップ制覇の栄冠を手に入れた。

そしてこのレースを見て騎手を志したひとり少年が、19年後に同じ舞台で同じことをやるのである。

1992年有馬記念:メジロパーマー(山田泰誠)

前2頭が依然として逃げている、大逃げであります!2頭!
メジロパーマーメジロパーマーダイタク
さあ、3番手以下までまだ15~6身ある!
さあ、く追いかけなければいけない!
ここは3・4コーナー、後続14頭が一気に差を詰めないと、とても前の2頭は捕まりそうにない!
メジロパーマー大逃げ、宝塚再現なるか!?

――フジテレビ 堺正幸アナ

この年の宝塚記念ハイペースでブッ飛ばして逃げ切りグランプリホースいたが、その後2戦を惨敗していたためフロック視され、16頭中ブービーの15番人気だったメジロパーマー。特に前走の天皇賞(秋)ではダイタクヘリオスと2頭で大暴走してトウカイテイオーを巻き添えに17着に撃沈していた。

しかし天皇賞(秋)と同様、ダイタクヘリオスが途中で競り掛けに行った結果、またしても2頭で後続を大きく引き離しての大逃げとなる。マイラーのヘリオスが力尽きて沈む一方、障害で鍛えたスタミナ武器パーマーはレガシーワールドの追撃をハナぎきって逃げ切り、グランプリ連覇を果たしたのだった。

なお、ダイタクヘリオスがいなかったのでこの有馬記念ほどの大逃げではないが、ナイスネイチャタケノベルベットの追撃をり倒して振り切った翌1993年阪神大賞典、そして王者メジロマックイーンを宿したライスシャワー対決と互に渡り合った天皇賞(春)も必見である。

1993年オールカマー:ツインターボ(中舘英二)

さあしかし、この場内のどよめきは、ツインターボのとにかく逃げ! ツインターボのとにかく逃げ 何身開いているか、とても実況では、今の段階ではわからないぐらい、大きく大きく差をつけて逃げていっています!
ツインターボ逃げる! ツインターボ逃げる! さあ、追いかけるライスは3番手あたりまで上がってきたか、現在ライスは4番手、ライスは4番手、ホワイトストーンが2番手、ハシルショウグンが3番手!
さあ、くもツインターボだけが、ツインターボだけが4コーナーカーブに入ってきました!

――フジテレビ 塩原恒夫アナ

「大逃げ」と言えばもがサイレンススズカと並んでっ先に連想する、それがツインターボ。玉砕覚悟でブッ飛ばして逆噴射して沈んで行く、その愚直なレースぶりで成績以上にされた彼の代表レースといえば、なんといってもこのオールカマーである。

前走七夕賞逃げ5頭によるハイペースの消耗戦となり、後続を全員すり潰しての逃げ切り勝ちだったこともあり、他のが同じ轍は踏まぬと控える中、中騎手は途中でペースを緩め、まんまとしてやったりの溜め大逃げに持ち込んだ。そのまま1番人気ライスシャワーら後ろを置き去りに、5身差の逃げ切り勝ち。

されるネタ逆噴射装置の故障でそのまま逃げ切ってしまったお笑いレースとして語り継がれてきたレースだが、某アニメ視聴者は4コーナーあたりから腺が緩むようになるらしい……。

1998年金鯱賞:サイレンススズカ(武豊)

さあ拍手に送られてサイレンススズカ先頭だ、リードをまだ5身で200mを通過! さあ2番手が4頭固まってきたがミッドナイトベッドわずかに2番手に上がってきたミッドナイトベッド
100m独走だ! サイレンススズカ、4連勝です4連勝! 重賞は3連勝!

――ラジオたんぱ 藤田直樹アナ

「大逃げ」といえば、のもう1頭。異次元の逃亡者サイレンススズカベストレースといえばエルコンドルパサーグラスワンダーを切って捨てた毎日王冠だろうが、彼の名を一躍高めたレースがこちら。

4歳(現3歳)までは弥生賞ゲートをくぐってしまったりと有り余る才を発揮しきれずにいたサイレンススズカだが、その年の終わりの香港遠征で武豊と出会ってから覚醒スタートからハイペースでブッ飛ばして、中息を入れて直線で二の脚を発揮、そのまま逃げ切るというスタイル確立し連勝街道を突き進んだ。その4連勝となったこの金鯱賞は、同期菊花賞マチカネフクキタルや4連勝中のタイキエルドラドなどの強敵がう中、中大逃げから直線に入ってもさらに差が開き続けるという異次元レースで11身差のレコードタイム大差勝ち。当時の競馬ファンの度肝を抜いた。

2023年現在も、JRA重賞で「大差」での勝利記録されたのはこれが最後である。そしてこの後、サイレンススズカ天皇賞(秋)天国まで大逃げしていってしまうことになる。

1998年京都大賞典:セイウンスカイ(横山典弘)

まず行ったのはやはり1番のセイウンスカイセイウンスカイが行って、5身から7身、
ああ~10身ぐらいのリードを取りました横山典弘であります、そして3番のメジロブライト、7番のシルクジャスティスは後方に控えて1コーナーに入っていきました、
おお~、セイウンスカイのこれは大逃げであります! セイウンスカイの大逃げ!
もう15身から20身ぐらいのリードをとって、2コーナーカーブに入っていきました!

――関西テレビ 石巻ゆうすけアナ

1998年クラシック二冠馬セイウンスカイ。彼のベストレースといえばなんといっても世界レコード逃げ切った菊花賞だが、あちらはどちらかといえば「緩急自在の逃げ」として語られるので、「大逃げ」として挙げるとすれば前戦のこの京都大賞典であろう。

7頭立ての少頭数だったが、スタートからどんどん飛ばして後続を大きく突き放して逃げセイウンスカイ。しかし3コーナー前から差が詰まっていき、4コーナーではもう後続に捕まってしまう。なんだこのまま沈むのか……と思いきや、これは単なる死んだふり。後続を引きつけるだけ引きつけて横山典弘が気合いをつけると再加速。猛然と追い込んできたメジロブライトを二の脚で完封する完璧逃げ切りであった。
なので内容としてはこちらも逃げと呼んだ方が正確ではあるが、中につけたリードは充分に大逃げと呼べるだけの差。その上で二の脚を残して突き放したわけで、菊花賞を差し置いてこちらをセイウンスカイベストレースに挙げるファンもいる。

ちなみにこのレースと同日に東京競馬場で行われていたのが、上でもちらっと触れたサイレンススズカvsエルコンドルパサーvsグラスワンダー毎日王冠である。

2003年オグリキャップ記念:カネツフルーヴ(松永幹夫)

さあ前はカネツフルーヴがさあ大きなリード、大逃げを打っております、
カネツフルーヴ1周、3コーナーカーブしていきますが、
どうでしょう、7身、8身、9身、10身ぐらいはありますか、
カネツフルーヴと、松永幹夫一人旅

――報館 野謙二アナ

南関東の名ロジータ息子カネツフルーヴ雄大格でパワーに優れた一方で末脚のキレ味に欠けた彼が6歳となって編み出したのが、後続をすり潰すハイペース大逃げの戦法だった。そんな彼の代表レースといえば制覇を果たした2003年川崎記念だが残念ながらニコニコ動画がないので、ここでは最もその大逃げぶりが際立つ同年のオグリキャップ記念を取り上げる。

川崎記念逃げ切ってハイペース大逃げのスタイル確立したカネツフルーヴ松永幹夫は、前走のダイオライト記念でも大逃げでそのまま逃げ切りを果たし、全盛期を迎えていた。それに続いて乗りこんだこのオグリキャップ記念は1周で10身以上離すと、2周ではもう15身は後続をぶっちぎる大逃げを披露。前述の通り基本先行有利の交流重賞でこれほどの大逃げはなかなか見られないのだが、後ろを全に置き去りにしたカネツフルーヴはそのまま9身差で逃げ切り圧勝、レコードタイム叩きだした。

ところが、このゴール直後に彼は転倒。幸い重篤な故障ではなかったのだが、休養から復帰後はきを失ってしまい、惨敗が続いて復活できないまま現役を引退することになってしまった。

2003年府中牝馬S:スマイルトゥモロー(柴田善臣)

さあ先頭はスマイルトゥモローでまもなく最初の1000m、どうか!
56! これはあまりに速すぎる!
スマイルトゥモロー今日柴田善臣に乗り替わっていますが、56で最初の1000mを通過しました!

4コーナーカーブご覧のように、まだ後続は見えない! まだ後続は見えない!

――フジテレビ 伊藤利尋アナ

2002年オークスを後方からの追い込みで制したスマイルトゥモロー彼女デビュー当初から非常に行きたがる気性を抱えており、折り合いを欠く彼女戦の吉田豊騎手なんとかなだめて制御してきていた。しかし古となって気性難はさらに悪化し、その果てに生まれたのがこの衝撃の大暴走である。

戦の吉田豊ではなく初騎乗の柴田善臣騎手を迎えたスマイルトゥモローは、スタートから狂気ラップを刻んでいく。1000mの通過タイムは、現在東京・芝1800mでの最速記録として残る563実況フジテレビ伊藤利尋アナも「これはあまりに速すぎる!」と叫ぶほどだった。しかもその後、彼女府中の長い直線を残り50mまでり、3着に残したのである。

どこまでが作戦で、どこからが制御不能による暴走だったのかは定かでないが、スマイルトゥモローといえばオークスでのGI勝利より、GⅢのこのレースが印深いという競馬ファンも少なくない。なお、彼女はこの後もエリザベス女王杯阪神牝馬S暴走気味に大逃げしているが撃沈している。

2003年ジャパンカップ:タップダンスシチー(佐藤哲三)

さあかなり縦長になりました、歓を受けて逃げるのは、タップダンスシチーだ!
タップダンスシチー逃げている!
3・4コーナー大欅の向こう、まだリードの方は5、6身といったところ、
そして単騎の2番手がザッツザプレンティ、そして、3番手アクティブバイオ
4コーナーカーブから直線へと向かって参りました、シンボリクリスエス現在中団のところ、
帽子は最後の直線でどう上がってくるか、
タップダンスシチーの思い切った逃げがここでうのか!

――フジテレビ 塩原恒夫アナ

前述の1984年カツラギエース逃げ切ったジャパンカップ。それを見て騎手を志したのが佐藤哲三騎手である。そんな彼が、5歳から上を任された遅咲きの6歳タップダンスシチーと演じた伝説の逃亡劇。

馬場の中、苦手なスタートしく決めてハナを切ったタップダンスシチーは、そのまま後続を大きく突き放してひとり旅。直線でも断然人気シンボリクリスエスら後続は重馬場に脚をとられて伸びあぐね、フジテレビ塩原恒夫アナ「2400!逃げ切るとはこういうことだ!魅せてくれた仮柵沿い!」の名実況とともに、JRAGI最長記録となる9身差で逃げ切った。

なおタップダンスシチーといえばこのレースの印が強いが、彼はスタートが苦手だったので逃げなのにハナを切れたレースが少なく、緩みのないペースを刻んで緩めた逃げを途中でかわしてそのまま押し切るというレースの方が本領であった(例:2004年宝塚記念)。

2004年天皇賞(春):イングランディーレ(横山典弘)

第4コーナーを回りきった、しかし先頭はまだイングランディーレ
このスタミナがあるぞ!? イングランディーレっている!
懸命に、ゼンノロブロイ! 外からネオユニヴァース
ネオユニヴァースヴィータローザ! 懸命にリンカーンリンカーン
しかしイングランディーレの先頭だ、イングランディーレ! これは逃げ切る逃げ切る!
なんと4歳4強も、全て退けて、イングランディーレ一人旅

――関西テレビ 馬場鉄志アナ

なぜかニコニコにはこのレース単独の動画がないのでウマ娘で失礼。この年の天皇賞(春)は、前走阪神大賞典を快勝したリンカーン、前年の二冠馬ネオユニヴァース菊花賞ザッツザプレンティ、そしてダービー2着・有馬記念3着のゼンノロブロイが「4歳4強」と呼ばれていた。

しかし、10番人気5歳イングランディーレが大逃げを仕掛け、人気どころが後ろで牽制し合っている間にひとり旅。馬場鉄志アナの「これは逃げ切る逃げ切る!」の絶叫とともに、そのまま7身差で逃げ切ってしまった。

横山典弘騎手がたまに仕掛ける思い切った逃げ、いわゆる「前ポツン」を代表するレースである。そしてこのレースは「長距離人気薄の逃げを放置すると危険」というめを残した……はずだったのだが。

2005年エリザベス女王杯:オースミハルカ(川島信二)

エアメサイアはまだ後ろの方だ! エアメサイアはまだ後ろの方だぞ、これで届くのか武豊
先頭は全に、オースミハルカ、あと300m、今年はついに逃げ切るか!?
アドマイヤグルーヴ来た! アドマイヤグルーヴ来た!

上村を乗せてアドマイヤ、しかし外からスイープトウショウ
外からスイープトウショウ! オースミハルカスイープトウショウ

――関西テレビ 馬場鉄志アナ

若手の川島信二騎手デビューから戦を務めてきたオースミハルカエリザベス女王杯では前年もアドマイヤグルーヴの2着に敗れていた。亡き兄弟子の岡潤一郎騎手が勝った一のGIであるエリザベス女王杯で、師匠安藤正敏調教師に初のGI勝利を届けるべく、若武者が仕掛けた乾坤一擲の大逃げ。

オースミハルカ川島騎手スタートから押してどんどん後ろを突き放すと、京都競馬場のどよめきの中、1000m60フラットの楽逃げペースでの大逃げに持ち込む。直線に入ってもその脚は止まらず、残り200mでも後続を5身以上離した独走。これは逃げ切った、ともが思った間、大外から魔法のような脚でカッ飛んできたスイープトウショウに薙ぎ払われて、惜しくも2年連続の2着に敗れた。

GI勝利GIで生涯最高のレースをしたのに勝てなかった」レースの代表格といえる。

2006年菊花賞:アドマイヤメイン(武豊)

さあ全にアドマイヤメイン武豊武豊が先行策をとりまして大逃げを打つような格好になりました、間もなくスタートして1000mのポールを今通過
59を切っている! 59を切っている!
武豊、速いペースに持ち込んでいます!

――関西テレビ 馬場鉄志アナ

二冠馬メイショウサムソン三冠がかかった菊花賞。このレースを引っぱったのは、ダービー2着の3番人気アドマイヤメイン武豊だった。

高速馬場を活かして1000mを587というハイペースで入り、中盤の1000mで64台までペースを落として、4コーナーの下りで再度加速する、1998年セイウンスカイのような逃げを仕掛けたアドマイヤメイン武豊。最後はさすがに最後方から捲ってきたソングオブウインドと中団から抜け出してきたドリームパスポートに捕まって3着に敗れたが、それでも自身もセイウンスカイレコード更新する3:03.0で駆け抜けてみせた。なおメイショウサムソン仕掛けが祟って直線で脚が止まり4着。

勝ったソングオブウインド上は武幸四郎で、このアドマイヤメインの大逃げでソングオブウインドにとっては絶好の展開になったため「豊が幸四郎にプレゼントした菊花賞」と言われることも。ちなみにアドマイヤメインはこの年の有馬記念ディープインパクト引退レース)でも柴田善臣と大逃げしているが9着に沈んでいる。
またこのレースに関しては「武豊レース前に『3分3逃げる』と宣言してコンマ1誤差もなくその通りのタイムで駆け抜けた」と武豊の体内時計の精密さを物語伝説としてまことしやかに語られているが、このタイム宣言は確定ソースが見当たらない。情報む。

2009年エリザベス女王杯:クィーンスプマンテ(田中博康)&テイエムプリキュア(熊沢重文)

直線を向いてまだクィーンスプマンテテイエムプリキュア
クィーンスプマンテと、テイエムプリキュアっている!
あと300mは切っている、ブエナビスタは届くのかあー!?
これはとんでもない波乱になるのか! とんでもない波乱になるのか!
これが競馬だ! これが競馬の恐ろしさ!!!

――関西テレビ 馬場鉄志アナ

概要でも触れた、競馬史に残る伝説の迷レース

二冠牝馬ブエナビスタが圧倒的な人気を集める中、人気薄の逃げ2頭、クィーンスプマンテテイエムプリキュアが2頭で逃げる。そこまではもが予想していた展開だったが、3番手につけたリトルアマポーラクリストフ・スミヨンが抑えすぎたため、ペースなのに後続を20身以上離した大逃げになってしまう。
遅すぎるペースに気付いてブエナビスタらが上がって行ったときには時すでに遅し。直線で先頭に立ったと思ったらまだ前に2頭いることに気付いたブエナビスタが凄まじい脚で追い込んだがもはや手遅れ、馬場鉄志アナ「これが競馬だ!これが競馬の恐ろしさ!」という実況とともに、そのまま2頭が逃げ切ってしまった。

波乱を呼ぶアナウンサーとして知られた馬場アナの、これが最後の京都競馬場GI実況であった(翌年の桜花賞競馬実況引退)。また勝った田中博康騎手はこれが一のGI勝利。後に調教師としてレモンポップフェブラリーステークスを勝つことになる。

このレースに繋がる伏線として、クィーンスプマンテが同様の大逃げで逃げ切った2009年みなみ北海道ステークスと、これほどの大逃げではないがしかしながらテイエムプリキュアだ! 3年間の苦労が報われるぞー!」岡安譲アナの名実況でも知られる2009年日経新春杯も必見。ちなみにこの両方とも荻野騎手が騎乗している。

2012年日経賞:ネコパンチ(江田照男)

まだネコパンチリード! 残りは100! さあネコパンチリード
2番手ルーラーシップ、その外からウインバリアシオン
ネコパンチがまんまと逃げ切った1着ゴールイン

――テレビ東京 矢野アナ

忘れた頃の男・江田照男の代表レースのひとつ。

ルーラーシップが圧倒的1番人気を集める中、単勝167.1倍の12番人気ネコパンチノーマークで大逃げを仕掛け、重馬場で後続が伸びあぐねる中、そのまままんまと逃げ切ってしまった。差しが伸びない悪で人気薄のノーマーク逃げ、という競馬大穴が開くときのある種典的なレースである。

勝利騎手インタビューでの猫ひろしポーズ(上記動画サムネ)も印深い。

2012年天皇賞(春):ビートブラック(石橋脩)

前は飛ばしてビートブラック先頭、ビートブラック
直線コースに向きました、ビートブラック先頭だ!
そして2番手ゴールデンハインド、あとはまだ6身7身離れてユニバーサルバンク3番手、追ってくるのはギュスターヴクライ
オルフェーヴルはまだ中団! オルフェーヴルはまだ中団!

残り200mこれは届かない! これは届かない!
ビートブラック先頭だ!

――ラジオNIKKEI 山陽アナ

上記の日経賞から僅か1ヶ後。8年経って「長距離人気薄の逃げを放置すると危険」というイングランディーレめが忘れられた結果、春天で再び起きた単勝万馬券・14番人気の大逃亡劇。

この年の圧倒的1番人気は前走阪神大笑点やらかしたばかりの前年の三冠馬オルフェーヴル。そのオルフェが後方に控えたため、他のが後方のオルフェを警しているうちに、10番人気ゴールデンハインドと14番人気ビートブラックが2頭で集団を20身以上離した大逃げになってしまう。

結局オルフェは走る気を見せずに撃沈し、3コーナー前でハナに立ったビートブラックがそのまま押し切って4身差の逃げ切り(一緒に逃げゴールデンハインドは7着)。単勝159.6倍の大波乱となった。
そして、石橋騎手は、この11年後にも再び距離重賞麗な大逃げを見せることになる(後述)。

2015年ヴィクトリアマイル:ミナレット(江田照男)

さあ、5身、6リードを取って、前半の800m45台、例年よりも少しペースで、
飛ばしていく飛ばしていく、ミナレットが飛ばしていきます!
その後ろ単独の2番手ケイアイエレガント芦毛リトルゲルダ一発を狙う、
さあ兵3頭前を占める中で、現在1番人気ヌーヴォレコルトは前から6頭
まだリードがある! まだリードがあるぞ!

――フジテレビ 倉田大誠アナ

新馬戦単勝万馬券の14番人気勝利し、2着が同着になったにもかかわらず3連単2983万馬券叩き出したミナレットが、忘れた頃の男・江田照男と二度伝説を創ったレース

単勝291.8倍の最低人気だったミナレットだったが、大外から好スタートを切ると江田照男に促されハイペースガンガン飛ばしていき、マイル戦ではなかなか見られない後続を6身は離した大逃げに突入。直線に入っても後ろが伸びあぐね、2番手で追ってきていた12番人気ケイアイエレガントミナレットをかわして押し切りを図ったが、それを5番人気ストレイトガールが差し切って勝利

ミナレットもそのまま3着にり込み、5番人気-12番人気-18番人気の決着で3連単2070万58102024年現在重賞歴代1位の高額配当に君臨する大荒れ決着となり、ミナレット伝説として名を残すこととなった。

2017年中山大障害:アップトゥデイト(林満明)

さあ先頭アップトゥデイト、場内がどよめくほどの大逃げで、後続を離しています、
そしてオジュウチョウサンの後ろも次第に離れていきます!
(中略)
さあオジュウチョウサンがその差を徐々に詰めにかかる!

あとは離れた! 3番手以降は大きく後ろ!
4コーナーに向かいます、さあ先頭はアップトゥデイト、その後ろからオジュウチョウサン
さあ! 前・王者か! 現・王者か! 帽子2頭の追いべに変わる直線!

――ラジオNIKKEI 山本直アナ

障害の現王者・オジュウチョウサンに何度となく苦杯をなめさせられてきた前王者・アップトゥデイト。オジュウを倒すためにあらゆる策を試し、それをことごとく打ち破られてきた騎手が、「オジュウチョウサンに勝つにはこれしかない」と仕掛けた渾身の大逃げが、障害競走史のみならず競馬史に残る歴史的な名勝負を生んだ。

序盤から後ろを大きく突き放した大逃げを仕掛けるアップトゥデイトに対して、2番手で追いながら虎視々と機を伺うオジュウチョウサン。第4障害の前から一気にギアを上げたオジュウが猛然とアップに迫り、全にこの2頭のマッチレースとなる。これが初GI実況となった山本直アナ「さあ、前・王者か!現・王者か!」の名実況とともに2頭で直線の叩き合いとなり、最後はオジュウチョウサンが差し切って勝利。J-GI4連覇を果たし、名実ともに障害絶対王者の地位を確固たるものにした。

2022年JRAが実施した投票企画競馬名勝負列伝」でも、2008年天皇賞(秋)1996年阪神大賞典など、地の並み居る伝説級の名勝負を抑えて2位ランクインした。

2022年天皇賞(秋):パンサラッサ(吉田豊)

最初の1000m、574! 574というハイペース! パンサラッサの大逃げだー!
さあパンサラッサもう既に欅の向こう側を通過して、これだけの逃げ! これだけの逃げ
令和のツインターボ〟が逃げ逃げまくっている!
さあ! パンサラッサ、このまま逃げ切ることが出来るのか!?
これだけの差! これだけの差!
さあ、4コーナー回って直線コース! さあ、後ろは届くのか! 後ろは届くのか!?
このまま逃げ切るのか!? ロードカナロア産駒パンサラッサ
世界のパンサラッサ〟の逃げ

――フジテレビ 立本信アナ

前年の福島記念ツインターボのようなレース逃げ切り、「令和のツインターボ」として一躍注を集めたパンサラッサハイペース逃げというスタイルでこの年の中山記念ドバイターフを制して「世界のパンサラッサ」となり、宝塚記念でもタイトルホルダーレコードを演出、札幌記念ジャックドールの2着にって、乗りこんできたのがこの天皇賞(秋)である。

宝塚記念札幌記念がともにのつく消耗戦になったことや、前走札幌記念でそれまでの逃げから控えるレースに変えて勝利したジャックドールが控えたこともあって、パンサラッサ理に追うはなく、後続を大きく突き放した大逃げとなった。1000m通過は24年前のサイレンススズカと同じ574。かつて伝説の大逃げ天国へと駆けていったその先へ、後続を突き放したまま逃げパンサラッサ。直線でもりにったが、最後はイクイノックスの上がり3F327の末脚に屈して惜しくも2着。

極限の大逃げvs極限の末脚。イクイノックス世界最強街道の始まりとして、そして2022年の、20年代の、令和競馬を代表する名勝負として、今後も長く語り継がれていくであろうレースである。

2023年ステイヤーズステークス:アイアンバローズ(石橋脩)

直線コースに向いてきた、先頭まだ逃げ逃げアイアンローズまたリードを広げた!
2番手には外から一気に5番の、マイネウィルトス突っ込んできている!
内を突いて2番のワープスピード、外からは11番のテーオーロイヤル、あと1番のキングレインです!
先頭は7番アイアンローズ! まんまと逃げ切りました3600mゴールイン
アイアンローズです! マジックというような逃げでした! 石橋脩!

――テレビ東京 矢野アナ

稀代の大逃げパンサラッサがターフを去った翌週、内最長距離重賞で中長距離重賞の常連6歳が見せた大胆不敵なスローペース逃げ

8年ぶりのフルゲートとなったこのレース、まずハナしたのは大方の予想通り大外逃げアフリカンゴールドアイアンローズは2番手につけ、後ろを離してまずは2頭で逃げると、どんどん後ろを突き放し、1周の3コーナーアフリカンゴールドも突き放して単騎の大逃げに突入する。これは逃げ2頭が競り合ってのハイペース……かと思いきや、1000m通過1:03.92000m通過2:06.8というごく普通ペース。8番人気アイアンローズと6番人気アフリカンゴールドの競り合いに、後ろが惑されてスローになっただけであった。

2周の向こう正面で2番手のアフゴとセファーラジエルが詰めてきて、アイアンローズは3コーナーでもう捕まる。後ろの集団も差を詰めてきてそのまま沈む……かと思いきや、これは単なる死んだふり。4コーナーから再び加速したアイアンローズは直線で々と後続を突き放し、2身半差で勝。
上的にはビートブラック天皇賞(春)、内容的にはセイウンスカイ京都大賞典思い出させる見事なスローペース逃げ重賞初制覇を飾ったのだった。

その他の例

重賞以外で大逃げがそのまま逃げ切り勝ちしたレースでは、エイシンヒカリ2014年アイルランドトロフィー(OP、上:横山典弘が特に有名。
その大逃げぶりもさることながら、直線でどんどん右にヨレていき、最後は外ラチ沿いまで行きながら3馬身半差で逃げ切るという破天荒な内容で、エイシンヒカリを語る上では外すことのできないレースとして語りとなっている。

大逃げ自身は撃沈したが、大逃げの話題で外すことのできないレースもいくつかある。概要にも挙げたツインターボ1994年有馬記念や、ツインターボ逃げは、くもゴール500mで壊滅している!」三宅正治アナ)の1993年天皇賞(秋)ネタとして有名。その一方、サイレンススズカの最後のレースとなった1998年天皇賞(秋)の「沈黙の日曜日」のような悲劇もある。
これまで記事内で取り上げていないでは、2011年天皇賞(秋)1000m通過565という殺人ペース逃げトーセンジョーダンハイパーレコードを演出したシルポート(16着、上:蛯名正義)、2020年ジャパンカップアーモンドアイvsコントレイルvsデアリングタクトによる歴史的な三冠馬3頭対決を大逃げで盛り上げたキセキ(8着、上:浜中俊)が近年でも特に印的な大逃げだろう。

また大逃げが波乱を呼んだ例としては、青葉賞逃げ切ったリオンリオン(15着、上:横山武史)が大逃げを仕掛け、離れた2番手単騎でそれを追った単勝93.1倍の12番人気ロジャーバローズり込みを生んだ2019年東京優駿などもある。

海外の場合

馬主であっても出走する全頭が勝利に向けて全力を尽くすことが大前提である日本競馬と違い、海外では同馬主かつ同厩舎のが複数頭で出走してきた際、実力的に劣る方のが、勝たせたいにとって有利な展開を作るためにペースメーカーラビット)として先頭を走ることがある。

これは同馬主馬券上では一緒の扱いになる「カップリング」という制度があったため。この制度により、万一ペースメーカー逃げ切ってしまっても、同馬主の本命が勝ったのと同じことになるわけである。実際、2001年クイーンエリザベス2世Sではペースメーカーサモナーがそのまま逃げ切ったという例があった。

このカップリング制度は現在ではれており、欧州で最後まで残していたフランスでも2019年止されたようだが、ともあれこのため、特に欧州では「勝つための戦法としての逃げ」というのは日本のようには定着していない。なので、たとえば2002年のニエル賞exit_nicovideoのように、3頭立てで3頭とも前に行きたがらなかった結果、歩いているのも同然というレースになってしまうこともあった。

それでも短期免許日本競馬を経験した騎手が向こうに持ち込むなどした結果、海外でも戦法としての逃げが取られることもある。そして大レースでの意表を突いた大逃げでの逃げ切りというケースもある。

2010年オートゥイユ大ハードル(フランス):Mandali(C.スミヨン)

チャンピオンハードル」とも称される、フランスオートゥイユ競馬場で開催されるG15100mの障害競走。この年の圧倒的な1番人気は当時のフランス障害王者Questarabad。一方、Mandaliに騎乗したのは地の騎手であるクリストフ・スミヨン。Mandaliのオーナー会食した際に「障害に乗ってみたい」と希望し、4日前のレース障害競走初騎乗、これが障害2戦だった。

レース前半、他のが牽制し合っている間にするするっと前へ抜け出したスミヨンとMandaliは、そのまま後続を20以上離す・大逃げに突入。そのまま最終的に2着に15をつけて逃げ切った。15身差ではなく15差である。16身とすると約90身差スミヨンは当然ながらこれが障害勝利であった。スミヨンには観客から大采、2着Questarabadをはじめ2着以下のたちと騎手には当然ながら大ブーイングが浴びせられた。

日本ファンの間では「(上述の2009年エリザベス女王杯で学んだ成果」とか言われている。

2020年ダービーステークス(イギリス):Serpentine(E.マクナマラ)

新型コロナウイルス無観客で開催されたイギリスダービー。1番人気2000ギニー勝ちカメコ。前週に未勝利戦を勝って連闘で出走してきたサーペンタインは、上E.マクナマラダービー初騎乗で8番人気タイという兵だったが、大逃げを打ってそのまま5身半差で逃げ切り圧勝した。

なお、彼はその後は勝ちから遠ざかり、ついにはダービーでありながら去勢されてしまい(20世紀以降で初だとか)オーストラリアに移籍している。

自転車ロードレースの大逃げ

ツール・ド・フランスなどの自転車ロードレースでも「大逃げ」は見られることがある。

自転車ロードレースは個人競技であると同時にチーム競技であり、チームエースを勝たせるために他の選手はアシストに回ってエースの走りやすいレースを作り、もしアシストがそのまま勝ちに行った方が有利な状況であればアシストが勝ちに行くのも構わない、というのが基本戦術になっている。
また自転車空気抵抗で受ける負担が非常に大きいため、チームで集団を組み、定期的に先頭を交代して負担を分散するのも基本戦術である。というわけで、そうしたチームの集団が集まったメイン集団(プロトン)が形成される。

しかしそのメイン集団だけでレースを進めると集団の中で先頭争いが生じてペースが乱れてしまう。そのため、集団から離れて逃げることで集団のペースを落ち着かせることを的とした少人数の逃げ集団もよく形成される。
というわけでロードレース逃げを担当するのはアシストの役割であり、エースのいる集団のペースを落ち着かせるための先導を務め、ほとんどの場合は終盤でメイン集団に吸収されることになる。
前述の欧州競馬におけるペースメーカーカップリング馬券の存在も、この自転車ロードレースにおけるエースアシストの関係を前提に見ると理解しやすい(欧州自転車ロードレースサッカーに次ぐ人気スポーツである)。

そして欧州競馬ペースメーカー逃げ切ってしまうことが稀にあるように、自転車ロードレースでも逃げた選手がそのまま逃げ切ってしまうことも稀にだがある。

日本で最も有名な例は、2021年東京オリンピック2020自転車女子個人ロードレース全なノーマークの存在だったオーストリアアナキーゼンホファーが独走で逃げ切って金メダルを獲得した一件だろう。
このときはごとに参加人数が割り当てられており、絶対的な優勝補のオランダは4人が参加してチームを組んでいた一方、オーストリアキーゼンホファーの単独参加だった。通常のロードレースでは線を利用してチーム内での情報共有を行うのだが、この人数格差の有利不利をなくすため、東京五輪では選手の線の使用が禁止されていた。
そのせいかオランダチームは、2位イスラエルの選手を捕まえた時点でトップに立ったと思い込み、まだ前で名のキーゼンホファーが逃げていることを見落としてしまった。そしてキーゼンホファーがゴールした1分以上あとに1位だと思ってバンザイしながらゴールし、次の間に絶望叩き落とされるというコントじみた展開になったのであった。

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