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反イスラエルのパレスチナゲリラ諸派の連合体として1964年に結成されたのがPLO。中東諸国や世界各国を巻き込んで無差別テロを含む政治闘争をイスラエル相手に繰り広げた末に、1994年に「オスロ合意」によってイスラエルとPLOとの間に和平が成立します。 あくまでも上意下達の軍事(=テロ)組織だったPLOそのまんまでは「政府」として機能しないため、オスロ合意後にイスラエルとの外交交渉を行う政府主体として構築されたのが「パレスチナ自治政府」です。パレスチナ自治政府は選挙を行い、最初こそPLO議長だったアラファトが大統領に就任して総選挙でもPLO系の議員が多数派だったものの、汚職と政府機構への縁故採用が露骨に行われてこれらPLO系勢力が支持を失い、二度目の総選挙ではイスラエル根絶を掲げるハマスが第一党となりました。 PLO系の二代目大統領・アッバスと議会第一党のハマスとは当然対立し、双方が元から持っていた軍事組織間で内戦が勃発。パレスチナ自治政府の飛び地領であるガザ地区はハマスに制圧されてしまいました。 以後、「国際法的にはパレスチナの代表権を持つものの、ガザ地区には何の影響力も持てない弱体のパレスチナ自治政府」「国際法的正統性はないが武力でガザ地区を支配しイスラエル攻撃を続けるハマス」の二つが並立する格好になり、イスラエルは「弱体でパレスチナの統一代表ではなくなった自治政府」「ガザ市民を盾にして攻撃を続けるハマス」の双方に対し「どんどんぶん殴って望むものを得る」という基本方針で突き進んでいます。
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