回答(5件)
まあカーチス社には、本来はP-40の代わりの後継機の本命として、 「XP-60」 という試作戦闘機があったわけです。 https://ja.wikipedia.org/wiki/XP-60_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F) しかしこのXP-60の開発が順調ではなかったことから、P-51の生産、開発が優先されるようになり、カーチス社にはP-40の生産、改良の継続が命じられました。 そういうわけで、P-40N型の生産というのは、カーチス社にとっては実際は不本意なことだったのです。 もっとも改良、生産が継続されたのは、戦闘爆撃機としてはP-40はまだ実戦で通用すると評価されたためであり、P-51も元々は戦闘爆撃機として開発されたのです。
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設計開始から実用化されて、旧式化するするサイクルはそんなに変わらないかもしれない。 どうしたって、後発のP51のほうが同時代で比較したら高性能機になってしまうでしょ? P36とかからの発展型なので、P40は古い。 日本で言ったら97戦や96艦戦と同世代。対するP51はゼロ戦と同じころの設計ですものね。
コスパで負けているので。 P-40Nは機体価格が約53000ドルで115000ドルした P-47Dの半額だったので陸軍が大量発注していますが、 P-51Dは59000ドル弱で単価がP-40Nと大差ないです。
P-40Nは一段過給器しか付けてないので高空性能が低く、600km以上の最高速度が出せるのは4千m前後の低空だけとなっています。そもそもP-40Nくらいの性能は同系のアリソンエンジンを積むP-51が初期型の時点で出していたものですからね。加えてP-40シリーズは操縦性にクセが強く慣れたパイロットじゃないと扱いにくくて事故も多い、P-51に比べて各種機器の自動化がされてない(これはP-51が大戦期の中でも特に自動化が進んでいただけですが)などの実用上の差もありました。