なぜ、インプットの前に、「独学の戦略」が必要なのか。インプットの効率も、ストックの構築も、この「独学の戦略」が明確になっているかいないかによって、大きな差が出るからです。外資系コンサルとして活躍し、今は独立研究者として注目を集める山口周氏の知的生産術を公開した日経ビジネス人文庫『知的戦闘力を高める 独学の技法』から抜粋・再構成してお届けします。

「独学の戦略」を立てるメリット

 闇雲なインプットの前に、まずは「独学の戦略」を立てることをお勧めします。なぜかといえば、「独学の戦略」を立てることで、アンテナの感度が高まるからです。例えば、漫然と「いろいろなジャンルについての知識を深めたいなあ」などという状況では、書店で出合った本や新聞で読んだ記事などに、高い感度で反応することができません。

 一方で、自分の独学の戦略を明確化している場合、何かふとしたきっかけで出合った情報であっても、「あ、これは自分にとっては重要な情報だ」と反応することができます。

 さらに、独学の戦略を明確化しておくと、抽象化・構造化の能力も高まります。抽象化・構造化というのは、一言でいえば「学びとなる示唆を抽出する」ということです。インプットされた知識から、自分の知的戦闘力を向上させる示唆や洞察を、どれくらい深く鋭く切り出せるかは、どれくらい明確に「自分の独学の戦略」を描けているかにかかってきます。

 私の場合、自分の独学の戦略上掲げている大きなテーマの一つに「イノベーションを起こす組織の作り方」があります。このようなテーマを掲げておくと、一見まったく関係のないカテゴリーのインプットからも、示唆や洞察を抽出することができるようになります。

 例えば、主に子どもを対象にした図鑑シリーズの「発明・発見」の巻などは、イノベーションを起こす人材や組織について、様々な示唆が得られます。あるいは第1次世界大戦についてのドキュメンタリー番組を見ていたとき、戦車のアイデアを最初に認めたのは陸軍ではなく、陸戦の素人である海軍大臣のチャーチルだったということを知れば、「もしかしたらイノベーションを駆動するのは、専門家よりも素人なのかもしれない」という仮説につながり、実際に調べてみると、多くのイノベーションが「非専門家」によって成し遂げられていることが分かりました。

 大量のインプットをしているにもかかわらず、なかなか成果が出せない、つまり、インプットが「知的戦闘力の向上」につながらないとよく相談されますが、話を聞いてみると、確かに大量の本を読んでいるのですが、ご自身の「独学の戦略」がはっきりと定まっていないことが多いのです。

 大量の読書も、自分の知的好奇心によって駆動されているというよりも、インテリを気取って自慢したいという気持ちに駆動されているように思えます。

 しかし、そんな努力をいくら積み重ねたところで、多くのインプットは消化されることなく、いわば目の前を何事もなかったように素通りすることになるだけでしょう。

知識は整理されていないと使えない

 独学の戦略を立てることで、またストックの構築も進むことになります。独学の戦略を立てるということは、インプットした情報をファイリングするための「ラベル」を明確化することにほかなりません。これはつまり、独学によってインプットされた知識を、どのようにして整理するか、どのような知識と組み合わせて保管するかという方針が明確だということですから、当然ながらストックの整理も進むことになります。

まずは「独学の戦略」が必要(写真:seven sheep/stock.adobe.com)
まずは「独学の戦略」が必要(写真:seven sheep/stock.adobe.com)
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 独学によって広範囲の知識をインプットしても、それがテーマごとに整理されていなければ、「いざ」というときに、その知識を手際よく用いて知的生産を行うことができません。「確かこんな話を、どこかで読んだ気がする」というレベルのアウトプットでは、「知的戦闘力の向上」は果たせません。そんな曖昧な内容を、シリアスな状況でアウトプットしてしまったら、知的戦闘力の向上どころではありません。むしろ知的ブランディングは地に塗(まみ)れることになってしまいます。

 ここは瑣末(さまつ)な点に思われるかもしれませんが、非常に重要な点なので気をつけてください。知的戦闘力を、しかるべき状況でちゃんと発揮しようと思えば、自分が知っている「事実」関連の情報については、5W1Hをしっかりと踏まえてアウトプットする必要があります。

テーマに応じたストックの構築が必要

 例えば、2つの強敵に挟まれたニッチプレーヤーの戦い方を議論するというとき、歴史にある程度通暁している人であれば、スペインとフランスという2つの強国と対峙していた中世以降の英国の外交政策が参考になりそうだ、ということまでは思いつくでしょう。

 しかし、ではそのような主張をいざしようというとき、過去のインプットをどれくらい正確に再現できるかで、説得力が大きく変わってしまうのです。例えば、下記の2つのアウトプットを比較したときに、どちらがより高い水準で「知的戦闘力を発揮している」ように思えますか?

■A かなり昔のことなんですが、スペインの、当時有名だったものすごく強い将軍が、大軍を率いてイギリスの対岸であるオランダに進出したことがあります。このとき、イギリスの誰だったか、当時の女王は、イギリスの国力をなるべく使わず、当時のフランスの王様を焚きつける一方で、オランダの抵抗勢力を支援して、この進駐軍を撃退しようとしています。

■B 16世紀の後半、当時欧州随一とうたわれたアルバ公に率いられたスペイン陸軍の精鋭5万人が、イギリスの対岸であるオランダに進駐したことがあります。このとき、当時のエリザベス女王は、イギリスの国力をなるべく使わず、スペインと敵対するフランスのシャルル9世を焚きつける一方で、オランダのレジスタンスや海賊を支援して、この駐留軍を撃退しようとしています。

 両者のアウトプットは、情報の具体性、つまり5W1Hがどの程度押さえられているか、という点を除いて大きな違いはありません。つまり、実際に得られる示唆や洞察については、それほど大きな違いがあるわけではないということです。体力の乏しいニッチプレーヤーであれば、なるべく利害の一致する他者をうまく活用することが大事だ、という示唆は両者から引き出すことができます。

 ところが、受ける印象はどうかというと、これは大きく異なるわけです。Aの主張は、なんとも頼りない、本当に確かな話なのかと思わせるようなところがありますが、Bの主張は、さも説得力があるように感じられませんか?

 つまり、知的戦闘力を発揮するべき状況、ホワイトカラーのビジネスパーソンにとって「いざ鎌倉」というときに、5W1Hをしっかりとアウトプットに織り込む、というのはとても重要なポイントだということです。しかし一方で、人間のワーキングメモリーには限りがありますから、インプットした情報をすべて脳内に記憶することはできません。状況に即応して、過去のインプットの中から、「あの情報」を正確に引き出していくためには、テーマに応じたストックの構築がどうしても必要になるわけです。

日経ビジネス人文庫
知的戦闘力を高める 独学の技法
外資系コンサルとして活躍し、今は独立研究者として注目を集める著者の、骨太でしなやかな知性を身に付ける、武器としての知的生産術。戦略からインプット、抽象化・構造化、ストックまで、知識を「使いこなす」最強の独学システムを公開。

山口周著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)