「独学の戦略」とは、「何について学ぶか」という大きな方向性を決めることです。仮に独学のために使える時間が1日平均1時間程度だとすると、1週間で1冊程度、年間では50冊程度のインプットが精いっぱいだということになります。外資系コンサルとして活躍し、今は独立研究者として注目を集める山口周氏の知的生産術を公開した日経ビジネス人文庫『知的戦闘力を高める 独学の技法』から抜粋・再構成してお届けします。
「何を学ばないか」も決める
闇雲なインプットの前に、まずは「独学の戦略」が必要だという指摘をすると、何をまだるっこしいことを、と思われるかもしれません。しかし、実はインプットの効率も、ストックの構築も、この「独学の戦略」が明確になっているかいないかによって大きな差が出るのです。
では、独学の戦略とは何か。一言でいえば、「何について学ぶか」という大きな方向性を決めるということです。これは逆にいえば「何を学ばないかを決める」ということでもあります。現在の私たちが生きている世界は、大量の情報によってオーバーフローが発生しています。知的好奇心が旺盛な人にとって、これはとても残念で悔しいことなのですが、私たちが独学のために使える時間はごくわずかであり、これらすべての情報に通暁することはもとよりかないませんし、もしそんなことを目指そうとすれば他のもっと大事なことを犠牲にすることになりかねません。
独学に使える時間は無限ではありません。独学の戦略を考察するにあたって、よって立つ最大の立脚点がこの認識ということになります。30~50代のビジネスパーソンにとって、勉強に使える時間というのは非常に貴重でしょう。その貴重な時間を、明確な方針もなく、そのときの思いつきにかまけて消費してしまうのは、軍事でいう「戦力の逐次分散投入」に該当することになります。
あるカテゴリーを独学で学ぶとき、対象となるカテゴリーについて一定レベルの知見を獲得するためには、ある程度まとまった量の勉強が必要になります。例えば脳科学について、一定の見通しを持てる程度の知見を学びたいということになると、最低でも5冊程度の入門書と5冊程度の専門書を読みこむことが必要になります。ということは、何らかのカテゴリーについて独学をする際に、最低限でも10冊程度のインプットが必要ということになります。
50冊をどのような学びに分配するか
その上で、独学というのはインプットのみによって構成される営みではありません。読書を中心としたインプットによって得られた知識を、抽象化・構造化し、自分のストックとして自由に出し入れできるようにするためには、そのための時間もまた必要になります。
平均的な大人が1分間に読める文字数はだいたい200~400語であり、平均的なビジネス書は10~12万字前後となっています。仮に読書スピードを中間レベルの1分間300語とした場合、一般的なビジネス書であれば5~6時間程度で1冊読了できるということになります。
しかも、独学というのは「単に読んで終わり」という営みではありません。本を読んで得た情報は、料理にたとえれば「未加工の素材」でしかないわけですから、これをオリジナルの料理として他人に提供しようと思えば、自分なりの処置を施した上で、冷蔵庫に貯蔵することが必要になります。
さらに、本を読んで得た情報は、抽象化・構造化を行った上で、将来必要になったときにすぐに引き出せるよう、自分なりの知的ストックに貯蔵しておくことが必要です。この抽象化・構造化とファイリングにもまた1時間程度はかかることになりますから、読書時間も含めれば、だいたい1冊のビジネス書でも6時間程度の時間が必要だということになります。
仮に独学のために使える時間が1日平均1時間程度だとすると、つまり1週間で1冊程度、年間では50冊程度のインプットが、まずは精いっぱいだということになります。独学の戦略を考えるというのは、突き詰めていえば、「1年間で読めるマックスの50冊を、どのようなテーマやジャンルの学びに分配するか」ということを考えることにほかなりません。
本はすべて読み切る必要はない
ただし、この計算は1冊の本を最初から最後まですべて読み切ることを前提にしています。実際のところは、特にビジネス書の場合、自分にとって重要な箇所は1冊の中のごく一部であることが大半であり、このごく一部だけを拾い読みしていくような読み方をする場合、冊数は大幅に増えることになります。
ちなみに筆者の場合、主に通勤電車の往復ほぼ2時間を読書にあてることで、ざっくり年間で300冊程度の本に目を通していますが、最初から最後まで読み切っている本は、そのうちの2~3割程度だろうと思います。
『 知的戦闘力を高める 独学の技法 』
山口周著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)