学生・社会人に対する教育サービスや介護・保育サービスを展開する大手企業、ベネッセホールディングス。傘下のベネッセコーポレーションが展開する社会人向けオンライン動画学習プラットフォーム「Udemy」の日本事業を統括する執行役員の飯田智紀さんに、「仕事へのマインドセット」「仕事術」「中堅~管理職にステップアップしたとき」に参考となる本を挙げてもらいました。前編の今回は「仕事へのマインドセット」に役立つ3冊を紹介します。

3日間の「リスキリング休暇」を用意

 私は新卒でソフトバンクに入社し、2015年にベネッセコーポレーションに転職しました。3年ほど経営企画系業務に携わり、2018年からは教えたい人と学びたい人をつなぐ動画学習プラットフォームである「Udemy」の日本事業を統括しています。

 ベネッセの調査によると、社会人の42%が、学習経験も今後の学習意欲もない「学習意欲なし層」です。「なぜ学ぶことが重要なのか」「リスキリングによって、どうキャリアや生活が変わっていくのか」という啓発活動を行ったり、Udemyを個人や法人、学校や自治体に向けてどう事業展開していくかといった全体戦略を考えたりするのも重要な仕事です。

 Udemyのコンテンツは増え続けており、グローバル全体の講座数は25万以上、法人向けの「Udemy Business」では、日本向けに厳選した約1.5万の講座を定額で利用できるサービスです。現在、日本国内の個人受講者は190万人以上となっています。

「Udemy」の日本事業を統括する飯田智紀さん
「Udemy」の日本事業を統括する飯田智紀さん
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飯田智紀(いいだ・とものり)
ベネッセコーポレーション 執行役員 社会人教育事業領域担当(Udemy日本事業責任者)
ソフトバンクグループにて経営企画・グループ会社管理、事業再生・国内外投資業務などに従事。2015年9月よりベネッセコーポレーション入社。2018年4月よりUdemy事業を中心とした社会人向けリスキリング事業の責任者となり、2024年4月より現職。

 ベネッセでも従業員の自律的な学びを重視し、Udemy Businessはもちろん、DX関連の講座なども提供しています。年に3日間、有給の「リスキリング休暇」があり、社員は資格試験を受けたり、積ん読ならぬ「積んdemy」をまとめて受講したりしているようです。最近では当社で独自開発した生成AI(人工知能)によるキャリアオーナーシップ診断も開始。社員が職務経歴書とキャリア意向を入力すると、「今後どういったキャリアの可能性があるか」「今どういったスキルがあるか」「今後、必要となるスキルは?」といったことを示してくれます。

 なぜ、ここまで学びの環境を整えているかというと、ベネッセが「顧客志向」を大切にしているためです。顧客本位を実現するためには顧客を深く理解し、まだ顕在化していないニーズにも寄り添う必要があります。そのためにはアナログとデジタルのスキルを両方組み合わせ、柔軟な発想でアプローチしていかなくてはいけません。社員にはビジネスパーソンとしての実装スキルを身に付けてもらいたいと願っています。

「学び」に対する心理的ハードルを下げる

 ただ、自律的に「学ぶ」となると「何から始めていいのか分からない」「途中で飽きて挫折した」という人もいるのではないでしょうか。私はそれを克服するカギは、「『働く』と『学び』をつなぐこと」だと考えています。ビジネスパーソンだからこそ学ぶことで自分の可能性が広がる、キャリアも切り開いていけるという部分をモチベーションにできればいいのです。

 そんな思いを込めて、私は2024年4月に『 何から始めればいいかがわかる 最高の学び方 』(ダイヤモンド社)という本を書きました。Udemyを通じて知り合った講師や学習者の方々が、これまでどんな学びをしてきたか、それによってどのように人生が豊かになったかが分かるので、ぜひ本書で刺激を受けてもらえればと思います。

『何から始めればいいかがわかる 最高の学び方』(ダイヤモンド社)。画像クリックでAmazonページへ
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 また、この本で言いたかったのは、日本人は「決して学んでいないわけではない」ということ。紙とペンを用意して何時間も机に向かうだけが学びなのではなく、何かキーワードを検索したり、気になる本を読んだりするのも立派な学びの一つ。学びに対する心理的ハードルを下げ、その楽しさを知ってください。

うまくいかない仕事を環境のせいにしない

 私自身も「働く」と「学び」をつなぎつつ、これまでのキャリアを歩んできました。そのなかで特に影響を受けた本から、「仕事へのマインドセット」「仕事術」「中堅~管理職にステップアップしたとき」に関するものを紹介したいと思います。

 まず、仕事への意義を問い直すマインドセットとしてお薦めしたいのが、『 あなたの中のリーダーへ 』(西水美恵子著/英治出版)です。西水さんは世界銀行の副総裁として、途上国の貧困問題や世界銀行という巨大な組織の改革に取り組んできた人です。以前に西水さんの『 国をつくるという仕事 』(英治出版)を読み、力強いリーダー像に感銘を受けたので、続編のこちらも手に取りました。

『あなたの中のリーダーへ』(西水美恵子著)。画像クリックでAmazonページへ
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 この本を読んだころ、私はソフトバンクで事業再生を担当していました。事業再生はなかなかすぐに結果が出る業務ではないので、心理的な負担も大きく、当時は「こんな状況ではどうにもできない」と投げ出したくなっていました。

 しかし、この本を読んで西水さんも世界銀行という巨大な組織に個人としてどう立ち向かっていけばいいか苦悩したと知り、「環境や他人のせいにするのは簡単だけど、自分の責任と思えるまでもっとできることがあるのでは」と目が覚めました。仕事で行き詰まったときに響く言葉が多いので、今でも初心に戻りたいとき、また、この本から勇気をもらった感覚を思い出したいときに読み返しています。

社会貢献をしたくなったときに

 初めて西水さんの本を読んだ当時の私は、ソフトバンクという企業で毎日忙しく働いていました。しかし、もともと「社会貢献したい」という思いも強く、西水さんの本を読んでからは、「仕事ばかりの毎日でいいのか」「自分が仕事で培ったスキルをどうすれば社会に還元できるのか」と考えるようになりました。それから若手社会人の勉強会やプロボノ活動に参加するようになり、そんななかで出会ったのが『 働く意義の見つけ方 仕事を「志事」にする流儀 』(ダイヤモンド社)の著者である小沼大地さんです。

『働く意義の見つけ方』(ダイヤモンド社)。画像クリックでAmazonページへ
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 小沼さんは青年海外協力隊からマッキンゼーに入り、NPO法人クロスフィールズを立ち上げたという人物。私もNPO立ち上げの際にはサポートしたり、一時期は小沼さんと友人たちと一緒にシェアハウスで暮らしていました。

 クロスフィールズでは民間企業の社員が新興国へ数カ月間にわたって赴任し、本業のスキルを使って現地の社会課題の解決に取り組む「留職(りゅうしょく)」プログラムを提供しています。そうした活動を間近に見ることで、「私個人としてもできることがあるのでは」、ベネッセに転職してからは、「事業を通じて学びというものを社会に還元できるのでは」と考えられるようになりました。

仕事のモヤモヤを言語化してくれる1冊

 続いては『 仕事。 』(川村元気著/文春文庫)です。この本は、川村元気さんが谷川俊太郎さん、宮崎駿さん、坂本龍一さんといった12人の巨匠と対談しながら、「何がクリエーティブな発想の源泉になっているのか」「何をモチベーションにして働いているのか」「何がキャリアの転機になったのか」を解き明かしていきます。

『仕事。』(川村元気著)。画像クリックでAmazonページへ
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 偉大な方たちのキャリアを追体験することで、「すごい人たちも自分と同じようなことで悩んでいたんだ」「自分の悩みなんてちっぽけだな」とたくさんの気づきがあります。

 私が一番心に残ったのは、スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんです。私自身は芸術とは縁遠い人間なので、あまりにもアーティスティックな方だと「自分とは遠い世界の人だ」と思ってしまうのですが(笑)、鈴木さんが宮崎駿さんという強烈なカリスマとどう働くのか、ビジネスパートナーとして何ができるのかといった仕事に対する考え方や揺れ動き方は、社会人として身近に感じられました(と言うのも、おこがましいのですが)。

 私も、執行役員という立場として、自分自身が能力を発揮して輝くよりも、周囲の人々を輝かせることのほうが重要だと考えているので、共感する部分がありました。

 また、この本のいいところは自分をメタ認知できることです。意外と「仕事の何に悩んでいるか」は自分で言語化しにくいのですが、この本を読むと、「まさにこの状況」「この葛藤を乗り越えたい」ということが語られていて、モヤモヤを晴らすことができるのでお薦めです。

 次回は「仕事術」「中堅~管理職にステップアップしたとき」に役立つ本を紹介します。

「『働く』と『学び』をつなぎつつ、これまでのキャリアを歩んできました」
「『働く』と『学び』をつなぎつつ、これまでのキャリアを歩んできました」
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(後編に続く)

(注)ベネッセコーポレーションは、日本におけるUdemy社の独占的事業パートナーです。

取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美