「昭和」が終わって三十数年。あなた自身が「昭和人間」の場合も、身近な「昭和人間」についても、取り扱い方にはちょっとしたコツが必要です。「昭和人間」ならではの持ち味や真価を存分に発揮したりさせたり、インストールされているOSの弱点をカバーしたりするために、有効で安全なトリセツを考えてみましょう。今回は昭和の感覚を発揮すると大惨事を起こす「出産と育児」について。

 「大人になったら結婚して子どもを育てる」というのが、昭和における鉄板の人生設計でした。それが「当たり前の務め」であり、幸せの必須条件とされてきた節すらあります。

 もちろんそんなことはありません。いくら昭和人間だって、頭では「いろんな生き方がある」とわかっています。しかし、若い頃に刷り込まれた価値観は、なかなか拭い去れません。そのせいで昭和人間は、出産や育児に関して「暴言」を吐いてしまいがち。本人に悪気がないところが、また厄介です。

 もしあなたがここ数年のあいだに、次の3つのセリフのうちひとつでも口にした覚えがあるなら、出産や育児に関する自分の感覚に危機感を覚えたほうがいいでしょう。

「(結婚した部下や後輩に)おめでとう。次は赤ちゃんだね」
「(子どもは1人だと聞いて)早く2人目を作らなきゃね」
「(育休を取る男性の部下に)ダンナが家にいたって役に立たないんじゃないの」

 結婚したら子どもを産むのが当然と決めつけたり、きょうだいがいるのが当然と決めつけたり、ダンナは家事や育児をロクにしないで妻がやるのが当然と決めつけたり…。いずれも、言われた側は激しくモヤモヤせずにはいられません。

 もし「3つとも口にした覚えがある」という方は、悪いことは言わないので、若者と出産や育児の話はしないほうが身のためです。十分に気を付けているつもりでも、念入りに染み付いた「昭和的価値観」が、言葉の端々からにじみ出てしまうでしょう。

 昨今、昭和人間にとって危険な落とし穴となっているのが「少子化」という言葉。友人の息子や娘の夫婦に2人目ができたという話を聞いて、「平均の出生率を超えたね。たいしたもんだ」なんて言ったことはないでしょうか。他愛のない軽口ではありますが、その夫婦はお国のために子どもを産んだわけではないので、微妙に失礼です。

 あちこちで「少子化が深刻」と言われるようになって、戦時中に国がはやし立てた「産めよ殖やせよ」の発想が息を吹き返しています。一部の昭和人間は、「社会的な視点を持っていることを示したい」という下心もあって、個別の夫婦の子どもの数と「少子化対策」をからめがち。「ほお、子どもが3人か。少子化対策に貢献してるね」などと言って、ちょっとドヤ顔になるという困った特徴もあります。

昭和人間が悪気なく吐きがちな5つの暴言

 あらためて、出産にまつわる「日本の平均値」の変化を見てみましょう。

 厚生労働省「人口動態統計」によると、ひとりの女性が一生のあいだに出産する子どもの人数を示す「合計特殊出生率」は、昭和50(1975)年に2を下回り、その後も減少傾向が続いて、2023年には過去最低を更新する1.2でした。

 「夫婦の完結出生児数」も、昭和15(1940)年の調査では4.3人、昭和32(1957)年が3.6人、2021年は1.9人です。「ひとりっ子」の割合は、昭和50年代から平成の中頃までは約10%でしたが、平成22(2010)年の調査で一気に増えて、約20%となりました。

 第1子出生時の母親の平均年齢は、昭和50(1975)年は25.7歳、平成27(2015)年に30歳を超え、令和4(2022)年は30.9歳です。

 「出生率の低下」に関しては、よく話題になることもあって、上で書いたような落とし穴にはまりがち。もはや「ひとりっ子」は当たり前だし、20代で第1子を産むのは「早いほう」です。どちらも都会では、さらにその傾向が強いでしょう。現状を押さえておくことは、的外れな暴言を吐かないための第一歩です。

「産むなら早いほうが…」「まだ小さいのに保育園はちょっとかわいそうね」何気ない一言が暴言になる(写真:Fast&Slow/PIXTA(ピクスタ))
「産むなら早いほうが…」「まだ小さいのに保育園はちょっとかわいそうね」何気ない一言が暴言になる(写真:Fast&Slow/PIXTA(ピクスタ))
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 昭和人間が悪気なく(むしろよかれと思って)暴言を吐いてしまうのは、とくに若い女性に対してです。リスクがあるのは、男性の昭和人間に限りません。女性の昭和人間も十分に気を付けたいところ。最初のほうに書いた「3つのセリフ」もその一例ですが、昭和人間が吐きがちな暴言をいくつか挙げてみます。

「子どもを産むなら若いうちがいいわよ。30超えると体力的にきついから」
そういう一面はあるかもしれませんが、それぞれに事情や考えがあります。無意識のうちに、自分の経験を自慢したくて言っているケースも少なくありません。
「お子さんが待ってるんじゃないの。早く帰ったほうがいいよ」
小さな子どもがいる女性の部下が残業していたり、飲み会に出席していたりするときに言いがち。本人は考えた上でそうしているわけで、もちろん大丈夫なように手は打っています。いっぽうで少しの後ろめたさはあったりするので、なおさらカチンと来ます。
「まだ小さいのに保育園なんてかわいそう。3歳までは母親が見てあげないと」
いわゆる「3歳児神話」に基づいた発言ですが、科学的な根拠はまったくありません。このセリフも、自分の子育ての仕方を肯定したいという動機が根底にあると見ていいでしょう。「やっぱり手作りおやつじゃないと」の類いも同じ構図です。
「無痛分娩ねえ……。やっぱり『産みの苦しみ』を経験しないと、母親としての愛情が湧いてこないんじゃないかな」
間違いなく、そんなことはありません。昭和人間がそれを選ぼうとしている我が子などに言うのは、極めて大きなお世話です。昭和人間スピリットを持った平成生まれの夫が、無痛分娩を提案した妻にこう返したら、瞬時に信頼や愛情を失ってしまうでしょう。
「男のくせに泣くんじゃない」「女の子なんだからもっとおしとやかにしなさい」
幼い孫に向かって。若い親世代は、昭和人間が思うより何倍も強く、昭和のジェンダー意識に対する違和感や反発を抱いています。服装やオモチャに関しても「男の子らしくない」「女の子らしくない」という発言はタブー。無自覚に繰り返していると、子ども夫婦は「ジイジやバアバには、なるべく会わせないようにしよう」と決意するでしょう。

 昭和人間が出産や育児に関して、人によって程度の違いはあっても、ほぼ例外なく過去のイメージや価値観を引きずっていると認識したほうがいいかもしれません。不用意な暴言で若い世代をイラつかせないように、くれぐれも注意したいものです。

多少の失言はスルーする力も時には必要

 いっぽう若者のあいだで、出産や育児に関する話題が、ナイーブなものになり過ぎている傾向もあります。昭和人間が古臭い発言をしたときに、面と向かって反発するかどうかはさておき、ここぞとばかりに怒りをたぎらせたり罵倒の言葉を並べたりしがち。「昔ながらの価値観は容赦なく成敗していい」と認識されている気配もあります。

 決して、昭和人間の至らない部分を正当化したいわけではありません。ただ、多少の的外れな失言は「違う時代で育った人なんだから仕方ない」とスルーしたほうが、お互いに幸せなのではないでしょうか。昭和人間のほうだって、世代や時代が違うことで生じる違和感をしばしば飲み込んでいます。開き直りに聞こえたらすみません。

 これは言っちゃいけないのかもしれませんけど、若者の皆さんにおかれましては、自分自身が「出産や育児に関する昔ながらの呪縛」にがんじがらめになっていることが、激しく腹が立ったり反発したりする一因になっている節はないでしょうか。いや、だからこそうかつな発言には十分に気を付ける所存ではありますが。

 大事な話だけに、自分とは違う意見やいろんなアドバイスをムキになってはねつけるのではなく、ちょっとは耳を傾けてもいいかもしれません。「どうでもいい」と思えばスルーすればいいし、たまに役に立つことがあればもうけものです。ただ、昭和人間は気持ちよく話させるとすぐ調子に乗るので、そこはご注意ください。

昭和人間(自分を含む)との付き合い上の注意――今回のポイント
  • 染み付いた“昭和の常識”は随所で顔を出してしまう
  • ドヤ顔で「少子化」がらみの発言をしないように注意
  • ナイーブな話題になり過ぎている弊害も意識したい

文/石原壮一郎