会社で管理職を任された人は、当然「自分自身がパフォーマンスを上げている」からこそ、そのポジションを任された場合が多いと思います。
ただし、管理職になると「自分自身を見る視点」だけでなく、チームメンバーや部下といった「自分以外」を見る視点、メンバー同士の「関係性」を見る視点が必要になってくる。自分ひとりで、あるいは自分を中心としたチームでパフォーマンスを上げることとは、まったく違う力学が働くわけです。
そうした目には見えない力学に対して、管理職がどれだけクイックに対処できるかが、組織の成果にもダイレクトにつながってきます。そこで今回の「仕事と人生の武器になる、荒木博行の良書ガイド」は、管理職になったら一度は読んでほしい、マネジメントの名著7冊を選びました。
フレームワークがとにかく明解! 読んで後悔しない入門書
1. 『だから僕たちは、組織を変えていける』 斉藤徹著、クロスメディア・パブリッシング
いやあ、この本はいい本ですねえ。あまりにいい本なので、僕は正直、嫉妬してしまいました。
この本自体は、何か大きな主張をしているわけではないのですが、とにかくフレームワーク集としての実用性が極めて高い。マネジメントをする人たちが、どのように組織を見て、考えればいいのかについて、本の構成、見せ方、解説文、どれをとってもこれ以上ないほど丁寧に整理してくれているのが分かります。
発売1年で10万部突破、ビジネス書グランプリ2023で「マネジメント部門賞」というのも納得の良書。日本におけるマネジメント入門書の決定版といっていいかもしれません。この連載でもさまざまなビジネスセオリーをご紹介する予定ですが、この本には、それらのセオリーが一通りラインアップされているのではないでしょうか。
組織にとってのマネジメントとは? マネジメントに必要な主要なフレームワークとは? そうしたことを広く知ることができる、創意工夫にあふれた一冊です。特に「初めてマネジャーになった」という人は、どの本よりも真っ先に手に取ってみてください。きっと後悔はしないはずです。
できない管理職が陥りやすい判断のプロセス シンプルに本質を突く
2.
『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』 アンドリュー・S・グローブ著、日経BP
ベン・ホロウィッツ序文、小林薫訳
そもそも、マネジャーの役割とは何でしょうか? 人を育てる、部下を評価する、1on1をする…。実務レベルではいろいろな側面がありますが、この本の答えはいたってシンプル。マネジャーとは、「組織のアウトプットを高めるポジションだ」と答えます。
しかし、アウトプットを高めるにも、一人のマネジャーが割けるリソースは限られている。著者のアンドリュー・S・グローブは、そういうときは「てこ作用(レバレッジ)が一番大きい方を選べ」と言っています。
たとえば、自分がマネジャーを務める部署で、「限られた期間内に10億円を売り上げなければならない」ミッションがあるとします。その目標に対して、AからEの5つの案件が同時並行で進行しています。自分は「案件E」にもっとも興味があり、自身のバリューも案件Eになら生かせると考えている。しかしその一方で、どれだけがんばっても、案件Eにはレバレッジがほとんど効かないことにもうすうす気づいている。つまり、案件Eに全力で当たったところで、10億円という目標には到達することができないのです。それでもダメなマネジャーは、案件Eに突っ走ってしまいます。
この本で学べるのは、マネジャーのあなたが今てこ入れすべきは案件Eじゃないですよ、投下した時間に対してもっともレバレッジが効く案件Aですよ! ということ。そして、レバレッジが大きい案件Aというのはこういうものですよ! ということです。
ちなみに…これはビジネスパーソンあるあるですが、ヘタなマネジャーほど序盤に「適当にやっといて」と指示を出し、終盤になって「このクオリティー何?」と怒り狂ったりしますよね。結果、納品直前に外部も巻き込んだすったもんだが巻き起こる。
グローブは、「てこの作用が働きやすい序盤ほど手をかけよう。出来上がりつつあるプロダクトにはてこの作用が効きにくいから、終盤ほど手をかけてはならない」と言っています。これも、マネジャーとしては肝に銘じておきたいところです。
てこ作用が効かない案件Eに肩入れしたり、プロダクト終盤に手をかけようしたりとしたら、「ちょっとちょっと何してんの!」とグローブに首根っこをつかまれるでしょう。この本が言っていることは極めてシンプルながら、本質を突いたことばかりです。
優秀な研究者たちをつくったのは“普通の男”とのランチだった
3.
『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』 ダニエル・コイル著 かんき出版
桜田直美訳、楠木建監訳
本書の主な舞台は、世界的な研究所としても知られるアメリカのベル研究所(通称、ベル研)です。そのベル研で、いくつもの特許を持つ「優秀な研究者」を追跡しようというリサーチが実施されました。彼ら・彼女らはなぜ、高い実績を残せているのか? そこには何か共通点があるのではないか? というのがリサーチ実施の背景です。
そして調べていくと、共通点が「たった一つ」だけ見つかりました。優秀な研究者たちはみな、「ハリー・ナイキスト」という“謎のおじさん”と一緒にランチを食べていたのです。
「ハリー・ナイキストって誰なん?」と思いますよね(笑)。実際、調査員たちも戸惑ったことでしょう。ナイキストは優秀な研究者ではありましたが、エリートぞろいのベル研ではさほど目立たず、「普通」の存在だったからです。それなのに、優秀な研究者たちはそろいもそろって、ナイキストと一緒にランチを食べている。話を聞いていくと、どうやらナイキストは、ランチタイムに研究者たちの話に真摯に耳を傾け、モチベートして、フィードバックをして…と、1on1のようなことをしていたらしい、ということが分かったのです。
この話は、組織を「生態系」として捉えることができるエピソードだと思っています。全員が4番バッターでは、組織は成立しません。ナイキストは明らかに4番バッターではありませんでした。ですが、「人柄」という魅力が際立っていたのです。
つまり何が言いたいかと言うと、ベル研でハイパフォーマンスを発揮できた人たちは、そんなナイキストの存在によって、力が引き出されていた可能性があるのです。
ナイキストがもし、「あなたは目立った成果を出してないからクビね」と会社に言われて組織を追われていたら、ベル研全体のパフォーマンスも格段に下がったかもしれません。組織とはそんなふうに、「人」単体で見るのではなく、「人と人」の間でどんなケミストリーが起きているのかを知ることも重要です。組織を「生態系」で見る、とはそういうことです。
自分がプレゼンをしているとき、真剣に聞いてくれる相手がいることで、想像以上の力を発揮できることがあります。逆に、顔も上げずパソコンをタイピングしている人ばかりでは、プレゼンの手応えは得られません。みなさんにもきっと、そんな経験があるのではないでしょうか。
誰かが話しているときは、ちゃんと目を見て、相づちを打ってあげる。そうしたささいなしぐさは、あなたはここにいても大丈夫という「帰属のサイン」にもなります。これは、ずっとプレーヤーとして仕事してきた人にとってはなかなか見えづらい視点かもしれません。でも、管理職にとっては非常に大事なことなのです。
読者の多くが熱狂したあのベストセラーの定説を疑え
4.
『ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則』 ジム・コリンズ著、日経BP
山岡洋一訳
発売当初から、多くのビジネスパーソンにリスペクトされていた本なので、すでに読んでいる方も多いかもしれません。そこで僕からは、次のような読み方を提案したいと思っています。それは、この本で取り上げられていた会社が「なぜ失敗したのか?」に着目するということです。
「いやいや、逆でしょ?」と思ったそこのあなた! おっしゃる通りです。しかし、「この会社はなぜうまくいっているのか?」を当時解き明かしたこの本を今読むと、「今」だからこそ別の価値が見えてきます。なぜなら、成功例として紹介されたにもかかわらず、今現在は「失敗している」あるいは「うまくいっていない」会社が、いくつも存在しているから。
本書が発売されたのは2001年。当時は、この本に関する勉強会もたくさん開催されました。まさに『ビジョナリーカンパニー2』ブーム。ちょっとした熱狂状態だったのです。しかし、発売から20年以上がたち、冷静さを取り戻した今だからこそ、「健全な読み方」ができるのではないかと思っています。
先ほど紹介した2017年出版の『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』にも言えることですが、こうしたベストセラーが伝えるセオリーを、「神の啓示」のごとく受け入れるのはとても健全とはいえません。著者のアンドリュー・S・グローブはもちろん偉大なビジネスパーソンだけれど、ただの「半導体好きのおじさん」ともいえる。それに今は、時代もインダストリーを取り巻く環境も当時とは違う。「実は、適当なこと言ってない? 本当にそんなに適用範囲ある?」という疑いの目を持ちつつ咀嚼(そしゃく)するのが、ビジネスパーソンのあるべき姿勢だと思うのです。
『ビジョナリーカンパニー2』はより分かりやすく、「かつてはうまくいっていた会社が、今なぜうまくいっていないのか?」を考え、疑い、その原因を探索することができるでしょう。
なお、この『ビジョナリーカンパニー2』が提示したキャッチフレーズの一つに、「誰をバスに乗せるのか」、通称「誰バス」というものがあります。ビジネスは、誰とバスに乗るかが重要であり、行き先は後で決めればいい、と著者のジム・コリンズは伝えている。
しかし、本来は会社ごとに、「行き先を決めないというのは相当危険ではないか?」「うちの場合はバスから設計したほうがいいのでは?」といった議論があってしかるべきでした。それなのに、ブーム当時はこの「誰バス」も無批判に受け入れられてしまった。
そもそも、「誰バス」の思想は、大きなリスクを伴う考え方です。だから、『ビジョナリーカンパニー2』を今読むことは、「ベストセラー」「名著」という記号を疑うことでもある。管理職が「うちの会社の場合はどうか?」という思考フィルターを育み、大事な局面で踏みとどまる力をつけるためには、これほどうってつけの一冊はありません。
反省や後悔に過度に配慮すると、組織は学習できなくなる
5. 『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』 戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著、中央公論新社
太平洋戦争における日本軍の「失敗」を抽象化して読み解く本書は、その内容が、戦略論やマネジメントに対しても適用できるとして、多くのビジネスパーソンに読まれました。
この本の通奏低音は、「対人関係への過度な配慮が失敗の総括を阻害する」ということ。誰かが失敗したときは、「なぜ失敗したのか?」を総括する必要がありますが、日本では「もう十分反省しているようだから許してあげて」といった空気が流れてしまう。太平洋戦争の後も同様に、「みんな心から悔いている」「これ以上踏み込んだら相手を傷つけてしまう」という空気がまん延していたことが本書から分かります。
これでは「失敗の総括」などできるはずがありません。「反省している」「悔いている」、あるいは「気合が足りなかった」に勝敗の結果を帰着させて精神性ばかりを重視すると、組織は学習のチャンスを失います。失敗から学べることが、何一つなくなってしまうのです。
当然、精神性に注目することは大切です。しかし、「精神性がすべて」になることの恐ろしさは、管理職なら知っておかなければなりません。この本を読むと分かるように、精神性重視のやり方は、組織内で「連鎖」してしまう。上の人が下に対して精神性で総括すると、下もそうせざるを得なくなってしまうのです。
人に対して忖度(そんたく)なしにフィードバックできるマネジャーは、今もそれほど多くないかもしれません。だからこそ、「組織が失敗から学ぶ機会」を奪ってしまわないために、たくさんの管理職の方にこの本を読んでほしいと思っています。
「パワハラ部長をクビする」よりも大事なこと
6.
『学習する組織――システム思考で未来を創造する』 ピーター・M・センゲ著、英治出版
枝廣淳子、小田理一郎、中小路佳代子訳
「組織が学習できなくなる」とはどういうことか。その理解を深めるために、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』の延長でおすすめしたいのがこの本です。僕たちは、物事を限定的・短期的に捉えてしまうけれど、それって真の学習ができていないということだよね、と本書は教えてくれます。
仮に、会社で「上司のパワハラ」が発覚したとします。当然、従業員たちは「パワハラを行ったA部長をクビにしろ!」と猛反発するでしょう。会社としては、懲戒解雇もやむなしといえる。ただ、A部長だけが本当に悪いのか? そこに「パワハラが起こり得る構造」はなかったか? 本書で得られるのは、そうした広範囲・長期的に物事を捉える視点です。
構造的な問題があるとすれば、A部長をクビにしても、今度はB部長がパワハラを起こすかもしれません。あるいは、自分は絶対にパワハラなんてしない! と考えている人だって、部長になった途端にパワハラをしてしまうかもしれない。
「属人的な問題よりむしろ、組織の構造的な問題だった」ということは、大企業の不祥事を見ていてもよくあることだと分かります。上から数字のプレッシャーをかけられ、人が足りていない現場には育っていない若手ばかりが配属され、管理職のイライラが募って暴発する――。もちろん、パワハラをする管理職にも問題はありますが、会社として構造上の問題を解決しない限り、同じことが繰り返されることが目に見えています。
「どういう構造で問題が起こっているか」を思考するすべを身につけなければ、僕たちはいつまでたっても学習することができない。「組織学習」を研究するピーター・M・センゲは、そう警鐘を鳴らします。
「どうやって自転車に乗るか?」を説明できない理由
7.
『知識創造企業(新装版)』 野中郁次郎、竹内弘高著、東洋経済新報社
梅本勝博訳
ナレッジやイノベーションは、これまで「個人の形式知」によってもたらされると考えられてきました。個人が、説明可能かつ形式的なナレッジを駆使して、新たな価値を生み出している。そう思われてきたのです。ですが、この本はまったく逆のことを提示します。「組織の暗黙知」の作用こそが、イベーションを起こしているというのです。
この考え方は非常に画期的で、マネジメント本としては日本人の著作で初めて、グローバルでもベストセラーになりました。
とはいえ、「暗黙知」と言われてもちょっと難しいですよね。「暗黙知」を身近な例で考えてみると、「私たちはなぜ自転車に乗れるのか?」といったことが挙げられます。自転車に乗れる人の多くは、「自転車の乗り方を説明してください」と聞かれても、「ええっと…とりあえずまたがってこいでみて?」くらいしか言えないでしょう。そんなふうに、「言語化できないけれどうまくできること」を、僕たちはいっぱい持っている。それが「暗黙知」です。
ビジネスにおいても同様です。実は、言語的なコミュニケーションは表層でしかなく、言語化できない「暗黙知」が組織の中で作用し合うことで、新しいものを生み出している。この本は、そうした「表には出てこないもの」「目には見えないもの」に着目して、イノベーションの背景を探ります。これって、極めて日本的な視点だと思いませんか?
先にご紹介した『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』では、「ハリー・ナイキスト」という人物を通して、「組織は生態系である」と知ることができました。本書もそれに近いものがあると思います。数字や言語では表せない、非言語的な部分で対話ができるかどうかは、マネジメントにおいて大事なことです。「チームの空気の悪さ」を察する力も、管理職にとっては欠かせないスキルですよね。
リーダーとして、きちんと言語化してコミュニケーションを取ることはもちろん大事だけれど、「からだで感じること」をおろそかにしてはいけないよ、ということにも光を当ててくれるのがこの本なのです。
取材・文/金澤英恵 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集)