「東大生や頭のいい人が読んでいる本」と聞くと、「さぞかし難しい専門書や外国語の原典を読んでいるのでは」と思っていませんか。
でも、実はそんなことはありません。僕自身も本は好きで読むほうですが、論文系の本も読めば、ビジネス本やベストセラー本もよく読みます。ただ、読み方や選び方に「ちょっとした違い」はあるかもしれません。
そこでこの全3回の記事では、僕が実際に会ってきた東京大学の学生が読んでいる本を挙げつつ、頭がいい人たちの「本の読み方」についても紹介したいと思います。
なぜ東大生は古典・名著を好むのか
まず、東大生が圧倒的に読んでいるのが、「古典」「名著」といわれる本です。
昔の本が今でも読み継がれているのは、時代を超えた本質的なメッセージが書かれているから。それを読んでおきたいと思うのは、温故知新で物事の本質を知り、今の時代を生きるヒントにしたいからではないかと思います。
とはいえ、一言で「古典」「名著」といっても、哲学から思想、文学作品まで山のようにありますよね。その中から、どうやって読むべき本を選ぶのか――。もちろん興味のおもむくままに本を選ぶこともありますが、多くの場合は、人からのお薦めがきっかけだと思います。
なぜなら、学内での会話のなかによく本が登場するからです。
例えば東大では、先生や友人と話していると、「やっぱり、マックス・ウェーバー(ドイツの社会学者)は読んでおいたほうがいいよ」「今のその話は、フィリップ・アリエス(フランスの歴史家)の著作を読んだ上での解釈だよね!」といった会話がよく飛び交うんです。
会話のなかに読んでいない本が出てくると、「お、どんな本?」と興味がわきますし、何度も見聞きすると「これだけみんなの会話に出てくるのなら、きっといい本なんだな(押さえておかないとまずいな)」と、思うようになるからです。
それでは実際に、東大生がよく読んでいる古典・名著10冊を挙げてみましょう。まず今回は、王道編の5冊を紹介します。
1. 『思考の整理学』外山滋比古著、筑摩書房
1983年に刊行され、驚異の128刷・270万部を突破するロングセラー。自分の頭で考え、アイデアを軽やかに離陸させ、思考をのびのびと飛行させる方法を説いた学術エッセー。
この本は、東大生の定番といっても過言ではありません。なぜ、そんなにみんなが読んでいるかというと「東大の生協の目立つ場所に置いてあるから」です(笑)。
ただ、やはり東大生は「なぜ?」と自分の頭で考えることが習慣化しています。だから、この本は、「思考を整理するための教科書」として長く読み継がれているのだと思います。
2. 『愛するということ』エーリッヒ・フロム著、紀伊國屋書店
「愛は技術であり、学ぶことができる」「私たち現代人は、愛に飢えつつも、現実にはエネルギーの大半を、成功、威信、金、権力といった目標のために費やし、愛する技術を学ぼうとはしない」と説き、60年以上読まれているベストセラー。こちらは改訳・新装版。
『自由からの逃走』『生きるということ』『悪について』など、フロムのほかの作品も、東大生によく読まれていますが、中でも一番読まれているのが、この本。
学生時代、友人同士で人生観について話したり、「将来どうする?」と進路について相談したりすると、その回答に、この本の一節を引用する人が多かったですね。東大生にとって、ある意味、「読んでいることが前提」となっている本だと言えそうです。
3. 『罪と罰』 ドストエフスキー著、光文社古典新訳文庫
日本をはじめ、世界の文学に多大な影響を与えた犯罪小説。主人公のラスコーリニコフは、歩いて730歩のアパートに住む金貸しの老女をなぜ殺さねばならなかったのか。亀山郁夫氏による新訳版。
イギリス文学、フランス文学、ドイツ文学……と世界各国に名著はあるのですが、なぜか東大生はロシア文学を読んでいることが多いんですよね。特にドストエフスキーは「自分の命を助けるために、ほかの人を犠牲にしてもいいのか」というトロッコ問題のようなテーマが多く、考えさせられる点が多いからでしょう。
ただ、もしかしたら、読み方は人によって違うかもしれません。例えば、この全3巻を何度も読み返している人もいれば、概略だけまとめた本を読んでいる人もいそうです。どちらにしても、世界的名作は、「読んでおかないと取り残された感」がある。多くの東大生が手に取っていると思います。
4. 『戦争論』縮訳版 カール フォン クラウゼヴィッツ著、日本経済新聞出版
クラウゼヴィッツは、プロイセン王国の軍人で軍事学者。ナポレオン戦争にプロイセン軍の将校として参加、戦後は研究と著述に専念した。本書はアメリカ軍戦略大学校の戦略論コースでも定番として学ばれている。
ロシアとウクライナの戦争もあり、再び注目を浴びている『戦争論』。この本もひと通り読んでいる東大生が多い印象です。
やはり、今の世界の「幸福」を考える上で、戦争を無視するわけにはいかないからだと思います。それに、クラウゼヴィッツの著作は、どんな本を読んでいてもお目にかかるぐらい、引用回数が多いと感じる作家です。自分が読む本に何度も出てくると「やはり、読んでおかないとな…」という気分にさせられます。
5. 『一九八四年』ジョージ・オーウェル著、ハヤカワepi文庫
物語の舞台は「ビッグ・ブラザー」率いる党が支配する全体主義的近未来。主人公は真理省記録局に勤務し、歴史の改ざんが仕事だったが、屈従を強いる体制に不満を抱いていた。ある時、伝説的な裏切り者が組織したとされる反政府地下活動に引かれるようになるが──。
クラウゼヴィッツと並んで、多くの書籍で引用されているのが、このジョージ・オーウェルの『一九八四年』。
ある調査では、イギリスで「読んだふり本」の1位に挙げられたという、難読本でもありますが、 この本を読むとほかのSF作品に与えている影響の大きさも分かります。僕は個人的にSFがとても好きでよく読んでいた時期があるので、個人的にも思い出深い1冊です。
次回は、残りの5冊を紹介します。
取材・文/三浦香代子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 撮影/junko(西岡さん)、スタジオキャスパー(本)