若手ビジネスパーソンへの指導が難しくなるなか、どのような助言をすべきか。一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏が、社会人1年目の人が意識すべきことや優れたアドバイスの条件について、書籍『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(日本経済新聞出版)から抜粋し、再構成してお届けする。
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」
就職する娘に伝えたアドバイス
娘が学校を卒業して仕事を始めるときのことです。どうせ人間は3つぐらいしか同時に意識できることはない。毎年3つずつアドバイスをしようと思い、1年目に次の3つを伝えました。
1つめは「常に機嫌よくして、挨拶を欠かさない」。これは何をおいても大切なことだと思っています。知らない人でも「おはようございます」「ありがとうございました」。何か言われたら「はい」。これが仕事を始める段階で必要な能力の8割を占めると思っています。仕事は信頼関係です。人との良好なつながりをつくるための挨拶、これはもう決定的に大切です。しかも心がけていれば必ず実行できる。挨拶にスランプはありません。
2つめが「視る」。「これは!」と思う仕事ができる人を決めてずっと「視る」。漫然と見るのではなく自覚的に視て視破る。「なんでこの人はこういうことをこの局面でして、なんでこういうことはしないのかな」を答えがわからなくても常に考えてみる。あらゆる仕事は文脈に組み込まれています。視ることは仕事の文脈依存性を理解するための良いトレーニングになります。
3つめが、「顧客の視点で考える」。僕が仕事の基本中の基本だと思っていることです。外部の顧客だけではなく会社の中にもお客さんはいます。要するに自分の仕事の価値を享受する相手です。「今の自分が何をしてもらいたいと思っているのか」とか、「あの人は何を欲しているのか」ということを考えて、それにきっちり応える仕事をするに若くはなし。
この3つはすべて「スキル」よりも「センス」に深く関わっています。「エクセルのマクロの使い方」とか「英語はこのぐらいできるようになれ」なんてことを言ってもあまり意味がない。スキルであれば自然とフィードバックがかかる。たとえば英語。TOEICが300点だと、さすがにもうちょっと英語を勉強しようかなという気になります。ところが、センスはフィードバックがかからない。ない人はないまま行ってしまう。
センスのない人はそもそも自分にセンスがないということがわかっていない。洋服のセンスがない人はいつまでたってもない。フィードバックが自然にはかからない。そういうことこそ、自分で意識しておく必要があるというのが僕の考えです。
優れたアドバイスが備えている条件
自分が親しい社会人1年目の人がいたとして、3つアドバイスをするとしたら、どういうことを挙げますか。そこに自分が仕事で大切にしていることが出る。センスの自己理解にもつながります。
僕もこれまでいろいろな方々からアドバイスを受けてきました。大いに役に立つものもあれば、「そう言われても……」というものもあります。僕の経験に基づいて、メタアドバイス(アドバイスについてのアドバイス)をいくつか。
まず「価値中立的」な言葉のほうがイイ。例えば「フェアーにやれ」。まったくその通りなのですが、「フェアー」というのは普遍的な価値です。つまり、誰にとっても「良いこと」。僕としてもできるだけフェアーにやりたいと思ってはいますが、なかなか難しい局面もある。いきなり肯定的な価値が入った言葉でアドバイスされると、そこで話が終わってしまいます。
なるべく動詞のほうがイイ。具体的な行動を触発するアドバイスのほうが有用です。「フェアーにやれ」も「やれ」なので、動詞といえば動詞ではありますが、具体的に何をやるかが分からない。
もうひとつ、それが何ではないかがはっきりしているほうがイイ。娘への僕のアドバイスでいうと、3つに共通して「当座のスキルはあまり意識しなくてもいい。できなければ自然とフィードバックがかかる。意識していないとなかなか行動できないことだけ意識しておけばイイ」というメッセージになっています。
僕がこれまで受けた中でいちばんグッときたものが、若いころ大前研一さんから言われたこれ。「生活を変える方法は、住むところを変える、付き合う人を変える、時間の使い方を大きく変える、この3つしかない。いちばん役に立たないのは『絶対に変わるぞ! という強い意志』だ」――うまい! これはホントに役に立ちました。
『ストーリーとしての競争戦略』の著者による仕事論・生活エッセーの集大成。世の中に、どう折り合いをつけて生きていくか、著者の考えをヒントに、自分オリジナルの価値基準を練り上げていく。
楠木建著/日本経済新聞出版/2640円(税込み)