就活・転職活動時の業界・企業研究に、ビジネスパーソンの日々の業務に、そして株式投資にも活用している人が多い『日経業界地図』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)。今回は、auカブコム証券チーフストラテジストの河合達憲さんに、株式投資における『日経業界地図』の活用法について伺いました。
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auカブコム証券 投資情報室 チーフストラテジスト
市場全体をカバーするため創刊時から愛読
auカブコム証券は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のネット証券会社です。私はチーフストラテジストとして金融市場全般をウオッチし、主に投資家向けに投資戦略の提案を行っています。
私がこの世界を志したのは大学時代のこと。証券論のゼミで株式の面白さにはまり、大学院に進んで証券を研究して証券専攻の修士号を取得しました。
大学院修了後は関西の証券会社に入社し、セクターアナリストとして自動車業界などを担当。ただ、アナリスト数が少なく、すべての銘柄をフォローしきれていない点に課題を感じていました。
東京証券取引所は業種ごとに33分類、日本経済新聞社は36分類していますが、例えば後者をベースにした場合、アナリスト一人につき1業種を担当するとしても36人のアナリストが必要です。その下にアシスタントを2人ずつ付ければ、調査部は100人体制になってしまいます。大手証券ならば対応できますが、中堅証券では現実的ではありません。
そこで、投資戦略を考える「ストラテジスト」を立て、その人が金融市場の全体を見て、成長の兆しがあるテーマや面白そうな銘柄などをピックアップし、それをアナリストが深掘りして調べるという組織体制が効率的ではないかと考えました。
当時、米ウォール街で生まれたばかりの手法でしたが、このやり方であれば少ない人数でも効率的に有望銘柄がピックアップでき、投資情報のクオリティーも上がると考え、自分がストラテジストになって調査部全体を取りまとめることになりました。つまり私は、30年以上前からストラテジストを生業としています。日本でストラテジストと名乗ったのは、私が最初ではないかと自負しています。
そして、このストラテジストの仕事に、『日経業界地図』が大いに役立っています。2024年で創刊20周年とのことですが、創刊時から毎年欠かさず購入しています。
私はストラテジストとして、日本のみならず世界中の株式、商品、ファンド、為替のほか、金融政策、経済指標、政治、紛争などの動向を見続け、変化を見逃がさず深掘りしていきますが、注目した銘柄をアナリストがフォローアップしていないケースも少なくありません。こういうときに、『日経業界地図』が役立ちます。
ある銘柄について調べる際には、その1社だけ調べればいいわけではなく、同セクターの別銘柄や系列会社を調べ、比較しながら深掘りしていかないと良いリポートは書けません。市場シェアも重要で、どんなプレーヤーがいてどんな新興勢力があるのかなどを調べないと、現状分析も予測も進みません。
そんなとき、『日経業界地図』を見て業界動向やシェアなど基本的な知識をインプットし、それをベースに調査を進めると非常に効率的です。アナリスト数が少ないなか、効率的に全体をカバーするための必需品とも言えます。
世界シェアを前年と比較して変化を確認
『日経業界地図』の中で私が最も重視しているのは「世界シェア」。ほぼ毎年掲載されていますが、2025年版では巻頭特集で世界シェア71品目が紹介されています。これを前年のシェアと比較しながら、どんな変化が起きているかをチェックします。
成長市場や変革中の市場では10社近くがひしめきシェア争いをしていますが、市場が成熟してくると、シェア1~3位の企業の「3強」が大半を占めるようになります。過去数年分の『日経業界地図』を見て、シェアが3強に近づいていたらそろそろ成熟期に入ったな、などと判断しています。
そして、順位の変動が起こった品目は勢力図が大きく変化しているということであり、深掘りして調べる価値があります。
先端技術に関する市場シェアも重点的にチェックしています。例えば「生成AI」は昨年までは掲載されていませんでしたが、2025年版では「文章生成AI」「画像生成AI」「基盤技術・サービス」の3品目のシェアが紹介されています。このような新しい市場のプレーヤーの顔ぶれをインプットするのにも役立っています。
各業界のプレーヤーが一目で理解できる
もちろん、各業界のページも一通りチェックしています。各業界のプレーヤーや位置づけが視覚的につかめるので重宝しています。
例えば、以前から掲載されている「新聞・テレビ・ラジオ」のページも、ここ数年はTVerやFOD、TELASAなどの動画配信サービスが地図内に入ってくるようになり、ビジネスモデルの変化が見て取れます。過去のメディア資産をどうビジネスに結び付けようとしているのか、今後の展開について深掘りするきっかけになります。
飲食業界も変化が大きい業界であり、M&A(合併・買収)や業態転換などで勢力図が変わりやすいのが特徴です。業界地図に目を通したうえで、店舗に足を運んでリサーチすることもあります。
意外な資本関係にも気づけます。各社のIR(投資家向け広報)資料などで株主構成を見れば、どこから出資を受けているのかは分かりますが、「どこに出資しているのか」までは気づきにくいもの。業界地図を見て「ここに資本関係があったんだ」と気づかされることも多いですね。
例年、注目業界の地図が巻頭のほうで紹介されていますが、これらの注目業界は株式相場を動かすことが多いので、欠かさずチェックしています。先日、自民党の総裁選挙で、政権公約に「サイバーセキュリティの強化」が挙がったことを機に、サイバーセキュリティ・ベンダーの株が急騰しましたが、このような「将来的に株価が高騰しそうな新興有望企業」を発掘するのにも役立ちます。
もちろん、いずれのテーマもストラテジストとしてはすでに押さえており、一通りの情報はインプットしているのですが、業界地図は網羅的に情報が掲載されているので、定期的に見て復習しています。
なお、今注目しているのは生損保業界です。金利上昇により金融資産の運用環境が好転し、各社とも大幅な収益拡大予想を出していることから、年初からの株価パフォーマンスが非常に良く、さらなる上昇も期待されています。
これまで投資先としてはあまり注目していなかったのですが、改めて業界地図を見てプレーヤーの顔ぶれや近年の動き、トピックスなどを復習し、個別銘柄の分析に落とし込むべくリサーチを行っています。
投資情報の引き出しが増やせる
われわれ投資のプロはこのような使い方をしていますが、個人投資家の方にとってはどのページのどの情報も役立つと思います。特に、情報の引き出しがまだ少ない株式投資初心者の方は、気になる業界のページを見れば一通りの情報がインプットできるはず。その情報をもとに、投資銘柄を絞り込んでいくといいでしょう。
巻末のほうに載っている「企業グループ」の地図も、ぜひチェックしてほしいですね。例えば三菱グループ、住友グループ、トヨタグループなどが掲載されていますが、中には社名にグループ名がついていない企業もあり、また、意外な企業が有力な企業グループに属しているケースもあります。新たな発見が得られると思いますので、注目してみてください。
取材・文/伊藤理子 写真/小野さやか
毎年大好評の『日経業界地図』最新版。日経新聞の記者が総力取材した194業界、4800企業・団体を収録。業界ごとに、企業の提携・勢力関係を図解で示し、今後の見通し、注目のキーワードなどを解説します。業界の基本が1分で分かります。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/1870円(税込み)