株式相場には急落のリスクがある。2024年8月5日、日経平均株価は前週末比4451円安と過去最大の下落幅となった。今回の急落は米国景気の先行き懸念がきっかけだったが、調整要因の多くは海外発のものが多い。24年は、特に米国大統領選が肝となりそうだ。為替相場の動きにも注意が必要になる。日本経済新聞編集委員・鈴木亮氏の著書『日本株 黄金の時代が始まる』(日本経済新聞出版)から抜粋・再構成して紹介する。

トランプ氏返り咲きの可能性

 2024年後半に向けて、米国で最大のイベントは大統領選挙だろう。共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が返り咲いた場合、米国はもちろん、日本も含めた世界経済はどんな影響を受けるのか。トランプ氏が再選を果たすと、その時は上下両院においても共和党が過半数を占める可能性が高い。そうなると選挙戦でトランプ氏が掲げる公約が実現する。

 トランプ氏の公約のうち、大きなものは税金と移民に関するものだ。税金では関税の引き上げが注目されている。移民政策は労働力市場の逼迫、賃金上昇につながり、インフレの芽になりかねない。トランプ氏は前大統領時代、関税の仕組みを大きく変えた。今回も同じ流れをたどる可能性は高い。一方で所得税や法人税の負担は軽減された。今回の公約でも、同様の減税策が盛り込まれている。こちらは米国経済、米国株相場に好影響を与えそうだ。

 1つずつ検証してみる。まず関税だ。トランプ氏は中国に対する輸入関税を、最大60%にすると公言している。中国以外の国に対しても、最大10%の追加関税を課す方針だ。現状では、米国の関税は平均3%程度なので、輸入物価の上昇につながる。

 23年の米国の輸入総額は3.17兆ドルで、そのうち中国からの輸入は0.45兆ドルだ。この0.45兆ドルに対する関税が、現状の15%から60%まで上がると、最大で0.2兆ドル増になる。中国以外の国に対する関税が10%に上がる分も含めると、最大で輸入関税は0.5兆ドル程度の増税になる。これが輸入物価に反映されると、消費者物価指数などに跳ね返り、FRB(米連邦準備理事会)の金融政策に影響が出る可能性もある。

 一方、法人税、所得税の減税は経済にプラス効果となる。トランプ氏は前大統領時代、法人税の最高税率を35%から21%に下げた。今回の公約ではさらに15%に下げる方針だ。個人の所得税率も前政権時代、控除額を増やすなどの措置で下げた。減税措置は25年に期限を迎えるため、今回はこの措置の恒久化を公約している。

 関税引き上げによる物価上昇と、減税による消費拡大が均衡する形になれば、マクロ経済への影響は、それほど懸念する必要はないかもしれない。

 移民政策はトランプ氏の看板政策ともいえる。公約では不法移民をキャンプに収容し、強制送還するとしている。法的裏付けとなりそうなのが、合衆国法典第42章と呼ばれる新型コロナウイルス禍で出された移民規制を含めた法律だ。20年3月、コロナ拡大防止のために発動された。その後、コロナが沈静化したとして23年5月に失効した。この法的措置によって、110万人の不法移民が強制送還された。トランプ氏はこの法案の再発動を考えている。移民の流入に規制がかかると、主にブルーカラーの労働現場で人手不足となり、賃金が上昇するきっかけになりかねない。

 賃金の動向はFRBが最も注目するデータの1つであり、消費者物価と並列して賃金も上昇し、インフレ懸念が再びくすぶるようなことがあれば、利下げのタイミングが一段と遠のく。株式市場にとって好ましくないシナリオだ。

 トランプ氏は環境対策には消極的だ。原油、石炭など化石燃料の産出、使用に拍車がかかる可能性は高い。エネルギー資源の価格がどうなるか、ここも注目ポイントになる。

FRBの利下げはいつなのか

 24年後半の米国経済を展望するにあたり、大統領選と並んで注目なのがFRBの金融政策だ。

 米国株は24年3月あたりまで、FRBの年内利下げ開始を織り込む形で、過去最高値を更新してきた。ただこの間も、発表される経済データは強弱が入り乱れ、FRBが想定する景気の緩やかな減速と言い切れない状況が続いた。

 24年年初の時点では、FRBの利下げ回数は年6回との見方が大勢だった。それが3月には3回に下方修正された。その後4月になって、米供給管理協会(ISM)がまとめる製造業景気指数が50.3と、拡大を示す50を1年半ぶりに上回るなど、強い経済指標が出たことで、「本当にFRBは24年中に利下げできるのか」と懐疑的な声も出始めた。

 米国経済を支える個人消費は、コロナ禍での支援金や失業手当などを使い果たせば沈静化するといわれていたが、なかなか落ち着かない。欲しいものがあれば、クレジットカードやカードローンで借金しても購入する米国人の消費気質は、相変わらずだ。米国では所得格差、資産格差が大きく、富裕層の消費意欲は根強い。株価の上昇による資産効果も、富裕層の高額消費の後押しとなる。

今後の米大統領選の動きからは目を離せない(写真:DreamART/stock.adobe.com)
今後の米大統領選の動きからは目を離せない(写真:DreamART/stock.adobe.com)
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 米国の景気先行きに関するリスクは2通りある。1つ目は景気がいつまでたっても減速せず、利下げどころか利上げが必要になるほど、強い事態になることだ。市場は利下げを先取りする形で、3指数とも過去最高値を更新してきたのに、逆に利上げ検討などとなれば、それは聞いてないよと、株価指数先物に売りを出すことになるだろう。

 もう1つのリスクは、ある日突然、景気の急激な落ち込みを示すデータが発表され、以後も弱いデータが相次ぎ、FRBの利下げが間に合わない事態だ。決定会合の日程がうまく合わず、緊急会合の招集、緊急利下げなどということになれば、マーケットは動揺するだろう。どちらのシナリオもFRBにとっては避けたい。トランプ氏は自分が大統領になったら、パウエル議長を解任すると発言している。経済指標が大幅に悪化していなくても、不動産業を営むトランプ氏はFRBの新議長に利下げを催促することになるのだろう。

円安は150円台までは容認か

 24年のゴールデンウィーク中、円相場が一時、1ドル160円台と34年ぶりの円安水準になった。それまでもじりじりと円安は進み、1ドル153円台に乗せたあたりから、政府・日銀による円買い介入があるのではと、市場は疑心暗鬼になっていた。大型連休中という市場参加者が少ないタイミングで投機筋が円売りを仕掛け、一気に節目の160円に乗せたため、さすがに当局も動いた。

 円安は外需型企業の業績改善につながるため、株式相場にとってマイナス材料とは言い切れない。一方で輸入物価の上昇によって景気回復の足かせになるのも事実だ。日銀の植田和男総裁が指摘するように、急激な相場変動は認めないというのが当局のスタンスなのだろう。円買い介入のあった水準の1ドル160円より円高の水準、すなわち1ドル150円台ならば、当局は容認するとも見て取れる。この水準であれば、日本の外需企業にとってメリットがあるといえる。

2024年3月4日、日経平均が史上初めて4万円を突破。日本企業の確実な成長が見込めると同時に、不安視された賃上げも順調に進んでいる。4万円は単なる通過点にすぎない。マーケット取材30年超の日経記者が語る日本の強みとは?

鈴木亮著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)