2010年 09月 30日
リーマン危機後二年:ウォールストリートの変化 |
リーマン危機発生から二年が経ちましたが、その間にウォールストリートには、様々な変化が生じました。
Goldman SachsとMorgan Stanleyという、アメリカの投資銀行を代表する二社が、Lehman破綻後に銀行持ち株会社に移行し、直近ではアメリカで金融改革法が成立して規制環境が大きく変化したことが、中でも特に大きい変化であったと言えるかもしれません。
そんな両社について、9月27日のBloombergの記事に、Morgan とGoldmanが全く違う道を進んでいる、という記事が載っていました。
記事のタイトルは「Goldman Trades Where Morgan No Longer Treads With Gap Widening(トレーディング業務を続けるGoldmanと続けていないMorganの株価相関が拡大)」で、2010年の第三四半期の両社の株価の相関は、2003年以来で最低になっている、という話です。
その理由として同記事は、Morgan Stanleyがリスクの低いリテール(個人向け)ビジネスを拡大しているのに対して、Goldmanは25社あるアメリカの証券業界で唯一、利益の6割以上を、投資銀行業務と証券(トレーディング)業務から稼いでいる会社となったことを挙げています。
Morgan Stanleyの投資銀行とトレーディング業務からの利益は、2006年の65%から6末時点で54%まで下落したのに対し、同時期にGoldmanは同利益比率を、75%から80%までに高めたそうです。参考までに、元々銀行業務が中心であったJP Morgan Chaseにおいては、同数字は27%に過ぎないそうです。
かつてウォールストリートは、ブランドや規模など多少の違いはあるにせよ、Goldman、Morgan、Merrill Lynch(現BofA Merrill Lynch)、Lehman Brothers(現Barclays)、Bear Stearns(現JP Morgan)の大手投資銀行5社は、概ねどこも同じビジネスをやっているように見えました。それがリーマン危機後に明確に変化してきていることは、国際世論や規制当局が望んだ結果であり、望ましいことなのかもしれません。
ここ数十年の間で、最初にウォールストリートに大きな変化が起きたのは、クリントン政権下において、証券と銀行を分離したグラススティーガル法が廃止されたときでした。当時ウォールストリートでは、「これからはバランスシートの大きさの勝負になり、伝統的投資銀行であるGoldmanやMorganは苦労するだろう」とました。
そして当時ウォールストリートでは、グラススティーガルの象徴であったMorgan StanleyとJP Morganの合併によるMorgan &Co.の復活まで噂され、実際に、First BostonがCredit Suisseに、Salomon BrothersがCitigroupに、SG WarburgがUBSに、Bankers TrustがDeutsche Bankに買収されるなどして、証券と銀行の統合は進みました。
しかし2000年代に実際に起きたことは、GoldmanやLehmanといった投資銀行は、自己勘定トレーディング(プロップデスク)や、不動産・プライベートエクイティ投資といった、伝統的には証券業界にとっての顧客が行っていたビジネスを社内で拡大し、収益力を高めていきました。その顛末が、大手証券5社のうち1社が破綻、2社が救済合併される(うち1社は事実上破綻)というものであったのは、記憶に新しいところです。
Morgan StanleyのCEOで、99年から05年までMerrill Lynchに在籍していたJames Gorman氏は、最近ヨーロッパで開催された投資家向けカンファレンスにおいて、「我々は意図的に、自己勘定のトレーディングや投資事業を縮小してきた。これはVolcker Ruleが施行される前からの戦略的判断であり、公的機能を備える大手金融機関は、第三者である株主の資本を使って投資業務をやるべきではない」と述べたそうです。
実際Morgan Stanleyは、リストラを進めるCitigroupからSmith Barneyのリテールビジネスを買収して、リスクの高いビジネスを縮小し、現在の事業ポートフォリオは、かつてGorman氏が在籍したリテール中心の大手証券Merrill Lynchに似たものになっているそうです。
このように見ていくと、投資銀行とトレーディングへの収益依存を一層拡大させたGoldmanは、外から見た姿は昔と変わらないものの、業界内では真にユニークな存在になりつつあると言えるかもしれません。
Goldmanの大変化
そんなGoldmanも、Volcker Ruleに対応するために、同社の収益の「柱中の柱」と言われて来た自己トレーディング部門(プロップデスク))、Goldman Sachs Principal Strategies(GSPS)を閉鎖するらしい、というニュースが、9月3日にBloombergなどに載りました。
以前のエントリーでも書いたとおり、Volcker Ruleは移行期間として4年間というかなりの年数を認めており、Goldmanは当面の間は自己売買部門を閉鎖しないだろう、という見方が、業界内ではコンセンサスになっていたように思います。(中には共和党大統領の誕生を後押しして、Volcker Ruleを再改正させるのではないか、とまで言う人もいました。)
よってGoldmanが早々にGSPSを閉鎖するというニュースは、非常に大きな驚きとして業界には受け止められました。
Business Week / Bloombergの記事によると、同チームの65~70名のメンバーは、地域ごとに色々と違う動きをしており、アメリカでは、KKRのような大手投資ファンドが触手を伸ばしているという報道がされており、アジアのチームは独立してヘッジファンドとなるのではないかなど、様々な噂が飛び交っています。
これに先立って、JP Morganもプロップデスクの完全閉鎖を発表しており、他社も既に同業務を大幅縮小しているか、閉鎖を考えているようです。未だ2008年の傷を完全に癒しきっていないヘッジファンド業界は、資金集めに大変苦労しており、そんな中でプロップデスクが独立し、いくつかの大型ヘッジファンドが誕生する可能性は、喜ばしい話ではないと思います。
しかしヘッジファンド業界はPE業界と共に、以前から証券会社の自己投資部門の存在を批判して来ました。金融危機に際しては、自己投資部門が過剰なリスクを取ることで、銀行全体がリスクに晒されるのはおかしい、という批判が一般的でしたが、より現場レベルでは、顧客のフロー(売買)情報を知っており、リサーチレポートも発行している投資銀行が、自己トレーディングでも稼げるというのは、明確な利益相反である、という批判が、根強く存在していました。
もちろん投資銀行側は、「対顧客部門と自己トレーディング部門には、明確なファイアウォール(情報隔壁)がある」と主張して来ましたし、実際過去に比べると、その自己規制は、相当しっかりとしたものになっていたと言える気がします。
しかし、過去に証券会社のトレーディングフロアで働いていた人が多く存在するヘッジファンド業界においては、この話を信じる人はあまりいなかったように思います。また、一部のリサーチアナリストも、「自分は自己売買部門を儲けさせるためにレポートを書かされた」という話を暴露して、同事業への批判を一層高める結果となっていました。
こうした話に加えて、金融危機危機の引き金になったのが、最初はBear Stearnsの自己売買部門の破綻(2007年)、続いてLehman Brothersの自己投資部門の過剰なリスクテイク(2008年)であったことで、Volcker Ruleのような規制成立と、それに対する早期のコンプライアンスは、業界にとっては不可避であったのかもしれません。
ウォールストリートは、こうして稼ぎ頭の事業を失うことになったわけですが、それが業界全体にどういった影響を与えるのか、最近スイスのBaselで成立した新たな銀行のリスク資本規制も加わって、実際に業界全体がリスクを減らす方向に動いていくのかは、今後も注目に値することであるように思います。
少々話しがそれましたが、Goldmanのプロップデスクの閉鎖は、リーマン後にウォールストリートで起きた変化の中でも、特に大きなものの一つと言える気がします。今後もMorganとGoldmanという大手投資銀行二社の行方は、業界の方向性を占う重要なベンチマークになると言えるかもしれません。
Goldman SachsとMorgan Stanleyという、アメリカの投資銀行を代表する二社が、Lehman破綻後に銀行持ち株会社に移行し、直近ではアメリカで金融改革法が成立して規制環境が大きく変化したことが、中でも特に大きい変化であったと言えるかもしれません。
そんな両社について、9月27日のBloombergの記事に、Morgan とGoldmanが全く違う道を進んでいる、という記事が載っていました。
記事のタイトルは「Goldman Trades Where Morgan No Longer Treads With Gap Widening(トレーディング業務を続けるGoldmanと続けていないMorganの株価相関が拡大)」で、2010年の第三四半期の両社の株価の相関は、2003年以来で最低になっている、という話です。
その理由として同記事は、Morgan Stanleyがリスクの低いリテール(個人向け)ビジネスを拡大しているのに対して、Goldmanは25社あるアメリカの証券業界で唯一、利益の6割以上を、投資銀行業務と証券(トレーディング)業務から稼いでいる会社となったことを挙げています。
Morgan Stanleyの投資銀行とトレーディング業務からの利益は、2006年の65%から6末時点で54%まで下落したのに対し、同時期にGoldmanは同利益比率を、75%から80%までに高めたそうです。参考までに、元々銀行業務が中心であったJP Morgan Chaseにおいては、同数字は27%に過ぎないそうです。
かつてウォールストリートは、ブランドや規模など多少の違いはあるにせよ、Goldman、Morgan、Merrill Lynch(現BofA Merrill Lynch)、Lehman Brothers(現Barclays)、Bear Stearns(現JP Morgan)の大手投資銀行5社は、概ねどこも同じビジネスをやっているように見えました。それがリーマン危機後に明確に変化してきていることは、国際世論や規制当局が望んだ結果であり、望ましいことなのかもしれません。
ここ数十年の間で、最初にウォールストリートに大きな変化が起きたのは、クリントン政権下において、証券と銀行を分離したグラススティーガル法が廃止されたときでした。当時ウォールストリートでは、「これからはバランスシートの大きさの勝負になり、伝統的投資銀行であるGoldmanやMorganは苦労するだろう」とました。
そして当時ウォールストリートでは、グラススティーガルの象徴であったMorgan StanleyとJP Morganの合併によるMorgan &Co.の復活まで噂され、実際に、First BostonがCredit Suisseに、Salomon BrothersがCitigroupに、SG WarburgがUBSに、Bankers TrustがDeutsche Bankに買収されるなどして、証券と銀行の統合は進みました。
Morgan StanleyのCEOで、99年から05年までMerrill Lynchに在籍していたJames Gorman氏は、最近ヨーロッパで開催された投資家向けカンファレンスにおいて、「我々は意図的に、自己勘定のトレーディングや投資事業を縮小してきた。これはVolcker Ruleが施行される前からの戦略的判断であり、公的機能を備える大手金融機関は、第三者である株主の資本を使って投資業務をやるべきではない」と述べたそうです。
実際Morgan Stanleyは、リストラを進めるCitigroupからSmith Barneyのリテールビジネスを買収して、リスクの高いビジネスを縮小し、現在の事業ポートフォリオは、かつてGorman氏が在籍したリテール中心の大手証券Merrill Lynchに似たものになっているそうです。
このように見ていくと、投資銀行とトレーディングへの収益依存を一層拡大させたGoldmanは、外から見た姿は昔と変わらないものの、業界内では真にユニークな存在になりつつあると言えるかもしれません。
Goldmanの大変化
そんなGoldmanも、Volcker Ruleに対応するために、同社の収益の「柱中の柱」と言われて来た自己トレーディング部門(プロップデスク))、Goldman Sachs Principal Strategies(GSPS)を閉鎖するらしい、というニュースが、9月3日にBloombergなどに載りました。
以前のエントリーでも書いたとおり、Volcker Ruleは移行期間として4年間というかなりの年数を認めており、Goldmanは当面の間は自己売買部門を閉鎖しないだろう、という見方が、業界内ではコンセンサスになっていたように思います。(中には共和党大統領の誕生を後押しして、Volcker Ruleを再改正させるのではないか、とまで言う人もいました。)
よってGoldmanが早々にGSPSを閉鎖するというニュースは、非常に大きな驚きとして業界には受け止められました。
Business Week / Bloombergの記事によると、同チームの65~70名のメンバーは、地域ごとに色々と違う動きをしており、アメリカでは、KKRのような大手投資ファンドが触手を伸ばしているという報道がされており、アジアのチームは独立してヘッジファンドとなるのではないかなど、様々な噂が飛び交っています。
これに先立って、JP Morganもプロップデスクの完全閉鎖を発表しており、他社も既に同業務を大幅縮小しているか、閉鎖を考えているようです。未だ2008年の傷を完全に癒しきっていないヘッジファンド業界は、資金集めに大変苦労しており、そんな中でプロップデスクが独立し、いくつかの大型ヘッジファンドが誕生する可能性は、喜ばしい話ではないと思います。
しかしヘッジファンド業界はPE業界と共に、以前から証券会社の自己投資部門の存在を批判して来ました。金融危機に際しては、自己投資部門が過剰なリスクを取ることで、銀行全体がリスクに晒されるのはおかしい、という批判が一般的でしたが、より現場レベルでは、顧客のフロー(売買)情報を知っており、リサーチレポートも発行している投資銀行が、自己トレーディングでも稼げるというのは、明確な利益相反である、という批判が、根強く存在していました。
もちろん投資銀行側は、「対顧客部門と自己トレーディング部門には、明確なファイアウォール(情報隔壁)がある」と主張して来ましたし、実際過去に比べると、その自己規制は、相当しっかりとしたものになっていたと言える気がします。
しかし、過去に証券会社のトレーディングフロアで働いていた人が多く存在するヘッジファンド業界においては、この話を信じる人はあまりいなかったように思います。また、一部のリサーチアナリストも、「自分は自己売買部門を儲けさせるためにレポートを書かされた」という話を暴露して、同事業への批判を一層高める結果となっていました。
こうした話に加えて、金融危機危機の引き金になったのが、最初はBear Stearnsの自己売買部門の破綻(2007年)、続いてLehman Brothersの自己投資部門の過剰なリスクテイク(2008年)であったことで、Volcker Ruleのような規制成立と、それに対する早期のコンプライアンスは、業界にとっては不可避であったのかもしれません。
ウォールストリートは、こうして稼ぎ頭の事業を失うことになったわけですが、それが業界全体にどういった影響を与えるのか、最近スイスのBaselで成立した新たな銀行のリスク資本規制も加わって、実際に業界全体がリスクを減らす方向に動いていくのかは、今後も注目に値することであるように思います。
少々話しがそれましたが、Goldmanのプロップデスクの閉鎖は、リーマン後にウォールストリートで起きた変化の中でも、特に大きなものの一つと言える気がします。今後もMorganとGoldmanという大手投資銀行二社の行方は、業界の方向性を占う重要なベンチマークになると言えるかもしれません。
by harry_g
| 2010-09-30 20:30
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