2009年 03月 28日
退職願:AIG CEO殿 |
最近ウォールストリートで話題になっていることに、AIGの社員に対する「懲罰的課税」の話があります。実質破たんしたAIGが、多額のボーナスを一部の幹部社員に支払った事で、世論とワシントンが大反発。既に支払わたボーナスを強制的に取り返す方法として、TARPを受けた金融機関で25万ドル以上の報酬を得た人には9割の懲罰課税を課すことが出来る、という手段が議会に提案されています。
この法案は、AIG以外の金融機関の社員に対しても適用されるとも読めるため、証券業界にいる人達は、既に激減したボーナスを更に取上げられるのかと、戦々恐々としている感があります。また過去に支払われた給料に対して、事後的に懲罰課税をするという議会の行動は、政府の強大な権力を思い知らせる結果となり、一部共和党の支持層などからは、強い懸念の声も上がっているようです。
ご案内の通りAIGは、金融部門であるAIG Financial Productsが、CDS(クレジットデフォルトスワップ)と呼ばれる保険のような金融商品を売りまくることで、Lehman Brothersが破綻した際に支払いに困窮し、実質破綻に追い込まれました。その経営のずさんさに対して、オバマ大統領やバーナンキFRB議長が異例の厳しい言葉で非難していたのは、報道されている通りです。 しかし事態は明らかに行き過ぎの感があり、AIGの幹部社員の自宅にバスをチャーターして乗りつけて抗議を行ったり、AIGから一般社員向けに、「命の危険があるので、社員証をつけて外を歩かないように」とのメールが送られたりと、少々異常な事態が起こっています。
AIGの失態は厳しく批判されるべきところだと思いますが、最近の政治家の発言や報道は、少々一方的になり過ぎていると感じていました。その時に業界の友人が、面白い記事を紹介してくれました。それは、最近NY Timesに掲載された、AIGのCEO宛の社員による公開辞表(記事名:Dear A.I.G., I Quit!)です。
これは、AIGから高額報酬を受け取ったと言われる社員が一体どういう人達で、今何を考えているのかが分かる、なかなか興味深いものです。と言うわけで、この記事を抄訳して、ご紹介したいと思います。(以下、抄訳)
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Liddy CEO様
私はこのたび、AIG FPを辞職することを決断致しました。その経緯をCEOであるあなたに説明したいと思います。
私は今まで11年間、AIG FPでのキャリアに誇りを持って携わって来ました。そして私は、他の400人ばかりのAIG FPの社員と同様に、会社を破綻に追い込んだCDSに関連する業務には、一切関与しておりません。本当に責任のある人々は既に会社を去っており、まんまと世論の追求を逃れています。
AIGの経営陣は、過去1年に渡り、まだ残っているFPの社員に対して、度々報酬の支払いを約束して来ました。その代りに私は、給料を1ドルとすることを迫られました。私は会社への忠誠心と、会社を救済してくれた政治家、そして納税者への義務感から、これを受け入れました。
しかしここに来て、不当な形で経営陣と政治家の双方に裏切られ、世間でも異常な立場に立たされています。その結果、正常な状態で勤務を続けることが、出来なくなりました。このような経営者のために、たった1ドルの報酬で、どうして家族との時間を犠牲にして、一生懸命働くことが出来るでしょうか。
あなたは私を個人的にご存知ないと思うので、簡単に自己紹介をさせて頂きます。私は、閉鎖が目前となった鉱山町で、複数の仕事を掛け持ちしなければならないような、貧しい教職員の両親に育てられました。必死の努力の甲斐あって、ありがたくもMITから奨学金を得ることができ、まさにアメリカンドリームを実現しました。
AIGでは1998年にエクイティトレーダーとして働き始め、最終的には幹部の地位まで出世することが出来ました。CDSとは何ら関係のない私の部署は、毎年100億円以上の利益を、会社のために稼ぎ出して来ました。AIG破綻後にも私は、コモディティビジネスをUBSに効率的に売却する業務を担当し、それによって1ドルでも多くのお金を納税者に返せればと思っていました。
フェアに言って、私は今までの働きに対し、十分過ぎる報酬を得て来たと思います。しかしその多くは、会社の利益に連動した繰延報酬であったため、CDS部門の引き起こした大損失により、その多くが失われました。これは私の多くの同僚もまた同じです。要するに私はその他大勢の一般納税者とともに、直接的そして間接的に、AIGの破綻から多大な被害を被ったわけです。
あなたのCEOとしての働きぶりは賞賛に値しますし、あなたも私と同様に、今回の破綻に何の責任もありません。しかし、献身的な社員に対して何らサポートも提供せず、合衆国議会やNY州とCT州の検事総長による、根拠のない荒唐無稽な批判に対し、私たちを守ってくれることも、また一切無いようです。
私たちの報酬に関しても、あなたは昨年10月当時、恐らく倫理的義務感から支払いを決断し、3月13日に実際の支払いを許可したのでしょう。私たちは過去半年間に、それこそあなたが議会証言を行う数時間前の数時間を除いては、この報酬契約について、改定などの相談を受けたことは一度もありません。
しかし、この契約を履行するというあなたの決断は、倫理に適ったものであったかもしれませんが、政治的には賢くないものであったのでしょう。あなたは、連邦政府に約束していた報酬に関する取り決め内容を誤解していたか、そうでなければ、政治の風向きが変わったことに耐え得るだけの強さを、お持ちではないのでしょう。
私を含む多くのAIG FPの社員は、受け取る権利のある報酬を返済しろと要求されて、経営陣による裏切り行為にどう反応すべきか、過熱した議論を繰り広げています。我々は今回の破綻に何の関係もないのだから、罪悪感は返済のモチベーションになり得ません。
AIGの経営陣を信じ、別の会社からの誘いを度々断ってきた社員たちは、裏切り者であるあなたの「お願い」を受け入れて、報酬を返済するインセンティブなど、正直全く持ち合わせていません。契約に従って12ヶ月間働いてきた我々には、支払いを受ける権利があると思います。配管工事屋が配管の修理を終えた後に、不注意な電気工が家を燃やしてしまったら、この配管工の報酬は取上げられるべきなのでしょうか?
AIG FPの従業員が持っている唯一のインセンティブ、それは「恐怖心」です。NY州のCuomo検事総長は、報酬を受け取った人を「辱める」ために、氏名を一般公表するべきだと言っています。彼らの仕事は裁判所で罪を追及することであり、メディアに対して市民を売り渡すことではないはずなのに。
私自身、どう行動すべきかについて、簡単に答えは見つかりませんでした。しかし結局、会社を辞職して、72万ドルの報酬は、今回の金融危機で被害にあった人達に、全額寄付することにしました。私はこのお金を1ドルも懐に入れるつもりはありませんが、同時に、無益に税金として取上げられて、いい加減なAIGや政府の予算に回されることも本意ではありません。
最後になりますが、AIG FPの同僚たちの幸運を、祈りたいと思います。彼ら、彼女らの決断が、恐怖心によって曲げられたものにならないことを。そしてあなたにもまた、この複雑な会社の困難な解体作業と、残されたCDS問題の解決が首尾よく進むことを、祈っています。この辞表をどのようにお受け取りになるか分かりませんが、少なくともCT州の検事総長は、私を「ドアからつまみ出す」必要がなくなって、ホッとしていることでしょう。
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これを読んだ多くの人は、「今まで散々高い給料をもらっておいて、会社が実質国有化された後にまで報酬を欲しがるなんて、常識外れで恥ずべきことだ」と感じるかもしれません。また、直接CDSに関わっていなくても、CDSを扱っていた会社にいた以上、間接的に利益を受けていたとも言えるかもしれません。
しかしそれを言ってしまうと、広義のクレジットバブルで利益を得た人は、世界中に数知れず存在します。これはウォールストリートだけにとどまる話でも、ひいてはアメリカだけに留まる話でもありません。例えば日本経済も、アメリカの好調な消費とドル高のおかげで製造業が大いに潤い、大きなメリットを受けたと言える気がします。
この手紙の差出人は、自分がAIGの破綻と直接関係無いにも関わらず、1ドルで1年間も残務処理に当たらされた上、約束された報酬を取上げると言われ、更には命の危険を感じるような状況にまで追いやられるに至って、一言言わずにはいられなかったのではと想像します。(そして、そのようなアンチ・コンセンサスな論評記事を載せたNY Timesのフェアネスは、本意がどこにあるにせよ、賞賛に値すると思います。)
今回のAIGのボーナス問題を受けて、アメリカでは、実質国有化された金融機関の報酬を制限する規制の制定が、急ピッチで進められているようです。国有化されても尚、社員が高額報酬を受け取るというのはおかしい、というのは真っ当な議論ですし、懲罰として必要なことなのかもしれません。
しかし金融機関の社員に対する報酬制限は、根本的な問題解決、つまり今後の金融危機を妨げることには、全く繋がらないと思います。そんな事をしたら、単に優秀な人材がTARPを受けていない会社に流出し、TARPを受けた会社の復活を遅らせるだけな気がします。
重要なのは、大手金融機関が破綻しないようにすることであり、極めて単純ではありますが、そのレバレッジを規制することが、もっとも効果的に、システム全般に効果を行き渡らせる方法なのではという気がします。また、前回に書いた社員のインセンティブシステムの長期収益ベースへの変更も、短期的な過剰なリスクテイク行動を妨げることに、ある程度は役立つかもしれません。
最近、世界の政治家が提案している対策には、この報酬規制や空売り規制など、大衆迎合的で、実効性のないものが、増えているように感じます。システミックリスクを封じ込める規制は重要ですが、経済の血液であるお金の流れ(流動性)を過剰に妨げるものであっては元も子もないので、そこには理性とバランスが要求されるところなのではと思います。
この法案は、AIG以外の金融機関の社員に対しても適用されるとも読めるため、証券業界にいる人達は、既に激減したボーナスを更に取上げられるのかと、戦々恐々としている感があります。また過去に支払われた給料に対して、事後的に懲罰課税をするという議会の行動は、政府の強大な権力を思い知らせる結果となり、一部共和党の支持層などからは、強い懸念の声も上がっているようです。
ご案内の通りAIGは、金融部門であるAIG Financial Productsが、CDS(クレジットデフォルトスワップ)と呼ばれる保険のような金融商品を売りまくることで、Lehman Brothersが破綻した際に支払いに困窮し、実質破綻に追い込まれました。その経営のずさんさに対して、オバマ大統領やバーナンキFRB議長が異例の厳しい言葉で非難していたのは、報道されている通りです。
AIGの失態は厳しく批判されるべきところだと思いますが、最近の政治家の発言や報道は、少々一方的になり過ぎていると感じていました。その時に業界の友人が、面白い記事を紹介してくれました。それは、最近NY Timesに掲載された、AIGのCEO宛の社員による公開辞表(記事名:Dear A.I.G., I Quit!)です。
これは、AIGから高額報酬を受け取ったと言われる社員が一体どういう人達で、今何を考えているのかが分かる、なかなか興味深いものです。と言うわけで、この記事を抄訳して、ご紹介したいと思います。(以下、抄訳)
>>>>>>>
Liddy CEO様
私はこのたび、AIG FPを辞職することを決断致しました。その経緯をCEOであるあなたに説明したいと思います。
私は今まで11年間、AIG FPでのキャリアに誇りを持って携わって来ました。そして私は、他の400人ばかりのAIG FPの社員と同様に、会社を破綻に追い込んだCDSに関連する業務には、一切関与しておりません。本当に責任のある人々は既に会社を去っており、まんまと世論の追求を逃れています。
AIGの経営陣は、過去1年に渡り、まだ残っているFPの社員に対して、度々報酬の支払いを約束して来ました。その代りに私は、給料を1ドルとすることを迫られました。私は会社への忠誠心と、会社を救済してくれた政治家、そして納税者への義務感から、これを受け入れました。
しかしここに来て、不当な形で経営陣と政治家の双方に裏切られ、世間でも異常な立場に立たされています。その結果、正常な状態で勤務を続けることが、出来なくなりました。このような経営者のために、たった1ドルの報酬で、どうして家族との時間を犠牲にして、一生懸命働くことが出来るでしょうか。
あなたは私を個人的にご存知ないと思うので、簡単に自己紹介をさせて頂きます。私は、閉鎖が目前となった鉱山町で、複数の仕事を掛け持ちしなければならないような、貧しい教職員の両親に育てられました。必死の努力の甲斐あって、ありがたくもMITから奨学金を得ることができ、まさにアメリカンドリームを実現しました。
AIGでは1998年にエクイティトレーダーとして働き始め、最終的には幹部の地位まで出世することが出来ました。CDSとは何ら関係のない私の部署は、毎年100億円以上の利益を、会社のために稼ぎ出して来ました。AIG破綻後にも私は、コモディティビジネスをUBSに効率的に売却する業務を担当し、それによって1ドルでも多くのお金を納税者に返せればと思っていました。
フェアに言って、私は今までの働きに対し、十分過ぎる報酬を得て来たと思います。しかしその多くは、会社の利益に連動した繰延報酬であったため、CDS部門の引き起こした大損失により、その多くが失われました。これは私の多くの同僚もまた同じです。要するに私はその他大勢の一般納税者とともに、直接的そして間接的に、AIGの破綻から多大な被害を被ったわけです。
あなたのCEOとしての働きぶりは賞賛に値しますし、あなたも私と同様に、今回の破綻に何の責任もありません。しかし、献身的な社員に対して何らサポートも提供せず、合衆国議会やNY州とCT州の検事総長による、根拠のない荒唐無稽な批判に対し、私たちを守ってくれることも、また一切無いようです。
私たちの報酬に関しても、あなたは昨年10月当時、恐らく倫理的義務感から支払いを決断し、3月13日に実際の支払いを許可したのでしょう。私たちは過去半年間に、それこそあなたが議会証言を行う数時間前の数時間を除いては、この報酬契約について、改定などの相談を受けたことは一度もありません。
しかし、この契約を履行するというあなたの決断は、倫理に適ったものであったかもしれませんが、政治的には賢くないものであったのでしょう。あなたは、連邦政府に約束していた報酬に関する取り決め内容を誤解していたか、そうでなければ、政治の風向きが変わったことに耐え得るだけの強さを、お持ちではないのでしょう。
私を含む多くのAIG FPの社員は、受け取る権利のある報酬を返済しろと要求されて、経営陣による裏切り行為にどう反応すべきか、過熱した議論を繰り広げています。我々は今回の破綻に何の関係もないのだから、罪悪感は返済のモチベーションになり得ません。
AIGの経営陣を信じ、別の会社からの誘いを度々断ってきた社員たちは、裏切り者であるあなたの「お願い」を受け入れて、報酬を返済するインセンティブなど、正直全く持ち合わせていません。契約に従って12ヶ月間働いてきた我々には、支払いを受ける権利があると思います。配管工事屋が配管の修理を終えた後に、不注意な電気工が家を燃やしてしまったら、この配管工の報酬は取上げられるべきなのでしょうか?
AIG FPの従業員が持っている唯一のインセンティブ、それは「恐怖心」です。NY州のCuomo検事総長は、報酬を受け取った人を「辱める」ために、氏名を一般公表するべきだと言っています。彼らの仕事は裁判所で罪を追及することであり、メディアに対して市民を売り渡すことではないはずなのに。
私自身、どう行動すべきかについて、簡単に答えは見つかりませんでした。しかし結局、会社を辞職して、72万ドルの報酬は、今回の金融危機で被害にあった人達に、全額寄付することにしました。私はこのお金を1ドルも懐に入れるつもりはありませんが、同時に、無益に税金として取上げられて、いい加減なAIGや政府の予算に回されることも本意ではありません。
最後になりますが、AIG FPの同僚たちの幸運を、祈りたいと思います。彼ら、彼女らの決断が、恐怖心によって曲げられたものにならないことを。そしてあなたにもまた、この複雑な会社の困難な解体作業と、残されたCDS問題の解決が首尾よく進むことを、祈っています。この辞表をどのようにお受け取りになるか分かりませんが、少なくともCT州の検事総長は、私を「ドアからつまみ出す」必要がなくなって、ホッとしていることでしょう。
>>>>>>>
これを読んだ多くの人は、「今まで散々高い給料をもらっておいて、会社が実質国有化された後にまで報酬を欲しがるなんて、常識外れで恥ずべきことだ」と感じるかもしれません。また、直接CDSに関わっていなくても、CDSを扱っていた会社にいた以上、間接的に利益を受けていたとも言えるかもしれません。
しかしそれを言ってしまうと、広義のクレジットバブルで利益を得た人は、世界中に数知れず存在します。これはウォールストリートだけにとどまる話でも、ひいてはアメリカだけに留まる話でもありません。例えば日本経済も、アメリカの好調な消費とドル高のおかげで製造業が大いに潤い、大きなメリットを受けたと言える気がします。
この手紙の差出人は、自分がAIGの破綻と直接関係無いにも関わらず、1ドルで1年間も残務処理に当たらされた上、約束された報酬を取上げると言われ、更には命の危険を感じるような状況にまで追いやられるに至って、一言言わずにはいられなかったのではと想像します。(そして、そのようなアンチ・コンセンサスな論評記事を載せたNY Timesのフェアネスは、本意がどこにあるにせよ、賞賛に値すると思います。)
今回のAIGのボーナス問題を受けて、アメリカでは、実質国有化された金融機関の報酬を制限する規制の制定が、急ピッチで進められているようです。国有化されても尚、社員が高額報酬を受け取るというのはおかしい、というのは真っ当な議論ですし、懲罰として必要なことなのかもしれません。
しかし金融機関の社員に対する報酬制限は、根本的な問題解決、つまり今後の金融危機を妨げることには、全く繋がらないと思います。そんな事をしたら、単に優秀な人材がTARPを受けていない会社に流出し、TARPを受けた会社の復活を遅らせるだけな気がします。
重要なのは、大手金融機関が破綻しないようにすることであり、極めて単純ではありますが、そのレバレッジを規制することが、もっとも効果的に、システム全般に効果を行き渡らせる方法なのではという気がします。また、前回に書いた社員のインセンティブシステムの長期収益ベースへの変更も、短期的な過剰なリスクテイク行動を妨げることに、ある程度は役立つかもしれません。
最近、世界の政治家が提案している対策には、この報酬規制や空売り規制など、大衆迎合的で、実効性のないものが、増えているように感じます。システミックリスクを封じ込める規制は重要ですが、経済の血液であるお金の流れ(流動性)を過剰に妨げるものであっては元も子もないので、そこには理性とバランスが要求されるところなのではと思います。
by harry_g
| 2009-03-28 10:05
| 世界経済・市場トレンド