2012年 10月 24日
大統領選と「財政の崖」の恐怖 |
今年は中国や欧州の話を多く書いて来ましたが、足元でのウォールストリートの最大の関心事は、目前に迫ったアメリカ大統領選挙の結果であると言える気がします。
11月頭に開催されるこの選挙の結果は、金融業界や市場関係者のみならず、世界経済や為替市場などにも幅広く影響する話です。極めて幅広く複雑なテーマではありますが、いつも通り簡単に、その注目点や予想される政策変化などにつき、取り上げてみたいと思います。
アメリカの大統領選挙は、4年に一度開催されます。行政府の長である大統領が変わる際には、ホワイトハウスのスタッフから高級官僚までが大きく入れ替わり、政策も大きく変化することが珍しくありません。また、立法府である下院の全435議席(任期2年)と、上院の約3分の1の33議席(任期6年)も合わせて改選されるため、ワシントンにとっては大きな変化の時期となります。
今回の選挙でウォールストリートが注目している事項は、いくつかある気がします。
最大の関心事の一つは、当ブログでも2009年に何度も取り上げた、ウォールストリート規制の「Dodd-Frank Act(ドッド・フランク法、金融業界規制・投資家保護法)」が緩和される可能性についてです。それに加えて、金融市場に大きく影響を及ぼす「財政赤字解消」の問題や、景気に大きく関連する「個人・法人税制」についての考え方も、大きなテーマとなっています。
しかし市場関係者が今回特別に高い関心を集めているのは、「財政の崖(fiscal cliff)」と呼ばれるリスクと言える気がします。
「財政の崖」とは
2008年に金融危機を経験したアメリカ経済は、徐々に回復基調にあるとは言え、引続き8%近い失業率に苦しんでいます。よって今回の大統領選の主なテーマは、ずばり「経済」だと言える気がします。
実際、Gallup社の世論調査によると、大統領選における「国民の最重要関心事」は、トップが「雇用問題」で32%を占め、2位が「経済問題」で29%、そして4位の「財政赤字問題」も合わせると、経済関連が実に6割を占めているようです。
大量消費社会のアメリカでは、雇用が即、持ち家や車などの購入や、サービスの消費へと繋がって、経済活動が大きく刺激される傾向があります。そのため、景気回復→雇用回復の流れは、国民から市場、政府関係者まで、誰もが待ちわびていることです。
そんな中、アメリカの景気を大幅に下押ししてしまうかもしれないリスクが発現しました。前置きが長くなりましたが、それこそが、ブッシュ減税の失効等による景気押し下げ効果、つまり「財政の崖」です。
なぜ「崖」と呼ばれているかと言うと、起こりえる景気下押し効果の規模が、巨額だからです。
英系投資銀行Barclays Capital(米国部門の中心は元Lehman Brothers)が、2012年10月5日に発表したマクロリサーチ「Getting closer to the edge(邦題:崖の縁に一段と近づく)」によると、その規模は最大で、6300億ドル(約50兆円)に及ぶそうです。
この「崖」には、Social Security Tax(給与税)減税の失効による1200億ドル(約10兆円)、いわゆるブッシュ減税の失効による1200億ドル(同)、その他税額控除の期限切れによる750億ドル(約6兆円)、住宅・医療関連の歳出削減による1000億ドル(約8兆円)などが含まれています。
これらが全て無くなってしまうと、世界最大の経済であるアメリカのGDPは、実に4%以上も押し下げられることになるそうです。CBO(米議会予算局)の8月時点の推計によると、2013年の経済成長率は-0.5%と景気後退に陥り、ようやく8%を切って来た失業率も、9%台への逆戻りが予想されるそうです。
この問題は、株式市場などに大きな影響を及ぼすことが予想されることから、ウォールストリートが夏前頃から特に注目しているところです。その潜在的な影響の大きさは、グラフにしてみると一目瞭然である気がします。
幸いなことに、大統領選後の混乱によって、これら多くの重要要件が自動的に失効するを避けるために、民主・共和両党は、議論の延長について話し合っているようです。ただ11月の選挙では、大統領のみならず、下院や上院の勢力も大きく変わることになるため、先行きが見通しにくい情況です。
また、先日Barclaysが主催した電話会議の中で、同社のシニアアドバイザーであり、元フロリダ州知事でGeorge W. Bush元大統領の弟であるJeb Bushが述べたところによると、「ワシントンで色々な人と話していても、選挙戦の話ばかりで、『財政の崖』がトッププライオリティだとは思えない」とのことでしたので、やや心配です。
ちなみに現在は、大統領は民主党、上院は共和党、下院は民主党という、ねじれの状態にあります。大統領選の趨勢は以下で簡単に述べますが、下院については共和党の逆転も可能と言われており、もし議会のねじれが解消して、単に「大統領対議会」の対立構造になった場合には、物事の決定が早まることが期待されます。
しかし繰り返しになりますが、政治家はどこの国でも政治家です。仮に11月の選挙結果などを受けて、これらの「財政の崖」問題が現実化してしまうと、アメリカ経済は急減速し、ウォールストリートにも大きな打撃となってしまうかもしれません。
バイアウトファンドの創設者
アメリカ大統領選挙は、3度の大統領討論会と1度の副大統領討論会を経て、最終段階へと差し掛かります。二大政党制のアメリカでは、このような討論会で、二大政党が様々な政策を戦わせることになります。
討論会の前には、寄付金額などから判断して、勝利が確実視されていたオバマ大統領も、一度目の討論会で敗北し、二度目では辛勝したものの、ロムニー元マサチューセッツ州知事に、急速に追い上げられています。(アメリカ時間の昨晩開催された三度目の討論会は、現職大統領に有利な外交が話題であったため、オバマ氏が勝利したようです。)
ロムニー氏は、マネジメントコンサルティングファーム大手のBain & Companyで、CEOまで上り詰めた経歴を持ちます。その後、同社からのスピンオフとして、大手プライベートエクイティファンドであるBain Capitalの創設にも関わりました。父親は実業家で元ミシガン州知事という、いわゆるエリート家系です。
企業を買収し、社員のリストラなどを通じて利益を搾り出すアメリカのプライベートエクイティ(LBO)ファンドは、往年のハリウッド映画「Pretty Woman」や「Wall Street」などで、敵対的買収を仕掛ける冷酷な投資家の代表として、度々描き出されて来ました。その元経営者が、「私は職を作り出す」と主張して失業に苦しむ全米の街を回るのは、少々不思議な感じがします。
しかし株主資本主義、自由主義経済が主流のアメリカでは、私が知る限り、この点はほとんど問題になっていないようで、さすがという感じです。同氏はむしろ、生涯をプライベートセクターにささげて来たことと、その結果、経済に明るいことを売りにしており、そのことは経済問題に注目が集まる今回の選挙では、オバマ氏よりも明確に有利な点と言われています。
元々共和党の支持基盤となっているウォールストリートは、明確に、ロムニー氏支持を打ち出しているように見えます。それは何故なのか、ここでは先ほどのBarclaysのレポートなどを参考に、両氏の主な政策の違いを簡単に見てみたいと思います。
税制は金持ち優遇?
まずは個人税制についてです。現時点でアメリカでは、トップ3%の富裕層が、個人税の6割を納めていると言われているようですが、選挙戦の行方は、その下で失業やエネルギー価格の高騰などに苦しんでいる中間層次第と言われています。
民主党
年収25万ドル(約2000万円)以下の低中所得者へのブッシュ減税の延長
バフェットルールのような最低税率の富裕層への適用
共和党
全所得層に対するブッシュ減税の延長
限界個人所得税率を一律20%引き下げ
低中所得者層による利子・配当・キャピタルゲイン税の撤廃
相続税、大体ミニマム税(AMT)の撤廃
これを見ると、明らかに共和党は、高額所得者や富裕層にも優しい政策になっているように見えます。また、キャピタルゲイン課税の撤廃などは、証券投資を促すことになりますので、ウォールストリートにとっても大きな支援になることと思われます。
しかしオバマ大統領は、これを「金持ち寄りの政策」だと批判しており、収入の多くを不労所得から得ているロムニー氏は、$20m(約16億円)近い収入を得ていながら、今でも20%も税金を払っていないと指摘しています。ロムニー氏はこれに対して、成功者から税金を取り上げると景気にマイナスな上、富裕層が引続き税制の6割を負担することに変化はない、と反論しているようです。
興味深いことに、最近のEconomistが掲載していた、大手監査法人のKPMGのデータによると、アメリカの実効税率は、年収10万ドル(約800万円)の世帯においては、国際比較でもさほど高くないようです。データの信憑性は定かではないですし、ニューヨークで働いていると全く実感がないですが、これはいわゆるブッシュ減税の効果なのかもしれません。
次に法人税制についてですが、ここでの焦点は、如何にアメリカの労働市場の競争力を回復させ、雇用を取り戻すかという点です。
両党ともに、法人税率の引き下げによる雇用促進を掲げていますが、オバマ大統領が「制度の抜け穴」を埋めることによる雇用の海外移転阻止を主張しているのに対して、その点について曖昧なロムニー氏は、雇用流出先の中国を「為替操作国」だと呼ぶことでの応戦を繰り返しています。
財政政策(赤字解消策?)について
経済政策の一つである財政政策については、両党の間には大きな違いが見られます。簡単に言うと、民主党は「大きな政府」、共和党は「小さな政府」を支持しており、共和党副大統領候補のPaul Ryan(ライアン)下院議員などは、緊縮財政派の急先鋒として知られています。
民主党
富裕層減税解除を中心とした財政赤字削減
資源会社に対する優遇措置の撤廃
国防費の削減
共和党
大幅な歳出削減(オバマケア撤廃等)による財政赤字削減
メディケア・メディケイドを確定給付型から確定拠出型へ
強制歳出削減メカニズム、国防費削減には反対
ロムニー氏はマサチューセッツ州知事時代に、財政均衡を達成した実績があるそうですが、上記を見て分かる通り、共和党は一方で大幅な税金のカットを主張しながら、その穴をどう埋めるのかについては不明確と言える気がします。それはある意味では、高速道路の無料化や子供手当てなどのばら撒き政策を主張しつつ、財源を明確化しなかった日本の民主党と、似ているかもしれません。
ただロムニー氏と日本の民主党の決定的な違いは、「規制緩和による経済成長の加速こそが税収増の唯一の方法である」という、いわゆる「上げ潮論」を支持している点です。この政策は小泉政権で主張されたものと同様ですが、大いに一理ある気がします。ロムニー氏は大統領討論会の場でも、「政府が仕事を作るのではない(民間が作るのだ)」という主張を、何度も繰り返していました。
しかし穏健派であるロムニー氏は、マサチューセッツ州知事時代には自ら推進、導入した国民皆保険制度(通称オバマケア)に、全国レベルで反対するなど、立場の非一貫性が目立ちます。その結果、自らの信仰であるモルモン教の総本山、ユタ州Salt Lake Cityの主力新聞がオバマ支持に回るなど、ダメージも目だっています。
また、アメリカの金融危機の性質は、日本のバブル破綻と似た、「バランスシート危機」であることは、当ブログでも何度も取り上げて来ました。これは通常の景気サイクルによる不況と異なる、特別な経済政策が要求される種の不況のように思います。その中に、有効需要を作り出す財政支出の拡大も含まれていることを考えると、あまりに極端な緊縮財政策は、「財政の崖」のところでも触れたように、景気に大きなマイナスになってしまうかもしれません。
金融政策とQEの行方?
金融政策を司るFRB議長については、ロムニー氏は2014年の改選期以降のBen Bernanke(バーナンキ)議長の再選に明確に反対しています。また共和党は、FRBが無計画にお金を刷ることで財政規律も緩んでいると主張しており、FRBを監査すべきだと主張しています。
バーナンキ氏の代替候補者として名前が挙がっているのは、量的緩和(QE)に否定的な元CEA委員長のグレン・ハバード氏、現CEA委員長でインフレ目標やマイナス金利を提唱するグレッグ・マンキュー氏、QEがFRBの政策の信頼性を脅かしていると批判を強めているジョン・テイラー氏などの名前が挙がっているそうです。
Barclaysによると、この3名ではマンキュー氏が最もハト派的、テイラー氏が最もタカ派的と言われているそうですが、日本のバブルに学んで迅速に金融機関の救済や大幅な金融緩和を進めて来たバーナンキ氏を、単なる「ばら撒き政策」だと批判する態度は、特にその英断を下せずに蟻地獄にはまりつつあるように見える欧州の状況を考えると、少々どうかと思います。
ウォールストリート規制の撤廃?
金融業界規制について詳しく書き始めると、一つのエントリーになってしまいそうなので、今回は手短に済ませたいと思います。
民主党がドッド・フランク法(金融業界規制・投資家保護法)の維持を掲げているのに対して、共和党はその撤廃を主張することで、明確にウォールストリート寄りの立場を取っています。その結果かどうか分かりませんが、ロムニー陣営では、大手投資銀行が献金額のトップに名を連ねているそうです。
ウォールストリートがドッド・フランク法に反対する表だっての最大の理由は、厳しすぎる規制によって、通常の金融業務(ヘッジ業務、住宅ローンのリスク軽減など)にも悪影響が出ている、という点です。しかし実際には、自己取引部門の縮小などが業績に悪影響を及ぼしていることを、最も懸念しているのかもしれません。
ともかく共和党は、全般的に「規制は少なければ少ないほど良い」との立場を取っているため、規制緩和を求める業界の声を最も吸い上げやすいと言える気がします。
ちなみにアメリカでは、資産規模10億円以下の「小金持ち」(弁護士、医師などの専門職が中心)では、自らの税金支払いを気にしてか、共和党支持者が多いのに対して、資産規模10億円以上の社会階級では、逆に教育問題や環境問題への関心が高く、民主党支持者が多いと言われています。NYなどの大都市は、一般的には圧倒的な民主党の地盤ですが、ウォールストリートは共和党寄りと言われます。
決戦の11月6日
以上、少々雑ではありますが、「財政の崖」のリスクや、アメリカ大統領選の争点について、簡単に見て来ました。アメリカの大統領選挙の行方を決める、各州の選挙人(elector)を選ぶ一般投票(popular vote)は、11月の第一月曜日の翌日(2012年11月6日)に行われる予定です。
極めて専門化し、計算しつくされたアメリカの大統領選は、計算し尽くすことが困難な、候補者同士の討論会(Presidential Debate)の結果に、大きく左右されると言われています。これらはYouTubeなどで観ることが出来るため、ハイライトなどを見ておくと、選挙や政策の違いへの理解が深まることと思います。
最終結果がどうなるか、議会選挙も合わせて注目したいと思います。
11月頭に開催されるこの選挙の結果は、金融業界や市場関係者のみならず、世界経済や為替市場などにも幅広く影響する話です。極めて幅広く複雑なテーマではありますが、いつも通り簡単に、その注目点や予想される政策変化などにつき、取り上げてみたいと思います。
アメリカの大統領選挙は、4年に一度開催されます。行政府の長である大統領が変わる際には、ホワイトハウスのスタッフから高級官僚までが大きく入れ替わり、政策も大きく変化することが珍しくありません。また、立法府である下院の全435議席(任期2年)と、上院の約3分の1の33議席(任期6年)も合わせて改選されるため、ワシントンにとっては大きな変化の時期となります。
今回の選挙でウォールストリートが注目している事項は、いくつかある気がします。
最大の関心事の一つは、当ブログでも2009年に何度も取り上げた、ウォールストリート規制の「Dodd-Frank Act(ドッド・フランク法、金融業界規制・投資家保護法)」が緩和される可能性についてです。それに加えて、金融市場に大きく影響を及ぼす「財政赤字解消」の問題や、景気に大きく関連する「個人・法人税制」についての考え方も、大きなテーマとなっています。
しかし市場関係者が今回特別に高い関心を集めているのは、「財政の崖(fiscal cliff)」と呼ばれるリスクと言える気がします。
「財政の崖」とは
2008年に金融危機を経験したアメリカ経済は、徐々に回復基調にあるとは言え、引続き8%近い失業率に苦しんでいます。よって今回の大統領選の主なテーマは、ずばり「経済」だと言える気がします。
実際、Gallup社の世論調査によると、大統領選における「国民の最重要関心事」は、トップが「雇用問題」で32%を占め、2位が「経済問題」で29%、そして4位の「財政赤字問題」も合わせると、経済関連が実に6割を占めているようです。
大量消費社会のアメリカでは、雇用が即、持ち家や車などの購入や、サービスの消費へと繋がって、経済活動が大きく刺激される傾向があります。そのため、景気回復→雇用回復の流れは、国民から市場、政府関係者まで、誰もが待ちわびていることです。
そんな中、アメリカの景気を大幅に下押ししてしまうかもしれないリスクが発現しました。前置きが長くなりましたが、それこそが、ブッシュ減税の失効等による景気押し下げ効果、つまり「財政の崖」です。
なぜ「崖」と呼ばれているかと言うと、起こりえる景気下押し効果の規模が、巨額だからです。
英系投資銀行Barclays Capital(米国部門の中心は元Lehman Brothers)が、2012年10月5日に発表したマクロリサーチ「Getting closer to the edge(邦題:崖の縁に一段と近づく)」によると、その規模は最大で、6300億ドル(約50兆円)に及ぶそうです。
この「崖」には、Social Security Tax(給与税)減税の失効による1200億ドル(約10兆円)、いわゆるブッシュ減税の失効による1200億ドル(同)、その他税額控除の期限切れによる750億ドル(約6兆円)、住宅・医療関連の歳出削減による1000億ドル(約8兆円)などが含まれています。
これらが全て無くなってしまうと、世界最大の経済であるアメリカのGDPは、実に4%以上も押し下げられることになるそうです。CBO(米議会予算局)の8月時点の推計によると、2013年の経済成長率は-0.5%と景気後退に陥り、ようやく8%を切って来た失業率も、9%台への逆戻りが予想されるそうです。
この問題は、株式市場などに大きな影響を及ぼすことが予想されることから、ウォールストリートが夏前頃から特に注目しているところです。その潜在的な影響の大きさは、グラフにしてみると一目瞭然である気がします。
幸いなことに、大統領選後の混乱によって、これら多くの重要要件が自動的に失効するを避けるために、民主・共和両党は、議論の延長について話し合っているようです。ただ11月の選挙では、大統領のみならず、下院や上院の勢力も大きく変わることになるため、先行きが見通しにくい情況です。
また、先日Barclaysが主催した電話会議の中で、同社のシニアアドバイザーであり、元フロリダ州知事でGeorge W. Bush元大統領の弟であるJeb Bushが述べたところによると、「ワシントンで色々な人と話していても、選挙戦の話ばかりで、『財政の崖』がトッププライオリティだとは思えない」とのことでしたので、やや心配です。
ちなみに現在は、大統領は民主党、上院は共和党、下院は民主党という、ねじれの状態にあります。大統領選の趨勢は以下で簡単に述べますが、下院については共和党の逆転も可能と言われており、もし議会のねじれが解消して、単に「大統領対議会」の対立構造になった場合には、物事の決定が早まることが期待されます。
しかし繰り返しになりますが、政治家はどこの国でも政治家です。仮に11月の選挙結果などを受けて、これらの「財政の崖」問題が現実化してしまうと、アメリカ経済は急減速し、ウォールストリートにも大きな打撃となってしまうかもしれません。
バイアウトファンドの創設者
アメリカ大統領選挙は、3度の大統領討論会と1度の副大統領討論会を経て、最終段階へと差し掛かります。二大政党制のアメリカでは、このような討論会で、二大政党が様々な政策を戦わせることになります。
討論会の前には、寄付金額などから判断して、勝利が確実視されていたオバマ大統領も、一度目の討論会で敗北し、二度目では辛勝したものの、ロムニー元マサチューセッツ州知事に、急速に追い上げられています。(アメリカ時間の昨晩開催された三度目の討論会は、現職大統領に有利な外交が話題であったため、オバマ氏が勝利したようです。)
ロムニー氏は、マネジメントコンサルティングファーム大手のBain & Companyで、CEOまで上り詰めた経歴を持ちます。その後、同社からのスピンオフとして、大手プライベートエクイティファンドであるBain Capitalの創設にも関わりました。父親は実業家で元ミシガン州知事という、いわゆるエリート家系です。
企業を買収し、社員のリストラなどを通じて利益を搾り出すアメリカのプライベートエクイティ(LBO)ファンドは、往年のハリウッド映画「Pretty Woman」や「Wall Street」などで、敵対的買収を仕掛ける冷酷な投資家の代表として、度々描き出されて来ました。その元経営者が、「私は職を作り出す」と主張して失業に苦しむ全米の街を回るのは、少々不思議な感じがします。
しかし株主資本主義、自由主義経済が主流のアメリカでは、私が知る限り、この点はほとんど問題になっていないようで、さすがという感じです。同氏はむしろ、生涯をプライベートセクターにささげて来たことと、その結果、経済に明るいことを売りにしており、そのことは経済問題に注目が集まる今回の選挙では、オバマ氏よりも明確に有利な点と言われています。
元々共和党の支持基盤となっているウォールストリートは、明確に、ロムニー氏支持を打ち出しているように見えます。それは何故なのか、ここでは先ほどのBarclaysのレポートなどを参考に、両氏の主な政策の違いを簡単に見てみたいと思います。
税制は金持ち優遇?
まずは個人税制についてです。現時点でアメリカでは、トップ3%の富裕層が、個人税の6割を納めていると言われているようですが、選挙戦の行方は、その下で失業やエネルギー価格の高騰などに苦しんでいる中間層次第と言われています。
民主党
年収25万ドル(約2000万円)以下の低中所得者へのブッシュ減税の延長
バフェットルールのような最低税率の富裕層への適用
共和党
全所得層に対するブッシュ減税の延長
限界個人所得税率を一律20%引き下げ
低中所得者層による利子・配当・キャピタルゲイン税の撤廃
相続税、大体ミニマム税(AMT)の撤廃
これを見ると、明らかに共和党は、高額所得者や富裕層にも優しい政策になっているように見えます。また、キャピタルゲイン課税の撤廃などは、証券投資を促すことになりますので、ウォールストリートにとっても大きな支援になることと思われます。
しかしオバマ大統領は、これを「金持ち寄りの政策」だと批判しており、収入の多くを不労所得から得ているロムニー氏は、$20m(約16億円)近い収入を得ていながら、今でも20%も税金を払っていないと指摘しています。ロムニー氏はこれに対して、成功者から税金を取り上げると景気にマイナスな上、富裕層が引続き税制の6割を負担することに変化はない、と反論しているようです。
興味深いことに、最近のEconomistが掲載していた、大手監査法人のKPMGのデータによると、アメリカの実効税率は、年収10万ドル(約800万円)の世帯においては、国際比較でもさほど高くないようです。データの信憑性は定かではないですし、ニューヨークで働いていると全く実感がないですが、これはいわゆるブッシュ減税の効果なのかもしれません。
次に法人税制についてですが、ここでの焦点は、如何にアメリカの労働市場の競争力を回復させ、雇用を取り戻すかという点です。
両党ともに、法人税率の引き下げによる雇用促進を掲げていますが、オバマ大統領が「制度の抜け穴」を埋めることによる雇用の海外移転阻止を主張しているのに対して、その点について曖昧なロムニー氏は、雇用流出先の中国を「為替操作国」だと呼ぶことでの応戦を繰り返しています。
財政政策(赤字解消策?)について
経済政策の一つである財政政策については、両党の間には大きな違いが見られます。簡単に言うと、民主党は「大きな政府」、共和党は「小さな政府」を支持しており、共和党副大統領候補のPaul Ryan(ライアン)下院議員などは、緊縮財政派の急先鋒として知られています。
民主党
富裕層減税解除を中心とした財政赤字削減
資源会社に対する優遇措置の撤廃
国防費の削減
共和党
大幅な歳出削減(オバマケア撤廃等)による財政赤字削減
メディケア・メディケイドを確定給付型から確定拠出型へ
強制歳出削減メカニズム、国防費削減には反対
ロムニー氏はマサチューセッツ州知事時代に、財政均衡を達成した実績があるそうですが、上記を見て分かる通り、共和党は一方で大幅な税金のカットを主張しながら、その穴をどう埋めるのかについては不明確と言える気がします。それはある意味では、高速道路の無料化や子供手当てなどのばら撒き政策を主張しつつ、財源を明確化しなかった日本の民主党と、似ているかもしれません。
ただロムニー氏と日本の民主党の決定的な違いは、「規制緩和による経済成長の加速こそが税収増の唯一の方法である」という、いわゆる「上げ潮論」を支持している点です。この政策は小泉政権で主張されたものと同様ですが、大いに一理ある気がします。ロムニー氏は大統領討論会の場でも、「政府が仕事を作るのではない(民間が作るのだ)」という主張を、何度も繰り返していました。
しかし穏健派であるロムニー氏は、マサチューセッツ州知事時代には自ら推進、導入した国民皆保険制度(通称オバマケア)に、全国レベルで反対するなど、立場の非一貫性が目立ちます。その結果、自らの信仰であるモルモン教の総本山、ユタ州Salt Lake Cityの主力新聞がオバマ支持に回るなど、ダメージも目だっています。
また、アメリカの金融危機の性質は、日本のバブル破綻と似た、「バランスシート危機」であることは、当ブログでも何度も取り上げて来ました。これは通常の景気サイクルによる不況と異なる、特別な経済政策が要求される種の不況のように思います。その中に、有効需要を作り出す財政支出の拡大も含まれていることを考えると、あまりに極端な緊縮財政策は、「財政の崖」のところでも触れたように、景気に大きなマイナスになってしまうかもしれません。
金融政策とQEの行方?
金融政策を司るFRB議長については、ロムニー氏は2014年の改選期以降のBen Bernanke(バーナンキ)議長の再選に明確に反対しています。また共和党は、FRBが無計画にお金を刷ることで財政規律も緩んでいると主張しており、FRBを監査すべきだと主張しています。
バーナンキ氏の代替候補者として名前が挙がっているのは、量的緩和(QE)に否定的な元CEA委員長のグレン・ハバード氏、現CEA委員長でインフレ目標やマイナス金利を提唱するグレッグ・マンキュー氏、QEがFRBの政策の信頼性を脅かしていると批判を強めているジョン・テイラー氏などの名前が挙がっているそうです。
Barclaysによると、この3名ではマンキュー氏が最もハト派的、テイラー氏が最もタカ派的と言われているそうですが、日本のバブルに学んで迅速に金融機関の救済や大幅な金融緩和を進めて来たバーナンキ氏を、単なる「ばら撒き政策」だと批判する態度は、特にその英断を下せずに蟻地獄にはまりつつあるように見える欧州の状況を考えると、少々どうかと思います。
ウォールストリート規制の撤廃?
金融業界規制について詳しく書き始めると、一つのエントリーになってしまいそうなので、今回は手短に済ませたいと思います。
民主党がドッド・フランク法(金融業界規制・投資家保護法)の維持を掲げているのに対して、共和党はその撤廃を主張することで、明確にウォールストリート寄りの立場を取っています。その結果かどうか分かりませんが、ロムニー陣営では、大手投資銀行が献金額のトップに名を連ねているそうです。
ウォールストリートがドッド・フランク法に反対する表だっての最大の理由は、厳しすぎる規制によって、通常の金融業務(ヘッジ業務、住宅ローンのリスク軽減など)にも悪影響が出ている、という点です。しかし実際には、自己取引部門の縮小などが業績に悪影響を及ぼしていることを、最も懸念しているのかもしれません。
ともかく共和党は、全般的に「規制は少なければ少ないほど良い」との立場を取っているため、規制緩和を求める業界の声を最も吸い上げやすいと言える気がします。
ちなみにアメリカでは、資産規模10億円以下の「小金持ち」(弁護士、医師などの専門職が中心)では、自らの税金支払いを気にしてか、共和党支持者が多いのに対して、資産規模10億円以上の社会階級では、逆に教育問題や環境問題への関心が高く、民主党支持者が多いと言われています。NYなどの大都市は、一般的には圧倒的な民主党の地盤ですが、ウォールストリートは共和党寄りと言われます。
決戦の11月6日
以上、少々雑ではありますが、「財政の崖」のリスクや、アメリカ大統領選の争点について、簡単に見て来ました。アメリカの大統領選挙の行方を決める、各州の選挙人(elector)を選ぶ一般投票(popular vote)は、11月の第一月曜日の翌日(2012年11月6日)に行われる予定です。
極めて専門化し、計算しつくされたアメリカの大統領選は、計算し尽くすことが困難な、候補者同士の討論会(Presidential Debate)の結果に、大きく左右されると言われています。これらはYouTubeなどで観ることが出来るため、ハイライトなどを見ておくと、選挙や政策の違いへの理解が深まることと思います。
最終結果がどうなるか、議会選挙も合わせて注目したいと思います。
by harry_g
| 2012-10-24 00:27
| 世界経済・市場トレンド