2010年 10月 18日
国際通貨戦争-世界的リバランスは実現するか |
最近のウォールストリートにおける中心的話題の一つに、ブラジルのGuido Mantega財務相が9月27日に訴えた「International Currency War(国際通貨戦争)」があります。
国際通貨戦争は世界恐慌後の1930年代にも発生し、それが保守主義の台頭と、深刻な国際摩擦へ繋がっていったといわれています。これから11月のG20に至るまでの期間、場合によっては国際的に何らかの解決策が見出せるまでの間、最も注目に値する話題の一つとなるように思いますので、その背景について、簡単に触れてみたいと思います。
国際通貨戦争とは、簡単に言うと、「自国通貨価値引下げ競争」のことです。リーマンショック後の不景気に苦しむアメリカに代表される先進国は、輸出拡大による景気回復を狙って、積極的な金融緩和を行っています。その結果、米ドルは主要通貨に対して軒並み値を下げており、溢れたマネーは成長率の高い発展途上国に流入して、途上国が輸出減と資産バブルの発生に苦しんでいる、という構図になっています。
情勢はそれだけに留まりません。引続き失業率の高留まりに苦しんでいるアメリカは、自国通貨を割安に維持することで巨額の貿易黒字を抱える中国に対して、通貨切り上げを強く求めています。具体的には、「人民元レートが実質的輸出補助金になっている」として、制裁関税をかける法案、事実上、人民元の引き上げを強制する法案が、米下院を通過しました。上院通過と大統領のサイン無しにはまだ効果はありませんが、11月の中間選挙での苦戦が伝えられるオバマ政権が、国民受けのする対中国強硬策に出る可能性も、ゼロではないかもしれません。
そんな中、10月始めにワシントンDCにおいて、G7(先進国財務省中央銀行総裁会議)が開催され、同時に世銀とIMF(国際通貨基金)の年次総会も開かれました。
昨今のG7は、11月に韓国のソウルで開催予定のG20の前座という扱いではありますが、下落する米ドルと、割安と評される人民元の関係を中心とした通貨戦争を、如何に国際協調によって乗り切れるかについて、議論が交わされたと聞きます。
そんな国際通貨戦争について、10月16日のEconomist誌はカバー記事で取り上げており、「How to stop a currency war(通貨戦争をどう止めるか)」の中で、その内容を上手くまとめていました。
それによると、まず通貨戦争の武器には以下のようなものがあるとし、それぞれ国地域によって、使っている武器は異なる、と指摘しています。
「量的緩和(お金を印刷して国債を買い、財政出動の穴埋めをする)」
「為替介入(ドル買い・自国通貨売りによって通貨高による輸出競争力の低下を防ぐ)」
「直接的資本規制(外国からの投資に対して税金をかける等)」
その上で、通貨戦争の主戦場は以下の3箇所である、と解説しています。
1.中国人民元の過小評価の解消
2.先進国による金融緩和競争
3.途上国での資産バブルの発生
これら3点について、それぞれ簡単に考えてみたいと思います。
人民元は割安か
一番最初の人民元の問題ですが、同通貨は現在、主に米ドルに対してペッグ(連動)しており、そのレートは中国人民銀行(PBOC)が人為的に管理しています。しかし同通貨の価値が過小評価されているという批判の声は、中国との貿易不均衡を解消したいアメリカのみならず、中国と競争する立場にいる、より自由経済的な為替政策を取る途上国からも、日に日に高まっているように思います。
中国政府はそんな批判の火消しに躍起になっており、「人民元を上昇させて輸出産業に打撃を与えると、中国国内に社会不安が発生する。リーマン後に中国経済が世界経済を下支えした事を考えると、これは世界全体にとって大きなマイナスである」、「人民元を上昇させたところで、プラザ合意の結果の円高がアメリカの貿易赤字の解消につながらなかったのと同様に、アメリカの貿易赤字問題の解決策にならない(物品は他の地域から輸入されるようになるだけである)」、などと言った、様々な主張を繰り返しています。
これらの中国政府の主張は、EconomistやBloombergも認める通り、概ね正しい内容だと言える気がします。しかし、人民元の割安さについては、同じ号のEconomistの中の記事「A indigestible problem(消化不能の問題)」が、「ビッグマック・インデックス」(世界中にレストランを展開するマクドナルドのハンバーガーの値段を用いた、為替価値の比較)を用いて、アメリカでは$3.71のビッグマックが北京では$2.18と40%も割安である、と解説しています。(以下は2009年1月時点のデータです。)
中国は段階的な為替レートの引き上げを続けていますが、そのペースや変化率が十分でないという批判は、G20に向けて、世界中から噴出し続けるかもしれません。
先進国の金融緩和→途上国のバブル
二番目と三番目の戦いは、強く関連しています。アメリカに代表される先進国は、景気減速に立ち向かうために、超緩和的な金融政策(ゼロ金利誘導、量的緩和など)を継続し、その結果、先進各国の金利は、非常に低くなっています。
FRBがまたお金を印刷し始めることを予見した為替市場では、これはドル売りにつながり、その結果「比較的」追加緩和に後ろ向きなユーロや日本円は上昇し、また、為替取引が自由化されている途上国(ブラジル、韓国など)でも、通貨高や投機資金の流入が発生しています。
アメリカが自国のことだけを考えて金融緩和を続けることによって、世界中の国に被害が広がっている、という批判は、世界中から起こっています。先に日本の菅首相が、韓国に対して責任ある通貨政策(=ウォン売り介入の停止)を求めた際に、韓国は、「それを言うならまずアメリカを批判しろ」と強く反発しました。また、ブラジルやタイでは、外国人による自国通貨建債券の取得にかかる税金を上げたり、源泉税を新たに設けたりと、投機資金流入対策に追われています。
Economist誌では、現時点ではこうした戦いは、本格的な「戦争」と呼べるほどには至っていないが、先進国の不況の問題の根が深いことを考えると、先進国の金融緩和が近い将来に収まる保証はなく、世界中で通貨安を求める声が政治的に一層高まるリスクがある。そうなると、中国をスケープゴートにしようとする要求も強まる恐れがあり、最悪の場合は、本格的な貿易紛争につながる可能性もある、と警告しています。
10月13日の英Financial Timesの記事「Why America is going to win the global currency battle(何故アメリカは国際通貨戦争に勝利するか)」の中で取り上げられていたデータによると、IIF(国際金融協会)は2010年と2011年の二年間に、途上国には8000億ドル(約65兆円)の資金が流入すると予想しているそうです。
この資金の流れは、途上国によるドル買い介入を誘発すると思われ、IMFは2011年の終わりまでに、中国の外貨準備高は、現在の$2.6 til(約208兆円)から$3 tril(約240兆円)超に、途上国全体では米ドルの外貨準備高は$6.8 tril(約540兆円)と、リーマン危機発生前より5割も増えるだろう、と予想しているそうです。
通貨戦争の解決策=世界的リバランス
それでは通貨戦争はどうすれば解決するのか。それは、欧米の主要金融メディアや一部の投資家が明快に主張する通り、「世界経済のリバランス」である気がします。具体的に言うと、世界の需要は、借金に苦しむ先進国(特にアメリカ)から、急速に経済成長を遂げる発展途上国(特に中国)へとシフトする必要がある、ということです。
2008年までの世界経済は、しばらくの間、信用拡大によって購買力を上昇させていたアメリカの消費者が、労働力の安い中国や、いわゆる輸出大国とされるドイツや日本、韓国などで作られた物品を一方的に輸入する、という形で成長して来ました。しかし、世界の輸出国の最大の売り先であったアメリカの家計が信用バブル破綻で痛んでいる今、同じ構図を継続することは、物理的に不可能であるように思われます。
10月16日号のEconomistのカバー記事の中では、輸出超の国家の内需拡大こそが解決策であり、更にそれらの国の通貨も米ドルに対して上昇する必要がある。中国の人民元は明らかに過小評価されており、その事はアメリカのみならず、中国と競争するその他の途上国や、更には内需型経済に転換したい中国自身をも傷つけている、と書いています。
その上で、リバランスのプロセスは痛みを伴うものとなる、とし、中国では人民元を上昇させることで、輸出産業が打撃を受けて労働者は職を失って社会不安が発生するだろうし、先進国が景気回復の為の金融緩和策を続けることは、途上国への投機資金の流入を引続き引き起こすだろう。しかしそれらの痛みは、先進各国がデフレやスタグフレーションに陥るリスクに比べれば、マシなはずである、と述べています。
また、先ほど触れた10月13日のFTの記事「Why America~」の中では、IMFのOlivier Blanchard経済顧問の発言として、世界が力強く均衡の取れた経済回復を実現するには、大きく二つのファンダメンタルでかつ困難な「経済的リバランス」が求められる、と述べた件を取り上げていました。
一つ目のリバランスは、信用破綻で傷ついた先進国において、民間需要(=要は景気)を回復させ、それと同時に、拡大した財政赤字を徐々に減らしていくという、国内的な調整です。
二つ目のリバランスは、Economistの主張と同様に、今まで途上国から先進国への輸出拡大という一方的な流れが続いて来たのを、輸出超過である途上国側で内需拡大を喚起することで、米国の輸入超過問題を解消する、ということです。
そしてFTは記事の中で、先進国の景気回復には、信用バブルの破綻で痛んだ家計のバランスシートを修復する(借金返済と貯蓄率の上昇を促す)必要があり、途上国においては、割安に維持されて来た通貨価値を上昇させ、それによって減少する輸出経済を内需拡大によって補う必要がある、と述べています。
具体的なステップ
10月16日のEconomistの別の記事「Currency wars - Fumbling towards a truce(通貨戦争-休戦への手探り)」では、こうした世界的なリバランスの実現のための具体的ステップについて、取り上げていました。
それは、一言で言うと、「国際的な政策協調」であり、一部で主張されているような、1985年のプラザ合意のような一方的中国人民元の改革とは、大きくことなります。その理由は、例えば中国に対して米国債の購入を禁ずるなどと言った手段をとることは物理的に不可能であり、また問題が世界的に拡散しているため、プレイヤー全員の協力が必要である、ということです。
同誌では、リバランスの規模がどの程度であり、その中で為替政策はどのような役割を担うべきか、先進国(米国)と途上国(中国)の役割分担はどうあるべきか、そして既に為替市場を自由化している途上国については、どのように流入資金を「投資」と「投機」に区別して管理するか、と言ったことを、世界的に話し合い、実行性策で協調すべきである、と主張しています。
実は、中国は既に、自ら輸出依存経済を、内需依存型に転換しようと努力しており、その動きは、これから策定される2011年からの5ヵ年計画にも、本格的に盛り込まれることが予想されます。これは、国際摩擦を避けたい意図もあるでしょうが、中国国内の問題として、沿海部と内陸部、都市部と農村部の所得格差の拡大が限界に達していることがあり、その解消が権力に留まることを至上命題とする中国共産党にとって、最優先課題となっているためです。
先進国の景気対策
先進国側で取るべき行動については、バブル破綻によるデフレ発生を実際に経験した日本の野村総合研究所チーフエコノミスト、リチャード・クー氏が、2008年頃から現在の不況の原因と解決法について、クリアに説明しています。彼によると、現在のアメリカの不況は、日本のバブル崩壊後と同じ「バランスシート不況」であり、そこからの脱出には伝統的金融政策(利下げや量的緩和)だけでは不十分であって、政府は財政出動を続けて需要を作り出す必要がある、という事です。
しかし現在アメリカでは、「恐れるべきはインフレかデフレか(しかも、どの程度か)」についての議論が、分かれているように思います。このことは、各市場が、ばらばらに動いているように見えることからも、分かる気がします。(為替=ドル安=ハイパーインフレ不安?、金利=下落=デフレ予想?、株式=上昇=インフレ期待?)
また一般世論は、財政拡大に対して、強いアレルギーが存在するように感じられます。その理由は、オバマ政権が約束した失業率の低下が、巨額の財政出動によっても実現していないこと、そして、リーマン危機後のTARPによる金融機関救済の結果、Goldman Sachsなどの大手銀が早々に業績を回復させて、2010年のボーナス支払額は過去最高を更新するかもしれない、などと報道されていること、などがある気がします。
こうした財政出動へのアレルギーに、ハイパーインフレ懸念も加わって、11月の中間選挙後に必要となるであろうと思われる追加景気刺激策が、実現しなくなってしまう可能性も取りざたされています。そうなると、アメリカ経済の回復は大幅に遅れ、低金利が長期化して、ドル安、円高傾向が止まらない可能性もあるかもしれません。
・・・こうした話まで書いていると、長くなってしまうので、また次回にまわしたいと思いますが、現在勃発しつつある国際通貨戦争は、世界経済の大きなパラダイムシフトの引き金になるかもしれません。今後の様々な議論の中で、世界が望ましいリバランスに向かうのか、それとも「いつか来た道」のようになってしまうのか、注意深く見守りたいと思います。
国際通貨戦争は世界恐慌後の1930年代にも発生し、それが保守主義の台頭と、深刻な国際摩擦へ繋がっていったといわれています。これから11月のG20に至るまでの期間、場合によっては国際的に何らかの解決策が見出せるまでの間、最も注目に値する話題の一つとなるように思いますので、その背景について、簡単に触れてみたいと思います。
国際通貨戦争とは、簡単に言うと、「自国通貨価値引下げ競争」のことです。リーマンショック後の不景気に苦しむアメリカに代表される先進国は、輸出拡大による景気回復を狙って、積極的な金融緩和を行っています。その結果、米ドルは主要通貨に対して軒並み値を下げており、溢れたマネーは成長率の高い発展途上国に流入して、途上国が輸出減と資産バブルの発生に苦しんでいる、という構図になっています。
情勢はそれだけに留まりません。引続き失業率の高留まりに苦しんでいるアメリカは、自国通貨を割安に維持することで巨額の貿易黒字を抱える中国に対して、通貨切り上げを強く求めています。具体的には、「人民元レートが実質的輸出補助金になっている」として、制裁関税をかける法案、事実上、人民元の引き上げを強制する法案が、米下院を通過しました。上院通過と大統領のサイン無しにはまだ効果はありませんが、11月の中間選挙での苦戦が伝えられるオバマ政権が、国民受けのする対中国強硬策に出る可能性も、ゼロではないかもしれません。
そんな中、10月始めにワシントンDCにおいて、G7(先進国財務省中央銀行総裁会議)が開催され、同時に世銀とIMF(国際通貨基金)の年次総会も開かれました。
昨今のG7は、11月に韓国のソウルで開催予定のG20の前座という扱いではありますが、下落する米ドルと、割安と評される人民元の関係を中心とした通貨戦争を、如何に国際協調によって乗り切れるかについて、議論が交わされたと聞きます。
そんな国際通貨戦争について、10月16日のEconomist誌はカバー記事で取り上げており、「How to stop a currency war(通貨戦争をどう止めるか)」の中で、その内容を上手くまとめていました。
それによると、まず通貨戦争の武器には以下のようなものがあるとし、それぞれ国地域によって、使っている武器は異なる、と指摘しています。
「量的緩和(お金を印刷して国債を買い、財政出動の穴埋めをする)」
「為替介入(ドル買い・自国通貨売りによって通貨高による輸出競争力の低下を防ぐ)」
「直接的資本規制(外国からの投資に対して税金をかける等)」
その上で、通貨戦争の主戦場は以下の3箇所である、と解説しています。
1.中国人民元の過小評価の解消
2.先進国による金融緩和競争
3.途上国での資産バブルの発生
これら3点について、それぞれ簡単に考えてみたいと思います。
人民元は割安か
一番最初の人民元の問題ですが、同通貨は現在、主に米ドルに対してペッグ(連動)しており、そのレートは中国人民銀行(PBOC)が人為的に管理しています。しかし同通貨の価値が過小評価されているという批判の声は、中国との貿易不均衡を解消したいアメリカのみならず、中国と競争する立場にいる、より自由経済的な為替政策を取る途上国からも、日に日に高まっているように思います。
中国政府はそんな批判の火消しに躍起になっており、「人民元を上昇させて輸出産業に打撃を与えると、中国国内に社会不安が発生する。リーマン後に中国経済が世界経済を下支えした事を考えると、これは世界全体にとって大きなマイナスである」、「人民元を上昇させたところで、プラザ合意の結果の円高がアメリカの貿易赤字の解消につながらなかったのと同様に、アメリカの貿易赤字問題の解決策にならない(物品は他の地域から輸入されるようになるだけである)」、などと言った、様々な主張を繰り返しています。
これらの中国政府の主張は、EconomistやBloombergも認める通り、概ね正しい内容だと言える気がします。しかし、人民元の割安さについては、同じ号のEconomistの中の記事「A indigestible problem(消化不能の問題)」が、「ビッグマック・インデックス」(世界中にレストランを展開するマクドナルドのハンバーガーの値段を用いた、為替価値の比較)を用いて、アメリカでは$3.71のビッグマックが北京では$2.18と40%も割安である、と解説しています。(以下は2009年1月時点のデータです。)
中国は段階的な為替レートの引き上げを続けていますが、そのペースや変化率が十分でないという批判は、G20に向けて、世界中から噴出し続けるかもしれません。
先進国の金融緩和→途上国のバブル
二番目と三番目の戦いは、強く関連しています。アメリカに代表される先進国は、景気減速に立ち向かうために、超緩和的な金融政策(ゼロ金利誘導、量的緩和など)を継続し、その結果、先進各国の金利は、非常に低くなっています。
FRBがまたお金を印刷し始めることを予見した為替市場では、これはドル売りにつながり、その結果「比較的」追加緩和に後ろ向きなユーロや日本円は上昇し、また、為替取引が自由化されている途上国(ブラジル、韓国など)でも、通貨高や投機資金の流入が発生しています。
アメリカが自国のことだけを考えて金融緩和を続けることによって、世界中の国に被害が広がっている、という批判は、世界中から起こっています。先に日本の菅首相が、韓国に対して責任ある通貨政策(=ウォン売り介入の停止)を求めた際に、韓国は、「それを言うならまずアメリカを批判しろ」と強く反発しました。また、ブラジルやタイでは、外国人による自国通貨建債券の取得にかかる税金を上げたり、源泉税を新たに設けたりと、投機資金流入対策に追われています。
Economist誌では、現時点ではこうした戦いは、本格的な「戦争」と呼べるほどには至っていないが、先進国の不況の問題の根が深いことを考えると、先進国の金融緩和が近い将来に収まる保証はなく、世界中で通貨安を求める声が政治的に一層高まるリスクがある。そうなると、中国をスケープゴートにしようとする要求も強まる恐れがあり、最悪の場合は、本格的な貿易紛争につながる可能性もある、と警告しています。
10月13日の英Financial Timesの記事「Why America is going to win the global currency battle(何故アメリカは国際通貨戦争に勝利するか)」の中で取り上げられていたデータによると、IIF(国際金融協会)は2010年と2011年の二年間に、途上国には8000億ドル(約65兆円)の資金が流入すると予想しているそうです。
この資金の流れは、途上国によるドル買い介入を誘発すると思われ、IMFは2011年の終わりまでに、中国の外貨準備高は、現在の$2.6 til(約208兆円)から$3 tril(約240兆円)超に、途上国全体では米ドルの外貨準備高は$6.8 tril(約540兆円)と、リーマン危機発生前より5割も増えるだろう、と予想しているそうです。
通貨戦争の解決策=世界的リバランス
それでは通貨戦争はどうすれば解決するのか。それは、欧米の主要金融メディアや一部の投資家が明快に主張する通り、「世界経済のリバランス」である気がします。具体的に言うと、世界の需要は、借金に苦しむ先進国(特にアメリカ)から、急速に経済成長を遂げる発展途上国(特に中国)へとシフトする必要がある、ということです。
2008年までの世界経済は、しばらくの間、信用拡大によって購買力を上昇させていたアメリカの消費者が、労働力の安い中国や、いわゆる輸出大国とされるドイツや日本、韓国などで作られた物品を一方的に輸入する、という形で成長して来ました。しかし、世界の輸出国の最大の売り先であったアメリカの家計が信用バブル破綻で痛んでいる今、同じ構図を継続することは、物理的に不可能であるように思われます。
10月16日号のEconomistのカバー記事の中では、輸出超の国家の内需拡大こそが解決策であり、更にそれらの国の通貨も米ドルに対して上昇する必要がある。中国の人民元は明らかに過小評価されており、その事はアメリカのみならず、中国と競争するその他の途上国や、更には内需型経済に転換したい中国自身をも傷つけている、と書いています。
その上で、リバランスのプロセスは痛みを伴うものとなる、とし、中国では人民元を上昇させることで、輸出産業が打撃を受けて労働者は職を失って社会不安が発生するだろうし、先進国が景気回復の為の金融緩和策を続けることは、途上国への投機資金の流入を引続き引き起こすだろう。しかしそれらの痛みは、先進各国がデフレやスタグフレーションに陥るリスクに比べれば、マシなはずである、と述べています。
また、先ほど触れた10月13日のFTの記事「Why America~」の中では、IMFのOlivier Blanchard経済顧問の発言として、世界が力強く均衡の取れた経済回復を実現するには、大きく二つのファンダメンタルでかつ困難な「経済的リバランス」が求められる、と述べた件を取り上げていました。
一つ目のリバランスは、信用破綻で傷ついた先進国において、民間需要(=要は景気)を回復させ、それと同時に、拡大した財政赤字を徐々に減らしていくという、国内的な調整です。
二つ目のリバランスは、Economistの主張と同様に、今まで途上国から先進国への輸出拡大という一方的な流れが続いて来たのを、輸出超過である途上国側で内需拡大を喚起することで、米国の輸入超過問題を解消する、ということです。
そしてFTは記事の中で、先進国の景気回復には、信用バブルの破綻で痛んだ家計のバランスシートを修復する(借金返済と貯蓄率の上昇を促す)必要があり、途上国においては、割安に維持されて来た通貨価値を上昇させ、それによって減少する輸出経済を内需拡大によって補う必要がある、と述べています。
具体的なステップ
10月16日のEconomistの別の記事「Currency wars - Fumbling towards a truce(通貨戦争-休戦への手探り)」では、こうした世界的なリバランスの実現のための具体的ステップについて、取り上げていました。
それは、一言で言うと、「国際的な政策協調」であり、一部で主張されているような、1985年のプラザ合意のような一方的中国人民元の改革とは、大きくことなります。その理由は、例えば中国に対して米国債の購入を禁ずるなどと言った手段をとることは物理的に不可能であり、また問題が世界的に拡散しているため、プレイヤー全員の協力が必要である、ということです。
同誌では、リバランスの規模がどの程度であり、その中で為替政策はどのような役割を担うべきか、先進国(米国)と途上国(中国)の役割分担はどうあるべきか、そして既に為替市場を自由化している途上国については、どのように流入資金を「投資」と「投機」に区別して管理するか、と言ったことを、世界的に話し合い、実行性策で協調すべきである、と主張しています。
実は、中国は既に、自ら輸出依存経済を、内需依存型に転換しようと努力しており、その動きは、これから策定される2011年からの5ヵ年計画にも、本格的に盛り込まれることが予想されます。これは、国際摩擦を避けたい意図もあるでしょうが、中国国内の問題として、沿海部と内陸部、都市部と農村部の所得格差の拡大が限界に達していることがあり、その解消が権力に留まることを至上命題とする中国共産党にとって、最優先課題となっているためです。
先進国の景気対策
先進国側で取るべき行動については、バブル破綻によるデフレ発生を実際に経験した日本の野村総合研究所チーフエコノミスト、リチャード・クー氏が、2008年頃から現在の不況の原因と解決法について、クリアに説明しています。彼によると、現在のアメリカの不況は、日本のバブル崩壊後と同じ「バランスシート不況」であり、そこからの脱出には伝統的金融政策(利下げや量的緩和)だけでは不十分であって、政府は財政出動を続けて需要を作り出す必要がある、という事です。
しかし現在アメリカでは、「恐れるべきはインフレかデフレか(しかも、どの程度か)」についての議論が、分かれているように思います。このことは、各市場が、ばらばらに動いているように見えることからも、分かる気がします。(為替=ドル安=ハイパーインフレ不安?、金利=下落=デフレ予想?、株式=上昇=インフレ期待?)
また一般世論は、財政拡大に対して、強いアレルギーが存在するように感じられます。その理由は、オバマ政権が約束した失業率の低下が、巨額の財政出動によっても実現していないこと、そして、リーマン危機後のTARPによる金融機関救済の結果、Goldman Sachsなどの大手銀が早々に業績を回復させて、2010年のボーナス支払額は過去最高を更新するかもしれない、などと報道されていること、などがある気がします。
こうした財政出動へのアレルギーに、ハイパーインフレ懸念も加わって、11月の中間選挙後に必要となるであろうと思われる追加景気刺激策が、実現しなくなってしまう可能性も取りざたされています。そうなると、アメリカ経済の回復は大幅に遅れ、低金利が長期化して、ドル安、円高傾向が止まらない可能性もあるかもしれません。
・・・こうした話まで書いていると、長くなってしまうので、また次回にまわしたいと思いますが、現在勃発しつつある国際通貨戦争は、世界経済の大きなパラダイムシフトの引き金になるかもしれません。今後の様々な議論の中で、世界が望ましいリバランスに向かうのか、それとも「いつか来た道」のようになってしまうのか、注意深く見守りたいと思います。
by harry_g
| 2010-10-18 13:18
| 世界経済・市場トレンド