2015年3月1日日曜日

米国議会で議論噴出のTPPと「為替操作禁止条項」 ―なぜ日本のマスメディアでは報じられないのか




★日本の交渉参加時点からあった米国の批判


 20137月に日本がTPP交渉に参加してから1年半が過ぎた。ちょうどこの3月で参加表明から丸2年が立とうとしている。参加表明の翌月の4月、日米の二国間協議が行われ、自動車や農産品の関税問題などの議論が実質的にここからスタートしたことになる。

 以来、今日に至るまで、私には不可思議なことがある。20134月の日米協議の時点から米国が強く主張してきた「為替操作禁止条項をTPPに盛り込む」ということについて、日本の報道では一貫して扱われてこなかったという点だ。

 この為替操作禁止条項とは何か。

 20134月時点で、米国内では日本の参加がほぼ確実とされ、その上で、米自動車業界などの間では「日本が意図的に円の価値を引き下げていることで国内自動車メーカーの競争力を不当に高めている」との批判が広がっていた。サンダー・レビン下院議員(民主党、ミシガン州)は、米政権が412日に日本のTPP協議参加を表明したことに対し、日本が自国通貨を「操作している」と公然と非難。またミシガン州選出議員団中16人全員が、様々な機会に「為替操作」をしているとして日本を非難している。

 こうした産業界や議員の不満を受け、5月にはTPPに為替操作に対する新たな規定を追加するようオバマ大統領に求める書簡に署名した米超党派議員が200人近くに上った。ロイターによると、この書簡は「為替操作への対策で合意することが必要だ」とし「為替に関する規定を盛り込むことで、不公平な通商慣行と闘い、米国の労働者や企業、農業経営者にとり公平な場を作ることができる」としている。書簡は、ジョン・ディンゲル議員(ミシガン州、民主党)やリック・クロフォード議員(アーカンソー州、共和党)など超党派の下院議員がとりまとめている。

 その後、20137月の日本の交渉参加を経て今日に至るまで、日本の円安誘導政策に対する米国産業界からの不満は一貫して続いている。

 20141月には米自動車大手3社(ビッグスリー)で構成する米自動車政策会議(AAPC)が、TPPに為替操作規制を設けるよう呼びかけを行った。「不公正な競争利益を得ないよう、TPP参加国は為替レートを操作しないことを約束すべき」とのこの主張は、まさに日本の自動車メーカーが米市場で優位に立つ恐れを懸念してのものだ。

AAPCマット・ブラント会長は記者会見で「為替操作により、最も有望な貿易協定でも台無しになりかねない」と指摘。「TPPの最終合意には、政府介入でなく市場が為替レートを決めるという、強力で実施可能な通貨規律が盛り込まれる必要がある」と述べ、TPP参加国が外貨保有や外国資産買い入れによる介入などに関し情報を透明化するよう要求、規則違反が見つかった場合、違反国への関税上の優遇措置を最低1年間停止することを参加国に認めるとしている。


★なぜ米国の主張が伝えられないのか


この為替操作禁止ということ自体は、主権侵害に近い発想であり、正直「そこまで干渉するつもりなのか」という感想を抱かざるを得ない。米国が為替操作について標的にしているのは日本と、そして中国であるが、こうした要求が米国議会でまかり通っていることを知れば、多くの国民が驚き、怒りを持ち、そしてTPPというツールがこのような形で米国の都合で形成されていくのか、と実感するだろう。

 ところがこのこと自体が日本のマスメディアではほとんど報じられないか、単に「米国が為替操作禁止を求めている」という程度の話しか伝えられない。つまり日本が非難され、完全にターゲットにされている、という文脈ではないため、事の本質が十分に伝えられなかったのである。

 なぜだろうか?ワシントンやニューヨークにいる日本のメディアの駐在記者が「知りませんでした」というには無理がある。いやワシントンやニューヨークにいる必要もなく、米国各紙の膨大な量の記事はネットから容易に読むことができる。にもかかわらずこのことが伝えられないのは、「日本の円安操作=アベノミクスの苦肉の策」であり、それが米国産業界の逆鱗に触れている、ということはアベノミクスのまやかしを暴くことにもなりかねいからではないだろうか。あるいは「米国からこんなにキレられている」ことを報じることがタブーとされているのか、主権侵害ともいえる要求が容易にされてしまうTPPの本質が日本に知れ渡ると何か都合が悪いのか――。いずれにしてもそこには何らかの政治的判断あるいは政治的圧力があると想像しない限り、私には納得いく理由が見つからない。



★今まさに大論争となっている為替操作禁止条項
  

それから1年あまりが過ぎたわけだが、為替操作禁止条項については実はここ最近、TPP交渉全体にも影響を与えかねない大きな論点となっている。

20152月、米議会では超党派議員が日中などの為替操作を阻止する法案を提出した。他の議員からも同様の提案が出ている。交渉全体は1月のニューヨークでの首席交渉官会合が思うように進展していないため、3月の閣僚会議は開催されないことになった。しかし来年の大統領選までに妥結、批准をしたいというオバマ大統領にとっては、この春に「大筋合意」を取り付けておかねば間に合わない。米国内の一番のネックとなるのはTPA(大統領への貿易促進権限)をオバマが手にできるかという点だが、それと並行して為替操作禁止条項についても、共和党・民主党それぞれの中で意見が異なり、激しい議論となっているのである。

「為替操作禁止条項をTPPに盛り込め」という勢力がある一方、慎重派の主張は、「そろそろ妥結に近いTPP交渉に、さらに難航するであろう為替操作禁止条項を盛り込めば、妥結が遅れてしまう」というものと、「そもそも日本の円安誘導は制裁を与えるべき為替操作にあたらないのではないか」という立場からのものとに大きくいって分かれている。

慎重派の意見として、クリントン政権で大統領経済諮問委員を務めたジェフリー・フランケル氏(ハーバ-ド大学教授)は「責任を転嫁しようという動きは常に存在する」と発言。元財務省高官のテッド・トルーマン氏は「(制裁条項は)ほぼ確実に交渉の難航を招く古典的な例といえる」と指摘。イエレン連邦準備理事会(FRB)議長も、224日の議会証言で、為替操作に対する制裁条項は金融政策に「支障」を来たしかねない、と反対する立場を示した。

このように対立と議論は尽きず、最終的に為替操作禁止条項がTPPに盛り込まれるのかどうかは55分の可能性だと私は見ている。前述のTPA法案自体、2月の早めに出され、3月の上旬には取得か、という説もあったが、実際には現時点(228日)になっても法案提出すらされていない。それどころかつい数日前、米上院財政委員会は貿易問題をめぐる公聴会を無期限に延期すると発表したのだ。理由は、TPA法案をめぐる協議が難航しているためだという。

「妥結が近い」といわれる交渉だが、実はよく目を凝らしてみれば米国議会内は為替操作禁止条項やTPA法案をめぐって大もめにもめているのである。このかんオバマ大統領は、血眼になり「俺にTPAをくれ!」と議会や国民に対する強烈な働きかけとアピールを行っている。またフロマン代表をはじめとするUSTR関係者も、念仏のように「妥結妥結」とメディアに語り続けている。しかし冷静に考えれば、TPA取得や妥結が米国内で楽観できないからこその彼らの強い訴えではないか。そして注意しなければならないのは、日本のマスメディアでは米国が「希望する」こうしたスケジュール感だけが、ともすれば垂れ流される。「妥結は近い」「妥結は近い」と日々繰り返し見出しに書かれれば、「ああ、そうなのか・・」と洗脳されてしまう危険があることだ。米国の議会は少なくとも現時点で、為替操作禁止条項にしろTPA法案にせよ、議論を尽くし一つの意見にまとまってなどはいない。


本稿の後編として、近日中に米国の市民社会によるTPA反対!の大キャンペーンを紹介したいと思うが、米国議会が「TPP推進」で足並みがそろわない一つの理由は、これら市民社会からのねばり強いロビイ活動やアクションがあるからこそだ。



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