2018年12月21日、米国通商代表部(USTR)は、来年早々にも交渉開始となる日本との貿易交渉「日米貿易協定」について、交渉目的の要約と題された文書を公表した。
すでに本ブログ「着々と日米貿易協定の準備を進める米国」でも紹介したように、9月下旬の日米首脳会談以降、米国はパブリックコメントの実施や、それに基づく公聴会など国内的な準備をこの間進めてきた。これらの結果をまとめたものが、今回出された「交渉の目的の要約」となる。ちなみにこの「交渉の目的」は、2015年大統領貿易促進権限(TPA)法に則った手続きでもある。TPA法は通商交渉開始の30日前までに、各交渉分野について包括的で詳細な交渉目的の公開を義務付けている。つまり12月21日から30日後の2019年1月20日以降に交渉が開始できる状況が今回、作り出されたということである。
「交渉の目的」は、全17ページからなり、以下の22の分野・項目が挙げられている。日米首脳声明後に、日本政府は「この交渉は物品交渉に限るもので、名称はTAGという」と強弁してきたが、改めて、少なくとも米国側にはそのような認識はないことが明らかになった。22分野・項目のほとんどすべてはTPP協定と重なるものであり、また米国がNAFTA再交渉時に掲げた「交渉の目的」ともほぼ一致している。つまり、包括的な貿易協定を前提としているものである。
・物品貿易
・衛生植物検疫措置(SPS)
・通関・貿易の円滑化・原産地規則
・貿易の技術的障壁(TBT)
・良い規制慣行
・透明性・公表・運営
・サービス貿易(通信・金融を含む)
・デジタル貿易・国境を越えたデータ移動
・投資
・知的財産
・医薬品および医療機器の手続き上の公平性
・国有企業(国の統制を受けた企業も含む)
・競争政策
・労働
・環境
・腐敗対策
・貿易救済措置
・政府調達
・中小企業
・紛争解決
・一般的規定
・為替
USTRが「交渉の目的」を公表した後、私はまずはこの文書の翻訳を行った。この文書からは、WTO、TPP協定、そして新NAFTA(USMCA)や韓米FTAなど、米国の通商交渉での要求と実現してきた内容の変遷が読み取れる。また日本に今後要求されるであろう内容は具体的に記載されていない項目もあるが、TPPや新NAFTAの内容と照らし合わせると、これからなされるであろう要求がかなり具体的に浮かび上がってくるものもある。個別分野についての詳細な分析・解説は引き続き発信していきたいと思うが、まずは翻訳文を公開する。
2018年12月26日水曜日
2018年11月12日月曜日
着々と日米貿易協定の準備を進める米国
2018年9月27日、安倍首相とトランプ大統領は日米首脳会談を行い、両国は共同声明を発表した。ここで発表されたのが、「日米貿易協定の開始」である。しかし日本政府は、この協定を「日米物品貿易協定(TAG)交渉」と称し、共同声明の翻訳にも意図的にTAG交渉という単語を使用。安倍首相は「これは包括的なFTAではない」と苦し紛れの弁明をした。
しかしこれは明らかな嘘であり、日米FTA開始を否定してきた安部政権が国民や野党からの批判を逃れるための稚拙な取り繕いであることは、私自身を含め多くの人、メディアが指摘してきたところである。
TAGという用語が登場した経緯や、日本政府のその後の説明の問題、WTOとの整合性の問題については、すでに多くの指摘があるためここでは繰り返さない。
1点だけ確認しておくべきことは、9月に日米首脳が合意した内容とは、
①米国と日本は、早期に成果を得られる可能性のある物品、サービスを含むその他の重要分野における日米貿易協定の交渉を開始する、
②日米両国はまた、上記の協定の議論の完了後に他の貿易・投資の事項についても交渉を行う、
というものであるということだ(日米共同声明より)。ちなみに米国側は、この貿易協定についてもちろんTAGなどという言葉は使っておらず、その後も公式文書等で「日米貿易協定(U.S.-Japan
Trade Agreement)」と呼んでいる。
なお、日米貿易協定に関する詳細な解説は、下記のサイトに掲載された映像も参照いただきたい。
【日刊ゲンダイ インタビュー動画】米国第一を掲げ対日貿易赤字の削減に躍起のトランプ大統領に日本は防戦一方。日米FTA交渉の行方をNPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表の内田聖子さんに聞きました。youtu.be/DctogJTvU5Q
◆日米貿易交渉では何が対象とされるのか
日米貿易交渉は、当然、農産物はじめ物品の関税以外にもサービスや非関税措置など多くの分野を含んでいる。また物品貿易交渉の後には、投資などの分野にも交渉は広がることも明示されている。つまり最終的には、物品、サービス、投資というフルセットのFTAとなることが、すでに交渉に入る前からほぼ確実なものとなっているのだ。
端的に言えば以下のような項目になることが予想される。
1.TPPにおける日米並行協議において取り交わした約束
2.米国のTPP離脱後から現在までで改めて米国が日本に求めている内容
3.韓米FTAやNAFTA再交渉にて米国が他国から勝ち取った内容
1.のTPP交渉時に日米が取り交わした約束には、自動車の非関税措置や保険、食品添加物の規制緩和などが米国から片務的に日本に求められる内容が記載されている。米国にとっては、「一度日本が呑んだ水準だろう」と、当然これらの厳格な実行を求めてくるだろう。
2.については、2018年3月の米国外国貿易障壁報告書をはじめ、トランプ大統領が就任して以降、現在までに改めて提示されている、米国から日本への様々な要求がある。『外国貿易障壁報告書2018』において、日本に関する記述から「TPP」という文言は消え、「米国輸出にかかる幅広い日本の障壁を除去することを求めていく」としている。その上で、2017年に行なわれた原料原産地表示制度(COOL)改正に関して、「米国の輸出食材に悪影響を及ぼす潜在性がある」と指摘する他、これまでも繰り返されてきた要求項目(収穫前後で使用される防かび剤の要件、ポテトチップ用ばれいしょの輸入停止措置、米・小麦・豚肉・牛肉の輸入制度、日本郵政・共済などの金融保険サービス、知的財産権分野、医療機器・医薬品分野)の障壁を指摘している。
3.については、例えば韓米FTAやNAFTAに盛り込まれた為替操作禁止条項などがあげられる。米韓FTA再交渉では、米国の要求で通貨安の誘導禁止(いわゆる為替操作禁止条項)も合意した。これによって韓国政府は、急速なウォン高が進んでも競争力を回復させるために為替介入の手段を取ることは非常に困難となる。米国はメキシコ、カナダとのNAFTA再交渉でもより強制的な為替条項が明記された。ムニューシン財務長官はこれを日本を含むどの国の通商協定にも盛り込むことを目指すとしており、日本との交渉でも為替問題が取り上げられる可能性がある。
◆日米貿易交渉の交渉準備を着々と進める米国
さて日米首脳会談から1か月以上が経った11月、米国側は着々と交渉入りの準備を進めている。これら諸手続きに際して公表される文書から、さらに日米貿易交渉の全体像を読み取ることができる。
図1は、現在進行している米国での日米貿易交渉に向けた一連の準備作業である。
図1 米国における日米貿易協定への準備 ※筆者作成
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2018年 9月
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日米首脳会談で日米貿易交渉開始に合意
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10月16日
10月26日
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USTRが日米貿易交渉開始の意思を米議会に通知
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USTRが対日交渉についての業界団体等からパブリックコメントの募集を開始(~11月26日まで)
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11月7日
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米国国際貿易委員会(ITC)が対日関税撤廃の影響調査の開始を発表(2019年1月24日までにUSTRに調査結果を報告)
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12月6日
12月10日
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ITCが対日関税撤廃による影響について公聴会を開催
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USTRが対日交渉の分野や目的について公聴会を開催
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2019年
1月14日?
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日米貿易協定の開始か?
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ちょうどこの原稿を書いている11月中旬は、USTRが各業界にパブリックコメントを募集している時期であるが、USTRはパブリックコメントのテーマとして「以下の事項を含むが、これに限定されない問題について、関係者に意見を述べるよう求める」と記述している。
USTRがパブリックコメントで求めている意見の具体的項目
a. 協定における一般的および特定の製品に関する交渉の目的
b. 交渉において対処されるべき、日米の物品およびサービスの貿易に関連する障壁
c. 日本と貿易される品目のうち、関税の削減または撤廃、および非関税障壁の削減または撤廃によって、米国の生産者および消費者が得る経済コストと利益
d. 以下のコメントを含む、協定のもとでの特定の物品の扱い(HTSUS番号によって記載)
ⅰ. 特定の製品の輸入または輸出についての関心もしくは障壁
ii. 交渉にて対処すべき特別な措置についての経験
iii. 輸出の優先事項および輸入におけるセンシティブ品目への対応方法
e. 交渉にて取り組むべき税関および貿易円滑化の課題
f. 交渉にて取り組むべき衛生植物検疫(SPS)措置および技術的障害
g. 交渉にて取り組むべき、米国の企業、労働者、農業者、酪農家にとって公正な市場機会を損なわせているその他の措置および慣行
※USTRウエブサイトより筆者作成
この項目を見てもわかるように、日米貿易交渉は決して物品貿易だけでなく、サービスや非関税障壁をカヴァーしていることが明示されている。特に、食の安心・安全にもかかわる衛生植物検疫や貿易の技術的障害(TBT)について、意見聴取が積極的にされていることには注意が必要である。これまでも米国からは、添加物の承認などの要望がされているが、改めて日米貿易交渉での対象となることは明らかである。
ここに挙げられた項目以外でも、米国企業や投資家、市民はあらゆる分野に関して、パブリックコメントで要望を書くことができることも重要な点である。実際、米国のIT関連企業の団体は、「日米貿易交渉に、NAFTAで採用したようなデジタル貿易に関する章を入れるように」と強く要望している。
日本では今も「TAGとはFTAではない」などという答弁を政府がしているが、相手の米国にはそのような話は通用しない。
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