2015年3月29日日曜日

米国の国会議員はTPP交渉テキストの全文の閲覧が可能 ―日本ではなぜ、できないのか?




※3月30日、若干の補足と修正を行いました。米国と日本の議会の権限の違いについてわかりにくかったので補足をしましたが、全体の趣旨は変わりません。


USTRによる突然の「国会議員へのTPPテキスト全文の閲覧可能」措置


2015318日、米政府はTPP交渉の条文テキストに関する閲覧条件を緩和する方針を議会に示した。率直に言って、私はこのニュースに驚いた。日本のマスメディアでは私の知る限りどこも報じていない。日本語で発信されたのはおそらくロイター発の翻訳記事くらいである。まず以下にこれを転載する。


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 米政府がTPPの文書閲覧条件を緩和、議会の懸念払しょくへ

 [ワシントン 18日 ロイター]

米政府は18日、環太平洋連携協定(TPP)の草案に関する閲覧条件を緩和する方針を議会に示した。TPPをめぐっては交渉内容が不透明なことへの懸念の声が出ており、一部の議員らは文書へのアクセスに条件が課されていることに不満を示していた。

条件変更は、米通商代表部(USTR)のフロマン代表とルー財務長官が出席した民主党の集会で明らかにされた。

フロマン代表は、新たな措置によって議員らはTPPの各章の要旨に加え、全文を閲覧できるようになると説明。声明で「われわれが労働者、企業、農業従事者のために米国にもたらそうと取り組んでいる利点について、議会メンバーが十分理解できるよう、前例のない追加措置をとった」と述べた。

2015 03 19 10:40


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この原文となった記事や関連記事は下記のリンクで見ることができる。

U.S. lawmakers to get easier access to Pacific trade pact texts- officials

Congress irked by secrecy in Pacific trade pact


これによると、今回の条件緩和によって「米国国会議員は誰でも、テキスト全文を閲覧することが可能」とある。日本では、与党である自民党の国会議員ですら交渉テキストを見ることができない。その理由は、TPP交渉は秘密交渉であり、日本も参加時に他国と「保秘契約」を結んでいるから、というのが日本政府の立場である。

「しかし、どうしてそれならアメリカの国会議員はテキストを見られるのか?」という疑問を多くの人が抱くに違いない。また今回は「条件の緩和」であるからそれ以前もアメリカの議員は見ることができたのだろうか?とう疑問も当然起こってくるだろう。



★これまでも米国では国会議員へのテキスト閲覧が許されていた


少しさかのぼって解説すると、米国がTPP交渉に正式加入したのが2010年。それ以降、国会議員たちは秘密交渉への批判を行い、事あるごとに国会議員へのテキスト閲覧を求めてきた(註1)。そもそも米国では貿易交渉の権限は議会にあり、その意味において議員は交渉テキストへのアクセス権限を有しているのだが、オバマ政権は2002年に制定された超党派貿易促進権限法(Bipartisan Trade Promotion Authority Act of 2002)を、「通商協定を見ることができるのは下院監視委員会の委員あるいはその委員のために働く者のみ」といわば「勝手に」解釈し、すべての議員の閲覧を制限してきたのだ。

こうした動きに反対する議員たちの働きかけによって、すでに20134月の時点では、自分の関心のある分野に限定して、USTRの部屋に招き入れられて、持ち出し禁止でその分野のドラフトを見る、といった状態が確保されていた(註2)。日本がTPP交渉に参加したのは同年の7月であるから、日本政府はその時点で、アメリカの国会議員が限られた条件とはいえ、TPP交渉のテキストにアクセス可能だったことを把握していたことは間違いない。私自身も、米国の議員はテキストが閲覧可能という事実を知りえてはいたものの、その時点では全文公開ではなくドラフトの閲覧であるということもあり、また日本政府は「最大限の情報提供を国民にする」と一応述べており、心のどこかで「国会議員には少なくとも何らかの情報提供がなされるのではないか」と思っていたこともあり、大きな問題として指摘はしてこなかった。



USTRウェブサイトにも「すべての国会議員は全文テキストを閲覧可能」と記載


しかし、今回の閲覧条件の緩和のニュースは無視できない。なぜなら日本政府は交渉参加以降、一貫して国会議員へのテキストの閲覧を許さず、国民の代表である国会議員でさえ日本が交渉で何を主張したのか、ということすら把握できていない状態が2年近くも続いているからだ。

現時点のUSTRのホームページを見てみると、確かに情報更新がなされている。20151月時点での発表とされる下記ページは、TPPTTIPなどオバマ政権の貿易交渉における説明責任・情報公開について書かれており、その中に「国民の代表である国会議員との協働について」という項目が立てられている。以下がその原文である。


WORKING HAND-IN-HAND WITH CONGRESS, THE PEOPLE’S REPRESENTATIVES


The administration has worked closely with the people’s representatives in Congress as we pursue our ambitious trade agenda. This has included:


Providing access to the full negotiating texts for any Member of Congress, including for Members to view at their convenience in the Capitol, accompanied by staff members with appropriate security clearance.

Holding nearly 1,700 Congressional briefings on TPP alone, and many more on T-TIP, TPA, AGOA and other initiatives.P

Providing Members of Congress with plain English summaries of TPP chapters to assist Members in navigating the negotiating text.

Previewing U.S. proposals with Congressional committees before taking them to the negotiations.

Working with Congress to update them on the state of the negotiations and get feedback every step of the way.



【以上の翻訳】

国民の代表である国会議員との協働について


政府は国民の代表である国会議員と緊密に協力して我々の目指す野心的な貿易協定を追求している。この協力には以下が含まれている:

・すべての国会議員に対して、交渉テキスト全文へのアクセスを提供する。議員は国会の中で都合のよい時にテキストを見ることができる。またしかるべきセキュリティ許可を得た議員のスタッフを伴って閲覧することもできる。

TPPに関してだけでも1700回近くの議員へのブリーフィングをもってきた。ま

TTIPTPAAGOAその他についてもそれ以上行っている。

・国家議員に対して、交渉テキストのナビゲーションのために、TPPの各章の要約版を提供する。

・国会議員に対して、議会の委員会とともに作成した交渉での米国の提案を、交渉のテーブルにつく前に見せる。

・(USTRは)議会とともに働き、あらゆる段階において議会のフィードバックをもらい、交渉内容を更新していく。


私はこれを見た際に、大変に驚いた。フルテキスト(全文)を好きな時に見られる、というのだから。日本の国会議員が聞いたらさぞ驚くだろうと思ったし、私たち市民も同様である。しかし米国市民社会自身も、実はこの「進展」についてはそれほど大騒ぎをしていない。日本においても同様である。このことは私の最大の疑問と謎であり、この記事を書きながらも各所に問い合わせをしたり各国のNGOメンバーに質問を送ったりしている。


TPAを取得しTPP交渉を進めたい米国政府の意図


さて、今回のUSTRの情報公開への前進の理由は何か。

当然のことながら、「TPP交渉を進めるための最大アイテム“貿易促進権限(TPA)”をオバマ大統領が取得できるようにするため」である。かねてから民主党議員はテキストへのアクセスの条件緩和を強く求めてきた。TPAは今も法案すら提出できていない状況であり、提出したからといってうまく議会を通過する保障はない。そこで今のうちから表向きの「情報公開」を進め、何とかTPA賛成を取り付けようという米国政府の意図が透けて見える。
こうした背景もあり、318日のこの発表以来、実際にどれくらいの議員が「自由に閲覧」したのかは現在調査中である。この時期、議員は予算作成に必死であり、また確かに情報公開問題よりもTPAをめぐる状況、米国におけるISDS批判が現時点では激しく動いているので、正直、全文テキストを見ている場合ではないのかもしれない。また見ていたとしても、その中身を他言することは強く政府から禁じられているので、メディアはもちろん市民団体へのリークなどもない状態と思われる。今回の条件緩和については、「議員には厳しい守秘義務が課せられており不十分」「USTRのポーズに過ぎない」という批判の声も上がっており、私も米国政府が完璧だなどというつもりはない。
しかし曲がりなりにもUSTR自身のホームページにて、「すべての国会議員がテキスト全文を閲覧可能」と書かれているのだ。このことは日本の状況とあまりにもかけ離れているではないだろうか。繰り返すが、これを知れば多くの人が、「TPPは国会議員さえもテキストを見ることができない、秘密交渉ではなかったのか」と思うのではないだろうか。


★そもそも保秘契約には何と書いてあるのか?
   日本の議員がテキストを見られないのは「誰の」判断なのか?


しかし日米両国でなぜこのような「違い」が生まれ、それが許されるのだろうか。

私はこの問題のカギは、TPP参加の際に各国が取り交わす「保秘契約」にあると考えている。日本政府も、20137月の正式参加の際に、この契約書にサインをしているのだが、その契約の中身は、一切の秘密である。

 当初私は、この契約書には「交渉中のテキストは自国の国会議員にさえ見せてはならない」あるいは「交渉官しか見てはならない」というような中身が書かれていると想像していた。だからこそ、どの国の政府も、自国の国会議員にテキスト閲覧を許していないのだろうと。しかし実際には、先述のとおり米国では20134月時点で限定的にではあるが国会議員の閲覧が実際に可能となっていた。

実は米国では「秘密交渉といえども、いつの時点でどのように自国の国会議員に交渉内容を知らせるかは、自国の判断がある」という慣例がある。これは、米国議会の権限に起因する問題である。米国政府には貿易交渉の決定権はない。だから現在、その権限を大統領に与えるかどうかをめぐりもめているわけだ。だから議会への秘密交渉はあり得ず、テキストはどこかの段階で国会議員に見せる必要がある。この点が制度的に大きく日本やその他の国と異なる点だ。

USTRの使命は、突き詰めれば「米国流の貿易ルールを世界に輸出すること」なので、米国にとっての「グローバル化」はすなわち「米国化」。12か国全体の交渉であっても実は「米国がつくってきた交渉内容」という意識が根強く、他国の国会議員がどんなにテキストにアクセスできなくても、米国の国会議員にはその権利がある、というくらいの感覚がある(何というジャイアン・ルール!)。

米国NGOに真相を尋ねたところ、「機密文書の扱いについては各国政府の判断で行われている。米国においては過去のNAFTAなど過去の貿易交渉の際、USTRは国会議員に交渉中のテキストを見せていた。その意味では米国の国民や国会議員にとって、今回のテキスト閲覧を許すという決定は驚くべきことではない」との答えが返ってきた。この答えに、驚いたのはこちらの方だ。米国以外の国からしてみたらこうした行為や感覚は理解を超え、にわかに受け入れがたいものがある。

しかし整理して考えてみれば、実際には保秘契約に「各国政府は交渉内容を秘密にすること」と取り決めてはいるものの、交渉中のテキストを自国の国家議員に対して見せるのかどうか、という取り組めまでは細かく規定されていないことになる。だからこそ米国政府は米国流の「独自の判断で」自国の国会議員への閲覧条件を緩和し全文まで見せるとしたのだ(もちろん民主党議員を「黙らせるためのポーズ」という側面はありつつだが)。


そして問題は、「ではなぜ日本では、政府が国会議員にテキスト閲覧を許していないのか」ということである。答えは簡単で、米国と違って貿易交渉権限を持つ日本政府が「独自の判断で」見せない、と決めているからだ。あるいは米国から「俺のところは制度が違うから見せるけれども、お前のところは見せるなよ」と脅されているのだろうか? とにかくこの非対称なあり様はあまりにも奇異である。

このことを政府に問いただせば、おそらく「保秘契約を結んでいるから国会議員にも見せられないのだ」と答えるだろう。「ではなぜ、米国では国会議員が全文を閲覧できることになっているのか?同じ契約を結んでいるのではないのか?」と聞いたら、日本政府は何と答えるのだろうか。単純な話で、もし米国が保秘契約に書かれている内容を破って自国の国会議員への閲覧を許したのだとしたら、「保秘契約違反ではないか」と訴えればよい。逆に保秘契約に国会議員への閲覧規定まで書かれていなかったのだとしたら、日本も米国同様、せめて国会議員への閲覧を保障すべきである。そして、その大前提として、これまでも一切秘密である「保秘契約」の内容を、我々国民にすべて開示するべきである。


米国も相当勝手な国だと私は思っているし、USTRも死にもの狂いで妥結を目指す中で、なりふり構わぬ条件緩和をしてきたことは事実だろう。しかし日本も日本であって、もし本当に、特別な取り決めもないにも関わらず、国会議員への閲覧を禁止していたとすれば、これは大問題である。今回のUSTRの発表を機に、改めて交渉参加以降の日本政府の「情報公開」のあり方を疑わざるを得ないし、実は交渉国全体での取り決めとは別に、日本政府独自の判断(=国会議員には見せたくない)があるのではないかとの疑問が拭えない。

とにかく真実を知り、多くの人たちと共有するために、まずは野党の国会議員数名に連絡をとって国会でぜひ質問をしていただきたい、とお願いをしている。政府にもぜひ誠実に答えていただきたい。早ければ週明けにはこの件での質問が出される可能性もあるので、ぜひみなさんも注目していただきたい。メディアのみなさんには、ぜひこの件を深く取材し真実を伝えていただきたい。

 また与野党を問わずすべての国会議員に強く呼びかけたい。

「米国の国会議員は、他言禁止という約束はあるが、それでも国民の代表として、TPP交渉のテキスト全文を閲覧できることになっている。一方、日本では政府の判断によって国会議員の交渉テキストへのアクセスが不可能になっているのですよ」と。そしてせめて国会議員にはテキストを見せるという状況をつくっていかなければならない。私も最大限のご協力や情報提供をするつもりである。

 もちろん最終的には国会議員だけでなく、すべての国民・住民に対して交渉テキストが開かれるべきであることはいうまでもない。



【註】

1▼民主党ワイデン議員が2012年の時点でTPP交渉テキストの秘密性について指摘。「米国のTPP文書は、アメリカ国民を代表するすべての議員が入手可能だ」と建前を述べるUSTRに対抗し「議会通商交渉監視法」案を議会に提出している。

2▼日本の参加表明がなされた2013315日の後、民主党国会議員団が米国を訪問し、国会議員や業界団体などを訪問、ヒアリングを行う中でもこの事実は確認されている。

2013/04/26 TPP慎重派訪米団が帰国会見 米国議員は「TPPと安全保障はリンクしない」と認識! ~TPPを考える国民会議「米国におけるTPPに関する実情調査団」帰国会見」


2 件のコメント:

  1. 米国の国会議員は交渉テキストの全文の閲覧が可能であるのに日本ではなぜ出来ないかと問うのは端的です。 「Transparency and the Obama Trade Agenda」「情報の透明性とオバマ大統領の貿易アジェンダ」全体の大きな意味合いを理解しないと「日本ではなぜ出来ないか?」を追求する事はできないでしょう。 オバマ大統領の貿易アジェンダにはまず「. . . we are focused on expanding opportunities to export more Made-in-America products, support jobs at home, and create economic growth by opening overseas markets and leveling the playing field for American workers and businesses. . . 」「私たちはアメリカ製品の輸出の拡大をし、地域での仕事を増やす事に焦点を当てる。 そして海外市場を広げ、アメリカ労働者と商売が海外貿易上の要となることによって経済成長を作ってゆく。」とこの貿易は私たちの仕事をつくる事が目的である事を明確にしています。 相手国との平等貿易とか世界村の一員としてとの様な姿勢は以前と同じく全くありません。 そして、アジェンダのヘッドラインには「A MORE ROBUST PUBLIC CONVERSATION」として、「市民との対話をさらに強める」とあります。それには「貿易交渉役は交渉を一旦止め、貿易条項に利害の有る市民は直接貿易交渉役と公的な場で話し合いを持ちます。」としています。「PUTTING OUR OBJECTIVES FRONT AND CENTER」では「ウエッブサイトなどの情報は詳しく明確である事、そして交渉後には記者会見を行なう。」とあります。「WORKING HAND-IN-HAND WITH CONGRESS, THE PEOPLE’S REPRESENTATIVES」「行政運営は市民の代表である議員と綿密に動く」それは「交渉の全文章を閲覧できる事」とし、「交渉前には提案を諮問委員会に提示しなければならない。」とあります。「HEARING FROM MORE DIVERSE INTERESTS」「諮問委員会は関連企業から情報を得る。」とは当然ですが、「関心を持つ様々なグループに諮問する。」とあり、それは環境問題グループ、消費者団体、ソーシャルワーカーなどとあり、なんと労働組合とまである。 

    これらはほんの一部であるけれど、アジェンダにはこの様に極めて民主的な指針があり、この貿易は市民であるあなたの為に、あなたが参加して貿易交渉進めていきましょうと唱っています。 

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