―新型コロナウイルスを克服し命を救うためには、WTOが求める知的財産権の独占的な障壁を免除し、世界規模での製造拡大をする必要がある―
原文: Contrary to Pharma Company Promises, COVID-19 Vaccine Producers Are Not on Track to Make Enough for Everyone by Public Citizen Global Trade Watch
翻訳:内田聖子
現在の生産能力では、世界に十分な新型コロナウイルスのワクチンを供給することはできない。エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによると、最貧困国は集団予防接種が行われるとしてもワクチン接種を2024年まで待たなければならない[1]。世界保健機関(WHO)の統計によると、現在までに75%のワクチンはわずか10カ国で投与され、低所得国では1%の人々だけが少なくとも1回の投与を受けている。
6月のG7サミットにおいて、2021年から2022年にかけて8億7,000万本[2]のワクチンを「寄付」すると各国が約束したことは称賛に値するものではあるが、既存のワクチンを再分配しても、利用可能なワクチンの全体的な不足には対処できない。結局、十分に行き渡る量がないという時に、既存のピザの一切れをより公平に分けようとしてもパンデミックから抜け出すことは不可能である。私たちに必要なのは、新しいピザ工場を作ることだ。ワクチンおよび関連するサプライチェーン製品の生産量が増えなければ、世界中でワクチンを接種し、新型コロナウイルスを克服するために十分な量のワクチンは得られないだろう。今、世界で繰り広げられているワクチンアパルトヘイトは、何百万人もの命を奪い、何千万人もの人々を貧困に追いやる可能性がある。抑制されていないウイルスが拡大すれば、ワクチン耐性を持つ変異株が生まれ、全世界を再びロックダウン状態にするリスクが高まる。国際商業会議所は、2021年半ばまでに富裕国ではワクチンが完全に接種されているが、貧困国ではほとんど接種されていないというシナリオの下では、世界は9兆ドル以上の経済損失を被る可能性があると結論づけている[3]。国連開発計画(UNDP)、世界保健機関(WHO)、オックスフォード大学は最近、世界でワクチン接種者が100万人増えるごとに世界経済に79.3億ドルのプラス効果があり、高所得国がその恩恵を最も受けるという分析結果[4]を発表した。
ワクチン、治療薬、検査キットなど、新型コロナウイルスに関連するすべての医療製品の世界的な供給量を大幅に増やさなければならないことは明らかである。幸いなことに、南アフリカ、パキスタン、エジプト、アルゼンチンなど、すでに世界的な医薬品の製造能力と専門知識を持つ国々は、グローバルな供給不足を補うために生産拡大することができる。このような理由から、世界のほとんどの国が世界貿易機関(WTO)における知的財産権の独占ルールの一時的な免除を支持している。このルールは、少数のワクチンメーカーに価格や製造場所などを管理する権限を与えているものだ。独占権を持つ企業は、他の製造業者、特に途上国の製造業者と協力して、世界中の人々にワクチン接種を行うことを拒んできた。これら企業は、2022年のブースター販売計画における競合を避けたいのだろうか? 2021年に260億ドルのワクチン収入を見込んでいる[5]ファイザー社は、1回あたり20ドルの「パンデミック価格」が終了した後、富裕国でのブースター・ショットを1回あたり175ドルで販売するという計画を投資家に説明した[6]。
製薬会社は2020年に約束したワクチン量の4%しか生産しておらず、2021年に集団免疫を獲得するのに必要な100~150億回分の生産には足りていない。しかし、さらなる生産には反対している
世界中の政策立案者、報道関係者、消費者の間で、新型コロナウイルスのワクチンが現在どのくらい製造されており、どのくらいの量がいつ入手可能になるのかについて、大きな混乱が生じている。
- 新型コロナウイルスのワクチンの生産状況を追跡している情報源の間の深刻な食い違いは、2021年および2022年に入手可能となるワクチンの総数に関して信頼できるデータがないことを示している。ワクチンメーカーは、エアフィニティ(Airfinity)社が独自に収集したデータと、デューク大学のグローバル・ヘルス・イノベーションセンターによる予測を繰り返し参照し、2021年末までに供給が需要を満たすと主張している。どちらの予測も、ワクチン産業界が発表している生産目標に基づくものである。しかし、業界の生産目標に依存することの本質的な危険性や、実際の需要の不確実性に加えて、この2つの主要なデータセットの間には重大な相違がある。このことは、企業のデータの信頼性の低さをさらに浮き彫りにしている。次の表は、現在市場に出回っている最も重要な新型コロナウイルスのワクチンの最新予測を比較したものである。
エアフィニティ社とデューク大学による2021年のワクチン生産量予測の比較企業(群)
|
エアフィニティ |
デューク大学 |
相違(絶対値) |
シノバック |
2,856,484,000 |
1,750,000,002 |
1,106,483,998 |
ファイザー/ビオンテック |
2,179,275,000 |
3,000,000,000 |
820,725,000 |
アストラゼネカ |
2,137,408,000 |
2,100,000,000 |
37,408,000 |
シノファーム |
1,576,923,000 |
1,000,000,000 |
576,923,000 |
モデルナ |
667,270,000 |
800,000,000 |
132,730,000 |
ジョンソン&ジョンソン |
517,885,000 |
1,000,000,000 |
482,115,000 |
ガマレア (スプートニクV) |
289,973,000 |
390,000,000 |
100,027,000 |
バーラト |
263,724,000 |
590,000,000 |
326,276,000 |
カンシノ |
161,746,000 |
500,000,000 |
338,254,000 |
(
Airfinity forecasts were extracted from its CEO’s presentation before the WTO on June 29, 2021. Available at: https://twitter.com/Airfinity/status/1409792141258276867/photo/1. Duke University’s figures were updated on July 16, 2021 and are available at: https://launchandscalefaster.org/covid-19/vaccinemanufacturing.
大手製薬会社が最も多く引用している情報源の間にある相違の合計は39億回分となる。つまり、各企業が最低の予測値のみを実際に生産したという、不幸な、そしてあり得るシナリオの下では、2021年の世界のワクチン生産量は、約束よりも39億回も少ないことになる。特に、世界が最も生産を期待している企業については、その相違は歴然である。例えば、デューク大学のデータでは、ファイザー/ビオンテック社が2021年末までに30億回分を生産するという約束を確認しているが、エアフィニティ社は、同社が生産した実際の数は22億回弱であると試算している。この差は8億2,000万回であり、アフリカの3つの大国であるナイジェリア、エチオピア、ケニアの全人口に集団接種するのに十分な量だ。同様に、エアフィニティ社によると、シノバックは2021年に28億回分の生産が期待できる。しかし、デューク大学のデータでは17億回分だと予測されている。この11億回分の差は、世界第4位と第5位の人口であるインドネシアとパキスタンの全国民にワクチン接種するのに十分な量である。- またエアフィニティ社は、現在の生産率を計算に入れているため、これまでのところ予測は正確であると主張しているが、そのモデルはやはり企業が発表した目標や計画に大きく依存している。データセットを詳細に見ると、エアフィニティ社が確認した新型コロナウイルスのワクチンの生産施設71カ所のうち32カ所が休止中である。これは、エアフィニティ社が依拠している産業界の生産約束を達成するための工場の45%が、2021年7月末時点で1本のワクチンも生産していないことを意味している。
- 公的な情報源およびエアフィニティ社のデータに基づいていると思われる、ユニセフの「ワクチン市場ダッシュボード」[8]のような他の情報源によれば、著しく異なる予測が示されている。ユニセフの「ワクチン市場ダッシュボード」のサイトで、承認されたワクチンをフィルターしてみると、2021年の数字は53億回分となる。数週間前まで、このフィルターでは業界が主張する120億回という数字が表示されていたことは特に興味深い。さらに、一部の製薬会社がユニセフの2022年のワクチン量予測として引用している430億回という数字は、臨床試験の前段階のものも含めたすべてのワクチン候補と、予測される神話上のワクチン量についての業界の推測を含む、フィルターを通さない見解を示している。この数字は、すべてのワクチン候補の開発が成功し、最終候補が有効性と安全性の試験に合格し、規制当局の承認を得て、開発者が希望する速度で製造されることを前提としている。
- これらの相違は、ワクチンの供給が需要を満たす(つまり、生産能力の増強は必要ない)と主張するために用いられているデータが、致命的に信頼性に欠けていることを強調している。
ワクチンメーカーは、おそらく世界的な生産拡大に向けた政府の行動と、現在の専属市場における競争を抑制するために、生産目標を誇張している可能性が高い
業界の予測が大きく誇張されるのは初めてのことではないだろう。2020年、ワクチンメーカーは年末までに8億回分を製造すると予測していたが、実際には2,000〜3,000万回分の製造[9]となった。2021年には120億回分を生産すると業界は約束していたが、2021年の半分以上が経過した7月末時点で、2020年と2021年を合わせた実際の製造量は42.5億本にとどまっている[10]。一方で、6月中旬に全メーカーの合計生産量が1週間で2億回を突破したのは初めてのことであった。しかし、そのうち最も大きな割合を占め、生産量の急増をもたらした要因は、変異株への効果が低いことが判明している中国製のワクチンだった(もちろん、1回も接種していない国もあるため、危険な第3波の中で高まっている感染率や死亡率を下げるために、あらゆるワクチンが求められている)。
- エアフィニティ社のデータによると、現在、市場で最も重要な新型コロナウイルスのワクチンを製造している9社のうち6社が、目標達成のために必要な量よりも少ない量を生産している。確かに、いくつかのワクチンの生産率は予想を上回っており、それがここ数週間での生産量増加の要因となっている。しかし、目標生産量を上回っているワクチンは、主に中国製のCoronaVac(シノバックス社)とBBIBP-CorV(北京/シノファーム)で、これらはmRNAワクチンやウイルスベクターワクチンよりも効果が低く、特に最近の変異株には効果が低い。一方、モデルナ社、ジョンソン&ジョンソン社、アストラゼネカ社は、2021年の約束量を達成するために必要な月生産量を満たしていない。
- また、ボルチモアのエマージェント・バイオソリューションズ社の工場で発生した生産ミスのように、米国と南アフリカでの多くのワクチンが廃棄されたことや、知的財産権の独占によって供給が人為的に制限されているものを含む原材料の不足なども、この予測には考慮されていない。
生産能力を大幅に向上させないまま、富裕国向けのブースター・ショット製造へと移行してしまえば、発展途上国のワクチン不足は悪化する
現在の新型コロナウイルスのワクチン製造体制では、全世界でワクチンを接種するのに十分な供給量を生み出すことはできない。さらに状況を悪化させることとして、今年末までに大手ワクチンメーカーは、富裕国にてより高い利益を得られるブースター・ショット用のワクチン生産へと移行し始める[11]一方で、発展途上国では何十億もの人々が1回目の接種も受けられないという、非常に現実的な予測がある。つまり、全体的な需要は110億回分という楽観的な数字よりもさらに増え、150億回分になるという可能性が高い。世界の各地域で何年も接種を受けられないという状況は、不公正であり無用な死や経済苦をもたらすだけでなく、全世界を集団接種の振り出しに戻すようなワクチン耐性を持つ変異株が出現する可能性を高めてしまう。その答えは、世界規模での完全なワクチン接種、治療や検査に関連する製品の製造への道を開くために、包括的なTRIPS免除を迅速に行うこと、そして同様に、命を救い、パンデミックを終わらせるために必要な量のワクチンを製造する拠点を世界各地に作るための技術移転や資金提供を行なうことである。
[2] https://www.who.int/news/item/13-06-2021-g7-announces-pledges-of-870-million-covid-19-vaccine-doses-of-which-at-least-half-to-be-delivered-by-the-end-of-2021
[3] https://iccwbo.org/media-wall/news-speeches/study-shows-vaccine-nationalism-could-cost-rich-countries-us4-5-trillion/
[6] https://www.businessinsider.com/pfizer-execs-highlight-significant-opportunity-hike-covid-vaccine-price-2021-3
[7] 1 Airfinity forecasts were extracted from its CEO’s presentation before the WTO on June 29, 2021. Available at: https://twitter.com/Airfinity/status/1409792141258276867/photo/1. Duke University’s figures were updated on July 16, 2021 and are available at: https://launchandscalefaster.org/covid-19/vaccinemanufacturing.
[8] https://www.unicef.org/supply/covid-19-vaccine-market-dashboard