TPP閣僚会合が開催されているシンガポールにいるNZのジェーン・ケルシー教授から重要な情報が届いた。日本のTVではまったく「自然に」報じられているが、会場ではテーマごとに数か国だけが集まり協議を行なっている。参加国は12か国であるにもかかわらず、である。
彼女からの緊急メッセージの全文(英語)は下記のサイトから読むことができる。
Heavy-handed tactics in TPPA talks aim to isolate dissenters(反対する者を「隔離」するためのTPP交渉での強引な戦術)
http://www.itsourfuture.org.nz/heavy-handed-tactics-in-tppa-talks-aim-to-isolate-dissenters/
このやり方は「グリーン・ルーム」と呼ばれWTO交渉で実施されてきた。要は事務局長などが議題ごとに設定したインフォーマル会議であり、ここに恣意的に選ばれた代表だけが参加し決めていくという極めて非民主的な運営方法だ。この方法は、米国をはじめとする先進国の主導でなされ、途上国はほんの一部しか参加できず、大きな批判の対象となった。その悪評高き「グリーン・ルーム」が、現在シンガポールTPP閣僚会合でもやられている、というのだ。
ケルシー氏によれば「どのテーマにどの国を呼ぶかの選別・決定には米国がかなり関与している」という。例えば知的財産分野では米国と対立する5か国(NZ,マレーシア、チリ、シンガポール、カナダ)のうち「たった1か国」だけが「グリーン・ルーム」に呼ばれている。これもWTO交渉でも見られた構図で、米国にとっては反対する国々が多くいれば分が悪い。しかしまったく呼ばないのも批判を浴びる。だから反対勢力の国々の中から1~2か国だけを参加させ、反対する国を孤立させながらも、形式的には反対派とも合意したとしながら進めていくのである。
このような「グリーン・ルーム」形式は、決定プロセスや協議内容も含めてもちろん「秘密」である。そしてそのこと自体が大問題だ(日本のメディアは「グループごとに協議しています」などと能天気に報じるが)。すべての分野において全参加国が同じテーブルについて協議しない限り、交渉の正当性は認められない。
日本政府は、こうしたやり方自体を批判し、グリーン・ルームをやめさせるべきである。
2013年12月9日月曜日
2013年12月8日日曜日
秘密保護法案の可決と、秘密の貿易交渉TPP
12月6日、特定秘密保護法案が可決してしまった。
国会周辺の大規模な抗議デモ、全国各地に広がる反対の声、野党の批判、そして政権与党・自民党内からも慎重論が出ている中、安倍政権は一方的な強行採決に踏み切った。この暴挙は歴史的にも決して忘れてはならない。最大の怒りをもって抗議したい。
私はこの間、秘密保護法案反対の立場から、集会やメディアで発言してきた。その際、ほとんどがTPP交渉に反対という文脈で語ってきた。つまり、TPP交渉こそが、「何が秘密かも秘密」の貿易交渉であり、その本質において秘密保護法とまったく似ているのである。
すでに3年以上も重ねられてきたTPP交渉は、貿易交渉、しかも幅広い分野をカヴァーしているという点で、私たちの生活そのもの、農業や医療、雇用など社会の基盤や価値観そのものに影響を与える。にもかかわらず、完全な秘密裏で進められてきた。比べるのもおかしな話だが、貿易交渉はいわゆる安全保障や軍事機密ではなく、いってみれば単なる「貿易の話」だ。しかしそれがここまで秘密に進められる事態というのは、まさに「異常な協定・異常な交渉」である。
なぜTPP交渉が秘密なのかはすでにさまざまなところで述べてきたが、過去のWTO交渉や各種の貿易交渉において、各国政府は交渉過程や中身を、自国の業界団体や市民に一定程度明らかにし、利害を調整しながら交渉を進めてきた。そうしなければ国内の理解も得られず、また獲得したい利益を得ることもできないからだ。
しかしWTO交渉は暗礁に乗り上げ、ほとんど無意味化している。なぜなら、アフリカはじめとする途上国やブラジルなど新興国、そして米国など先進国の利害は徹底的に対立し、まとめようにもまとまらないからだ。その対立の背景には、各国政府の後ろに、交渉の中身を知る各国市民・業界団体の大きな声がある。米国にしてみれば、こうした声はまさに交渉を進める上での「障害」に他ならない。だからTPP交渉は、絶対に交渉内容を外にもらさない、自国の国会議員や市民にすら「秘密」にして、クローズドの部屋の中で粛々と決めてしまいたい、という意図のもと進められてきた交渉なのである。交渉そのものへの批判の声などもっての他、聞く必要も姿勢もない、それがこの交渉の姿なのである。
これはまさに、秘密保護法の審議過程を彷彿とさせるものである。「聞きたくない批判や、異論、疑問も聞く必要はない。説明とは『相手を説得し納得してもらうもの』ではなく『説明する側が十分だと思うだけすればそれで終わり』」。これはこれまでのTPP交渉における首席交渉官のブリーフィングの場で一貫してとられてきた態度である。これも秘密保護法審議における安倍政権の態度とぴったり符号する。しかしこれは単なる偶然の一致ではない。すでにTPP交渉で敷かれてきた秘密主義が、形をやや変えて秘密保護法という姿をもって私たちの前に現れたのであり、その本質は、徹底した官僚主導と、市民の知る権利の剥奪であり、民主主義の否定である。
秘密保護法案が可決した翌日の12月7日、シンガポールでTPP閣僚会合が始まった。この間、メディアを含め秘密保護法関連の話題が多く、正直TPP交渉については人々の意識から少し遠のいた印象がある。しかし米国は今回の交渉を「年内最大の山場」と位置付け、難航している知的財産、関税、国有企業などの分野で政治的決着をつけ、「実質合意」や「大筋合意」を宣言する案も浮上しているという。
現実的には、いくら政治的決着といっても、米国とマレーシア・ベトナムなどの国での対立の溝は深く、また日米間でも関税交渉は遅々として進んでおらず、中身の伴った「合意」には程遠い。米国は他国に強硬な姿勢を取りたいと狙っているが、しかし同時に国内的にはTPA(貿易権限)問題で大もめである。外顔では強面を演じてみても、内心は国内でのTPA取得ができるかどうか、議会からの反発をどう抑えるかなどが気が気でならない状況である。
私自身は、TPP交渉は早期でまとまらず、今後も交渉がある程度長期化していくと考えている。最近報道された韓国の交渉参加問題も長期化の一要因となるかもしれない。その場合、重要となるのは日本の態度である。先にウィキリークスによって暴かれた知的財産分野のテキストによれば、日本は非親告罪化に反対するなど米国とは異なる主張をしていた。私はこのリーク文書が真実だという立場に立つが、このような主張を貫き、また関税問題では国民に約束をした通り農産品5項目を守るという立場を崩さないことが重要だ。そしてそれらが実現されないのであれば、自民党自らが決定しているように、TPP交渉から脱退するべきである。
最後に一つだけ指摘しておきたい。秘密保護法案が可決された後、こんな声をよく聞く。「この法案はひどい。でも先の選挙で自民党が圧勝した原因は私たちの側、国民の側にもある」というものだ。選挙という制度のもと正当に選ばれた政権なのだから、選挙民の私たちの側の問題だ、という。しかしTPP問題に焦点をあててみれば、果たして本当に責任は私たちにあるのだろうか? 自民党は1年前の衆院選にて「TPPには断固反対」といって農山村で多くの票を集めた。しかしその3か月後には公約を完全に破って交渉参加した。選挙民にとってはこれこそが大嘘の裏切り行為であり、嘘をついて大勝した自民党の側に責任があるはずである。
TPP交渉はこれからも秘密裡に進められていくだろう。しかし私たちはこれからも、国内・国際のあらゆるルートを使って、交渉に関する情報を入手し、広く市民に発信していく。また政府に対しては、説明会や情報公開請求などの公式のチャネルを通じて、説明と対話の場を求めていきたいと思う。実際、これまで日本での情報公開は決して十分でなく、むしろ秘密だらけの状態である。秘密保護法が可決されてしまったこの時点から必要なのは、その状況を跳ね返し、これまでよりも市民が情報を得られるスペースを1ミリでも押し広げる取り組みである。現時点から1歩でも状況を後退させてはならない。
国会周辺の大規模な抗議デモ、全国各地に広がる反対の声、野党の批判、そして政権与党・自民党内からも慎重論が出ている中、安倍政権は一方的な強行採決に踏み切った。この暴挙は歴史的にも決して忘れてはならない。最大の怒りをもって抗議したい。
私はこの間、秘密保護法案反対の立場から、集会やメディアで発言してきた。その際、ほとんどがTPP交渉に反対という文脈で語ってきた。つまり、TPP交渉こそが、「何が秘密かも秘密」の貿易交渉であり、その本質において秘密保護法とまったく似ているのである。
すでに3年以上も重ねられてきたTPP交渉は、貿易交渉、しかも幅広い分野をカヴァーしているという点で、私たちの生活そのもの、農業や医療、雇用など社会の基盤や価値観そのものに影響を与える。にもかかわらず、完全な秘密裏で進められてきた。比べるのもおかしな話だが、貿易交渉はいわゆる安全保障や軍事機密ではなく、いってみれば単なる「貿易の話」だ。しかしそれがここまで秘密に進められる事態というのは、まさに「異常な協定・異常な交渉」である。
なぜTPP交渉が秘密なのかはすでにさまざまなところで述べてきたが、過去のWTO交渉や各種の貿易交渉において、各国政府は交渉過程や中身を、自国の業界団体や市民に一定程度明らかにし、利害を調整しながら交渉を進めてきた。そうしなければ国内の理解も得られず、また獲得したい利益を得ることもできないからだ。
しかしWTO交渉は暗礁に乗り上げ、ほとんど無意味化している。なぜなら、アフリカはじめとする途上国やブラジルなど新興国、そして米国など先進国の利害は徹底的に対立し、まとめようにもまとまらないからだ。その対立の背景には、各国政府の後ろに、交渉の中身を知る各国市民・業界団体の大きな声がある。米国にしてみれば、こうした声はまさに交渉を進める上での「障害」に他ならない。だからTPP交渉は、絶対に交渉内容を外にもらさない、自国の国会議員や市民にすら「秘密」にして、クローズドの部屋の中で粛々と決めてしまいたい、という意図のもと進められてきた交渉なのである。交渉そのものへの批判の声などもっての他、聞く必要も姿勢もない、それがこの交渉の姿なのである。
これはまさに、秘密保護法の審議過程を彷彿とさせるものである。「聞きたくない批判や、異論、疑問も聞く必要はない。説明とは『相手を説得し納得してもらうもの』ではなく『説明する側が十分だと思うだけすればそれで終わり』」。これはこれまでのTPP交渉における首席交渉官のブリーフィングの場で一貫してとられてきた態度である。これも秘密保護法審議における安倍政権の態度とぴったり符号する。しかしこれは単なる偶然の一致ではない。すでにTPP交渉で敷かれてきた秘密主義が、形をやや変えて秘密保護法という姿をもって私たちの前に現れたのであり、その本質は、徹底した官僚主導と、市民の知る権利の剥奪であり、民主主義の否定である。
秘密保護法案が可決した翌日の12月7日、シンガポールでTPP閣僚会合が始まった。この間、メディアを含め秘密保護法関連の話題が多く、正直TPP交渉については人々の意識から少し遠のいた印象がある。しかし米国は今回の交渉を「年内最大の山場」と位置付け、難航している知的財産、関税、国有企業などの分野で政治的決着をつけ、「実質合意」や「大筋合意」を宣言する案も浮上しているという。
現実的には、いくら政治的決着といっても、米国とマレーシア・ベトナムなどの国での対立の溝は深く、また日米間でも関税交渉は遅々として進んでおらず、中身の伴った「合意」には程遠い。米国は他国に強硬な姿勢を取りたいと狙っているが、しかし同時に国内的にはTPA(貿易権限)問題で大もめである。外顔では強面を演じてみても、内心は国内でのTPA取得ができるかどうか、議会からの反発をどう抑えるかなどが気が気でならない状況である。
私自身は、TPP交渉は早期でまとまらず、今後も交渉がある程度長期化していくと考えている。最近報道された韓国の交渉参加問題も長期化の一要因となるかもしれない。その場合、重要となるのは日本の態度である。先にウィキリークスによって暴かれた知的財産分野のテキストによれば、日本は非親告罪化に反対するなど米国とは異なる主張をしていた。私はこのリーク文書が真実だという立場に立つが、このような主張を貫き、また関税問題では国民に約束をした通り農産品5項目を守るという立場を崩さないことが重要だ。そしてそれらが実現されないのであれば、自民党自らが決定しているように、TPP交渉から脱退するべきである。
最後に一つだけ指摘しておきたい。秘密保護法案が可決された後、こんな声をよく聞く。「この法案はひどい。でも先の選挙で自民党が圧勝した原因は私たちの側、国民の側にもある」というものだ。選挙という制度のもと正当に選ばれた政権なのだから、選挙民の私たちの側の問題だ、という。しかしTPP問題に焦点をあててみれば、果たして本当に責任は私たちにあるのだろうか? 自民党は1年前の衆院選にて「TPPには断固反対」といって農山村で多くの票を集めた。しかしその3か月後には公約を完全に破って交渉参加した。選挙民にとってはこれこそが大嘘の裏切り行為であり、嘘をついて大勝した自民党の側に責任があるはずである。
TPP交渉はこれからも秘密裡に進められていくだろう。しかし私たちはこれからも、国内・国際のあらゆるルートを使って、交渉に関する情報を入手し、広く市民に発信していく。また政府に対しては、説明会や情報公開請求などの公式のチャネルを通じて、説明と対話の場を求めていきたいと思う。実際、これまで日本での情報公開は決して十分でなく、むしろ秘密だらけの状態である。秘密保護法が可決されてしまったこの時点から必要なのは、その状況を跳ね返し、これまでよりも市民が情報を得られるスペースを1ミリでも押し広げる取り組みである。現時点から1歩でも状況を後退させてはならない。
2013年10月11日金曜日
形だけの「年内妥結」―失墜する米国の威信と他国の抵抗
「結論ありき」で中身はボロボロの交渉
カナダの市民によるキャンペーンから |
しかし、そのシナリオはもろくも崩れた。米国内の政府機能停止という理由からAPEC直前に決まったオバマ大統領の「欠席」。しかしこれは直接的なきっかけに過ぎない。確かに強烈なイニシアティブが不在だったことの影響はあるが、交渉の実態はそんなに単純ではない。
「年内妥結」という「目標」が明確に打ち出され始めたのは、3月・シンガポール交渉会合の頃からだ。私自身、シンガポール、5月ペルー、7月のマレーシアと3回の交渉会合に国際NGOとして参加したきたが、会合終了のたびに、「我々は年内合意に向けて大きく前進をした」という文言が前面に出された交渉国による記者発表が聞かれてきた。
しかし、蓋をあけてみると中身は「妥結」には程遠い。知的財産や環境、国有企業問題、市場アクセス(関税)など各国の対立点の溝は大きい。特に5月ペルー交渉の頃から、マレーシアは明らかに対米姿勢をはっきり打ち出してきた。例えば知的財産分野では、大手製薬会社の特許保護による利潤追求を主張する米国と、国内にエイズ患者が多く抱え、薬の特許保護による薬価高騰やジェネリック薬へのアクセス困難を懸念するマレーシア・ベトナムの対立は鮮明だ。ここには、「利潤か、いのちか」という本質的な問いがはらまれている。
環境分野では先進国である米国・日本などは高い環境基準を求めているのに対し、マレーシアやシンガポール、ベトナムなどは抵抗を示す。その根底には、3年半もの間米国主導で進められてきた「市場主義」を自国に直ちにあてはめれば、国内の貧困悪化や不安定化などを招くというアジア・中南米諸国の事情があり、また一貫して交渉を我が物顔で牛耳ってきた米国への不満がある。
独自の判断で情報を出し、市民社会にもアピールするマレーシア
注目すべきは、TPPは「徹底した秘密交渉」でありながらマレーシアは自国の判断で様々な形での説明や情報公開を国民に対し行なっているという点だ。例えば「29章あるとされる交渉テキストのうち、すでに14章が確定している」との政府発表を行なったり、交渉会合直後に、国民の誰もが自由に参加できる説明会を実施し約700名が参加したりという具合にである。
さらに、マレーシア政府は過去の自由貿易交渉において、「レッドライン」と呼ばれる独自の基準を持っている。「交渉でこれ以上の譲歩はできない。それをするようであれば撤退する」という線引きである。このレッドラインは具体的な項目が40ほどあり、国民にも公開されている。TPP交渉においても、このレッドラインを適用していくという方針が8月に明確になった。
APEC前後の時期に、ナジブ大統領は次のような発言をしている。
「TPPはこれまでマレーシアが結んできたどんな自由貿易協定とも違い、投資や貿易だけにとどまらない範囲をカバーしている。そのうちのいくつかは国の自己決定や主権を脅かす。マレーシアは、TPP交渉で決してイエスマンにはならない。閣議や国会審議を経て参加を決め、国民に説明責任を果たす。内政への自主権、知的財産権、投資家対国家の紛争解決、政府調達、政府系企業、環境、労働など、国家主権に関わる重要なテーマが含まれている。そのために年内妥結ができなくても問題ではない」
ここには明らかに、拙速に形だけの妥結を急ごうとする米国への強烈な批判とけん制が込められている。
もちろん、マレーシアには国内の政治背景として、TPPによってマレー人優遇政策が揺らげば政権の安定も脅かされるという事情がある。マレー系財界からの強い圧力が政府にはかかっているのだ。しかし強調したいのは、この3年半、エイズ患者支援団体や医療団体、NGOなどは政府に粘り強いロビイ活動を行なっており、その成果がいまの政府の姿勢に影響を与えているということだ。その中心人物の一人であり、私たち国際NGOの仲間でもあるマリー・アシュンタ・コランダイさん(東南アジアたばこ規制連合)は語る。
「最初は小さな団体がバラバラに活動していましたが、やがて連携をし、政府への働きかけが広がりました。著名な医師や、厚生大臣も患者の権利や健康が優先されるべきという私たちの主張に賛同して、政府へのプレッシャーをかけ続けたのです」
他国も米国主導の交渉と、極度の秘密裡に進められる交渉そのものに対する抵抗を少しずつ示し始めた。国会議員ですら交渉テキストも見ることができず、また交渉の詳細なプロセスを知ることができないという「異常な協定」に対し、ペルーやチリの国会議員は自国政府に対し情報公開を求める動きを起こしている。
ニュージランドのキャンペーンサイト |
堕ちる米国の「威信」、焦る米国財界
こうした抵抗の中、いま米国は「苦境」に直面している。何としても来年の中間選挙までにTPP妥結を成果としてあげたいオバマ政権だが、事態はそれどころではない。
「政府機能停止で資金がなく更新しない」というUSTRウェブ |
USTRの資金難というのはかねてからささやかれていた。ブルネイ会合後の個別分野ごとの「中間会合」は、交渉の速度を速めるために設定されたもので、10以上の分野が各地で同時多発的に開催されてきた。それらのほとんどは米国にて、いくつかの分野がカナダやメキシコだ。つまり米国にとって最も移動距離が少なくてすむ北米で開催されているのだ。米国は移動コストも人件費も削減できるということになる。
一方、米国財界と政府との足並みも完全に一致しているわけではない。これまでは「年内妥結を急げ」と強烈なロビイ活動を行なってきた多国籍企業だが、「形だけの合意」「スケジュールありきの妥結」では、自分たちの獲得目標が二の次にされるのではないかとの懸念を持っている。つまり妥結を急ぐがために、内容を他国に譲歩してしまうことへの危機感だ。米国財界は当然のことながら、高い自由度の貿易協定を望んでいる。また知財のように米国企業の特許保護を求めている。そこを譲歩しての年内妥結は、結果的に利益にならないのだ。大手医薬品企業の連合体である米国工業薬品協会(Pharma)は、「拙速な交渉の進展ではなく、中身の獲得を優先せよ」との声明をUSTR向けに出している。いってみれば財界の勝手な言い分でもあるのだが、いずれにしても米国内での齟齬は確実に存在する。
9月、USTR前での市民によるアクション |
こうした世界の動きの中で、日本政府そして私たち日本の市民社会はどのような立ち位置にいるのか、また何をすべきなのか。
まず、思うように交渉を先に進められない米国は、推進役を日本に担ってもらいたい意向ではないか、というのが国際NGOの見方だ。簡単に言ってしまえば米国の意思を日本に実行させるということだ。その証拠に、11月の首席交渉官会合は日本で開催される可能性もささやかれている。これはもちろん日本にとって最悪である。そもそも日本政府はこれだけ不利な交渉に遅れて参加しておきながら、攻めるもの・守るものの方針や具体目標を私たちに示していない。関税交渉だけがTPPの内容ではなく、医療や保険、金融など多くの分野において、いったい政府が何を獲得しようとしているのか、まずは明らかにすべきである。(そもそもの参加が公約破りだったということは言うまでもなく、その意味では即時撤退することが原則的には正しい)。
国際市民社会は、日本の市民に期待をしている。「これだけ不利な交渉に遅れて入り、どの国よりも日本の人びとにとってTPPは負の影響を与える。そのことを多くの人が知れば、さらに反対運動は広がり、強くなる」と考えられているのだ。言い換えれば、それだけ私たちにとってTPPは「異常であり危険」ということだ。TPPの年内妥結は、現実的には無理である。まともにやればあと1年以上はかかる交渉を、米国は政治的決着によって妥結しようとしてくるだろう。そのこと自体を阻止し、間違っても日本がそこに加担しないように働きかけなければならない。
2013年7月23日火曜日
これは「交渉」ではない―日本は「何に参加するのか」
7月19日より、マレーシア・コタキナバルに来ている。
第18回TPP交渉会合の現場は、これまでの交渉と同じように、粛々と、秘密裡に交渉が進められ、その進展内容は外側からは見えない。
日本の参加がいよいよ明日23日というタイミングとなった。
2年間、日本のTPP交渉参加に反対してきた者として、言葉では表せない怒りと失望に耐えない。昨日の参院選での自民党圧勝の報せがさらにその思いを強くさせる。
日本でのTPP報道は、やはり偏っている。現地ではデモもあり、国際NGOらはTPPへの懸念を最大限、交渉官にアピールし、「秘密交渉」に対する監視と批判のまなざしを今回も努力して続けている。しかしそれらの声は何も報じられていない(唯一報じたのは私がチェックする限り『日本農業新聞』と『赤旗』のみ)。私たち反対側の力の足りなさは反省してもしすぎることはないのだが、しかしこうしたマスメディアの状況が、これだけ不利なTPP交渉にまい進する自民党政権を許してきた面もある。
昨日、今日も、マスメディアでは「日本がいよいよ交渉参加」「聖域を守れるか」などのニュースにとどまり、日本がいかに不利であるかを明らかにした記事はほとんどない。
改めて言いたいのは、日本が参加するのは「交渉」ではない、ということだ。
すでにTPPの24分野での議論は大きくは終了しており、マレーシア政府の発表によると29章あるうちの14章はテキストの策定も終わっている。もちろんこれからいくつかの分野で交渉は進む。しかし日本はそこで何を「勝ち取る」と設定しているのだろうか。
昨年12月の衆院選にて、自民党はTPP交渉に関する6項目というものを掲げた。すなわち「農産物5品目を守る」「国民皆保険を守る」「食の安全・安心を守る」「国の主権を脅かすISD条項は認めない」等である。これらはすべて「守る」ことを宣言したにすぎず、「●●を勝ち取る」という宣言ではない。私たち反対運動をする側は、「TPPパラノイア(恐怖症)」と、「TPPによる不安を過剰に喧伝する集団」として『NEWS WEEK』(日本版)に紹介されたことがある。しかし、「TPPパラノイア」と呼ばれてしかるべきは、「守る、守る」としか言えない日本政府そのものの姿ではないのか。
本来、自立した主権国家同士による「交渉」とは、まず交渉において勝ち取りたい内容・目標があり、それを勝ち取るために何らかの譲歩や妥協が必要な場合、「これを差し出すか」というカードを懐に用意して臨むものだ。しかし、100人規模の大所帯の交渉チームを準備し、見かけだけは立派に仕立てあげた日本政府にとっての「勝ち取りたい内容・目標」とは何か。少なくとも政府はそれを国民に指し示す責任と義務があるのだが、この2年間、一度たりとも表明していないではないか。
なぜか。
答えは簡単だ。勝ち取れるものはないことが、政府もすでにわかっているからだ。にもかかわらず、「交渉国になること」が目的化している日本政府の姿は、他国の交渉官やNGOなどのステークホルダーにとってみれば、奇妙極まりない。交渉会合に参加して3回目となるが、毎回、私は他国の交渉官やNGO、業界団体にこう問われる。
「日本は交渉で何を勝ち取りたいのか?」と。これが「交渉」に臨む際のまともな感覚というものだろう。
いま、日本の報道は一生懸命に「日本が交渉に参加する」「遅れを取り戻す」と伝える。しかし、改めて確認したい。日本が参加するのは、「交渉」ではない。すでに決められたルールに従うだけの「形式」であり、最大の獲得目標は「守ること」、つまりゼロベースの地点であるという、大変におかしな目標設定しかないということだ。交渉参加ではなくむしろ事実上の「全面降伏」といった方が実態に伴っている。
もちろん、こうした状況を放置しておくことはできない。私たちは改めて、参加撤回や批准阻止、そしてTPP交渉そのものへの関与とチェック、批判を続けていく必要があることは言うまでもない。
もちろん、こうした状況を放置しておくことはできない。私たちは改めて、参加撤回や批准阻止、そしてTPP交渉そのものへの関与とチェック、批判を続けていく必要があることは言うまでもない。
交渉の進展や具体的な分野の課題については別途触れたいと思う。
2013年7月19日金曜日
TPP交渉会合にて、国際NGOのメディアカンファレンスを開催!(7月20日)
現在、TPP交渉会合が行なわれているマレーシア・コタキナバルに来ています。前回同様、国際NGOメンバーの一員として、明日(20日)のステークホルダー会合にも参加します。
日本のメディアも今日あたりから続々と現地入りしているようで、会場のホテルのロビーにいるとカメラを持ったクルーに出会ったり、声をかけられます。国際NGOメンバーの中には、「日本のメディアは交渉官には何も聞けないので、暇なんじゃないのか?」と聞いてくる人も・・・(苦笑)。
さて今回は、日本の参加が秒読みに入っているということで、大きな取り組みを行ないます。
国際NGOとして、日本はもちろん他国のメディアに向けての発信の場を設定しました。テーマも「日本の参加問題」と「知的財産分野と人々の健康・権利」に絞りました。
きっかけは、前日本医師会会長の原中勝征さんがステークホルダー会合に参加されるということでした。私と同様、米国の団体のメンバーとして参加されるのですが、拙速に進められてきた日本のTPP交渉参加に対し、原中さんは医師会会長時代から強い懸念を表明され、現在は「TPPを考える国民会議」の代表として精力的に活動されています。
一方、今回のマレーシア会合では、知的財産が重要な交渉テーマとなっており、エイズの患者支援団体や、公衆衛生に関わる団体、知財全般に取り組む団体、インターネットの権利問題にかかわる団体などが多く来ています。これらの皆さんの経験や視点、TPPによってもたらされる危険に関して、ぜひ共同して取り組んでいくためにも、今回の場はとても重要な意味があります。今回は「TPPを考える国民会議」とPARCの共同という形で設定をいたしました。
こちらに来ているメディアにはすでにお知らせを出しました。ぜひ、日本国内に国際NGOの多様な取り組みや、日本が参加した後に交渉はどのように展開していくのか、などについて伝えてほしいと思っています。日本にいる皆さんには、明日のカンファレンスが報道されているか、ぜひチェックをしてください。私からもご報告をお送りしたいと思います。
以下、本日現地から出したプレスリリースです。英文のままで申し訳ありません。
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Media Release
Invitation to the independent conference by International NGOs on the topic of
Japan's Participation to the TPP negotioation and
The Intellectual Property (IP) & people’s rights and health
Dear colleagues and friends, Media
July 18, 2013 The Citizen’s Congress for Opposing the TPP is an non-governmental , non-partisan organization established in 2012 at the time of APEC Meeting in Yokohama, composed by more than one hundred members of parliament ( both ruling and opposition parties) , researchers and scholars working in the fields of agriculture, health, medicine , food safety and intellectual property.
We have been criticizing the concept and design of TPP per se besides opposing to the participation of Japan to this hegemonic system disguising the expansion of Free Trade regime.
We are apprehensive that TPP might undermine our fundamental social value system and industrial structure in addition to the direct impacts on the agricultural sector and to medical services.
Although Prime Minister Shinzo ABE declared that Japan will participate in the TPP negotiations and that will be approved on July 23 at the Kota Kinabalu conference , there are growing oppositions in Japan , by the Diet (Congress) members (both ruling and opposition parties), Governors of Local Authorities, scholars , researchers, NGOs and citizens.
As for TPP negotiation itself, “Intellectual Property(IP)” in most important issues at this round, and it is strongly related to people’s rights and health. We are collaborating with International NGOs who had been advocating on the IP issued for a long time.
We would like to invite colleagues ,friends and journalists to our independent press conference to exchange information on the contents and the results of the negotiation which are kept secret even at this stage, and to discuss the future of TPP negotiation after the participation of Japan.
We look forward to seeing you at our media Conference.
*Date: Saturday, 20th July
*Time: 16:30-18:00
*Venue:Theater Room , Level 2, Marina & Country Club
5 minutes from Magellan Sutera Resort by walk
*Speakers:
1. Katsumasa HARANAKA
(Chairman, Citizen’s Conference Opposing TPP / Former Chairman,
Medical Association of Japan)
2. Burcu Kilic (Public Citizen)
3. Fifa Rahman( LLB (Hons), MHLPolicy Manager, Malaysian AIDS Council ) 4. Lim Ching Wei( Breast Cancer Welfare Association Malaysia ) 5. Deborah Gleeson( Public Health Association of Australia, Lecturer School of Public Health and Human Biosciences ) 6. Mary Assunta ( Southeast Asia Tobacco Control Alliance )
*Modelator: Shoko Uchida ,Public Citizen/Pacific Asia Resource Center
*Organiser: The Citizen’s Congress for Opposing the TPP/Pacific Asia Resource Center(PARC)
2-14-13 Hirakawa-cho, Chiyoda-ku, Tokyo, JAPAN 102-0093
Phone: +81-3-5211-6880, Fax:+81-3-5211-6886 e-mail: [email protected]
Mobile; +81-90-7192-7448(Shoko Uchida)
日本のメディアも今日あたりから続々と現地入りしているようで、会場のホテルのロビーにいるとカメラを持ったクルーに出会ったり、声をかけられます。国際NGOメンバーの中には、「日本のメディアは交渉官には何も聞けないので、暇なんじゃないのか?」と聞いてくる人も・・・(苦笑)。
さて今回は、日本の参加が秒読みに入っているということで、大きな取り組みを行ないます。
国際NGOとして、日本はもちろん他国のメディアに向けての発信の場を設定しました。テーマも「日本の参加問題」と「知的財産分野と人々の健康・権利」に絞りました。
きっかけは、前日本医師会会長の原中勝征さんがステークホルダー会合に参加されるということでした。私と同様、米国の団体のメンバーとして参加されるのですが、拙速に進められてきた日本のTPP交渉参加に対し、原中さんは医師会会長時代から強い懸念を表明され、現在は「TPPを考える国民会議」の代表として精力的に活動されています。
一方、今回のマレーシア会合では、知的財産が重要な交渉テーマとなっており、エイズの患者支援団体や、公衆衛生に関わる団体、知財全般に取り組む団体、インターネットの権利問題にかかわる団体などが多く来ています。これらの皆さんの経験や視点、TPPによってもたらされる危険に関して、ぜひ共同して取り組んでいくためにも、今回の場はとても重要な意味があります。今回は「TPPを考える国民会議」とPARCの共同という形で設定をいたしました。
こちらに来ているメディアにはすでにお知らせを出しました。ぜひ、日本国内に国際NGOの多様な取り組みや、日本が参加した後に交渉はどのように展開していくのか、などについて伝えてほしいと思っています。日本にいる皆さんには、明日のカンファレンスが報道されているか、ぜひチェックをしてください。私からもご報告をお送りしたいと思います。
以下、本日現地から出したプレスリリースです。英文のままで申し訳ありません。
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Media Release
Invitation to the independent conference by International NGOs on the topic of
Japan's Participation to the TPP negotioation and
The Intellectual Property (IP) & people’s rights and health
Dear colleagues and friends, Media
July 18, 2013 The Citizen’s Congress for Opposing the TPP is an non-governmental , non-partisan organization established in 2012 at the time of APEC Meeting in Yokohama, composed by more than one hundred members of parliament ( both ruling and opposition parties) , researchers and scholars working in the fields of agriculture, health, medicine , food safety and intellectual property.
We have been criticizing the concept and design of TPP per se besides opposing to the participation of Japan to this hegemonic system disguising the expansion of Free Trade regime.
We are apprehensive that TPP might undermine our fundamental social value system and industrial structure in addition to the direct impacts on the agricultural sector and to medical services.
Although Prime Minister Shinzo ABE declared that Japan will participate in the TPP negotiations and that will be approved on July 23 at the Kota Kinabalu conference , there are growing oppositions in Japan , by the Diet (Congress) members (both ruling and opposition parties), Governors of Local Authorities, scholars , researchers, NGOs and citizens.
As for TPP negotiation itself, “Intellectual Property(IP)” in most important issues at this round, and it is strongly related to people’s rights and health. We are collaborating with International NGOs who had been advocating on the IP issued for a long time.
We would like to invite colleagues ,friends and journalists to our independent press conference to exchange information on the contents and the results of the negotiation which are kept secret even at this stage, and to discuss the future of TPP negotiation after the participation of Japan.
We look forward to seeing you at our media Conference.
*Date: Saturday, 20th July
*Time: 16:30-18:00
*Venue:Theater Room , Level 2, Marina & Country Club
5 minutes from Magellan Sutera Resort by walk
*Speakers:
1. Katsumasa HARANAKA
(Chairman, Citizen’s Conference Opposing TPP / Former Chairman,
Medical Association of Japan)
2. Burcu Kilic (Public Citizen)
3. Fifa Rahman( LLB (Hons), MHLPolicy Manager, Malaysian AIDS Council ) 4. Lim Ching Wei( Breast Cancer Welfare Association Malaysia ) 5. Deborah Gleeson( Public Health Association of Australia, Lecturer School of Public Health and Human Biosciences ) 6. Mary Assunta ( Southeast Asia Tobacco Control Alliance )
*Modelator: Shoko Uchida ,Public Citizen/Pacific Asia Resource Center
*Organiser: The Citizen’s Congress for Opposing the TPP/Pacific Asia Resource Center(PARC)
2-14-13 Hirakawa-cho, Chiyoda-ku, Tokyo, JAPAN 102-0093
Phone: +81-3-5211-6880, Fax:+81-3-5211-6886 e-mail: [email protected]
Mobile; +81-90-7192-7448(Shoko Uchida)
2013年7月15日月曜日
いよいよ第18回TPP交渉が開始 ―焦点は「知財」など懸案分野か
2013年7月15日、マレーシアのボルネオ島コタキナバルにて第18回TPP交渉会合が始まった(~25日まで)。
私は3月シンガポール、5月ペルーに続き、今回も国際NGOの一員としてステークホルダー登録をし、19日~24日まで現地入りする。
現地からもできるだけ情報やさまざまな動き(特に日本の参加に関して)は発信するが、まずは速報として、20日に行なわれるステークホルダー会合について。
議長国であるマレーシアの担当局から、ステークホルダー会合にてプレゼンテーションを行なう団体・企業のプログラムが届いた。写真はそのリストである。日本のマスメディアも同じものをすでに入手しているが、おそらくその個別内容が詳細に報道されることはないだろう。その意味では本邦初公開の大速報である。ぜひ見ていただきたい。
7月20日開催のステークホルダー会合でのプレゼンリスト |
ステークホルダー会合というのは毎回の交渉にて行なわれる。TPP交渉参加国(現在は11ヶ国で日本はまだ含まれていない)のステークホルダー(=利害関係者)は事前に参加登録をすることができるしくみになっている。ステークホルダーとは本来は社会に存在するさまざまな業界、企業、市民団体、NGO、労働組合などの総体を示す。しかし、TPP交渉の現場においては、圧倒的に企業や企業連合の割合が高い。このことはすでにいろいろなところでも述べてきたが、毎回平均して約100のステークホルダーが登録をし、約200~300名が参加をしている(1団体複数の人間を登録する場合もあるので)。そのうちの8割が企業であり、私たちNGOや労働組合などの市民社会を背景として参加するのは2割と少ない。
ステークホルダーとして登録すると、TPP交渉会合が行なわれる約10日間のうち1日だけ設定されている「ステークホルダー会合」と呼ばれる日に参加資格を得る。ステークホルダー会合とは、端的にいえば「各国の交渉官とステークホルダーの出会いと交流の場」である。これもすでに述べてきたが、企業にとっては「商談」を進める場であり、私たちNGOにとってはTPP交渉の中で懸念される環境破壊や人権侵害、企業の営利追求による弊害、貧困層への悪影響などを何とか交渉官にアピールする場である。つまりステークホルダーによってその目的と位置付け、主張する内容は驚くほどに異なるのだ。
この会合の日に、希望するステークホルダーには、自らの主張を訴えるプレゼンテーションの機会を得ることもできる。1団体・企業につき15分と短い時間であるが、与えられた時間は自由に使ってプレゼンテーションをすることができる。もちろん各国の交渉官に対するプレゼンテーションであり、それ自体がその後の関係をつくるきっかけにもなり得る。全ステークホルダーのうちプレゼンテーションを行なうのは半分程度である。シンガポール交渉では約60団体が、ペルーでは約45団体がプレゼンテーションを行った。
さて今回のマレーシアではどうか。
まず、登録ステークホルダーの総数は「180」と発表されている。これは団体数ではなくおそらく「登録者数」だと思われる。また先に述べたプレゼンテーションを行なう団体・企業は約30である。つまりマレーシア交渉会合は過去2回の交渉と比べ、前提のステークホルダーの数も少ないし、伴ってプレゼンテーションを行なう数も少ない。全体的にサイズダウンといったところだろうか。
今回の交渉会合では、これまで懸案だった「知財分野」の交渉が進むといわれている。TPPを早期に妥結したい米国にとって、この知財分野はまさに「アキレス腱」だ。医薬品の特許や映画やキャラクター等のコンテンツ産業の知財保護は、米国あげての「獲得目標」の一つであるが、しかし他国も譲らない。特に今回の開催地であるマレーシアでは、企業の知財保護が強化されてしまえばエイズ患者が安価なジェネリック医薬品にアクセスできなくなるという深刻な問題を抱えている。NGOや患者支援団体はもちろん、マレーシア政府もはっきりと「企業の知財保護には反対」との態度を表明してきている。
この問題が決着すること、つまり何らかの妥協によって落としどころが見いだせることが、TPP交渉を一歩前に進める大きな要因になっているのだ。
こうした背景もあり、今回はプレゼンテーションのラインナップを見ても、圧倒的に知財関係のイシューを扱う団体・企業が多い。しかも通常であれば企業・業界団体の方が多いのだが、今回は総数も少ないこともあり、NGOのプレゼンテーションの比率が大変に高い。つまり「企業の知財保護には懸念あるいは反対」を表明するプレゼンテーションの割合が驚くほどに高いのだ(これ自体はいいことだが)。
以下が国際NGOの仲間たちが行なうプレゼンテーションとその大まかなテーマである。
●オーストラリア公衆衛生協会&La
Trobe大学
「TPPにおいてアルコールの危険を警告する商品ラベルを守るために―TBT分野との関連で」
●マレーシアエイズ会議等
「エイズ患者にとってのTPPの脅威」
●東南アジアたばこ規制連合
「たばこ規制とTPP問題」
●WWFマレーシア
「知財分野における、生物多様性を守るための例外規定について」
●アジアインターネット連合
「デジタル時代の貿易について」
一方、これらの主張と対立をする企業・主要なプレゼンは下記である。
●米国緊急貿易協会(ECAT)
→TPP交渉を熱烈に進める企業連合
●米国工業薬品研究協会(PHRMA)
→米国の主要な医薬品会社が加盟する業界団体
●モーション・ピクチャー・アソシエーション
→コンテンツ産業の利害(企業側の知財保護)を主張
●インテル社
●GE社&米国―アセアンビジネスセンター
今回はプレゼンの総数も少ないので、これら双方がどのような主張をするのかじっくりと見てきたいと思う。詳細はできるだけまとめて現地から発信します。
2013年6月29日土曜日
日本政府によるTPP交渉官(各分野)の発表内容
日本政府は本日、TPP交渉参加を前提に、すでに決まっていた首 席交渉官のもとに、各分野の交渉官を発表した。マスメディアでは 首席交渉官代理の大江氏の名前は発表されていますが、各交渉官の 氏名までは報道されていないようですが私は独自ルートで詳細入手 しました。たぶんどこよりも早いリーク情報だと思います(間違い や後の修正があればすぐいたしますが、現時点でのご参考に)。
首席交渉官 鶴岡公二(外務審議官)
首席交渉官代理 大江博(外務)
以下、交渉官(7月1日発令)
・上原研也(外務)は「協力と分野横断的事項」
・牛草哲朗(農水)は「環境」
・大塚和也(外務)は「競争政策」
・加藤淳(外務)は「制度的事項と紛争解決」
・金森敬(財務)は「貿易円滑化」
・黒田淳一郎(経産)は「TBT」
・杉原大作(外務)は「投資」
・田公和幸(外務)は「政府調達」
・辻山弥生(農水)は「SPS」
・原田浩一(厚労)は「労働」
・林禎二(外務)は「物品の市場アクセス」
・樋口恵一(外務)は「原産地規則」
・彦田尚毅(外務)は「知的財産」
・菱田光洋(総務)は「電気通信」
・股野元貞(外務)は「越境サービスと一時的入国」
・水野政義(農水)は「物品の農業の市場アクセス」
・吉澤隆(経産)は「電子商取引」
・渡部康人(金融庁)は「金融サービス」
・あと1人は経産省で人選中で「鉱業の市場アクセス」
首席交渉官 鶴岡公二(外務審議官)
首席交渉官代理 大江博(外務)
以下、交渉官(7月1日発令)
・上原研也(外務)は「協力と分野横断的事項」
・牛草哲朗(農水)は「環境」
・大塚和也(外務)は「競争政策」
・加藤淳(外務)は「制度的事項と紛争解決」
・金森敬(財務)は「貿易円滑化」
・黒田淳一郎(経産)は「TBT」
・杉原大作(外務)は「投資」
・田公和幸(外務)は「政府調達」
・辻山弥生(農水)は「SPS」
・原田浩一(厚労)は「労働」
・林禎二(外務)は「物品の市場アクセス」
・樋口恵一(外務)は「原産地規則」
・彦田尚毅(外務)は「知的財産」
・菱田光洋(総務)は「電気通信」
・股野元貞(外務)は「越境サービスと一時的入国」
・水野政義(農水)は「物品の農業の市場アクセス」
・吉澤隆(経産)は「電子商取引」
・渡部康人(金融庁)は「金融サービス」
・あと1人は経産省で人選中で「鉱業の市場アクセス」
2013年6月12日水曜日
米国企業による日本へのすさまじい要求―TPP米国パブリックコメントを読み解く①
米国政府は5月7日~6月9日の間、来たるべき日本のTPP交渉参加に向けて、米国内向けのパブリックコメント(意見募集)を行なった。設定された問いは「日本のTPP参加について」そのものである。9日の締切前から、寄せられたコメントは少しずつ公表されてきたが、締め切り直後の時点で確認できたのは64件。業界別に見れば農業・食品関連業界が多かった。
私はここに寄せられた各企業や業界団体からのコメント、つまり「日本に対する要求」を読み、身の毛がよだつ思いがした。ここまで要求するか、といわんばかりの内容がズラリと並んでいるからだ。その中には、日本が長年積み上げ構築してきた独自基準や制度、また文化・社会的背景に裏打ちされているものも含まれる。消費者運動や住民運動の努力によって勝ち取ってきた内容もある。しかし米国企業は、「そんなものは自分たち企業・業界団体の利潤獲得のためには無意味であり『障壁』であり、有害だ」と主張しているのだ。これほどに屈辱的なことがあるだろうか。
もちろんこのような要求自体は、今に始まったことではない。だがこれまでと異なるのは、明らかに、日本のTPP交渉参加は「秒読み段階」に入ってしまったという点だ。日本市場を狙う企業の「意欲」もますますヒートアップしているように思えてならない。まさに「今まで離れていた獲物が、今はもう眼の前にいる」という状態なのだ。
★日本の「聖域」などは関係ない 相次ぐ関税撤廃要求
まず、米国の主要農産物・食品輸出業界団体の要求内容をピックアップする。
●米国食肉輸出協会:関税撤廃
●全米豚肉生産者協会:差額関税制度の廃止●全国生乳生産者連盟・米国乳製品輸出協議会:チーズなど乳製品の関税撤廃、食品添加物の認証手続きの迅速化、他国で使用されているが日本は認めていない添加物の使用拡大
●米国ジャガイモ貿易同盟:残留農薬基準の認証手続きの迅速化
豚肉、乳製品は日本政府が「聖域5品目」として掲げた産品である。しかし米国の輸出業界にとってはそのような「聖域」などはまったく関係ない。徹底的な関税撤廃をひたすらに要求していることがわかる。
また日本の「安全・安心な食」を支える重要な基準・制度である食品添加物の規制や、残留農薬基準もやり玉に挙げている。それらをすべて取っ払って、米国産の農産品を輸入しろ、と言っているのだ。これらは関税そのものではなく、いわゆる「非関税障壁」の部分にあたるが、当然、今後進められるであろう大問題の「日米並行協議」におけるテーマに挙げることが前提とされていると見られる。
★食糧メジャー・カーギルの主張
農業・食品分野での個別企業では、カーギルもコメントを寄せている。
同社は、まず日本が2月の日米共同宣言にて、日本が「すべての品目を交渉テーブルに乗せると約束したこと」、「包括的でハイレベルの合意を達成するために参加すること」をわざわざ明記した上で、「日本のTPP参加を歓迎する」としている。また長年の課題であった「日本の非関税障壁」問題も解決させるという趣旨も書かれている。
同社にとって、日本の参加は、日本の市場進出だけにとどまらず、「アジア太平洋地域への自社生産物・製品のさらなる展開のステップ」として位置づけられている。同社はすでに66か国で142万人の社員を雇用し、130か国以上に農産品や原材料、サービスなどを提供しており、TPP参加国のオーストラリア、ペルー、シンガポール、ベトナム、マレーシア、カナダ、メキシコ、そして日本とほとんどの国へ投資を行なっている巨大な多国籍企業である。
「日本は長らく、世界でも最も閉鎖的な市場であったが、TPPによって開放される。それは日本の農業セクターの国際市場における競争力を高めることになる。それによって日本の農業セクターはより『市場主義的な農業』へとシフトすることができ、包括的で持続的な経済成長への道となる」。
当然、同社は日本の関税を攻撃している。また関連する事項として、SPS(植物検疫)やTBT(貿易の技術的障害)についてもTPP交渉の中で解決しなければならない、という。特に食品に関する「非科学的な根拠に基づく規制・基準」はなくせ、との主張は重大だ。各国で定めている基準が不一致であれば輸出入に時間もかかり、コストも生じる。だからいわゆる「内外規制の一致」をはかれ、と言っているのである。この主張を米国基準のまま日本に導入したとしたら、食品表示や添加物、残留農薬基準など、日本が長らく構築してきた国内基準やルールがすべて消失させられてしまう。
同社は、日本の参加は「自社の利益、米国経済の発展に貢献する」と、臆面もなく展開する。しかもそれが日本はもちろんアジア太平洋地域での食糧の安全保障に有効であるとまでいうのだから、言葉も出てこない。
★米国最大級の外食チェーン「ヤム!」社の主張
「ヤム!インターナショナル」は、ケンタッキー・フライドチキン、ピザハット、タコベルを傘下に持つ全米最大級の外食チェーン持株会社だ。私はつい先日、ツイッターで、米国のパブコメに寄せられた意見のうち、「ヤム!インターナショナル」社の例を発信した。ここでも改めて紹介したい。
同社はすでに日本に約1500店舗を有しているが、今回のパブコメで挙げた日本の加工食品貿易の「障壁」を除去すれば日本の店舗を「大きく拡張できる」と主張している。
ではヤム!社がいう日本の「障壁」とは何か。生チーズ、加工チーズ、細切りモッツァレラチーズ、繊維状チーズおよびその他の加工チーズの関税が「高い」という。「チーズはピザの生産コストの大きな比率をなし同社と顧客にとり重大なコストになっている」から、関税を撤廃しろと。
チーズだけでない。冷凍未加工部分鶏肉、未加工冷凍鶏もも肉、その他部分肉、冷凍ポテトフライ、調理済スイートコーンも「日本の関税は高いから撤廃せよ」。これらの関税が撤廃されれば米国生産者からヤム!社日本レストランへの製品輸出は数千万ドル増えると、同社は見積もっている。
さらにヤム!社の要求は関税撤廃にとどまらない。「日本に、月齢その他の制限なしにあらゆる米国産牛肉の輸入を認めるようさらに圧力をかけるよう要請する」、「日本には食品添加物について『不透明な規制』があり出荷を遅らせている」等々。とにかく「米国生産車・業界・企業がいかにビジネス拡大できるか」が徹底的に述べられている。
このように凌辱的で、倒錯した主張があるのだろうか、とつくづく疑問と怒りを感じる。
チーズや冷凍ポテトフライ、鶏肉、調理済スィートコーンの日本の関税が撤廃されてもケンタッキーフライドチキンやピザハットの値段は1円も安くならないし、従業員の賃金は1円も上がらないだろう。関税撤廃分で生じた仕入れコスト減少は全て米国企業の利益となるのだから。
日本のTPP参加は、すなわち日本農業の破壊を意味する。ごく一部の高付加価値・輸出型農業は生き残り利潤を上げるかもしれないが、しかしそれは国家の食糧主権を守り国内の人びとの胃袋を満たす本来の「農業」ではない。しかも日本の農業を破壊する主体はまさにカーギルのような食物メジャーそのものである。カーギルはじめ米国企業は徹底的に日本に安い農産品を売りつけながら、日本の農業を破壊しながら、「TPPで日本の農業は国際競争力をつけられる」というのだ。そもそも、日本の農業が国際的に競争力をつけた場合に、困るのは米国企業自身ではないのか。
とにかく、米国企業にとっては「日本の市場でモノを売ること」が重要であり理屈はどうでもよい、と理解するしかない。
まさにTPP交渉参加が秒読みといわれる現在、日本は相変わらず要求されるだけで、何かを要求することなどできていない。私はもちろん日本のTPP交渉参加そしてTPP協定自体に反対であるが、このすさまじい米国企業の要求を前に、日本政府はどのような方針で、具体的に何を獲得するために交渉に臨もうとしているのか。少なくとも、ここで紹介した企業が具体的に要求しているようなレベルと同等の要求を日本が他国(特に米国)にしているのであれば、まだ「交渉」の体をなす可能性もある。しかし政府や日本の大企業、推進派からは、「TPPで勝ち取るもの」の具体的項目と試算は出てこない。仮に「TPPで経済成長」というのならせめてこれと同等の数値を出すのが筋だろうと改めて思う。
私はいま、TPPを知り、語る上で必要なのは、「事実」をできるだけ多くの人の目にさらすことだと考えている。極度の秘密性を持つTPP交渉の本当の姿を、私を含め誰も知らない。条文テキストは政府も読んでいないのだ。だからこそ、誰が、何を、どのような目的を持って実際に語っているのか、小さな「事実」であっても、そこから本質が見えてくることも多い。今回紹介した米国のパブコメも、そうした「事実」の一つである。米国企業のすさまじい要求と、むき出しの利潤追求の姿を見て、「それでもTPPに入りたい」と思えるだろうか。メディアの方にもぜひこうした「事実」の報道を粘り強くやっていただきたいと切に願う。
今回は米国のパブリックコメント結果から、主に農業・食品産業分野について紹介したが、引き続き保険や自動車業界、流通などの分野での米国企業・業界団体の「要求」を随時紹介していきたい。
2013年5月30日木曜日
リマ会合では何が決まったのか、何が決まらなかったのか―やはり危険な日本の参加
5月24日、ペルーの首都・リマでの第17回TPP交渉会合が終わった。
私自身は、シンガポール交渉会合と同様、米国NGOパブリック・シチズンのメンバーとしてステークホルダーに登録し、5月17日~23日まで現地に滞在した。
TPPに関心を持つ多くの日本の人たちや日本のメディア、そして何よりも日本政府や財界にとって最も注目されたのが、「次回会議日程」と「日本がどれだけ参加可能か」だっただろう。すでに交渉最終日の記者会見で発表されたとおり、「7月15日~25日、マレーシアにて」である。日本の参加は、米国議会承認を得られる最短の23日ないしは24日からの2,3日ということになる。
前回のブログで書いたとおり、日本政府はこの間、一日でも長く交渉参加できるよう、熱烈なラブコールを各国政府に送ってきた。しかし、現地で私が情報収集した限り、交渉官たちはその要望にまともに応えようとしてはいなかった。もちろん「日本が参加すること」は全体として歓迎しているというニュアンスだったが、すでに内々で決まっていた日程を大幅にずらしたり、また会期を延長してまで日本の側に立つ義理も温情もない、という印象だ。要は「日本には7月の交渉参加という形式は与えるが、実質的には9月に来ればよい」ということなのだ。
私は当初、「それでは9月に日本が、すでに多くが決まっている交渉内容にただサインをするだけではないか」と感じた。しかし3月以降からの交渉自体の進展を見ていると、またペルーで交渉官やNGOの仲間たちと情報交換を進めているうちに、必ずしもそのようなシナリオが成立するわけではない、と思い至るようになった。
交渉会場の超高級ホテル、マリオット(リマ) |
日本では、マスメディアはもちろん、反対運動にかかわる人たちの間でも、「TPP交渉自体がどうなっているのか」ということへの把握と分析がまだ弱いように思う。もちろん日本はまだ交渉に参加しておらず、またそもそもTPP交渉自体が秘密である。さらにいえば言語の問題もあり(膨大な英文の情報を読むこと自体相当時間もかかる)、仕方ない面もある。しかし交渉の流れ自体を読み解いていかなければ、反対運動もロビイングも、ましてや自国・他国の交渉官に市民社会の声を十分に伝えていくことも難しい。
★交渉はどこまで進んだのか?
さて、リマ会合での進展について。
3月に開催された第16回シンガポール交渉を受けて、USTRは以下の4つの分野についてはテキストの確定というレベルまで作業が進んだと発表した。
*制度間整合性(制度的事項)regulatory
coherence
*税関(貿易円滑化)
*協力(開発)development
*電気通信サービス
各種の情報によると、リマでは、これに加えて以下の分野にそれなりの進展があったと思われる。少なくとも大枠合意、分野によってはテキストの作業も完了という意味である。
*投資
*越境サービス貿易
*電子商取引
*金融サービス
この状況を、「ここまで進んだのか」と見るのか、「まだここまでしか進んでいないのか」と見るのか。私を含む国際NGOチームの見解は、後者である。TPPには24の分野がある。仮に上記がテキストレベルまで完成していたとしても、まだたったの8分野。3分の1である。しかも、上記のような形で「作業化」できる分野というのは、全分野のうち比較的「もめていない」分野である。
一方、TPPの24分野の中には、実はもう歩み寄りが不能というほど深刻な遅滞をもたらしている分野がいくつかある。まずは「知的財産」だ。米国が1年以上も前に素案を出したとたん、それがあまりにも米国と大企業に都合のいい内容だったために、ほぼすべての他国が一致して交渉を拒否したという経緯がある。もし本当に10月妥結を目指すのであれば、知財分野における合意は不可欠だ。そのこともあってペルーでは知財分野の交渉に最大の9日間が割かれていた。しかし、終了した時点で大きな進展はなかったといわれている。知的財産には医薬品の特許問題から、インターネット上の表現と著作権問題、各種のコンテンツの権利など幅広いテーマが含まれている。もちろん米国は製薬会社やコンテンツ産業などの圧力も受けていて、企業側の知的財産権を最大限に保護したいと思い続けているのだが、それは他国(例えばエイズ患者を多く抱えるマレーシアやベトナム)にとっては受け入れ不可能である。米国対他国という対立は深刻なまま残っている。
他にも、「懸案の分野」として、国有企業の問題、環境、繊維・衣料、そして農業分野における米国との個別交渉などがある。結局、これらは解決されずにリマ会合は終了した。
NGOの間では、「もし本気で10月妥結を目指しているのであれば、今回のペルーでは相当に本腰を入れ交渉が繰り広げられるはずだった。しかし実際には、予想していたほどの切迫感も緊張感も交渉官からは伝わらず、いささか驚いた」という意見が比較的多い。確かに、感覚的なものも含めて、私自身もそう感じた。
★10月妥結はあり得るのか?
では本当に10月の妥結というのはあり得る話なのだろうか。現地の交渉官や各国の業界団体、そしてNGOなどの声をまとめると「無理だろう」という意見が多かった。会期中、一日だけ持たれる「ステークホルダー会議」では、各国の首席交渉官が広い部屋にズラリと並んで座り、それに私たちステークホルダー約200名が、何でも質問していい時間帯がある。200名のステークホルダーに対する会見というイメージだ。
ここで国際NGOたちは次々と質問をする。私自身は、このスケジュール問題について聞いてみた。「交渉はまだ10月妥結を目指しているのか」「もしそうならば、おそらく技術的な作業で済む分野と、政治的なレベルで解決しなければいけないものの2つに分かれるのではないか」「10月の時点でそれらの合意も達成できていなければ、どのような発表を行なうのか、またその後のプロセスはどうなるのか」という趣旨である。
答えは、もちろん「公式見解」だ。「当然10月を目標にしている。遅くても年内だ」と答えたし、その他の質問についてもとても抽象的な回答しかない。しかし会見後に何人かのステークホルダーと話したのは、「交渉官はこの交渉から、『10月を目指す』といいながら、『遅くとも年内』というような補足を言い出した。会見の場面だけでなく、その他の場面でも同じ。これは交渉が遅滞していることを物語っている」ということだ。確かにそうだと思う。そんなムードを感じ取ったのか、ステークホルダー会議の翌日には、参加各国の財界・ビジネスグループが交渉官に対して、「一刻も早く交渉を妥結するように」という強い要請文を提起した。TPPで旨味を得られる財界にとっては、延々と交渉が長引くことは大きなデメリットだからである。
実際に、TPP交渉自体はすでに始めてから3年間が経過している。2~3カ月に一度、参加国の交渉官は太平洋に面する国々を行き来している。当然、時間もコストもかかる。そこまでのことをしてもまだ決まらない交渉に、シンガポールなどは「これ以上長引けば続けていくのも難しくなる」との声をあげているという。
しかしだからといって、交渉がすぐに反故になるかといえばそんなことはない。特に米国にとっては、ここでTPPが頓挫しようものなら、貿易だけでなく安全保障の面からも、対中国戦略という意味からも、すべてのプランが水泡に帰してしまう。そんなことを決して許すわけはない。そうなれば、私たちが警戒しなければならないのは、何としてでもTPPを早期にまとめたい米国などが、通常の交渉以外にもあらゆる手を使って交渉の中身をまとめ上げていくことだ。例えば、先に挙げたいわゆる「懸案イシュー」については、業界からの圧力も強まり、他国に対して政治レベルの決着をはかってくるかもしれない。また日本の参加に関しても、問題の「並行協議」も使いながら、とにかく米国にとって不利益なないようにと(もう十分に譲歩しまくっている内容を勝ち取っているのに!)、自動車分野やあらゆる非関税障壁について迫ってくることもあるだろう。
★年内妥結と「日本からの最大限の譲歩」の両方をめざす米国
そして、実はもう一つ、米国を中心とする参加国が、交渉をスムーズに進めようと考えている重要な動きがある。
リマ会合が終了した5月24日、USTRはいつものように交渉の進展結果についてのプレスリリースを発表した。このプレスリリースの全文および仮訳は、私も加わる「政府と市民の意見交換会」に各種情報リソースとして掲載されているのでそちらを参照されたい(リンクは⇒こちら)。
まずこの発表自体は、現場に足を運んだり日々情報を収集している私たちからすれば、「大本営発表」そのものである。タイトルは「TPP交渉は力強く前進し続けている(Trans-Pacific Partnership
Negotiations Maintain Strong Momentum)」とある。先述の私たちの分析とは真逆の評価である。個別分野の進展についても、「交渉担当者達は、(TPP)協定全般にわたる前進をつくりだした。複数のサービス分野、政府調達、SPS基準、貿易救済、労働、紛争解決といった各分野の交渉グループは、著しい作業の前進をつくりだした。また、これ以外の分野でも、TBT、電子商取引、原産地規則、投資、金融サービス、知的財産、透明性、競争、環境の各分野では、テキストレベルの作業を成功裏に前進させることができた。とりわけ知的財産・競争・環境は課題の多い分野であったが、交渉担当者達は実りある議論をおこない、次のステップに向けて作業を継続することを合意した」とある。これも、我々の評価とは大きく異なる。
さらに、「工業製品、農産品、繊維・衣料品、サービス・投資、政府調達のアクセスを約束する包括的なパッケージをまとめる作業でも、さらなる前進がつくりだされた。関税のパッケージと原産地規則のルールづくりにおいても前進があった」とまで書かれると、唖然としてしまう。このプレスリリースは、「ほぼすべての分野が大きく進展し、10月合意まではあとほんの一歩!大丈夫!」と必死に言っているようだ。しかしここまで大きく出られると、多くの人が「いくら何でもそこまで進んではいないだろう」と、逆に猜疑心を持ってしまうと私は思う。
5月19日、ステークホルダーからの質問に答える交渉官 |
もちろん、こうした種類のプレスリリースは当然公式見解であり、過度に「意味ある内容」を期待するのは無理なのかもしれない。しかし、である。限られた情報しかない中で、わずかだが各国政府が発表した資料には、必ずどこかに「隠された意味」があると私は考えている。これら文書を様々な視点から何度も読みかえしてみると、思いがけない「真意」や「含意」に気づかされることがある。前回ブログで発表した「日米事前協議の合意文書」の不一致問題も、そうした問題意識からだ(この文書の不一致はあまりにもあからさまだったので誰でもすぐにわかることだが)。
今回のプレスリリースに関しては、重要な内容、特に日本にとって問題となる箇所がある。一番最後のパラグラフである。
「TPP諸国の閣僚達は、今後数ヶ月にわたり、交渉担当者達の作業を導き、懸案となっているセンシティブな問題についての解決策を見出し、TPP首脳の目標である(TPPという)高い質の野心的かつ包括的な協定を、交渉担当者達が年内に実現することが確実となるよう、定期的な関与を続けていく。他方、それぞれの交渉チームは、このリマ会合で到達した前進が継続し得るよう、次回会合までに詰めの作業をおこなうことを合意した」。
このことは何を意味しているのか。最後の数行に注目したい(赤字部分)。
5月末に来日していたパブリックシチズンのロリ・ワラックさん、ニュージーランド・オークランド大学教授のジェーン・ケルシーさんらとの分析と議論を行なった結果、ここには次のような意味があるという。
つまり、日本が実質的に交渉参加する9月までの間に、日本が参加することで生じるいくつかの懸案事項(=日本が今後主張してくるであろう分野・内容)を米国はあらかじめ見越して、交渉会合の間の期間に行なう「中間作業(中間交渉)」にて、日本が参加してくる前に各国の間で「片をつけてしまおう」という約束を取り付けたのではないかというのだ。すでに知られているように、日本は交渉参加するまで、一切のテキストを見ることはできない。すでに決まったテキストについては、文言の修正も再協議の提案もできない。だから米国は、日本との関係で問題になる分野を絞り、少なくとも7月下旬に日本が入ってくる前までに、中間作業を集中的に行なってテキストを完成させたいと思っているということだ。
もちろんこれは、私たちの持ち得るさまざまな情報をベースにした「分析と予想」であり、真実は相変わらず闇の中である。が、遅くとも年内妥結をめざし、かつ同時に日本から「奪えるものは最大限奪いたい」と考える米国の意図から敷衍していけば、この見方にはかなりの説得力がある。
問題は、私たちの側がどうするのか、何ができるのか、という点だ。私たちは単なる情報収集者でも分析者でも評論家でもない。これらの結果や予想をふまえて、国内で、国境を越えて運動をつくり、実践するのが私たちのやるべきことだ。ぜひ多くの方々とさらに運動を広げ、複雑かつ密室の交渉に対抗していきたい。
(付記)この原稿を書くにあたっては、国際NGOの仲間たちの情報と知見、また国内の運動の仲間たち(とりわけ市民と政府の意見交換会を2年前から共に開催してきた「TPP意見交換会全国実行委員会」メンバー)からの有益な情報や翻訳に多くの助けをいただきました。感謝。
2013年5月21日火曜日
「交渉を急げ」―圧力をかける各参加国&日本の財界
第17回TPP交渉会合が行なわれているペルー・リマに来ている。
まとまった内容はまだ書けないが、ツイッターでは伝えきれない情報は速報的にブログに掲載していきたい。
私自身は、前回のシンガポール交渉同様、長年交流のある米国NGO・パブリックシチズンのメンバーとしてステークホルダー(利害関係者)として登録、参加している。日本からの登録者は私一人だけである。他の団体からもリマに来ているが、登録はできていないのでステークホルダーには入れなかったようだ。また日本のメディアも何社か来ている。
日本はまだ参加国になっていないため、微妙な立場ではあるのだが、国際NGOの一員として交渉官や他のステークホルダーに日本の参加問題や交渉全体の進み具合について情報を聞き出す努力をしている。また、日本においては安倍首相が「TPP参加表明」をしたものの、自民党内にも反発があるばかりか、公約破りの責任を問う声や全国各地でさらに森がる反対運動など、決して「参加表明」はすべての者の意思ではないこと(むしろ安倍政権の暴走であること)を、交渉官やステークホルダーに伝えることも目的にしている。
TPP交渉会合には毎回、ステークホルダーとして大企業が登録し参加していることはシンガポール交渉後の報告でも述べた。今回はどうなのか。ステークホルダーの数自体は現時点でははっきりわからないが、会場で用意されていたネームタグの数などから推察するに約200~300人だ。また団体・企業数もまだ公表されていない。が、いずれにしても大企業が多数参加していることは事実である(詳細後日)。
19日のステークホルダー会議の翌日の20日、米国商工会議所や、米国貿易緊急委員会(ECAT)、APECのための米国ナショナル・センター、カナダ農産物輸出連合、ペルー外国貿易協会(COMEXPERU)、ペルー企業連合会議(CONFIEP)、ニュージーランド国際ビジネスフォーラム、シンガポールビジネス連合、チリ産業連合(SOFOFA)、アジア太平洋商工会議所などが各国交渉担当者との「ビジネス会議」と呼ばれる場を持った。まさにTPP参加国の財界・業界団体が一堂に会した会議だ。もちろんこれら企業はTPPを強烈に推進している。多くがステークホルダー会議にも登録している企業・企業連合だ。
この場で、この企業連合群は交渉官に対し「TPP交渉を今年中に妥結するよう求める」という趣旨の要請を出した(註1)。
ペルー外国貿易協会の会長は、「アジア太平洋地域における我々の国々の経済成長と、雇用創出はビジネスグループにとって最も優先度の高い課題です。TPPはその課題解決に大きく貢献するでしょう。TPPの妥結が早ければ早いほど、TPPによる利益も早くもたらされます。私たちはTPP交渉の妥結を早急に求めます。特に、懸案となっている重要イシューの解決と、もうすぐ参加することになる日本への対応について、充分に取り組んでいただきたい」と述べている。
カナダ農産物輸出連合のキャサリン・サリヴァン氏は、「我々、TPP交渉参加11ヶ国における『交渉パートナー』は、日本のTPP参加を支持しています。日本の参加によって、アジア太平洋地域の経済規模はさらに大きくなり、この地域での自由貿易は推進されます」
と述べた。さらに、「TPPは日本および他の交渉国に、包括的で、どのセクター・品目にも例外を認めない、ハイレベルの貿易水準を要求しています」とも述べた。つまりここでも、すべての品目は例外なき関税撤廃の対象となることが改めて確認されたのである。
TPP自体は、まったくの「秘密裡」に行なわれている。今回は特に、交渉も重要イシューが多く、スケジュールも差し迫ってきているという緊張感もあってか、交渉官から情報を引き出すことがなかなか困難である、というのが国際NGOの共通認識だ。
さらに重要な情報として、このビジネス会合には日本から亀崎英敏氏(三菱商事常勤顧問)も参加し、米国首席交渉官バーバラ・ワイゼルと、ペルー首席交渉官に対し「日本が次回TPP交渉に参加できるよう交渉日程を遅らせるよう要請した」という(註2)。日本政府はいま、なんとか7月の交渉に1日でも多く参加することで、国内向け(特に参院選に向け)に、「TPP交渉に参加できる。聖域も守る。自民党だからできたんだ。だから自民党に投票してくれ」と言いたいのだろう。すでに交渉参加することが目的化している日本政府にとっては、たとえそれがたった1日・2日の「形式的な」参加であってもかまわない。「参加した」と見せることに意義があるのだから。そのために政府間だけでなく財界も一緒になって他国に攻勢をかける姿は、怒りを通り越して恥ずかしく、虚しいばかりだ。「会期延長となり滞在が延びれば、交渉官の滞在費用もかかる」という参加国が出ると、日本政府内では「それらの費用は日本が負担してもよいだろう」という驚くべき案まで出ているという(日経新聞報道)。そこまでして入りたい、と政府を突き動かすものは何なのか。当然、その視野には全国各地からの反対の声、私たちの暮らしや農業、医療、その他分野への悪影響など入っていないし、説明責任放棄や公約破りへの呵責もない。
「命は売り物ではない!」
「TPPは交渉不能!」5月18日、リマのTPP交渉会合会場である高級ホテル前にて、現地&国際NGOや活動家が集まり、TPP反対アクションを行なった際のスローガンだ。ここペルーではTPPによる影響として、薬の値段の上昇が懸念されている。この言葉を私は、誰よりもまず日本政府に投げつけたい。
【註】
●1:http://www.scoop.co.nz/stories/WO1305/S00494/business-leaders-across-asia-pacific-call-for-tpp.htm
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