ふと声が聴こえた
それは頭の中に直接響くように
そしてどんどん大きくなった
「まさか、」
それは川に住む者達の声無き声で
起き上がり隣に眠るチャンミンの髪を撫で
そっと唇を落とすと
静かに部屋から出た
目を閉じ神経を研ぎ澄ませ
神通力を使い声の方角を探る
広間を駆け抜け外に出ると
出来うる限りの速さでその地を目指した
*****
そこは既に濁った水で溢れ
生き物達は逃げ惑い隠れた
「このままでは水が溢れるな…」
続く長雨に小さな川は許容量を超え
助けて欲しいと俺に懇願する
今ならばまだ間に合うから
早く助けてくれないか、と
目を閉じ術を唱える
確かに少し水の量を減らす事が出来た
しかしそれはこの豪雨の前には焼け石に水で
だからといって術を使わなければ
あっという間に洪水をおこすだろう
「俺は水神様とは違うからな…」
自虐的に呟き
そしてふと浮かぶチャンミンの笑顔
あの笑顔の為ならば
「もっと強くなれるハズだ」
…それは根比べのようなもので
広範囲に降る激しい雨と
自身の使う術では
あきらかに此方が分が悪い
なれど、諦めるのは性に合わない
*****
一気に水が減って行くのは
川が氾濫したからで
護っていた小さな川は
近くの農村を飲み込んだ
為す術も無く立ち尽くして
己の無力さに泣きそうになる
逃げ惑う人間達と
飲み込まんとする濁流が視え
今度こそ、と力を込めた
*****
「ユノ様…」
「戻った」
心配そうに俺を見つめる眼差しは
柚子と林檎で
「ユノ様、お怪我はありませんか?」
「…怪我など…」
怪我などしていない
痛いのは怪我をしているからではなくて
何も出来ずにいた自分の無力さに
胸が痛くて堪らないのだ
それを癒す事が出来るのは
チャンミンしか居ない
足早に自室へ戻ると
布団はもぬけの殻で
「…チャンミン?」
まだ眠っている筈の時間に
ここに居ないなんて
「…手水か?」
手水を確認してみれば
やはりそこには姿は無く
「…何処に行った…?」
室内をくまなく探しても
チャンミンは居ない
「…柚子!!林檎!!」
起きていた彼女達なら何か知っているかも知れないと呼びつけてみても
「…存じ上げませぬ…」
「何故だ…」
俺の金色に光る瞳を見て
恐怖におののく彼女達は
嘘など言っていないとわかるから
余計に焦り、どす黒い感情が沸き上がる
「何故居らぬ!!チャンミン!!」
逃げたか?
さらわれたか?
この俺の居住から消えるなどあり得ない
ふと目を閉じて心眼で探す
「…いた…」
それはチャンミンの部屋だった場所で
何故そんなところで眠っているのか
意味がわからない
布団の上で眠るチャンミンに触れ
己の思考に恐怖した
もしもチャンミンが消えてしまったら
俺は生きていられるのだろうか?
もしもチャンミンが奪われたなら
神である自分を捨て持てる力で奪い返すだろう
唯一無二の彼を失えば
「チャンミン…」
生きる意味も無い
眠るチャンミンを抱き上げ
起こさないようにゆっくりと歩く
愛しくて、愛しくて
「…お前が居らぬともう眠れぬのだ…」
そっと布団に寝かせると
柔らかな頬に触れる
まだ子供のような寝顔は
胸にあたたかい何かを生んで
チャンミンを腕に閉じ込めて目を閉じると
意識は深く深く堕ちていった
*****
朝からチャンミンを抱いて
昼からもチャンミンを抱いた
みたび目覚めた時
既に陽は落ち
腹の虫が盛大に鳴いた
「…こんな時でも腹は減るのか…」
助ける事も出来ない無能な神である己に
自嘲気味にそう呟いて
隣に眠るチャンミンを
そっと揺り起こした
「…ユノ、さま…?」
「チャンミン、腹は減らぬか?」
「…空腹で腹の虫が鳴いております…」
「そうであろうな…」
隣の部屋に用意されている食事のいい匂いに
お互いの腹の虫が鳴いて
「…ククク…(笑)」
「…ゆっ、ユノ様の腹も鳴きましてございます!!」
あんなにも己は無力だと打ちひしがれていたのが嘘のようだ
「きっと美味いものが山のようにあるぞ」
「本当にございますか!!」
驚く程の速さで着物を身に付けると
チャンミンは隣の部屋に消えて行った
「…神業だな…」
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