チャンミンの様子がおかしい
そう感じた自分にゾッとした
人はこんなにも、何事も無かったかのように大切な事を忘れてしまうのか
それは大切な人を失ってしまったのかも知れないという恐怖から己を守る為?
あの、泣いていた日々は
チャンミンの中では存在しないのか…
「キュヒョナ、イトゥクさんは元気?」
「あっ、あぁ、元気、元気
先日出張で美味しいお土産買ってきてくれたよ」
「そうなんだ、相変わらず忙しそうだね」
この、目の前で笑ってるチャンミンは
俺の知ってるチャンミンなのに
どうしてこんなにも怖いのか
ふとテーブルに置かれた茶器の音に気付き、そちらを向くと
悲しそうな顔のお母さんが居て
「キュヒョンさん、お菓子ありがとう」
「あっ、いえ、」
「えっ?お菓子?なに、これ?」
チャンミンはお母さんの置いたお菓子を手にした
「おぉ、美味しそう〜」
「最近人気のあるお店の焼き菓子だよ」
「へぇ~、そうなんだ〜…うん、美味しい」
袋を開けてもぐもぐと食べる姿がまるで小動物みたいで笑いそうになる
俺のよく知ってるチャンミンなのに
どうしてこんなにも胸がザワザワするのだろうか
「そういえば、性別は聞いてないんだろ?」
「うん、やっぱり知らないまま産みたいなって思ってさ」
「そっかぁ、どっちだろうな〜
チャンミンはどっちがいいとかあるの?」
「うーん、僕としては元気にうまれてくれればどっちでもいいんだけどね…」
「まぁ、お前らの子だからイケメンか美女だろうし、将来の心配とかいらないな」
「アハハ、気が早いwww」
「ふたりとも身長デカイから大きくなりそうだよなwww」
「…うん」
急に声のトーンが変わったチャンミンを見ると
表情が抜け落ちていて
「…チャンミン?」
俺の声なんか聞こえていない様子で
ただ菓子を食べている
その様子はまるで小動物なんかではなく
「…誰だ、オマエ…」
戸惑う俺の声に、お母さんはやって来て
あぁ、とため息をついた
「キュヒョンさん、ごめんなさいね
チャンミン、ここのところ精神的に不安定で…」
「これは、どういう事なんですか?」
「よくわからないの…
ユンホさんが居なくなったストレスとか色々な事が重なって、こうなったとしか言いようがなくて…」
「失礼ですがお父様は医者ですよね?
それなのに…」
失言だと思った
仲の良い家族なんだから
なんとかしようと頑張っているハズなのに
部外者の俺がこんな失礼な事を言うなんて
「すみません、失礼な事を言いました…」
「いいのよ、気にしないで…
そうね、医者なのに何もできないのよ…
チャンミンの事も、ユンホさんの事も…」
はらはらと涙を流すお母さんに、ふと疑問が
「ユンホさんの事も…って、どういう意味ですか?」
ユンホさん、それはユノさんの事で間違いない
行方不明になっていたユノさんが見つかったと家族から連絡が入り
うちの上司が泣きながら喜んでたから
チャンミンも安心して出産出来ると思っていたのに
「ユンホさんね、記憶喪失なの…」
「…ぇ…」
無表情でお菓子を食べていたチャンミンの手が止まる
「自分の事も何もかも忘れてしまったみたいなの…」
「そん、な…」
自己防衛本能、きっとそんな名前のヤツがチャンミンに働いて
今のチャンミンになったのかも知れない
「チャンミンの中ではユノさんって…」
「今のチャンミンの中ではユノさんと結婚していないみたいなの…
どうしてなのかしらね…」
それは、きっとあの日のせいだ
正式に付き合っていたわけでもなく
酔った勢いでホテルに行って…
あの時チャンミンは、ひとりで産んで育てると覚悟を決めていた
「あの、チャンミンのこの状態って
たまになるんですか?」
無表情で動かない
まるで人形か何かのように…
「そうね、長いと何時間もこうしてるわ…」
「大丈夫なんですか…?」
「そうね、でも、何もしてやれないのよ…」
よく見ればお母さんの疲労の色が濃い
それは察するに余りある
部外者の自分が何かを言うのは失礼だ
「…色々すみません、失礼な事ばかり…」
「いいのよ、本当の事だもの…」
少しでも家族の負担を軽くしてあげたいとか
チャンミンを元に戻したいとか
色々な事を考えに考えて捻り出した答えは
「俺もチャンミンを支えたいんですけど、何か手伝わせて貰えませんか?」
「…え?」
「えっ?キュヒョナ、そしたら一緒に住もう?」
「「チャンミン!?」」
チャンミンの突然の言葉にふたりで顔を見合わせた
言った本人は無表情でお菓子を食べている
「…どういう事なんだよ…」
「…聴こえてるのね…」
お母さんは少しホッとしたように笑って
それから少し考えて言った
「そんな事無理よね、キュヒョンさん気にしないでね」
「…いえ、」
チャンミンとここで暮らす
それは数日の事になるかも知れないし
この先ずっとかも知れない
それはまだわからないけれど
もしも俺が何かの助けになれるのだとしたら
「チャンミンがそう言うなら
俺は一緒に暮らしたいです」
オマエがそれを望むなら
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