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セシウム街道をゆく
スタンフォード大学教授 西 鋭夫  2012年4月6日     

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大沼安史 訳 (大沼安史の個人新聞「机の上の空)



〔訳者注〕:
本エッセイの初出は、著者の所属する米スタンフォード大学フーバー研究所の「フーバー・ダイジェスト」への掲載。
日本語訳タイトルの「セシウム街道をゆく」には、あの司馬遼太郎氏の「街道をゆく」が含意されている。
本文をお読みになれば分かるように、著者は、福島の風土・山河をセシウムまみれにした原発事故に憤り、日本の行く末を案じている。
フクシマから続く「セシウム街道」は、やがては「核の冬」に直面する厳しい道程である。
それでも私たち日本人は冷静さを失わず、歩き続けなければないし、歩き続けることができる――と、著者は私たちを、励ます。



(ここから本文)

日本人は怒りを覚えている。
なおも、ないがしろにされていると-放射能と官僚制の囚人として


一年以上もの間、私は日本政府と東電が、耐えがたいものに耐え、昨年春の地震と津波が引き起こした、あの息をのむような破壊の修復にとりかかる勇気を振り絞ってほしい、と願い続けて来ました。

しかし、よりよい明日は、視界の先にはありません。

死の沈黙が、フクシマの寂寥とした山河を包み込み、セシウムまみれの道が続く、長い、北日本の海岸線を覆い尽くしているのです。

日本政府は無能と機能不全を、ますますさらけ出しています。

東電は保身のタコ壺に潜り込み、独占にしがみつくばかり。

私は、この一年、日本政府と東電が公然と続けて来た、この上なくギラついた偽りのひとつひとつを数え上げる時、日本人のひとりとして恥ずかしさを覚えます。

1.
日本政府の調査委員会は、東電がなぜ事故のダメージの最小化に失敗したかを究明するはずのものだった。
しかし「公開」ヒアリングは突然、打ち切られることに。
塹壕にたてこもった官僚たちは、放射能に焼け太るように、新たな真実の発見を開示することなく、なおも肥大している。

2.
この5年で6人目の野田佳彦首相は、その内閣、および最大野党と、消費税を5%から10%に引き上げることで合意した。

しかし、今回の災害のダメージをカバーするには、それでも足りないような顔をしている。
それどころか、一年かそこらで消費税を、さらに17%まで引き上げることまで話し合っているありさま。

私たちの日本が、世界に有名な「奇跡」を――戦後経済のルネサンスを達成した時、そこに「消費税」は、なかった。

3.
日本の54基の原発のうち、現時点〔2012年4月初め〕で動いているのは5基に過ぎない。

昨年の異常な暑夏、人びとは日本の電力に余裕はないと信じて(誤って信じ込まされ)、停電を回避するため、節電を強いられた。

この国を愛する国民は、日夜、不便と不快さに耐え、節電に協力した。

ところが、誰もが節電したせいで東電とその子会社の収入は減ってしまった。

そんな東電に味方する日本政府は、一般家庭で15%、大店舗や産業用では35%もの料金値上げを承認する始末。

4.
マスコミは、国内メディアも外国メディアも、日本最大の核の秘密、「もんじゅ」について、ほとんど語ることはない。

知恵を司る仏さま、「文殊」にちなんで名付けられた、この日本最初の高速増殖炉は、なんと断層線の上に鎮座しているのだ。

謳い文句は、日本にある15000トンもの使用済み核燃料をリサイクルし、エネルギーを未来永劫に供給する――

だが、その建設に1500億ドルもの税金をのみこんでおきながら、利用可能な電力エネルギーをまったく産み出していない。
たった一日たりとも。

その「もんじゅ」が立地しているのは、日本で最も美しい古都、京都の北、日本海の沿岸。
そこにあるプルトニウムは、2万年以上の長きにわたって、致死的な脅威であり続ける。
原子力は火のように、使えるうちはいいが、使われるとひどいことになる。

5.
日本政府は米政府同様、国家財政の負債の天井を天文学的なレベルにまで押し上げ続けている。

高い給料を食む国家公務員(いまや日本でただひとつの成長産業である)の人員削減には何の関心も――この「失われた20年」においてさえ、向けられて来なかった。

それは、衆参両院議員の定員削減(カリフォルニア州より小さなこの島国では、人口1億2千5百万人に対し、国会議員が衆参合わせて772人もいる。これに対して、総人口3億7百万人の米国の連邦議会の議員総数は535人に過ぎない)についても言えることである。

2011年の震災は、政府支出による復興策の拡大と雇用人員増を正当化する、新たな口実として使われて来た。

6.
日本政府の、機能障害を起こしたような、腐敗した行動は、ついにマスメディアの調査報道によって、いくつか暴露されるに至っている。

・福島第一原発を建設した東芝が、事故の1ヵ月後に、当時の菅直人首相に対して、最悪シナリオを提出していたありさまが、リーク記事で明るみに出た。

これを菅は「最極秘」にとどめ置くことを決定し、最側近の四人にのみ閲覧させた。

これをもし、ふつうの人が知ったなら、東京はすぐにカラになる、と恐れたのだ。

政府と東電が人びとにパニックを起こすなと説教を垂れて来たのは、このためか?


・マスコミはまた、「水」の行方を追いかけても来た。

勇敢な消防士たちや自衛隊員らが燃える原子炉に注水した、あの膨大な量の「海水」の行方を。

プルトニウムに汚染されたあの水は、すっかりどこへ消えてしまったのか?

それはもちろん、太平洋か地中か、のどちらかである。

しかし、それによる汚染が実際のところ、どれほどのものに達するか、実態を把握するのは難しい。

その一方で、損壊したフクシマ原発内での、放射能汚染水の漏洩が、2012年2月までに報じられている。

・日本の有力紙である朝日新聞は今年1月、東電から「献金」を受けた著名な政治家の名前を公表した。

リストには、麻生太郎元首相や野田内閣の閣僚数人の名前が載っている。
政府と原子力業界の密接な関係がまたも暴き出された。

7.
3.11の大地震と大津波は、小さな町や漁村を次々に破壊し去った。
生きのびた老人たちに、行き場はなかった。

政府はすべてを失った人たちのために「被災者仮設住宅」を建てた。
そこなら津波が来ないから安全というわけか、仮設住宅が建てられたのは、遠く離れた山間部だった。

そこに行くしかない被災者の多くが、絶望の中で死んで行った。
自殺した人たちもいた。

世界中のどこよりも長生きできるはずの、この緑豊かな列島の片隅の棄民された人たちだった。

偽りの確約

さて、それでは、日本の政府は、私たち国民に嘘をついているのでしょうか?
答えは「イエス」です。

そう断言することは、礼儀に反することかも知れません。
しかし、そうした礼儀正しさを最早、ふつうに日本人に期待すべきではありません。

なにしろ、2011年3月11以降、高レベルの放射性ダストと蒸気を呼吸で吸い込み続けて来たわけですから。

しかし、それでも私たちは、礼儀正しく振る舞い続けています。
危機の最中にあって、私たちの誰もが利己的であることを拒否しているのは、私たちの誇りの問題であるからだと、私には思われます。

「セシウム」は今や日常会話の中にも入り込み、私たち日本人の飲み物であるお茶の中にも出現し始めています。

日本最大のお茶の産地は、福島の南、200マイル(360km)離れた静岡です。

お茶から高レベルの放射能が発見されて間もなく、放射性物質の侵攻が始まりました。

乳製品、家禽、豚、牛、野菜、果物、そして母乳にも。

世界で最も豊穣な海のひとつに数えられる福島沖で捕れた水産物にも、放射能雲の影が射し込んでいます。

終わりなき脅威である放射能汚染の、早くも表面化し、なおも隠れ続けている、この巨大な規模の真実を、いったい誰が掴み切ることができるか?

専門家による安全保証の確約だけは、あふれ返りました。

フクシマの惨事が起きるや否や、そしてそれから数ヵ月にもわたって、有名大学や政府機関の科学者が夜のニュース番組に次から次へと現れ、空気や魚や米の放射性ダストや蒸気は「ただちに健康に対するリスク」にはならないと、偉そうな知的雰囲気を撒き散らしながら、唱え続けました。

放射能や医学の分野で教育を受けたことのない私たちでも、首をかしげざるを得ませんでした。
「今ただちには、ない」?

では、いつから? いつかは必ず癌になる?

専門家たちは私たちに、放射性物質すべてに対する私たちの強い不安や嫌悪は根拠のないものだと吹き込みました。

それどころか抜け抜けと、私たちが募らせていた恐怖を群集心理だとか、パニック衝動に似ているとさえ、ほのめかしていたのです。

世界最大の放射性物質の重大な放出を、実はたいしたことのないものだと言いくるめるよう、金で買われ、言わせられていたのでしょうか?

それとも、福島第一原発が瓦礫の中に横たわり、そこから出る致死的な放射能汚染水や水蒸気の行方を誰もつかめないこの時にあって、手持ちの安全対策でフクシマ原発事故を抑え込めるとでも思っているのでしょうか?

当時、さんざん吹きまくった学者連中も、いつしか全国放送のテレビに出なくなりました。

何故なのか、問う人もいません。

しかし、そうした専門家が姿を消した後に「東電」が現れました。

テレビで突如、認めたのです。
地震・津波に襲われた数時間後に、炉心溶融はすでに起きていたことを。

三つの号機が溶融したトリプル・メルトダウンを突然、認めたのは、事故後、2ヵ月経ってからのこと。

その間、東電は、そんなことはないと頑強に否定し続けていたのです。

東電の自白は遅きに失しました。

人びとは、それまで原発から少ししか離れていないところに留まり、知らぬ間に毎日毎日、放射性ダストと蒸気を浴び続けていたのです。
原発周辺には数万人の子どもたちがいました。

首相の首席補佐官の一人はテレビに出て来て言いました。
東電は事故から二ヵ月の間、内閣に対して情報を伝えずにいた、それを知ってショックだった、とてもショックだった、と。

それを聞いて、私たちもまたショックを受けました。その無能と傲慢さに。

眩惑神話の終焉

私たちは今や、日本政府や東電の経営陣が、私たち国民には原子力の専門用語を理解するだけの頭脳がないと思い込んでいることを知っています。

もちろん、原発事故に襲われた時、私たちは難解な用語に慣れてはいなかった。

しかし今や私たちは、ハッキリと理解しています。
「火の環」と呼ばれる環太平洋の地震帯の最中にあって、この美しい日本列島に生きる私たちは今、「核の冬」に直面している。

そして、そうした「核の冬」の本格的な訪れを目の当たりにできるほど、もしかしたら私たちは生きのびることはできないかも知れない……。

私たち日本人は、歴史的に、今日に至るまで、権威(政府)を敬い、法律や規制を、やり過ぎるほど忠実に守り続けて来ました。

暴動を起こさないし、略奪もしないし、殺しもしない。

私たちは学校と家庭で、選び抜かれたベスト・アンド・ブライテストからなる中央政府は、私たち国民を安全・繁栄・達成へ向けて導くべく、日々懸命に励んでいる、と教えられて来たのです。

そのベスト・アンド・ブライテストたちは、いま私たちを裏切っているのでしょうか?

日本の戦後デモクラシーは、集団的な叡智を最も必要とする今この時にあって、私たちの役に立たないものになっているのでしょうか?

私たちの政府は、私たち国民の忠誠に応えようとしているふうにも、災害復興に必要な勇気や柔軟さを育てようとしているふうにも見えません。

もっと恐ろしいことに、私たちの政府は、盲信による行動と、目のくらむような政府の無能さに目を閉じるよう求めているのです。

政党は権力を求めていがみ合い、戦後最大のこの災害を自分たちの利益にしようとしています。

最早、誰にも止められないところまで、堕落し続けています。

原子力産業の規制にあたる政府官僚は退職すると、かつて自分が監視していた原子力産業の高給ポストに、さっさと天下っている。

そんな中、被曝地では、ほとんど放射能まみれの数10万トンのガレキの山が、処理し切れないほど巨大な重荷となって、処理法を探しあぐねる事態が続いているのです。

日本はこれまで、瓦礫の底に埋もれず、波にさらわれずにも済んだ2万人の死者を葬ることはできたかも知れません。

しかし、数1000もの被災者は今なお、災害の破壊と核の悪夢の中で失われた自分たちの暮らしが戻る日を求めて、待ち続けているのです。

我が家に帰れる日が来ることを、暮らしを再建するために働ける日が来ることを、待ち望んでいるのです。

しかし、多くの人が知らないままでいます。

政府や東電に知らされずにいます。

致命的な放射能汚染が、避難者たちの寿命を超えて消えない場所には、もう決して戻ることができないことを。

東電と政府はぴったり体を合わせ、日本人になおも言い聞かせています。

私たちは原子力発電の恩恵をこうむって来た、原子力のおかげで戦後の繁栄を謳歌することができた、だから不平を言ってはならない、と。

しかし、私たち一般の国民に、日本が原子力を開発すべきかどうか選択する余地がひとつでもあったでしょうか?
ありませんでした。

選択が与えられたように見えたのは、巨大な税収や地元での雇用、橋や道路、プールにホール、体育館などインフラ整備の約束でもって言い寄られた、遠隔地の海岸にある小さなコミュニティーの人びとでした。

住民には実は選択の余地はなく、同意するしかなかったのです。

政府と東電は一体化して、原子力は安全で安く、しかもクリーンであるという、この上なく眩惑的な神話を捏ね上げました。
その体裁を維持するため、夥しい数の原発事故を隠し、健康への害を矮小化して来たのです。

ヒロシマとナガサキに原爆が投下されて以来、日本は核兵器を非難する信仰を培って来ました。

そんな道程の中で日本は、核に関することなら何にでも免疫力があると信じた奇妙な生きものに変身を遂げたのです。

フクシマでのメルトダウンに続く最初の数週間に、この国を離れた日本人はほとんどいませんでした。

しかし、私たち日本人は、この恐ろしい現実の最中にあっても、なおも冷静さを保つことができています。

そんな私たちの前から、安全で安い、永遠にクリーンなエネルギーのゴマカシだけは、押し流され、消えてしまいました。

津波が押し寄せたあと、沖に向かって引いて行った、あの日の海のように。

(ここで終り)




この記事の翻訳者は、元北海道新聞の記者であり、大学で教鞭をとっていた著名なジャーナリト、大沼安史氏です。
大沼氏は『世界が見た福島原発災害』という著書を、シリーズですでに3巻、東京の緑風出版から刊行しています。







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