年末年始「青春18きっぷ」旅(四日目)①  阪和線の駅舎は昭和関西私鉄の名残(東佐野駅)

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とんがり屋根の戦前文化住宅風

正月2日、まだ暗いうちに家を出て午前7時前の大阪駅。
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ホーム上層からの大規模駅の長めということでは大阪駅は一番見応えあるじゃないかな?
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7時台の紀州時快速には少し余裕があったので、
先に来た桜島行きに乗って西九条駅で下車し一服タイム。
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さすがにこれ乗り続けて未乗区間クリアの時間はなかった。

阪神なんば線のホームが環状線のホームを跨ぐ
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高架下はまだ昭和な雰囲気も残る・・これ大阪環状線の駅のどこも共通してるけど。
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7時11分、ほどよく空いている紀州時快速、和歌山行きに乗車。
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大正駅の手前で我が聖地の仰ぎ見て合掌・・今シーズンも頼んだぞ!
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芦原橋駅の手前では南海汐見橋支線を跨ぎます
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新今宮駅の目の前には今話題の星野リゾートのホテルがどーんと視界を遮るようになった
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インバウンドあてこみの建設だったけど繁昌するのかな?

天王寺駅からは阪和線で快調に大阪を南下していって、
東岸和田駅で各駅停車の乗り換え。
東貝塚駅の先で水間鉄道を跨ぐ。
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ここ乗ったのは高校生のとき一度きりだな。
まだ南海の600V譲渡車両使ってたころだ。

熊取駅の一つ手前、泉佐野市にある東佐野駅で途中下車。
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ホームの石組みが古いものだけど旧国鉄路線に比べれば嵩がある。

和歌山方面にだけ駅舎と出入り口がある小さな駅です。
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ホームと駅舎にこれだけ段差があるってのも国鉄スタイルとはかなり異なる。

妻面と正面の2カ所出入り口がある構造は山﨑駅に似た感じではある。
出入り口のコーナーを上手く使って花飾ってますね。
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東佐野駅は昭和14年に泉ヶ丘駅として開業。
開業当時は阪和電気鉄道で翌年に南海山手線に、
その4年後に国鉄阪和線になるという、駅開設から5年間の変遷が凄い。
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駅舎は開業当時のものを殆ど手を加えずに令和の世に残しているっぽい
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深めの角度の半切妻屋根で、スペイン風の洋瓦と、
大正期から昭和初期に流行した洋風の文化住宅の趣がある。

この駅は阪和鉄道系列の不動産会社が開発した住宅地と併せて開設された駅で、
駅前はひっそりとした感じではありますが、泉州では有数の高級住宅地なんだそうな。
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阪和線には阪和鉄道時代の戦前の国鉄とは違ったスタイルの駅舎がいくつか残っていて、
他の大手私鉄ではほぼ残っていない、戦前関西私鉄の駅舎の姿を偲ぶことができます。
このあとも行き帰りの途中にそれらの駅も少しだけ訪問します。

大阪方面の電車と入れ違いに熊取止まりの電車が到着
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熊取駅で少しばかり次の快速待ち。
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立派な橋上駅舎を持つ熊取駅ですが、行政単位では熊取は泉州では4つだけとなった町です。
※ちなみに北摂エリアは3つ、河内エリアだと2つ(と村一つ)となっています。
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日本で3番目に高いりんくうタウンのビルも見えますが、
あの辺りは泉佐野市、泉南市、田尻町にまたがるエリアです。

人口4万3千人で大阪府の自治体としては大きくはないですが、
府下の町村の中では一番大きな人口の熊取町。
以前にも紹介しましたが、素敵な地元PRソング&動画もあります。


熊取駅では関空特急が先行し、新大阪へ向かう「くろしお」も通過
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次の日根野駅で関空快速を分割先行させ、紀州路快速は和歌山を目指します。
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次回へ続く

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