ケインズ「講和条約の経済的帰結」:ドイツよ、これを読み直そうぜ。

もはや泥沼というしかないユーロ情勢。えらそうなこと言ってるドイツだって、借金まともに返してないじゃないか、というピケティの突っ込みがあったけれど、それはまともな歴史感覚と、適切な金貸しとしてのバランス感覚がある人ならみんな思ったこと。が、いまのヨーロッパには、それがどうもまったく期待できないみたい。

まさに似たような話として、第一次大戦後にドイツから無理矢理借金(ではなく賠償金だけど同じ事)を取りたてるのがいかにアホなことか、そしてヨーロッパは一連託生なんだから、それが第一次大戦の戦勝国にとっても絶対にいいことにはならないよ、自殺行為だよ、というのを主張し、通らなかったために席を蹴ったケインズの著作がある。ぼくもそういう背景情報は知っていたけど実際には読んだことがなくて、今回ちょっと逃避のために読み始めた。

おもしろいわー。日本語訳は、バカ高くて数十年かけて未だに未完ですでに続々絶版になっている、例のケインズ全集のやつしかないみたいだね。(追記。ちがいました。実はもう一つ、「講和の経済的帰結 (1972年)」(ペリカン社)というのがありました。でもこちらも絶版。内容は未見)
でももっと多くの人が読んだほうがいいと思うよ。

それに、まず題名に不満。原題は The Economic Consequences of the Peace。平和一般についての経済的な検討ではなく、the Peace, つまりあの講和条約/講和会議だけを指す。だから「平和の経済的帰結」という邦題はミスリーディングじゃないの? (追記:実は全集版もこれは考えたけれど、他の判断とあわせてこの邦題にしたとのこと。)なもんで、例によって訳し始めてしまいましたよ。

ケインズ「講和条約の経済的帰結」(5章以外完了、pdf 1.4 Mb) http://genpaku.org/keynes/peace/keynespeacej.pdf


上で述べた、かつてのドイツ、いまのギリシャの状況の相似も実に明確に出ている。途中の細かい講和条約の中身は面倒だからあとまわしだけど、評価とかどう改訂すべきかというのは、いまのギリシャの場合とほとんど変わらない。一連託生なんだからいじめないで借金棒引きしろ、追加で融資してやれ、ヨーロッパ全体のことを考えろ---この部分は近いうちに訳せると思う。少し遅れても、そのときまでにギリシャ問題は解決していないほうに10ドラクマ。

そして、その本題以外におもしろいのが、ここで訳出している第2章。第一次大戦前のヨーロッパの分析なんだけど、その当時の格差---ピケティが『21世紀の資本』で大いに問題にした、19世紀末から20世紀初頭のすさまじい格差---について、きわめておもしろい分析がある。

ケインズに言わせると、それは格差のようだし格差なんだけれど、でも必ずしもそうではない。それは資本蓄積を実現し、経済発展を実現するために絶対必要なものだった。労働者が薄給に甘んじる一方で、金持ちは実入りを全部浪費するようなことをせずに貯蓄——投資にまわし、それが生産力やインフラ整備を実現させた。不平等だ格差社会だと批判はできる。でも当時、平等にパイを分配していたら、みんなその場で消費してそれっきりだ。格差なしには社会の豊かさは実現できなかった!

これについては、たぶん心優しい人々からいろいろ文句がつくだろうし、ぼくもいくつか反論は思いつく。そしておそらく、19世紀はいざ知らず、この議論でいまの多くの格差を正当化するのはつらいとは思う。シラーは、金持ちがこれからドーンと慈善寄付するようになって、それで格差が解消されるようなことを言うけど、苦しいんじゃないかなあ。

が、ケインズがそういう面に着目しているというのは非常におもしろいところ。古くさい、格調高い=持って回った文体だけど、読んで損はないと思う。まあまだ前段で本筋に入ってはいないので、ここだけ読んでも仕方ない面はあるけど、全部終わってからだと分厚いのでかなり骨よ。今のうちに見ておくと気楽です。



あと、これまでのupLaTeX + dvipdfmxを捨てて、LuaLaTeX に移行したら、dviとおさらばできたのはいいんだけど、pdfがやたらにでかくなってしまったよ。字だけで、ソースは40kb しかないのになんでこんな巨大に? たぶんフォントを埋め込んでるんだと思うんだが、解明できてません。こちらも引き続き……
(upLaTeXに戻した。pdf は51kbになった。これくらいが穏当だよなあ)

昼休みに少し研究。やはりフォントの埋め込みのせいみたいだ。フォントを埋め込まないように:

\usepackage[noembed]{luatexja-preset}

にしたら、pdfがかなり小さくなる。uplatexほどのコンパクトさにはならないけど、許容範囲。

追記(7.28)

第三章終わった。クレマンソーとウィルソン大統領、むちゃくちゃ言われてます。あと、ウィルソン大統領の描写で、ケインズが他人の手が大好きだったというのは本当なんだねえ。

追記 (7.30)

第六章終わった。ここはあまり条約とは関係なく現状の悲惨を淡々と述べた章ですな。「お金の改革論」ともかなり重なっている。
あと、タイトル見直そうかなあ。意味的には講和条約でいいんだが、戦争と平和を対比的に並べた表現でthe Peace を使っている部分が何カ所かあり、その感じだと「平和」のほうがおさまりがいい。「平和」のままでも裁量範囲内だし、いちいち邦題を変えるのも混乱のもとかな、とも思うし。

追記 (8.2)

7章終わった。改定案ということで、賠償金は大幅に減らして細かいこと言わない、内輪の相互の貸借はさっさと清算、ちゃんと日々の生活ができるだけのアレはドイツにやれよ、ロシア革命とかだって、みんなが生活できるようにして中産階級を穏健に満足させればすぐ潰れる、とのこと。革命はともかく、それ以外はギリシャの話でも言えることで、ドイツは第一次大戦でやられたことを、全部ギリシャにやってるんだねー。

題名を「平和の経済的帰結」に変えた。

追記 (8.8)

4章終わり、長くて面倒な5章突入。実際の賠償内容をこまごまと並べ立てるこの章、百年近くたった今日では精読してもあまり意味がないし、ケインズの怒りを感じる価値しかないんだが、それでもどうせこの章で完成だから片づけてしまいましょー。

追記 (8.14)

全訳終わりました。余った時間にやって半月ほど? まあ手すさびならこんなものか。

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