この連載も、いよいよ最終回を迎えます。これまで、ビジネスに関わる場面ばかり取り上げてきましたが、対話が大切なのはプライベートも同じです。むしろ、配偶者や子供など、身近な人の話を聞くほうが難しいくらいです。夫婦の会話がない、親子の会話がないという話もよく聞きます。身近な人との対話がうまくいくかどうかは、人生の幸福度に大きく影響します。そこで今回は、身近な人の話を聞く時のポイントについて考察したいと思います。
「遺言」をどうやって聞き出すか
初めから重たいことを書きますが、どうかご容赦ください。この連載をしていて、たくさんの方からいろいろなご質問をいただきました。その中で、この問い合わせがとても印象深かったので、今回取り上げたいと思います。
高齢化が進む中で、遺産相続が話題に上ることが多くなりました。その現場では、「当事者が、なかなか遺言を残そうとしない」ことが問題になっているようです。「何か遺言を聞き出すための方法はないか?」とお考えになるのでしょう。私に問い合わせてきたのは、まさにそうした問題に直面している方々でした。
結論から言うと、遺言だけポンと聞き出すようなやり方はお勧めしません。「営業で顧客の無理な要求に振り回されないために」の回でお話ししたように、未来のことを聞く前に、まず現状を認識することが必要です。遺言は未来のこと(自分が亡くなった後のこと)を語るのですから、その前にご本人のこれまでの人生についてゆっくりと聞いて差し上げるのが先ではないでしょうか。
「年上の部下とわかりあう術」の回でお話しした「ライフストーリー・インタビュー」をぜひ実施してみてください。高齢で経験豊富な方の場合、7~8時間以上かかるかと思います。話す側も聞く側も結構な重労働ですが、それだけの価値があります。「これまでのこと」を話し終えた後に、自然とご本人の口から「今後のこと」についてお話が出るはずです。
ライフストーリー・インタビューは、企業経営者の世代交代でも有効です。私は以前、80代で現役経営者だった方にインタビューしたことがあります。これまでの経験から、まる1日かかることは覚悟していたのですが、結局3日間ほどかかりました。インタビュー内容は、私が自ら書き起こし、文章を整えて差し上げたのですが、その内容を読み終えて、その方は静かに引退を決意されました。私としても、とても思い出深い仕事の一つになっています。
「聞くこと」は意思決定の後押しにつながる
実は、「聞くこと」は意思決定の後押しにつながるのです。あれこれと話をすることで、自分の状況が冷静に認識できて、考えがまとまり、気持ちも整理できます。そうすることで、無理なく意思決定ができるのです。人生の大先輩に、「遺言を残せ」「引退しろ」なんてとても言えませんよね。でも、静かにゆっくりとお話を聞いて差し上げることで、その大きな意思決定をサポートすることができるわけです。
先日、サポーティブリスニングの研修を受けた方が、ご主人にさっそく試して「聞くこと」の効果を実感されていました。その方のご主人は、多忙がたたったのか体調が思わしくなく、顔色も悪くて、見るからに辛そうにしていたそうです。周囲も心配し、その方も「病院に行ったほうがよい」と盛んに言っていました。ところが、ご主人は頑として行こうとしない。そうしたタイミングで、当社の研修を受講されたのです。
受講後、帰宅してから、その方はご主人の話をゆっくりと聞くことにしました。体調がどのように思わしくないのか、仕事にどんな悪影響が出ているのか。そして、自分自身だけでなく、周囲の人たちがどのように不安に思っているのか…。こうしたことを、ゆっくりと聞き続けたところ、急にご主人は「明日、病院に行ってみる」と言い出したそうです。
その方いわく、「それまでずっと『病院に行け』と言っても行こうとしなかったんです。それが、1時間ほど話を聞いてあげたら、あっさりと自分から『病院に行く』と言い始めたので驚きました」とのこと。検査結果も問題なかったそうで、私としてもホッとしました。
相手を動かすことばかり考えていないか
これらの事例を、改めて見直してみましょう。当事者が「遺言を残そうとしない」「引退しようとしない」「病院に行こうとしない」わけですね。そこで、なんとかして動かそうと周囲の人たちが躍起になる。こういうことって、家庭内でよくありますよね。「息子が勉強しようとしない」「娘が学校に行こうとしない」「配偶者が家事を手伝おうとしない」等々…。こういう時、人は往々にして相手を動かすことばかり考えてしまうものです。
特に、身近な人のことは「わかったつもり」になりがちです。だから余計に、理解することよりも、相手を動かすことばかり考えてしまう。ここに大きな問題があります。
相手のことを理解することなく、自分が思うように動かすことばかり考えている。これは、極論すると、まるで相手の「支配者」であるかのような行為です。そうではなく、家族だからこそ、「よき理解者」になるべきではないでしょうか。そして実際に、きちんと理解してあげたほうが、相手はすんなりと動いてくれるものなのです。
「わかったつもり」になるのは恐ろしいことです。その途端に、相手のことに興味がなくなり、新しい情報が頭の中に入ってこなくなります。一緒に暮らしている家族でも、実際には知らないところがたくさんあるはずです。日中は学校や職場などで別々に過ごしているわけですから、その間にいろいろな経験をしているはずです。むしろ、知らない部分のほうが多いのではないかと思います。
次回、ご家族と過ごす時間があったら、最近経験したことをゆっくり聞いてみてください。楽しかったこと、悲しかったこと、悔しかったことなどを、分かち合うつもりで、相手の立場になって親身に話を聞いていきましょう。「肩を並べて同じ風景を見る」感じで話を聞いていくと、家族であっても「もっともっとわかってほしい」という気持ちになって、おしゃべりになるものです。そうして話を聞いているうちに、「苦しいことも、楽しいことも、分かち合うことができる人がいるというのは本当に幸せなことだな…」と実感できるタイミングがくると思います。
話を聞いていると、「だったら、こうすれば良かったじゃないか!」とか「それで、結局のところ何が言いたいんだ?」とか言いたくなります。でも、それは我慢しましょう。身内だからこそ、リラックスして話をしているのですから、少しくらい内容がロジカルでなくてもいいではありませんか(笑)。
「自分を変える」のではなく、「接し方を変える」
よく、「過去と相手は変えられない。未来と自分は変えられる。だから、相手を変えようとするのではなく、自分を変えましょう」と言われます。でも、これって難しいですよね。たしかに「相手を変える」のは非常に難しいですが、「自分を変える」のだって簡単ではありません。それに、「自分をどのように変えたら、相手との関係が良好になるのか?」が、よくわかりませんよね。
そこで、「接し方を変える」ようにしましょう。「支配者」になろうとせず、「理解者」になるようにします。そのために必要なのは、「誠実に、相手のことをよく理解しようと努めること」です。この連載を通して、私が一貫してお伝えしたかったのは、こうした姿勢の大切さです。これは、ビジネスでもプライベートでも変わりありません。
仕事でも、お客様のことを理解しようとせずに、動かすことばかり考えていませんか? 部下のことを理解しようとせずに、動かすことばかり考えていませんか? そうではなく、お客様のよき理解者になりましょう。部下のよき理解者になりましょう。さらに、上司や同僚のよき理解者になりましょう。そう努めることで、ビジネスでもこれまでと違った「未来」が見えてくるはずです。
この連載は、これにて終了となります。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。多くの方々から「いつも読んでいるよ」とお声がけいただき、とても励みになりました。この場をお借りして、心から感謝申し上げます。
最後に、読者の皆さまが今後ビジネスでますます活躍され、プライベートでも良好な人間関係に恵まれますことを、心より祈念して、筆を置きたいと思います。どうもありがとうございました。
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