P&Gのプレジデント兼アドバイザーの桐山一憲です。2015年11月に、P&Gアジア統括責任者から現職に変わり、CEO(最高経営責任者)直轄でアジアの人材育成に取り組んできました。
この連載では、P&Gというグローバル企業で30年以上にわたって過ごした経験を基に、「リーダーシップ」について自分が考えていることをお伝えしてきました。最終回の今回は、グローバルリーダーに求められる人間性や語学力について、私が思うところをお話しします。
(前回から読む)
私は常々、リーダーには器の大きさ、度量の広さが必要だと説いています。そういう話をすると、「器や度量というのは後天的に開発できるのか」と聞く人がいます。もちろん、持って生まれた気質というのは多少あるかもしれませんが、与えられた環境の中で努力し、成長していくうちに大きくしていけるものだと私は思います。だって、器の大きい赤ちゃんなんてどこにもいないでしょう。生まれてから最初の十数年は家族の影響が大きいかもしれませんが、その後は本人の努力だと思います。
振り返って考えると、私自身も会社に入ったころは小さい男でした。本当にそうですよ。米本社から来る外国人リーダーに対して、「日本について何を知っているっていうんだ」と思っていたし、ささいなことでいちいちカチンときていました。入社3年目で課長に就いた時には、気負いもプレッシャーもあって、一人で突っ走っていました。周囲がついて来られないと「なんでついて来ないんだ」とイライラしたりね。時として感情的に振る舞ったり、部下を自分の考えに強制的に従わせようとしたこともあります。
そんな自分を変えるきっかけになったのは、ある時、先輩から言われたこの一言です。
「確かにお前の意見は正しいかもしれない。でも、別の意見も受け入れて、どちらがより良いかを考えられるようになったら、もっといい結果が出るんじゃない?」
カーッと熱くなっている時だったら、「冗談じゃない」「何を言ってるんだ」と聞き入れられない一言だったかもしれません。しかし、落ち着いた時にふと言われたので、「なるほど、そうか」と妙に納得する部分がありました。
実際、そうやって色んな人の意見を聞き、受け入れている人を見て、「ああいう風になれたら格好いいな」と思うようになりました。以来、自分も努力して多様な意見を受け入れるよう努めてきました。
こんな私でも、チームを与えられ、ポジションに就き、先輩から教わり、外部からの刺激を受ける中で、少しずつ成長し、多少なりとも器や度量を大きくすることができたのです。
人間、何歳になっても成長はできます。会社に入ってからだって、役職に就いてからだって変われます。むしろ変わらないとダメだと思う。良い方向に変わることができれば、器も度量もデカくなるのです。
「叱る」の前に「認める」
前回もお話しした通り、人間は尊重され、信頼され、認められるとモチベーションが上がります。それがなくて単なる駒の1つとして扱われたら、誰でも「やってられない」「もういいや」となってしまいます。ですから、リーダーはまず部下を認めることが第一。
「褒める」というのは相手を認めているからこそ出る行動ですが、「叱る」時にも、その前段階に「認める」があるべきだと思っています。
チームの一員として、戦力として相手を認めた上で、「もっとこうしなくてはいけないね」「この一歩が足りなかったんだよ」という叱り方をするのと、虫けらのように罵倒するのとでは全然違います。認めた上で叱るのであれば、それもまた部下のモチベーションアップにつながるはず。特にマイノリティーの立場にある部下は認めてもらうと気合いが入ります。
だからリーダーは常に相手を認めることからスタートするべきです。その上で「褒める」「叱る」を使い分けるべきです。相手を尊重し、理解し、認めるということができない人というのは、やはり「器が小せえなぁ」と思います。
私は叱り方も場面によって変えています。半分冗談っぽく、声のトーンを上げて「いい加減にしないとダメだぞ」と叱る時もあります。「次にやったらお前、終わりだぞ」というニュアンスのことを淡々と語って叱る時もあります。規律の乱れを感じる言動があった時などは、「絶対に許さないぞ」という思いでこのように静かに叱ります。私の場合、大きな声で叱る時より、静かに叱る時の方が、部下は怖いと思うようですね。
厳しく叱ることもあるトップというのは、社員から必要以上に畏怖の念を抱かれがちです。ですから、私はふだんはなるべくニコニコしているように努めています。こうやってメディアの取材を受ける時も、「笑顔を撮ってください」と頼みます。
それでも、社内で私にバッタリ会った社員は固まってしまう時もあります。私がエレベーターに乗っていて、途中の階で止まり扉が開いた途端、それまでワイワイ騒いでいた社員たちがピタッと静かになって空気が凍り付く。何となく「社長がいるから乗ってはいけないのかな」という雰囲気になっているのがわかります。そういう時は「おいで、おいで」「怖くないよ」などと言いながら手招きしたり手を引っ張ったりして、無理矢理乗せちゃう。
もちろん、立場の違いはありますが、必要以上に距離を置かれることのない存在でありたいと思っています。
心と頭の両方に訴えかける
グローバルリーダーに欠かせない英語力の問題についてもお話ししましょう。
私は正直、英語はそれほど得意ではありません。今でもそうです。ただ、多少なりとも英語力を向上させることができたのは、実は韓国に赴任した時からです。
英語圏ではない韓国で英語力が向上したというのは不思議に感じられるかもしれませんが、逆に相手も英語が得意でない分、英語によるコミュニケーションの決まったパターンを身につけることができ、非常に効果的だったと思います。
韓国人の従業員とはお互い、外国語である英語でコミュニケーションをしますから、工夫が必要でした。まず、使う単語は極力簡単で誰でも知っているようなものを選びます。そしてなるべく単純なロジックで話します。このパターンを繰り返し、繰り返し、やっていくうちに、短期間でぐんぐんとコミュニケーション力が上がりました。
また、意識したのは「スピーク・トゥ・ヘッド(Speak to Head)」と「スピーク・トゥ・ハート(Speak to Heart)」の両方を実行することです。つまり、心と頭の両方に話しかける。こうすると伝わる力が倍増します。情緒ばかり訴えてもダメだし、理論ばかり強調してもダメ。相手を尊重し、認めた上で、きちんとポイントをとらえて相手の頭と心に語りかけると、下手な英語でも理解してもらえます。
こういうコミュニケーションのパターンを身につけて日本に帰国したら、以前の私の英語力を知っている従業員たちが「桐山さんの英語が上達した」と驚いていました。「特別レッスンでも受けたんですか」と聞かれたこともありますが、毎日、忙しく仕事をしていたので、それどころではありませんでした。今ここで説明したことを毎日、繰り返しやっていただけです。
私は韓国の前にカナダにも赴任していましたが、その時は残念ながら英語が上達することはありませんでした。韓国の時とは逆で、周囲が流暢な英語を話すので、私もそうしなくてはいけないという感覚に陥り、「流暢に話すためにはどうすればいいか」ということばかり考えていたからです。コミュニケーションは伝えることこそ本質。必要なのはフルーエントスピーカーになることではないのに、違う方向で努力をしてしまったのです。
夢はリーダーシップよろず相談所の開設
最後に、これから自分が向かう方向についてお話ししましょう。
私は6月でP&Gを退社します。おかげさまでいくつかの企業から声をかけていただいています。有り難いことです。今のところ、全く白紙の状態。ゆっくり考えていくつもりです。
私は31年間、P&Gで働き、日本の消費者が豊かな日常生活を送る上で多少なりともお役に立ってきたという自負があります。
一方で、日本人としてまだまだ日本社会に貢献できることが残っているのではないかという気持ちもあります。日本の組織、日本企業、日本社会に対して、何か従来とは違う形で貢献していきたいというのが今のボンヤリとした思いです。
私が大切にしている言葉があります。「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」という、千数百年前に天台宗を開いた最澄が残した言葉です。
「自分が置かれた場所や立場で精一杯努力し、自らが輝けば、やがてその周囲も明るくなり、町や社会も輝く。ひいては日本や世界も明るく輝かせることになる」といった意味です。
初めてこの言葉を聞いたのは私が25歳で初めて課長になった時。取引先の会社の社長さんから教えていただきました。「良い言葉だな」ととても強く印象に残り、以来、私自身の心得にしてきました。P&Gに勤めている間、社員として、またリーダーとして、一隅を照らす存在を目指して過ごしてきたつもりです。
P&Gを卒業後は、日本の組織、日本人のリーダーに対して、自分の持っているものを分かち会うことで一隅を照らしたい。今はそんなことを考えています。
1つ小さな夢があります。自宅のある兵庫県の芦屋近くに小さなオフィスを構え、「リーダーシップよろず相談所」の機能をもたせるというものです。1~2人程度の少人数を相手に、リーダーシップにかかわる色々な問題を語り合ってみたい。
何かを感じ取ってもらえたら嬉しいし、私自身も刺激を受けたいという思いがあります。多くの人から話を聞き、吸収して、まだまだ器をデカくしたいですね。
人間、何歳になっても成長を止めてしまってはダメだと思います。昨日よりも今日、今日よりも明日、少しずつでもいいから成長していきたい。仕事の中身は変わっても、学ぶことはあるはずです。また新たな成長の場を求めていくつもりです。
(構成・小林佳代)
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