フランス大統領選挙では、最も恐れられていた極右政党・国民戦線の党首、ルペン氏の圧勝は実現しなかった。だが保守派や社会党の候補者が決選投票に進出できず敗退したことは、伝統的な大政党への警鐘である。国民戦線が前回の選挙に比べて得票率を伸ばしたことも、市民の不満の強さを象徴している。同国の将来を楽観視することはまだできない。
4月23日に行われたフランス大統領選挙の第1次投票で、右派ポピュリスト政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補が、前回の選挙(2012年)に比べて得票率を約4ポイント増やし、5月7日に行われる決選投票に進出することが確実になった。フランスのEU離脱を求めるルペン候補の躍進は、欧州統合についての反感がフランス国民の間でも強まっていることを浮き彫りにした。
有力紙ル・モンド紙が23日午後10時過ぎに発表した予測によると、首位は新政党「アン・マルシュ(前進)」のエマニュエル・マクロン元経済大臣で、得票率23.9%。ルペン候補は21.7%で2位に着ける。共和党のフランソワ・フィヨン候補は家族を議会職員として雇用し不当に収入を得たスキャンダルが災いして、得票率が20%にとどまる。
国民戦線が決選投票に進出するのは、2002年以来15年ぶり。この年の第1回投票では、ルペン氏の父親で彼女よりもネオナチ的な傾向が強いジャン・マリー・ルペン候補が16.9%を確保し、保守系のシラク大統領(19.9%)に肉迫した。決選投票では、極右政党党首の大統領就任を阻むべく、社会党が保守派と共闘。シラク氏が82.2%の得票率を記録して圧勝した。
今回の決選投票でも、保守派と社会党はともにマクロン氏を支援して、ルペン氏の大統領就任を阻止しようとするだろう。
オランド政権への強い不満
なぜルペン氏は得票率を伸ばしたのか。その背景には、フランス国民のオランド政権に対する強い不満がある。オランド氏が大統領を務めた2012年からの5年間、同氏への支持率は年々低下し、最後は20%前後に落ち込んだ。同氏は富裕層への課税強化、移民が多いバンリューと呼ばれる地区の青少年への支援策など、様々な施策を提案したが、その大半を実行できなかった。
「Remettre la France en ordre (フランスをまともな国にする)」。ルペン氏が今回の選挙戦で使ったスローガンである。フランスが今抱える最大の問題は、治安と失業だ。「フランスを建て直さなくてはならない」というルペン氏の言葉は、有権者の琴線に触れた。
イスラム・テロの嵐
フランスの治安は急激に悪化している。第1の争点だ。2012年以来、この国はイスラム過激勢力によるテロに揺さぶられてきた。2012年にはイスラム過激派がユダヤ人学校の前で生徒ら7人を射殺。2015年1月には、テロリストがパリの風刺新聞「シャルリ・エブド」の編集部やユダヤ系スーパーを襲って16人を射殺。同年11月には、テロリストがコンサート会場やレストランなどで市民130人を虐殺するという、同国の歴史で最悪のテロ事件が発生した。
オランド大統領は、「フランスはテロ組織との戦争状態にある」として、2015年に国家非常事態を宣言。捜査当局は、過激派に対する取り締まりを強化し、数回にわたってテロ事件を未然に食い止めることに成功したが、同国にはテロ事件を起こす危険のあるISの同調者などがまだ約1万人いると推定されている。実際、国家非常事態が宣言されてからも、テロは起きている。
昨年7月には、イスラム国(IS)を信奉するチュニジア人が、ニースの遊歩道を歩いていた観光客ら84人を大型トラックでひき殺した。同じ月には、イスラム系テロリストがサン・エティエンヌ・ドゥ・ルブレーという町の教会に立てこもり、人質に取ったフランス人神父の首を切断した。
投票日の2日前には、パリのシャンゼリゼ大通りで、イスラム過激派に属すフランス人が自動小銃を乱射して、警察官1人を射殺したほか、通行人も含む3人に重軽傷を負わせた。
ルペン氏はこの事件の直後に、既成政党を厳しく批判した。彼女は、「再び警察官の血が流されたことに、私は強い憤りの念を抱いている」と述べ、「これまで政権を担当してきた保守政党、革新政党ともに、テロに対する戦争に敗北した。我々フランス人は、今や目覚めるべきだ。このような野蛮な行為に対して、決然とした態度で歯止めをかけなくてはならない」と指摘した。
排外主義で有権者の心をつかむ
ルペン候補は、「私が大統領になったら、テロ予備軍と見られる外国人を全て国外へ追放するとともに、国境でのパスポート検査を再開する」と主張している。
さらにルペン氏は、罪を犯した外国人の滞在権を直ちに剥奪することや、失業した外国人の滞在権を1年後に剥奪することを提案している。そして①合法的な移民数を毎年1万人に制限する、②亡命申請への対応を日本並みに厳しくする、③EU域外の国との二重国籍を禁止することも求めている。また就職や社会保障について、外国人よりもフランス人を優先する法律を制定することも検討している。
ルペン氏は、今回の大統領選挙の候補の中で、移民に対して最も厳しい姿勢を打ち出している。投票日直前に起きたテロ事件が、排外主義の旗手であるルペン氏にとって、一種の「追い風」となったことは否定できない。
さらにルペン氏は、父親がしばしば行っていた反ユダヤ的、ネオナチ風の発言を禁止し、排外主義の矛先をイスラム系市民に集中させた。さらに女性や同性愛者の権利の保護も要求した。つまりルペン氏は、「極右政党」のイメージを極力薄めることで、中間層の票を得ようと努力したのである。今回の得票率上昇は、この戦略が部分的に功を奏したことを示している。
「欧州の病人」フランス
もう1つの争点は、雇用問題である。現在フランスの失業者数は、約347万人。隣国ドイツの失業者数(約270万人)を約77万人上回る。欧州連合統計局によるとフランスにおける今年2月の失業率は10.0%で、EU28カ国の平均(8.0%)、ユーロ加盟国の平均(9.5%)よりも高い。ドイツの失業率の2.6倍である。1990年末から21世紀の初めにかけて、低成長と失業禍に苦しんだドイツは「欧州の病人」と呼ばれたが、今この不名誉なあだ名はフランスの状況を言い表すのに用いられる。
両国の失業率に、なぜこれほど大きな差がついたのだろうか。2007年までフランスの失業率はドイツよりも低かった。ドイツでは2003年にゲアハルト・シュレーダー首相が「アゲンダ2010」の名の下に、戦後最も根本的な雇用制度と失業制度の改革を断行して、労働費用の伸び率の抑制に成功した。シュレーダー氏は低賃金部門を拡大することによって、一時は500万人に達していた失業者数を約200万人減らした。この改革は、ドイツでワーキング・プア―の問題を生んだものの、少なくとも雇用統計の上では失業者数を減らすことに貢献した。
競争力の回復が不可欠
この結果、2009年以降、ドイツの失業率がフランスを下回り始めた。特にオランド氏が大統領に就任した2012年以降は、両国間の失業率の差が大きく拡大した。このことは、フランスの多くの有権者を失望させた。オランド大統領は、シュレーダー首相(当時)が断行したような、痛みを伴う改革に踏み切らなかった。もしも彼がドイツのように低賃金部門を拡大しようとしたら、労働組合の強硬な反対にあい、失敗に終わっていたはずだ。フランスの労働組合は、ドイツよりもはるかに戦闘的である。
フランス産業界のアキレス腱の1つは、国際競争力の低さだ。フランスの輸出額は2000年には世界全体の6%を占めていたが、2012年には4%に下がっている。フランスの国内総生産(GDP)に製造業が占める比率は2005年には21.5%だったが、2015年には19.5%に低下した。
フランス企業の国際競争力が低い原因の1つは、社会保障費用や税負担が重いことだ。
政府比率を減らして、民間経済を活性化させることも、どの候補者も避けて通ることができない課題だ。この国の経済では政府の占める役割が、他の国々に比べて大きい。たとえば政府支出がGDPに占める比率(政府比率)が大きい。2015年のフランスの政府比率は56.8%で、欧州でトップクラスである。これはユーロ圏平均(48.7%)、EU平均(47.4%)を大幅に上回る値だ。ちなみに欧州経済のトップ・パーフォーマーであるドイツの政府比率は43.9%で、フランスよりも約13ポイントも低い。
マクロン候補は、国の歳出を600億ユーロ(約7兆2000億円)減らすとともに、公務員や公共企業の社員数を12万人減らすと提案している。
またフランス中規模企業の国際競争力はドイツほど強くない。ドイツでは、ミッテルシュタントと呼ばれる中規模企業が、高いイノベーション力で知られ、特に企業間取引の市場で大きなマーケットシェアを持つ。ドイツの製造業界の屋台骨となっている。企業数の約99%を占める中規模企業に対して、政府が研究開発費を援助するなど積極的な振興策を取っていることが背景にある。これに対し、フランス政府は中規模企業の支援策をドイツほど積極的に行ってい ないために、こうした企業の国際競争力が劣っている。
産業の空洞化が進む
フランスでは、大衆向けの製品を作っている業種で今も産業の空洞化が進行している。今年1月には、米国企業ホワールプール社が、パリ北部のソンム県・アミアンにある工場を閉鎖し、乾燥機の生産拠点をポーランドに移す方針を発表した。この工場で働いていた290人の市民が、路頭に迷う。フランスの工場労働者の1時間あたりの労働費用は、ポーランドの4.9倍。労働費用の高さが裏目に出た。この地域では、2010年以降、タイヤやマットレスなどのメーカー3社が、工場を閉鎖しており、2000人近い市民が職を失っている。
ルペン候補は、ドイツに率いられたEUのグローバル化政策が、フランス市民の職を奪っていると主張し、EUおよびユーロ圏からの脱退、自国通貨フランと関税の復活を公約に掲げる。
首都と地方の格差が拡大
フランスにおける右派ポピュリスト政党の躍進は、英国におけるBREXIT派の勝利、米国でのトランプ氏の大統領就任と同じ根を持っている。ルペン氏は、BREXIT派やトランプ陣営と同じく、社会の所得格差、大都市と地方の対立を問題視する。彼女はグローバル化によって取り残されたと感じている「負け組」の声を代弁し、伝統的な政治エスタブリッシュメントに真っ向から挑戦しようとしている。
フランスでも英国と同様に、首都と地方の格差が広がりつつある。フランス統計局(INSEE)が今年初めに発表した県ごとの失業率比較によると、パリの失業率が7.8%なのに対し、北部(パ・ド・カレー県など)や南部(エロー県など)では失業率が2桁に達している。
特に南部のエロー県やピレネー・オリアンタール県は、北アフリカからの移民とその家族が多く住む地域で、失業や犯罪が大きな問題となっている。2002年にルペン氏の父親が第1回投票で勝利を収めた地域は、まさに失業率が高いこれらの北部と南部の県だった。パリだけを見ていたら、フランスの地方部の疲弊が深刻であること、そしてなぜ有権者の5人に1人が国民戦線に票を投じるのかを理解することはできない。
だがフランスが必要としているのは、産業競争力を強化するための改革であり、ルペン氏が提唱するような孤立主義、保護主義ではない。
第2回投票で仮にルペン氏が敗退しても、フランスが成長力を回復して「欧州の病人」と呼ばれる不名誉な現状から脱却しない限り、国民戦線の脅威がこの国の頭上から消え去ることはないだろう。マクロン候補が大統領になっても、ドイツが2003年以降経験した、痛みを伴う改革を避けて通ることはできない。フランスの前に広がる道程は、険しいものになるだろう。
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