先週、習近平が米国フロリダ州パームビーチのトランプの別荘マールアラゴに招かれトランプと会談した。
米中首脳会談というと、習近平が国家主席になって3カ月目の2013年6月に同じくカリフォルニア州のパームスプリングスのオバマの別荘で行われた会談を思い出す。このとき、習近平は笑顔をほとんど見せぬ横柄な態度を貫き、しかも元CIA職員のスノーデンに米NSAによる国民の秘密監視計画「PRISM計画」の存在を暴露させ、米国側の中国のサイバー攻撃批判や人権問題批判を封じ込める“お土産”までつけた。おかげで、もともと親中派であったと見られていたオバマの態度はその後、180度転換、アジアリバランス政策に変わり、中国への包囲網を強めていくことになった。言ってみれば、このときの会談は、習近平が先に“はったり”をかましたわけだ。結果は、中国自身にとってプラスであったかどうかはさておき。
さて今回の米中首脳会談は、どのような意義、成果があったのだろう。
オバマ会談とは立場が逆に
まず、会談の中味自体は大したものではなかったように思われる。
トランプが大統領になって3カ月も経たない時期での習近平の直接対面であり、その場での双方のパフォーマンス自体が重要な目的であったといえよう。習近平にとっては、さんざん中国を挑発してきたトランプの真意を測るのが第一目的であり、その次が米中の「新型大国関係」を印象づけることが狙いであった。これは秋の党大会に向けて、習近平の権力闘争や国内世論形成にも影響がある。
だがオバマ会談とはまったく立場が逆になり、先に“はったり”をかましたのはトランプのほうで、しかもはったりは一発ではなかった。会談の始まる前から主導権を握ったのはトランプであり、それは会談後まで続いた。
“はったり”の一発目は、当然、会談前にトランプがフィナンシャルタイムズのインタビューで明らかにした、米国の北朝鮮に対する武力攻撃をにおわせる単独制裁の可能性への言及である。二発目はもはや、“はったり”ではなく、本気の恫喝、シリアへのミサイル攻撃だ。
北朝鮮、シリア、台湾、貿易戦争…
会談中、習近平は、オバマに見せた横柄な態度は控え、“ぎこちない笑顔”を浮かべて対応したが、さすがシリアへの爆撃を行われたことへは、狼狽を隠せなかったようで、シリア攻撃にあいまいに「理解」を示して晩餐会はそそくさと切り上げて部屋に戻って対応を協議したもようだという。習近平が帰国したあと、中国の公式メディアは我に返ったのか、ようやくシリア攻撃について米国に批判的な報道を始めた。
中国はISとは対決姿勢を示すが、アサド政権とは親密な関係にある。アサド政権が化学兵器を使用したことに対しての制裁として、習近平との会談に合わせて巡航ミサイル59発を発射したことは当然、習近平にしてみれば、メンツをつぶされたと感じただろうし、なにより、北朝鮮に対する先制攻撃が、口先だけのはったりではないというメッセージをきっちり中国に伝えることができただろう。
だが、この米中会談が中国にとって悪いものであったか、というと実はそうでもないのではないだろうか。
トランプが大統領に就任して以来、中国に対して行った駆け引きを振り返ってみよう。
最初に切った最大の切り札は、一中政策の変更をにおわせる台湾カードだった。ついで、中国からの輸入品に高額関税をかけ、為替操作国認定するという貿易戦争カード。中国は貿易戦争については、米国からの輸入農産物などの報復の高関税をかけるなど対抗手段もあれば、妥協の用意もあったが、台湾問題の揺さぶりをかけられたときには、非常に狼狽した。米国が本気で台湾と同盟関係を結び中国に対抗するようなことにでもなれば、つまり中台統一の可能性が完全に失われる事態になれば、おそらく習近平が失脚するどころか共産党政権の執政の正当性や権威が完全に失われ、体制が解体しかねない話だ。
このため、楊潔篪や王毅、崔天凱ら外交官はあらゆる手を尽くして、トランプ政権の翻意を促す外交攻勢に出た。そのかいもあってか、2月になって、トランプは習近平との電話会談で、この台湾カードを引っ込め、一中政策の堅持を表明。中国もほっとした様子で、外交勝利だと喧伝した。だが、台湾カードを引っ込める代わりにトランプが求めてきたのは、北朝鮮に対する制裁強化、あるいは金正恩排除への協力である。
IS・シリアを優先、中国はそのあと
3月の米国務長官ティラーソン訪中のおりには、さらに強く北朝鮮制裁に関する米国への協力を求める代わりに、トランプ政権は中国に対して「新型大国関係」を認めるという大サービスをした。ティラーソンは習近平と会談し、新型大国関係という言葉こそ使わなかったが、「衝突せず、対抗せず、相互に尊重し、ウィンウィンを求める」というかつて、習近平がオバマに何度も提示した新型大国関係を定義する四句を繰り返した。オバマは習近平の求める新型大国関係をついぞ認めなかったが、トランプはそれを認めたわけだ。
これは外交官としての経験を持たないティラーソンの失言ではないか、と当初疑われたのだが、のちの報道によれば、ティラーソンは国務省の用意した原稿を読み上げたにすぎないという。トランプ個人が、中国をどのように思っているかはさておき、当面の共和党政権としての方針が、米中新型大国関係を受け入れるものであるとは言えそうだ。
さらに、トランプはフィナンシャルタイムズのインタビューで、北朝鮮に対する先制攻撃について、中国の協力がなくとも単独で行うことをほのめかせる一方で、関税問題については、4月の習近平訪問時に議題にしないとも語った。また、2月末に日本を含む11カ国の駐中国大使が、中国の人権派弁護士の拷問について第三者機関による調査を求める声明を連名で出したとき、米国大使はこれに参加しなかった。これもトランプ政権として、人権問題などで中国を非難しないというメッセージだろう。
恫喝とリップサービスや配慮、硬軟織り交ぜて中国に発信したメッセージは、トランプ政権側に中国を揺さぶるカードが多様であること示すと同時に、北朝鮮問題に関して米国への譲歩、妥協があれば、当面は中国と正面から敵対するつもりはない、ということだろう。
おそらく、トランプ政権の対外政策における優先度は一にIS・シリア問題であり、二に北朝鮮問題であろう。南シナ海問題や台湾問題、貿易問題などを使った中国との正面対決はそのあと、ということになる。
北朝鮮問題については、米国が本気で金正恩排除を目的とした経済・軍事制裁をとる場合、中国が北朝鮮を後方から支援しないことがその成否を決める。そのトランプからのメッセージの最後の仕上げが、シリアへの59発のトマホーク発射であったのだから、習近平の笑顔もぎこちなくなるわけだ。
しかし、それでも、中国国内ではこの会談を米中二強時代の到来を示す会談として、ポジティブに報じた。それは決して強がりばかりだとも言い難い。
とりあえず、秋までは
まず、今回の首脳会談では「米中の非凡な友誼」が国際社会に喧伝された。とりあえず二人は18時間、会談し、三度握手し、二人でマールアラゴの芝生の上を寄り添いながら散歩もした。次に、トランプの年内訪中が約束され、少なくとも年内は、双方が顔を合わすのも気まずいような関係悪化はなさそうである。つまり党大会が終わる前に、台湾や南シナ海問題を持ち出して米中対立の先鋭化は起こらないという感触は得たようである。
さらに、貿易不均衡是正のための百日計画を策定した。高関税をかけるようなやり方ではなく、中国が積極的に航空機や農産物などのお買い物をたくさんし、米国の貿易赤字を減らしていくということで、これはもともと中国側も妥協策として用意していたことでもある。
つまり当初、トランプ政権がちらつかせていた対中強硬策はとりあえず棚上げされた。習近平としては新シルクロード構想「一帯一路」の枠組みに米国が参加するよう誘い、経貿、軍事、文化領域において米中が引き続き協力・交流を維持していくというトランプからの言質をとり、米国に逃亡している“汚職政治家・官僚”らの引き渡し問題について、中国側の反腐敗キャンペーンを支持するという姿勢を取り付けたので、とりあえず、秋までは背後の心配をせずに国内の権力闘争に専心できそうだ。
ただ北朝鮮問題について、どのような譲歩を中国側がしたのか、しなかったのかはよくわかっていない。報道ベースでは、協力の深化で一応の一致をみたが、認識を共有するに至らなかったようだ。韓国に配備されたTHAADミサイルについて、両者の間でどのような応酬があったのか、それを含めて中国側がどのような妥協をしたのか、今回の首脳会談で中味があるとしたらその点だが、そのあたりはこの原稿の締め切り時点ではまだ不明である。
中国側の党内世論としては、かりに米国が北朝鮮を攻撃しても、中国は再び北朝鮮を支援して軍事行動を行う必要はない、という意見が強い。なので、積極的に米国に協力することはないとしても、北朝鮮とともに米国と戦うという可能性はかなり低いだろう。経済制裁の強化には、譲歩の余地がある。妥協があるとすれば、そのあたりに落とし込むことはできそうだ。
ただ、半島問題の本質は、北朝鮮の核問題というよりは、米国と中国の軍事プレゼンスの問題であり、半島での軍事プレゼンスが強い方が、アジア・太平洋地域の支配力が強くなるという意味では、米中の覇権争いの問題といえる。中国の本音をいえば、北朝鮮が、米軍が駐留する韓国と中国の間にいてくれる現在の状況は望ましいものであり、金正恩政権に対する中国のコントロール力が以前に比べて衰えたとしても、米軍に排除されて、そのあと、親米政権でもできるようであれば、非常に困る。もちろん、そんなことになるようであればロシアも黙っていない。
いずれにしても厄介な二大強国
中国人民大学国際関係学米国研究センター主任の時殷弘が、ニューヨークタイムズに次のようにコメントしていたのが的を射ているだろう。
「習近平は(訪米前に北朝鮮問題で制裁強化などの)準備をすでにしている。おそらく、北朝鮮に対する圧力を強化していくだろう。しかし、中国としての戦略のボトムラインは堅持する。つまり北朝鮮は存続させる。米国の軍事パワーによる半島統一の潜在的可能性を許すわけにはいかない」
米国が金正恩個人を排除するというだけなら、それに代わる政権が中国との同盟関係を維持する親中政権であるならば、中国としても許容範囲にとどまる。だいたいリビアもそうだったが、米国が軍事介入するとぐちゃぐちゃになることが多いので、ぐちゃぐちゃになってから、国連のメンバーとして介入することもできよう。そのときは、中ロが手を組む可能性が強い。
シリア攻撃は中国にとってもメンツをつぶされた事件だが、良いことも一点ある。これで米ロ関係が悪化するということだ。おそらく今後、トランプ政権内の親ロ勢力は駆逐され、中国が当初懸念していた、米国がロシアを取り込み中ロ“蜜月”関係に楔をいれて、中国を孤立させるという戦略が立ち消えとなるとしたら、中国としては当面安心できる。
そう考えるとトランプに挑発され翻弄されつづけた習近平であったが、結果的にはそれなりに満足のいった首脳会談になったのではないか。
もっとも、習近平政権の本当の敵は、国の外にいるのではなくて内に存在する。この国内の敵、つまり政敵や党の権威に疑いを持ち始めた中産階級や社会不満を募らせる人民を抑えて、国内の団結を図るには、実のところトランプくらいわかりやすい“中国を挑発する敵”の存在はむしろありがたいかもしれない。そして日本にとっては、米中は関係が良すぎても、対立が深まっても、不安と懸念材料が増える一方の、厄介な二大強国なのである。
ともに儒教を文化の基盤にしているから「中国人とは理解しあえる」と信じる日本人はいまだに多い。だが、習近平政権下の空前の儒教ブームは、政治に敏感な彼らの保身のための口パクにすぎず、中国人はとうに孔子を捨てていたのだ。
「つらの皮厚く、腹黒く、常に人を疑い、出し抜くことを考え、弱いものを虐げ、強いものにおもねりながら生きていかねばならない」中国人の苛烈すぎる現実を取材した。
飛鳥新社 2017年2月15日刊
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