この6年間に6本の成長戦略があって、それが年替わり宰相の就任時の通過儀礼だった。

 と、そう言っては身も蓋もあるまいが、ひょっとすると打ち上げ花火でもいいと考えていたのではと、勘ぐりたくなるほど、どれも華々しい。

 「5年で労働生産性を5割増」。これは2007年4月、安倍晋三首相が第1次政権の折に出した「成長力加速プログラム」の目標である。

 これが翌2008年、福田康夫元首相の「経済成長戦略」では「10年程度で実質2%成長」になり、さらに2009年には、麻生太郎元首相(現・財務相)の「未来開拓戦略」で「2020年に実質GDP=国内総生産=120兆円増」へと移った。

 民主党も人のことは言えない。2009年に政権交代を果たした鳩山由紀夫元首相は「新成長戦略」で「2020年までに環境など新分野で100兆円超の需要創造」と打ち上げる。続いて翌2010年の菅直人元首相は「新成長戦略―元気な日本復活のシナリオ」、2011年の野田佳彦前首相は「日本再生戦略」をぶち上げ、同様の目標を高々と掲げたのである。

 目線を高く、狙いを遠くすること自体を否定するわけではないが、「それで効果は?」と問い直せば「…」である。

失業率は低くても労働力は減少

 さて、安倍首相が間もなく公表する7度目の正直、新「成長戦略」は果たしてどうなるか。これまた「長期失業者を5年で2割減」「若手農家を10年で倍増」「自動車運転など次世代インフラ産業市場を2030年に25兆円に」などと大きな数値目標が打ち上げられると見られるが、やはり本当のところはどうなのかと思わせられる。

 政策自体は過去6本同様、豪華な幕の内弁当よろしくてんこ盛りになっているが、主軸はどこなのか、政策間の連携をどう取って成長につなげていくのか、その考え方が見えない。ことに過去6本の時よりさらに財政再建が必要になっているはずなのに、財政再建と成長の両立策が浮かんでこない。

 例えば、6本の成長戦略には労働市場と雇用の改革が必ずといっていいほど出て来て、今回ももちろん上がっている。これが柱の1つになるのは、生産性を上げなければ人口減時代に産業と企業の競争力を引き上げようがないからだろう。

 ところが今浮かんでいるのは、(1)ハローワークの求人情報を民間に開放し、情報を探しやすくすることと、(2)女性の登用や子育てとの両立支援に積極的な企業への助成金・税制優遇、そして(3)職業訓練を実施するなど、ヒトの再就職を支援した企業向けに労働移動支援助成金を給付してヒトの移動を促す、といったものだ。

 効果がないとは言わないが、現在の労働市場の問題と成長戦略で達成すべき目標をどう意識したものなのか。下のグラフにもあるように、日本の失業率は4%台だから先進国の中でも低い方。しかし、非労動力率の推移を併せて見れば、別の姿が浮かんでくる。

 非労動力率の上昇は高齢者や長期失業などで就職を諦めたヒトの増大を意味するから、成長のためには是非とも解決しなければいけない問題である。経済成長には労働力の維持・増加は欠かせないものだからだ。

 課題はまだある。下のグラフは、安倍首相が企業に賃上げ要請を行って広く知られることとなった家計の収入減の実態を示すものだ。デフレの主因の1つと見られる賃金減のさらに原因は、企業の業績悪化をボーナスなど社員の賃下げでカバーしてきたことと、非正規労働者の拡大である。さらにいえば、非正規労働者が増え始めた2000年代に入って生活保護世帯も急増している。

正社員と非正規の格差縮小が課題

 市場の変動に労働投入量を合わせることが生産性向上の1つの方法だとすれば、派遣など非正規労働者の拡大は必要だが、現状はマイナスの効果も大きくなっている。非正規労働者の賃金が抑えられて所得の格差を生み、一方で正社員も賃下げで、雇用と企業の利益維持を図ろうとしたからデフレにまでつながってしまったのである。

 その中で正社員の移動に助成をつけて解決になるのか。まず、容易ではあるまい。ここで検討する必要があるのは、男性が正社員となって主たる生計を支える仕組みや、正社員は定期採用中心で、それに漏れると再挑戦の機会が極端に減る状況の改革だろう。

 いずれも高度成長期に出来上がったシステムであり、時代に合わなくなっている。かつて、失業者に手厚い失業給付を行うと共に国が教育訓練を施し、別の業種への移動を促してきたスウェーデンやドイツは1990年代後半辺りから、その政策の効果が薄れてきたと言われる。

 手厚い失業給付によるモラール低下に加え、産業の高度化とグローバル化による変化の激しさなどが、積極的労働市場政策と呼ばれるそれだけでは追いつかなくしたのである。

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