効率化のため、流通業の販売現場で取扱商品の集約化が一段と進んでいる。食品スーパーやコンビニの中には、プライベートブランド(PB)商品が売り場をほぼ占拠し、大手メーカーの定番商品ですら扱わない店まで登場(「『カルビー ポテトチップス』のないコンビニ」参照)。どこに買い物に行っても代り映えしない品揃えに飽きてきた消費者も少なくないに違いない。

 そんな中、あえて多品種戦略を貫くマーガリン・スプレッドメーカーが丸和油脂だ。“パンに塗る物業界”でも多様性は失われており、最近はイチゴジャムやチョコクリーム程度しか見当たらない店も増えている。そんな中「あずきミルククリーム」「黒豆ココアクリーム」「ガーリック&マーガリン」など挑戦的な新商品を開発し市場に投入し続ける同社。伴野将元取締役営業副本部長に話を聞いた。

(聞き手は鈴木 信行)

まずは会社紹介からお願いしたい。

伴野:大正12年(1923年)創業の食品会社だ。当時、人造バターと呼ばれていたマーガリンの工場を今も本社を置く東京都品川区で操業し出発した。マーガリンメーカーとしては草分け的存在と言われている。

そんなに古くからマーガリンは日本の食卓に浸透していたのか。

伴野:今のように広く大衆に普及していたわけではなく、当初は富裕層など一部の人が対象だったらしい。その後、菓子会社やパン店向けの業務用マーガリンを中心に事業を拡大。現在は、東京本社のほか埼玉県春日部市、栃木県那須塩原市、滋賀県東近江市などに製造拠点を構え、マーガリンやスプレッドのほかマヨネーズ類、ドレッシング類の製造販売も手掛けている。従業員は340人ほどだ。

長年の超個人的疑問「なぜバナナクリームがない?」

それでは取材趣旨を説明させてほしい。私自身、朝食は長年パン主体で、自ずとジャムやスプレッド売り場にはよく足を運ぶのだが、店に行く度にかねて不思議に思うことがあった。「なぜイチゴジャムはあるのにバナナジャム、バナナクリームはないのか」という疑問だ。地域にもよるかもしれないが、かつて学校給食では、バナナクリームはイチゴジャム、ピーナッツ、マーガリンと並ぶ“パンに塗る物ローテーション”の一角だったはずだ。

伴野 将元(ばんの・のぶゆき)
1987年4月入社。2006年4月営業本部第一営業部部長。2010年7月営業本部執行役員東日本営業部統括。2012年7月営業本部取締役営業副本部長。座右の銘「今やらずしていつやる」。趣味はウォーキング、草野球、ゴルフ(撮影:清水盟貴)

※伴野取締役と共に取材協力してくれた方
井手本 正也氏
1984年4月入社。2003年4月生産本部那須工場工場長。2008年7月生産本部春日部工場工場長。2010年4月生産本部開発部部長。開発部長方針は市場に存在しない商品開発。趣味は家族旅行、散歩、読書

越路 文彦氏
1994年4月入社。2013年4月生産本部那須工場工場長。工場長方針はお客様第一、安心安全な商品作り。趣味は釣り、バイク

伴野:それは間違いない。当社は給食用マーガリン・スプレッドも手掛けているが、確かにバナナクリームも供給していた。

当時の給食の時間を思い出すと「マーガリンよりバナナクリームが楽しみ」と言う児童は結構いた記憶がある。自分もその1人で、バナナクリームは「社会人になったら大人買いしたいモノ」の1つだった。ところが大人になり買い物に行くとバナナクリームがなかなか見つからない。そんな時、出合ったのが、御社のスプレッドブランド「デキシーシリーズ」のバナナクリームだった。ある時期からカルディコーヒーファームに行けば高確率で購入できる事実を知り、以来、カルディに行ってはまとめ買いしてきた。

伴野:それは大変光栄だ。確かにバナナはレアかもしれない。

そこが不思議で仕方がない。かつては給食用にまでなっていたメジャーな国民的スプレッド「バナナクリーム」をなぜ日本の食品メーカーはどんどん作らないのか。そんな中、なぜ御社だけがバナナクリームを積極的に製造しているのか。その辺りを詳しく教えていただきたい。

伴野:………お話は分かった。バナナクリームの話はとりあえず置いておいて、まず当社が、個性的なスプレッドを手掛ける多品種メーカーであるのは事実だ。

カタログを見ても「あずきミルククリーム」「黒豆ココアクリーム」「じゃりじゃりとした新食感キャラメルクリーム」と変わった商品が並んでいる。

伴野:そうした商品構成は、当社の歴史と密接に関係している。

伴野:当社が多品種メーカーへの道を本格的に歩み始めたのは、先ほど申し上げた給食用小袋スプレッドの製造販売へ昭和40年代に乗り出したことが強く影響している。当初、学校へ供給していたのは、主力製品であるマーガリンが中心だったが、昭和47年(1972年)からピーナッツクリームなど多品種甘味スプレッドを積極的に開発していくことになった。

なぜ商品構成を広げたのか。

伴野:学校給食の世界で長く採用されるには、栄養価が高いことなど基本的な部分に加え、2つの要素が重要になる。まずは単純明快、子供に好かれること。献立自体は地方自治体の学校給食課など担当部署の方が選定するが、子供及びPTAの意見はその決定を少なからず左右する。

 次に大事なのが残飯率。これが上がってしまうと献立は見直される確率が高い。いかに子供たちからの評判を高め、食パンを残さず食べてもらうか――。それを研究したところ、月曜日から土曜日までマーガリンを出し続けるより、「月曜日はマーガリン」「火曜日はピーナッツ」「水曜日はバナナクリーム」と日替わりで複数のスプレッドを提供した方が人気は高まるし、パンの食べ残しも減るという事実に気付いたのだ。以来、大豆クリームやチョコ、きなこ、レーズンと様々な商品を開発し、業務用や家庭用向けにも展開してきた。

給食という市場で安定的に商売を続けようと努力していたら、自然と商品点数が増えていった、と。

伴野:やがて給食事業は中核事業の1つとなり、北海道から沖縄まで多くの学校に当社製スプレッドが行き渡ることになった。読者の皆さんの中にも、丸和油脂のマーガリンやピーナッツクリーム、バナナクリームを食べて育った方は大勢いることと思う。

バナナ、マンゴー…歴史が育んだ多品種生産技術

他社、とりわけ大手は給食市場に積極的に進出してこなかったのか。

伴野:この業界は典型的な装置産業で、理想を言えば、大量の材料を使って大量の製品を一気に製造するのが最も効率がいい。もともと多品種戦略は採用しにくいビジネスモデルなのだ。大手企業の中には、構造上小ロット生産が難しい大型設備主体の会社も少なくない。

ビジネスモデルを抜本的に見直してまで、あえて給食市場に参入しようとした大企業は少なかった、と。

伴野:加えて、スプレッドの場合、新しい材料を採用するのは想像以上に難しい作業なのだ。素材と油脂を適当に混合するだけではスプレッド特有の滑らかさは生まれないし、品質保存期間にも影響する。そうした問題をクリアするには工夫が必要で、例えばピーナッツクリームの場合、油脂の種類や配合比率を季節に応じて微調整することが不可欠。当然、素材をピーナッツから他の物に変えれば、その度に研究が必要になる。

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