この夏公開された『戦狼Ⅱ』という中国映画が、歴代興行収入トップの記録を塗り替えました。
公開から1ヶ月足らずで興行収入人民元54億元(約870億円)を突破し、現在も記録を伸ばしています。
『戦狼Ⅱ』(Wolf Warriors Ⅱ/ウルフウォーリアー2)2017年7月27日公開 126分 監督・主演:呉京
あらすじ:
中国人民解放軍の優秀な特殊兵だった主人公は大切な人を失ったことによる葛藤から軍を離職し、アフリカに渡り用心棒のような暮らしをしている。
主人公の滞在する地域は疫病と武装集団が蔓延する危険な地域だが、中国資本の投資もさかん。
あるとき、現地の反政府勢力による武力行使が起き、奥地に建設された中国資本の工場が危険地帯の中で孤立してしまう。
工場の中にはたくさんの中国人労働者が残されている。主人公は同胞を救うため、圧倒的な武装力を有する敵の傭兵と戦う・・・
という、銃撃武装アクション映画です。
これまで中国映画市場の歴代興行成績トップだったのは、2016年の正月映画として公開されたチャウ・シンチー監督の『美人魚』(マーメイド)です。
『美人魚』(マーメイド)の33億元(約530億円)という数字は1年以上破られることがありませんでした。
ここ1年ほど、中国映画市場の成長速度はやや鈍く、ヒット作でも『美人魚』の33億元には到底届きませんでした。
ところが、『戦狼Ⅱ』は公開から僅か11日で30億元を突破し、23日で50億元を超える驚異的な興行収入を記録しました。
最近中国では「主旋律電影」というものが流行っています。
「電影」は中国語で映画のことで、昔からある言葉です。
「主旋律」というのは、割と最近使われるようになった言葉で、「国家の主流の価値観を宣伝・発揚する」という意味を持ちます。
つまり、国が掲げるイデオロギーを支持する映画のことであり、従来型の言い方をするとプロパガンダ映画です。
しかし、昨今の「主旋律映画」は、今の中国の潤沢な資金力と最新の映像技術を駆使したド派手なエンタメ映画に仕上がっています。
『戦狼Ⅱ』は、最初から最後まで激しい銃弾戦シーンが続きます。
冒頭のアフリカの市街地で逃げ惑う市民を乱射、爆撃するシーンや、孤立した工場の中で無防備な労働者がドローン武器に撃ち殺されるシーンなど、衝撃的な殺戮シーンの連続です。
そんな中、主人公を始めとする中国人の主要登場人物は、超人的な精神力と身体能力で危機を突破していきます。
中国人民解放軍がアフリカ洋上の駆逐艦からミサイルを次々と発射し、現代軍事力をアピールするシーンもありますが、大半は主人公の武術をベースとした格闘能力によって突破口が開かれます。
この映画の成功によって、中国の一般大衆が好む要素は、「武術アクション+愛国心」であるとことが証明されたと言われています。
元軍人が国や国民を守るために命を懸けて戦うというストーリー展開を通じて、最終的には、中国の軍事力の強さ、国際的影響力、政治力の強さを賞賛・アピールする作品となっています。
中国パスポートが画面いっぱいに映し出され、祖国はどんなときも国民を見捨てない---というメッセージも添えられます。
この一言のために、機関銃の音が2時間も鳴り続くアクション映画を作ったのか・・・と思うと、なんともいえない感動が沸き起こります。
『戦狼Ⅱ』の戦闘シーンは誇張された表現ではあるものの、現代の脅威としては、宣戦布告を経た国と国の戦争よりも、いつどこで巻き込まれるか分からない政治動乱やテロの方が危険性が高いと考えると、ある意味では現実味があります。
2017年は中国人民解放軍の建軍90周年です。
軍の創設記念日である8月1日に向けて、多数の政治キャンペーン色の強い映画やドラマが公開されました。
その代表といえるのが、『建軍大業』という映画です。
『建軍大業』2017年7月27日公開。監督:アンドリュー・ラウ、製作:韓三平 8月末現在の興行収入:3.85億元(約62億円)
主演:劉燁(毛沢東)、朱亜文(周恩来)、霍建華(蒋介石)、黄志忠(朱徳)
EXOのレイや、根強いアイドル人気を持つ俳優馬天宇(マー・ティエンユー)、ヒット作を飛ばすイケメン俳優・李易峰(リー・イーフォン)など、若手からベテランまで主役級の俳優が大量に出演する超豪華キャストです。
1927年4月の上海四一二反革命政変から、1927年8月1日の南昌武装決起、その後の三河壩戦役にいたるまでの約半年間を描いた作品なので、日本軍はまったく出てきません。
しかし、『建軍大業』は、せっかく近代史を描いているのに、時代考証の粗さが批判を浴びています。
当時ありえないはずの整った軍装、威力の強すぎる爆弾や銃弾の数々は、かなりの違和感を覚えます。
はっきりって突っ込みどころ満載で、最初は真面目に見ていた観客も、40分くらいすると何となくざわつき始め、1時間を過ぎた頃には耐えられなくなり、スマホをいじりだしてSNSのグループチャットに突っ込みどころを呟きはじめるという様相です。
EXOのレイ(張芸興)は、軍の創設に貢献を果たすも20代前半の若さで犠牲となった軍人・盧徳銘を演じる。
あまりにもキレイで儚く・・・なんといったらよいのかよく分かりません。
人民解放軍の創始者の一人である葉挺を演じるのは、男性ボーカルオーディション番組「快楽男声」から出てきた歌手・俳優の欧豪。
絵になりすぎる蜂起のシーンは賛否両論でした。歴史映画というよりはミュージックビデオのようで、いまにもライブが始まりそうとの声が続出。
そもそも、いまの価値観や美的感覚に基づいて、90年前の革命期を描くことに違和感があります。
しかし、仕方のないことでもあると思います。
なぜなら映画を観る側は、常日頃お金のかかったスピーディで華やかな映像を見慣れています。
そんな観衆を退屈させないためには、ド派手で刺激に満ちた戦闘シーンを用意せざるを得ません。
その結果、革命を崇めるための誇大表現により、本来の歴史を傷つけてしまっているように思います。
しかも敵陣の最終的なボスである蒋介石は作中では恋愛にいそしんでいるだけにみえます。それなのに共産党側は何万人もの犠牲を出し、なんて理不尽なんだ・・・・と悲しくなる映画でした。
「ものすごくお金をかけた軍装コスプレ映画としては最高」などとSNS上では揶揄されています。
元SuperJuniorのハンギョンが軍閥のプリンスであった張学良を演じる。結構似ていると評判に。
もうひとつ、この夏話題になった中国映画があります。
『二十二』 2017年8月14日中国全国で公開。 監督:郭柯 公開版の尺は99分。
中国の元慰安婦のインタビューをベースとして制作されたドキュメンタリー映画です。
タイトルの『二十二』は、「過去20万人以上存在した慰安婦は、映画撮影当時の2014年には22名しか生存が確認できず、その22人を訪問して撮影した」ということから、『二十二』というタイトルがつけられています。
作中では、主に4人の生存者とその家族を追っています。
2014年に撮影され、2015年には映画が完成していましたが、上映するための資金がなく、クラウドファンディングにより資金を集め、2017年7月に全国上映にこぎつけたという背景があります。
クラウドファンディングには32099人が協力し、エンドロールに協力者の氏名リストが流れることが話題となっています。
このような題材を扱ったこと自体は賛同を集めており、ドキュメンタリーとしては異例の1.65億元(約26億円)という良好な興行収入を上げています。
「中国で全国公開された慰安婦のドキュメンタリー映画」というと、身構える人も多いのではと思いますが、実際に観てみるとびっくりするほど淡々とした映画です。
ドキュメンタリーであることを差し引いても、かなり淡々とした作風です。政治的な訴えがあることを予期して観に行った人は、拍子抜けすると思います。
良くいえば、余計な脚色や演出を避けてありのままの姿を描いたといえますが、一方では、監督が何を訴えたいのかメッセージ性が感じられないという意見もあります。
この夏公開された3本の作品、『戦狼Ⅱ』『建軍大業』『二十二』はいずれも、いまの中国のある種の勢いに乗った映画とえいます。
色々な意見がありますが、変化を続ける中国のひとつの夏を刻んだ作品です。
【おまけ】銀魂 実写版 2017年9月1日中国で待望の劇場公開。
公開から1ヶ月足らずで興行収入人民元54億元(約870億円)を突破し、現在も記録を伸ばしています。
『戦狼Ⅱ』(Wolf Warriors Ⅱ/ウルフウォーリアー2)2017年7月27日公開 126分 監督・主演:呉京
あらすじ:
中国人民解放軍の優秀な特殊兵だった主人公は大切な人を失ったことによる葛藤から軍を離職し、アフリカに渡り用心棒のような暮らしをしている。
主人公の滞在する地域は疫病と武装集団が蔓延する危険な地域だが、中国資本の投資もさかん。
あるとき、現地の反政府勢力による武力行使が起き、奥地に建設された中国資本の工場が危険地帯の中で孤立してしまう。
工場の中にはたくさんの中国人労働者が残されている。主人公は同胞を救うため、圧倒的な武装力を有する敵の傭兵と戦う・・・
という、銃撃武装アクション映画です。
これまで中国映画市場の歴代興行成績トップだったのは、2016年の正月映画として公開されたチャウ・シンチー監督の『美人魚』(マーメイド)です。
『美人魚』(マーメイド)の33億元(約530億円)という数字は1年以上破られることがありませんでした。
ここ1年ほど、中国映画市場の成長速度はやや鈍く、ヒット作でも『美人魚』の33億元には到底届きませんでした。
ところが、『戦狼Ⅱ』は公開から僅か11日で30億元を突破し、23日で50億元を超える驚異的な興行収入を記録しました。
最近中国では「主旋律電影」というものが流行っています。
「電影」は中国語で映画のことで、昔からある言葉です。
「主旋律」というのは、割と最近使われるようになった言葉で、「国家の主流の価値観を宣伝・発揚する」という意味を持ちます。
つまり、国が掲げるイデオロギーを支持する映画のことであり、従来型の言い方をするとプロパガンダ映画です。
しかし、昨今の「主旋律映画」は、今の中国の潤沢な資金力と最新の映像技術を駆使したド派手なエンタメ映画に仕上がっています。
『戦狼Ⅱ』は、最初から最後まで激しい銃弾戦シーンが続きます。
冒頭のアフリカの市街地で逃げ惑う市民を乱射、爆撃するシーンや、孤立した工場の中で無防備な労働者がドローン武器に撃ち殺されるシーンなど、衝撃的な殺戮シーンの連続です。
そんな中、主人公を始めとする中国人の主要登場人物は、超人的な精神力と身体能力で危機を突破していきます。
中国人民解放軍がアフリカ洋上の駆逐艦からミサイルを次々と発射し、現代軍事力をアピールするシーンもありますが、大半は主人公の武術をベースとした格闘能力によって突破口が開かれます。
この映画の成功によって、中国の一般大衆が好む要素は、「武術アクション+愛国心」であるとことが証明されたと言われています。
元軍人が国や国民を守るために命を懸けて戦うというストーリー展開を通じて、最終的には、中国の軍事力の強さ、国際的影響力、政治力の強さを賞賛・アピールする作品となっています。
中国パスポートが画面いっぱいに映し出され、祖国はどんなときも国民を見捨てない---というメッセージも添えられます。
この一言のために、機関銃の音が2時間も鳴り続くアクション映画を作ったのか・・・と思うと、なんともいえない感動が沸き起こります。
『戦狼Ⅱ』の戦闘シーンは誇張された表現ではあるものの、現代の脅威としては、宣戦布告を経た国と国の戦争よりも、いつどこで巻き込まれるか分からない政治動乱やテロの方が危険性が高いと考えると、ある意味では現実味があります。
2017年は中国人民解放軍の建軍90周年です。
軍の創設記念日である8月1日に向けて、多数の政治キャンペーン色の強い映画やドラマが公開されました。
その代表といえるのが、『建軍大業』という映画です。
『建軍大業』2017年7月27日公開。監督:アンドリュー・ラウ、製作:韓三平 8月末現在の興行収入:3.85億元(約62億円)
主演:劉燁(毛沢東)、朱亜文(周恩来)、霍建華(蒋介石)、黄志忠(朱徳)
EXOのレイや、根強いアイドル人気を持つ俳優馬天宇(マー・ティエンユー)、ヒット作を飛ばすイケメン俳優・李易峰(リー・イーフォン)など、若手からベテランまで主役級の俳優が大量に出演する超豪華キャストです。
1927年4月の上海四一二反革命政変から、1927年8月1日の南昌武装決起、その後の三河壩戦役にいたるまでの約半年間を描いた作品なので、日本軍はまったく出てきません。
しかし、『建軍大業』は、せっかく近代史を描いているのに、時代考証の粗さが批判を浴びています。
当時ありえないはずの整った軍装、威力の強すぎる爆弾や銃弾の数々は、かなりの違和感を覚えます。
はっきりって突っ込みどころ満載で、最初は真面目に見ていた観客も、40分くらいすると何となくざわつき始め、1時間を過ぎた頃には耐えられなくなり、スマホをいじりだしてSNSのグループチャットに突っ込みどころを呟きはじめるという様相です。
EXOのレイ(張芸興)は、軍の創設に貢献を果たすも20代前半の若さで犠牲となった軍人・盧徳銘を演じる。
あまりにもキレイで儚く・・・なんといったらよいのかよく分かりません。
人民解放軍の創始者の一人である葉挺を演じるのは、男性ボーカルオーディション番組「快楽男声」から出てきた歌手・俳優の欧豪。
絵になりすぎる蜂起のシーンは賛否両論でした。歴史映画というよりはミュージックビデオのようで、いまにもライブが始まりそうとの声が続出。
そもそも、いまの価値観や美的感覚に基づいて、90年前の革命期を描くことに違和感があります。
しかし、仕方のないことでもあると思います。
なぜなら映画を観る側は、常日頃お金のかかったスピーディで華やかな映像を見慣れています。
そんな観衆を退屈させないためには、ド派手で刺激に満ちた戦闘シーンを用意せざるを得ません。
その結果、革命を崇めるための誇大表現により、本来の歴史を傷つけてしまっているように思います。
しかも敵陣の最終的なボスである蒋介石は作中では恋愛にいそしんでいるだけにみえます。それなのに共産党側は何万人もの犠牲を出し、なんて理不尽なんだ・・・・と悲しくなる映画でした。
「ものすごくお金をかけた軍装コスプレ映画としては最高」などとSNS上では揶揄されています。
元SuperJuniorのハンギョンが軍閥のプリンスであった張学良を演じる。結構似ていると評判に。
もうひとつ、この夏話題になった中国映画があります。
『二十二』 2017年8月14日中国全国で公開。 監督:郭柯 公開版の尺は99分。
中国の元慰安婦のインタビューをベースとして制作されたドキュメンタリー映画です。
タイトルの『二十二』は、「過去20万人以上存在した慰安婦は、映画撮影当時の2014年には22名しか生存が確認できず、その22人を訪問して撮影した」ということから、『二十二』というタイトルがつけられています。
作中では、主に4人の生存者とその家族を追っています。
2014年に撮影され、2015年には映画が完成していましたが、上映するための資金がなく、クラウドファンディングにより資金を集め、2017年7月に全国上映にこぎつけたという背景があります。
クラウドファンディングには32099人が協力し、エンドロールに協力者の氏名リストが流れることが話題となっています。
このような題材を扱ったこと自体は賛同を集めており、ドキュメンタリーとしては異例の1.65億元(約26億円)という良好な興行収入を上げています。
「中国で全国公開された慰安婦のドキュメンタリー映画」というと、身構える人も多いのではと思いますが、実際に観てみるとびっくりするほど淡々とした映画です。
ドキュメンタリーであることを差し引いても、かなり淡々とした作風です。政治的な訴えがあることを予期して観に行った人は、拍子抜けすると思います。
良くいえば、余計な脚色や演出を避けてありのままの姿を描いたといえますが、一方では、監督が何を訴えたいのかメッセージ性が感じられないという意見もあります。
この夏公開された3本の作品、『戦狼Ⅱ』『建軍大業』『二十二』はいずれも、いまの中国のある種の勢いに乗った映画とえいます。
色々な意見がありますが、変化を続ける中国のひとつの夏を刻んだ作品です。
【おまけ】銀魂 実写版 2017年9月1日中国で待望の劇場公開。