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2014.01.01
会話、論文、小説の言葉はどう違うか?日本語の文は4つのレイヤーからできている
昨年は論文の書き方(→論文の道具箱)や小説の書き方(→創作の道具箱)を取り上げたが、今日は両者を包含する話題を取り上げてみたい。
日本語の文は4つの層からなる
あのー、どうやら今雪が降っているみたいですね
という文は、次のような4層(レイヤー)が重なったものである※。

○命題の層(レイヤー)……「雪が降っ」(雪が降る)
文の内容の核になる部分。
ここでは〈雪が降る〉という事態を示している。
○現象の層(レイヤー)……「今___ている」
命題として表された事態の現れ方を示す部分で、命題の層を包むようにその外側に現れる。
事態が、時間的/空間的にどう現れるかを示したり、また肯定/否定的にどう現れるか(命題の事態が存在・現象するのか、しないのか)を示す層である。
つまり言葉と言語外の現実とが、どのような関係にあるかを示す層であるといえる。
ここでは命題として捉えられた事態(雪が降る)が、時間的に現在進行して(現れて)いることを示している。
○判断の層(レイヤー)……「どうやら___みたいだ」
事態とその現象(現れ)に対して、話し手/書き手の判断を示す部分で、現象の層を包むようにその外側に現れる。
言語が表す現象と、言葉を発する人との関係を表す層だといえる。
ここでは〈今雪が降っている〉という現状について、推量という判断を付け加えている。
他にこの層にあたるものとしては価値判断(当為)をあらわすもの(「~べきだ」等)や可能の判断(「~できる」「~し得る」)等がある。
○伝達の層(レイヤー)……「あのー___ですね」
聞き手/読み手に対する、話し手/書き手の態度・意識や関係性を表す部分で、日本語文の最も外側の層となる。
言葉を発する人と、言葉を受け取る人との関係を表す層だといえる。
この層にあたるものとしては、伝達態度をあらわすもの(「~ね」等)、丁寧さをあらわすもの(「~です」「~ます」)がある、話し手の人物像を想起させる役割語(博士キャラを示す「〜なのじゃ」やお嬢様の「〜ですわよ」、コロ助の「〜ナリ」、シェンホアの「〜ですだよ」など)もこの層に現れる。
この階層構造は、必ずしも外側の層(レイヤー)が前後から挟み込む形になる訳ではない。
別の例文「梅雨前線が雨を降らせたようだよ」について図にしておこう。

どの文章にどの層(レイヤー)が使われるか
◯話し言葉、手紙
話し相手が目の前にいる会話や、読み手/受け手を意識した手紙やメールでは、ふつう命題〜伝達の層までを含む4層すべてを備えた文が使われる。
◯実用文、論文
書き手の主張や判断が重要になる、実用文や論文では、命題〜判断の層までを含む3層を備えた文が使われる。判断の層にどんな表現が使われるかは、文章の種類で異なる。論文らしさや報告書らしさは、この層(レイヤー)の表現によるといえる。
論文で使われる表現については、去年書いた記事 論文はどんな日本語で書かれているか?アタマとシッポでおさえる論文らしい文の書き方 読書猿Classic: between / beyond readers
でまとめてある。この先の記事で言う「アタマとシッポ」は、主として判断の層(レイヤー)に現れる表現であることが分かるだろう。
◯小説、新聞
描写が重要になる、新聞や小説(この二つのジャンルはほぼ同じ時期に同じ担い手と受け手の下に----小説の読者は新聞の読者と重なり、小説の書き手は新聞の書き手と重なった----成立したことを思い出そう)では、命題と現象の2層を備えた日本語文が、地の文を構成する中心となる。
新聞や小説では、書き手(語り手)の主張や判断は、少なくとも文章表現の上からは極力切り落とされるべきだとされる(新聞では社説などに限られる)。
書き手の主張や判断は、直接的に言語化されるのではなく、何をどのように描写=言語化するかを通じて間接的に示される(べきだとされる)。
守らないケースはままあるが、その場合は「新聞らしくない」「小説らしくない」と逸脱した感じを与える。
では、命題以外のすべての層を切り落とした文を用いるのは何なのか?
それは誰も見向きもしない化石的な論理学の教科書の練習問題にしか出てこないのか?
否。命題の層だけでできた文を主とするジャンルが存在する。
◯詩
それは詩である。
受け手との関係性を切り落とし、主張や判断も切り落とし、事態が実現するかどうか、つまり言語外の世界とどのような関係を取り結ぶかどうかも切り落とした、コンテクストを剥ぎとった言葉を投げ出してくるのが、そんな剥き身の言葉で成り立たさせるのが、詩なのである。
詩的言語のこの性質のために、韻律や音節の数に制限を設けた定型詩が可能となる。
「飾り立てた文学の文章と簡素な実用文」という通念(というか言いがかり)からすれば意外な結論となったが、1行にまとめると次のようになる。
日本語文=((((詩)小説)論文)会話)
※日本語学・日本語文法学では、日本語文の構造は
・客観的な事柄を表し意味の核(コア)になる〈命題〉と表現者の心的態度等を表す〈モダリティ〉で構成される
・モダリティの層が命題の核を包み込む階層構造を成している
という階層モダリティ論が多くの研究者によって支持されている(各層の区切りや呼び方は研究者によって異なる)。
(文献)
石黒圭(2007)「私を消す文章」『よくわかる文章表現の技術〈5〉文体編』第11章.
林四郎(1960)『基本文型の研究』明治書店.→復刊:(2013)ひつじ書房
南不二雄(1974)『現代日本語の構造』大修館書店.→第11版 (1998)
益岡隆志(1997)『複文 (新日本語文法選書 (2))』くろしお出版.
岡部嘉幸(2013)「モダリティに関する覚え書き」『語文論叢』28.
尾上圭介 (1996) 「文をどう見たか―陳述論の学史的展開」 『日本語学』 15-9.
野村剛史 (2003) 「モダリティ形式の分類」 『国語学』 54-1.
日本語の文は4つの層からなる
あのー、どうやら今雪が降っているみたいですね
という文は、次のような4層(レイヤー)が重なったものである※。

○命題の層(レイヤー)……「雪が降っ」(雪が降る)
文の内容の核になる部分。
ここでは〈雪が降る〉という事態を示している。
○現象の層(レイヤー)……「今___ている」
命題として表された事態の現れ方を示す部分で、命題の層を包むようにその外側に現れる。
事態が、時間的/空間的にどう現れるかを示したり、また肯定/否定的にどう現れるか(命題の事態が存在・現象するのか、しないのか)を示す層である。
つまり言葉と言語外の現実とが、どのような関係にあるかを示す層であるといえる。
ここでは命題として捉えられた事態(雪が降る)が、時間的に現在進行して(現れて)いることを示している。
○判断の層(レイヤー)……「どうやら___みたいだ」
事態とその現象(現れ)に対して、話し手/書き手の判断を示す部分で、現象の層を包むようにその外側に現れる。
言語が表す現象と、言葉を発する人との関係を表す層だといえる。
ここでは〈今雪が降っている〉という現状について、推量という判断を付け加えている。
他にこの層にあたるものとしては価値判断(当為)をあらわすもの(「~べきだ」等)や可能の判断(「~できる」「~し得る」)等がある。
○伝達の層(レイヤー)……「あのー___ですね」
聞き手/読み手に対する、話し手/書き手の態度・意識や関係性を表す部分で、日本語文の最も外側の層となる。
言葉を発する人と、言葉を受け取る人との関係を表す層だといえる。
この層にあたるものとしては、伝達態度をあらわすもの(「~ね」等)、丁寧さをあらわすもの(「~です」「~ます」)がある、話し手の人物像を想起させる役割語(博士キャラを示す「〜なのじゃ」やお嬢様の「〜ですわよ」、コロ助の「〜ナリ」、シェンホアの「〜ですだよ」など)もこの層に現れる。
この階層構造は、必ずしも外側の層(レイヤー)が前後から挟み込む形になる訳ではない。
別の例文「梅雨前線が雨を降らせたようだよ」について図にしておこう。

どの文章にどの層(レイヤー)が使われるか
◯話し言葉、手紙
話し相手が目の前にいる会話や、読み手/受け手を意識した手紙やメールでは、ふつう命題〜伝達の層までを含む4層すべてを備えた文が使われる。
◯実用文、論文
書き手の主張や判断が重要になる、実用文や論文では、命題〜判断の層までを含む3層を備えた文が使われる。判断の層にどんな表現が使われるかは、文章の種類で異なる。論文らしさや報告書らしさは、この層(レイヤー)の表現によるといえる。
論文で使われる表現については、去年書いた記事 論文はどんな日本語で書かれているか?アタマとシッポでおさえる論文らしい文の書き方 読書猿Classic: between / beyond readers
でまとめてある。この先の記事で言う「アタマとシッポ」は、主として判断の層(レイヤー)に現れる表現であることが分かるだろう。◯小説、新聞
描写が重要になる、新聞や小説(この二つのジャンルはほぼ同じ時期に同じ担い手と受け手の下に----小説の読者は新聞の読者と重なり、小説の書き手は新聞の書き手と重なった----成立したことを思い出そう)では、命題と現象の2層を備えた日本語文が、地の文を構成する中心となる。
新聞や小説では、書き手(語り手)の主張や判断は、少なくとも文章表現の上からは極力切り落とされるべきだとされる(新聞では社説などに限られる)。
書き手の主張や判断は、直接的に言語化されるのではなく、何をどのように描写=言語化するかを通じて間接的に示される(べきだとされる)。
守らないケースはままあるが、その場合は「新聞らしくない」「小説らしくない」と逸脱した感じを与える。
では、命題以外のすべての層を切り落とした文を用いるのは何なのか?
それは誰も見向きもしない化石的な論理学の教科書の練習問題にしか出てこないのか?
否。命題の層だけでできた文を主とするジャンルが存在する。
◯詩
それは詩である。
受け手との関係性を切り落とし、主張や判断も切り落とし、事態が実現するかどうか、つまり言語外の世界とどのような関係を取り結ぶかどうかも切り落とした、コンテクストを剥ぎとった言葉を投げ出してくるのが、そんな剥き身の言葉で成り立たさせるのが、詩なのである。
詩的言語のこの性質のために、韻律や音節の数に制限を設けた定型詩が可能となる。
「飾り立てた文学の文章と簡素な実用文」という通念(というか言いがかり)からすれば意外な結論となったが、1行にまとめると次のようになる。
日本語文=((((詩)小説)論文)会話)
※日本語学・日本語文法学では、日本語文の構造は
・客観的な事柄を表し意味の核(コア)になる〈命題〉と表現者の心的態度等を表す〈モダリティ〉で構成される
・モダリティの層が命題の核を包み込む階層構造を成している
という階層モダリティ論が多くの研究者によって支持されている(各層の区切りや呼び方は研究者によって異なる)。
(文献)
石黒圭(2007)「私を消す文章」『よくわかる文章表現の技術〈5〉文体編』第11章.
林四郎(1960)『基本文型の研究』明治書店.→復刊:(2013)ひつじ書房
南不二雄(1974)『現代日本語の構造』大修館書店.→第11版 (1998)
益岡隆志(1997)『複文 (新日本語文法選書 (2))』くろしお出版.
岡部嘉幸(2013)「モダリティに関する覚え書き」『語文論叢』28.
尾上圭介 (1996) 「文をどう見たか―陳述論の学史的展開」 『日本語学』 15-9.
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